魔法少女の夕暮れ

スグリ

魔法少女の夕暮れ

 街角の、とあるファミレスにて。


「平和だねぇ……」

「うん」


 窓際の席で、外の道行く人々を見守りながら二人の少女がのほほんと水をすすっていた。


「平和なのはいい事だとは思わないかね、飛莉とばりや」

花梨かりんちゃん、ババ臭い」


 彼女らは白咲花梨と、黒木飛莉。街の平凡な公立中学に通う女子中学生で、幼い頃から二人一緒に過ごしてきた幼馴染だ。


 快活な印象の花梨と、前髪で片目を隠した暗い印象の飛莉。陽と陰、正反対の印象の二人だが彼女たちの絆は深い。


「そりゃこうもなるよ」


 ババ臭いと言われた花梨は、頬杖をつきながら懐かしそうに話す。


「つい去年まで私たち、戦争をしてたんだもん」

「……そう、だね」


 これは二人の少女と仲間たちの、ほんの少しだけ過去の話。






 人の気配は消え、燃え盛る街の中。

 花梨と飛莉、二人の少女は指輪のついた手を天に掲げて叫んだ。


「マジカル・チェンジ!」


 瞬間、二人が纏っていた衣服は光となって消え、裸になった身体に新たな衣がまとわり付いてゆく。


「ホワイトスター!」


 花梨はフリフリのロリータ風の白い衣装へ。


「セイントノワール」


 飛莉はゴシックロリータのような黒い衣装へと一瞬で姿を変える。


 これが二人のもう一つの姿。魔法少女ホワイトスターと、セイントノワールだ。


「遅かったじゃねえか、ホワイトにノワール」

「ごめん、お待たせ!」


 魔法少女となった二人は、先に戦っていた同じ魔法少女たちと合流する。


「シャインルビー、状況は」

「見ての通り最悪だ。街中魔ノ者で歩行者天国だよ」

「冗談言う余裕はあるね、良かった」


 ノワールの問いに答えたのは、赤の魔法少女シャインルビー。


 そしてその敵は街中に無数に跋扈する、蜘蛛のようでありながら人の口がついた怪物、魔ノ者だ。


「グラス、アクア! 主役がお出ましだぜ!」

「おおー、それは助かる」

「後はここを切り抜ければ……」


 そして仲間はあと二人。のんびりとした性格の青の少女、アクアフェアリーと真面目で穏やかな緑の少女、ハッピーグラスだ。


「待って! 軍から連絡、東西から敵二万!」

「流石ラストステージってか、ふざけんな!」

「プラチナとかスパークたちは呼べないのー?」

「無理ね。きっとあっちも手一杯よ」


 本来はここを突破した後、全員で敵の親玉を叩く作戦だったがこれでは先に避難所がやられてしまう。


「みんな、作戦変更!」


 状況を打開する為、ホワイトは手を挙げてここで宣言する。


「みんなはここで敵の足止めをお願い。私は本丸を……王を倒してくる!」

「一人で行く気かよ!」

「私は最強の魔法少女だよ。問題なしっ!」


 ルビーは正気を疑ったが、ホワイトは至って本気だ。


「ホワイト、震えてる」

「そ、そんな事ないし!」

「ホワイトちゃん……」


 だがアクアは、ホワイトの身体が震えている事に気付いていた。

 彼女の様子を、グラスは心配そうに見つめる。


「私も連れて行って」

「ノワール!?」


 そんな中、ノワールも名乗りを上げた事にホワイトは驚いた。


 ノワールは優秀な魔法少女だった。あらゆる魔法の応用技を考え出し、今では殆どの魔法少女が真似する程だ。


 だが彼女の魔力は弱かった。どんな小技で補おうと、決定的な力の差は覆せなかった。


 そんなひ弱だが聡明なノワールが名乗りを上げた事に、ルビーたちも皆驚き固まっていた。


「ここでホワイトが負けたら、どうせ私たちは全員死んじゃうから。どうせなら、二人一緒がいい」

「駄目だよそんな事言っちゃ! 魔法少女は諦めない、でしょっ!」

「私は諦めてなんかない。二人一緒に戦って、勝って、二人で一緒に生きて帰ろう。私たちは、いつでも一緒。そうだったよね、花梨ちゃん」

「飛莉……」


 ノワールがここで名乗りを上げたのは、セイントノワールとしてではない。ホワイトスターではなく白咲花梨と一緒にいたい、黒木飛莉としてだった。


「お前の負けだよホワイト」

「ひゅーひゅー!」

「素敵な愛ね」

「そんなんじゃないから!」


 愛の告白にも聞こえるそれに仲間たちは危機的状況にも拘らずホワイトをからかい、彼女は照れ隠しに否定する。


「違うの……?」

「違わない、違わないから泣かないで!」


 が、上目遣いの涙目で見つめるノワールの視線に負けてホワイトは潔く愛を受け入れる事となった。


「よしっ」

「悪女だ……」


 そしてノワールは得意げな顔で、見せつけるようにホワイトと腕を組み、ルビーは苦笑いを浮かべた。


「行こう、花梨ちゃん」

「うん、行こう飛莉!」


 締まらない一幕こそあったものの、決意は固まった。


 ここから、最終決戦が始まった。






『ウガアァァーッ!!』

「飛莉、これで終わりにしよう」

「終わらせて帰ろう、花梨ちゃん」


 ホワイトスターとセイントノワール、二人の魔法少女が対峙するのは巨大な異形。魔ノ者たちの王、魔ノ王だ。


「私の力、ありったけ全部をこの拳に!」


 王を倒すには、ホワイトの全魔力を込めた捨て身の一撃しかない。当然、彼女は無防備となる。


「マジカルジェット、フルパワー!」


 それを補うのは、セイントノワールだ。

 ホワイトを抱き上げるとノワールは魔力を噴射し加速。多方向への噴射による急加速、急制動でビームを避けながら、王との距離を詰めていった。


「いっけぇぇぇっ!」

「必殺!」


 そしてノワールがホワイトを投げ飛ばした時、ついに必殺技が炸裂する。


「ファイナルミラクル正拳突きぃぃぃぃっ!」

『ガアァァァァァァッ!!』

「これが、生きたいと願った人間の魔法きせきだぁーっ!」


 それは、ありったけの魔力を込めた正拳突き。正拳突き以外の何物でもないそれに込められた願いは強大な力となり、魔ノ王の心臓を貫いたのだった。


 だが王が果てる間際、ホワイトはその声を聞いた。


『ありがとう……』


『ごめんね……』

「待って!」


 直後、王は光の粒となって天に登り消滅していった。最期に遺した、言葉の意味もわからぬまま。






「どうしたの、ぼーっとして」

「あ、うん。ちょっとね」

「思い出す、よね。やっぱり」

「まあどうしてもね……」


 そんや激しい戦いを経て現在、二人は普通の中学生となり元の生活へと戻っていた。


「普通の女の子に戻ってもさ、やっぱり普通じゃない記憶はあるんだよね。魔法少女として人助けから始まって、世界を救ったなんてさ」

「でも、私たちはジュエルを外した。あれをまた身につけない限り、私たちは魔法少女じゃない」


 彼女らの指にはもう変身の為の指輪、ミラクルジュエルはない。


「だから普通かどうかはこれから次第。違う?」

「うん、そうだね。その通りだよ! 流石、飛莉は賢いねー撫で撫でしてやろう!」

「恥ずかしいからやめ……」


 今の彼女たちは魔法少女ホワイトスターとセイントノワールではない。ただの仲がいい幼馴染の少女なのだ。


「お待たせしました。ハンバーグステーキと小ライス、ボロネーゼとトマトクリームリゾットになります」

「ありがとうございまーす!」

「それ、全部食べるんだよね……」

「だって美味しいんだもん」


 程なくして、二人のテーブルに料理が届けられる。飛莉はリゾット。残り全ては花梨が一人で食べる物だ。


「これでも自重してるんだよ。ライス小だし」

「大だったら怖いけど」

「あっ……」

「どうしたの」

「挽肉と挽肉じゃんミスったーっ!」

「バカ」


 こうして人類の英雄たる元魔法少女たちは、命懸けで取り戻した平和な日常を謳歌していた。もう二度と、敵の来ない世界で。


 その筈だった。






 数日後。


「今日の授業はここまでです。しっかり復習しておいてくださいね」

「起立、礼!」


 授業が終わり、昼休憩。各々食事を摂り始める生徒たちだったが、彼らは皆ある違和感を抱いていた。


「なんか今日、白咲の奴テンション低くないか?」

「疲れてんだろ」


 いつもは明るい花梨の様子が、どこか落ち込んだように見えていたのだ。


「花梨、ご飯」

「あ、うん。そうだね、一緒に食べよう」


 毎日のルーティーンで、飛莉は花梨と向かい合うように座って弁当を開ける。

 だが花梨の開けた弁当を見て、飛莉は思わず驚愕する。


「お弁当、それだけ……?」

「ちょっと食欲なくてさ」


 それは、少食である飛莉よりも小さい弁当だった。いつもはこの十倍はあるであろうというくらいだ。


「大丈夫……?」

「うん。心配しないで」


 大食いの花梨にしては異常な少なさではあるが、たまたまこの日が調子が悪いだけかもしれない。そう思っていたのだが……。


 それから一週間、彼女の体調は悪化するばかりだった。









 そして一週間後。

 飛莉は花梨に、屋上で弁当を食べようと呼び出されていた。だが……。


「花梨ちゃん、今日お弁当は……」

「別に、なくていいかなって」

「具合が悪いなら学校、休まないと……」

「来れるうちに、来ておきたかったから」


 花梨はこの日、弁当を持ってきていなかった。そして彼女は意味深な言葉を告げると飛莉に顔を一気に近付けた。


「私、好きだよ。飛莉の事」

「どうして今更……」


 花梨が自分の事を好きだと。そんな事は言われなくても知っている。

 飛莉はこの瞬間まで、そのつもりだった。


「むぐっ……!」


 だが直後、突然飛莉の唇が塞がれる。花梨による、強引なキスだった。


「こういう関係に、なりたかったんだ」

「はぁ……はぁっ……」


 解放され、身体が火照った飛莉は思わず腰を抜かして尻もちをつき、花梨の姿を見上げた。


「今までありがとね。楽しかった」

「花梨ちゃん、何を……」

「ずっと大好きだよ、飛莉」


 その日から二度と、花梨が学校に来る事はなかった。






 それから数日。


「花梨ちゃん、知りませんか」

「突然倒れて救急車で運ばれて、面会謝絶って……」

「どこの病院か、わかりますか」

「それなら……」


 花梨の家にて。


「申し訳ありません。そのような患者様は入院されておりません」

「そんな……!」


 花梨が運ばれたという病院にて。


「花梨ちゃん、花梨ちゃん……!」


 必死に探し回ったものの、飛莉は花梨の姿を見つける事ができなかった。


「何処にいるの、花梨ちゃん……」


 全く手がかりもないまま、時間は夜の十時。意気消沈しながら、飛莉は家の自室に帰り着いた。


「こうなったら……」


 そして飛莉は意を決し、鍵付きの箱を開けた。二度と開ける事はないと誓った、その箱を。


「ミラクルジュエル……」


 そこに秘められていたのは、ミラクルジュエル。魔法少女に変身するための指輪だった。






「マジカル・チェンジ!」


 変身し、自室の窓から飛び出したセイントノワールは早速花梨を探しに出る。


 だが今度は手掛かりなしではない。魔法を使い、花梨の力を感知しての捜索だ。


「ここに、花梨ちゃんが……」


 それだけで、簡単に花梨の居場所を突き止める事ができた。街から離れた場所の、大きな国立病院だった。


「マジカルミラージュ」


 ノワールは魔法で姿を消して、病院の中へと入ってゆく。


 そして気配を辿り、着いた先で目にしたのは吐き気を催す光景だった。


「これ以上は流石に動けんか」

「魔法少女ホワイトスター。英雄の末路がこれですか。哀れなものですね」

「考えてみろ、歴史上の英雄がかつて何をしてきたか。お偉い方々は怖いんだよ、魔法少女による革命がな」

「ま、同情はしておきますよ。英雄様」


 手術台に寝かされ、腹を開かれた花梨。そしてそんな彼女を囲み、嘲る男たち。

 ノワールは確信した。これは、敵だと。


「何をしているの」

「この声、まさか……」

「魔法少女、セイントノワール……!」


 もはや姿を隠す必要はない。ノワールはマジカルミラージュを解き、男たちの前に堂々と姿を見せた。


「何を、しているの」

「これはこれは魔法少女様。英雄の一人にお目にかかれて光栄です」

「答えて」

「簡単ですよ。魔法少女ホワイトスター、白咲花梨。彼女を神にしているのです」


 そしてノワールが問うと、男たちのリーダーは自慢げに自らの行いを語り始めた。


「数多の奇跡を起こし、人類を救った英雄。まさに現代の神に等しき存在だ。故に彼女の肉体は神聖なのだ。髪の一本一本ですら聖遺物と呼べる程にな」

「リーダー、これ以上は……!」

「まさか、そこの箱は……!」

「その通り!」


 ノワールから滲み出る敵意に気付いた部下は止めにかかるが、スイッチが入ったリーダーは語るのをやめない。


「彼女の肉体は血や骨、肉、臓物に至るまでその全てが人類の発展の礎となる。人類が魔法を研究し、掌握する為のな。聞けば彼女は、人々を笑顔にする為に魔法少女として活動していたらしいな。ならばこれは彼女の願いを叶える行為でもある。彼女と親しい君ならば、わかってくれるだろう」

「……違う」


 自らの思想を熱弁するあまり、花梨の願いすら歪めたその男の言葉に。

 ついにノワールの怒りは頂点に達した。


「お前たちなんかが、花梨ちゃんを語るなッ!」


 魔力を込めた拳で、リーダーの男の顔面を殴る。頭蓋骨が弾け、即死だ。


「マジカルウィップ」

「うぐっ……!」

「がっ……!」


 続いて魔法の鞭、マジカルウィップを召喚して触手のように部下二人の首を締め付け、骨を折って殺害する。


 初めて、魔法少女が人を殺した瞬間だ。


「花梨ちゃん、大丈夫……?」

「飛莉……」

「ここから、逃げよう」


 そしてこの瞬間、二人の逃避行は始まった。






「奴の生死は問わん。発砲も許可する。人類を舐めた英雄気取りの小娘に、現代兵器の力を思い知らせてやれ」

「ヘリに、戦車まで……」


 二人を追ってくるのは、軍の戦闘ヘリや戦車の軍勢。一人の少女に向けるには、一見過剰な程の戦力だった。


「心配しないで、花梨ちゃん。一緒に生きるって、約束したから」


 だがノワールは恐れない。約束があるから。


「私は、負けない」


 そして、圧倒的な力の差があるが故に。


「マジカルランチャー、シュート」

「目標が発砲しました! 三番機、信号途絶!」

「全軍撤退! 急げ!」

「敵が、逃げてく……」


 巨大なキャノン砲を召喚し、放った一撃はいとも容易くヘリを撃墜してみせた。


 その威力を目の当たりにしてか、軍は一斉に逃げてゆく。


「勝ったよ、私……」

「にげ、て、飛莉……」

「っ……!」


 終わった。そう安堵した飛莉に花梨は声を振り絞って伝える。

 そしてノワールが見上げた時、目の前には一基のミサイル。次の瞬間、彼女の視界は真っ白な光に包まれた。






「やったか……!?」

「戦術核で耐え切る女はいないでしょう」

「映像、回復します!」


 軍がノワールに対し使ったのは、核兵器だった。彼らは既に、彼女を魔ノ者と同等の脅威と見ていたのだ。


「無傷、だと……?」


 だが爆心地で、尚もノワールは健在だった。それも、腕に抱いた花梨を含め全くの無傷で。


 しかし、それだけでは終わらなかった。


「これは……そんな……!?」

「どうした!」

「爆心地より魔ノ者が出現! 数は千、二千……尚も増加中!」

「来るな! やめ、ギャアァァァァッ!!」

「痛い、助け……!」


 ノワールのいる爆心地から、滅んだ筈の魔ノ者が無数に現れ市街地を制圧。市民諸共兵士たちを食い荒らし始めたのだ。

 

「あははは!」


 炎の中、ノワールは高笑いを上げる。


「痛いよね、苦しいよねぇ! その化け物共はお前たち! 花梨から見たお前たち人間なのよ!」


 それは、報復。大切な人を辱められた黒の少女が、人間に与えた報いだった。


「醜い化け物は滅ぼさなきゃ、だよね……?」






 三日後。


「あ、久しぶり。ルビー」

「これ、お前がやったのか。ノワール」


 廃墟の中、ノワールはかつての仲間である魔法少女シャインルビーと対峙していた。


「だったら、何」

「なんでやったッ!」

「わかってるよね。花梨が、人間に、どんな目に遭わされたか」

「あたしたちに、相談してくれればよかったんだよ……!」

「それで、何ができたの。花梨の身体を、元に戻せたの?」

「っ……!」


 ルビーはかつての仲間として、ノワールの良心に訴えかけるが心にはまるで響かない。


「私だって殺してやりたかったさ、ホワイトをそんな目に遭わせたクソ野郎共を! だけどさ、だったらそいつらだけを殺せばよかったじゃねえか!」


 もしかしたらルビーは、再び仲間になってくれていたかもしれない。例え、人間を敵に回す事になったとしてもだ。

 だがノワールはあまりにも、人を殺し過ぎた。もう決して、彼女たちが相容れることはない。


「そうよ。流石においたが過ぎるわね、ノワール」

「悪い子になっちゃったの、ノワール。やだよ?」


 そしてそれは、続いてやってきたハッピーグラスとアクアフェアリーも同じだ。


「みんな、無事だったんだ」

「あなたが魔ノ者を呼び出して、三日でどうなったか。教えてあげましょうか」


 平然とした様子のノワールに、グラスは彼女の罪の重さを宣告する。


「五億。あなたがこの三日間で、殺した人間の数よ」

「そうなんだ」

「それだけ、なの……?」

「五億殺しておいて、それだけなのかよ!」


 だがそれでも、ノワールは動じない。


「みんなも、どうかな。私と一緒に……花梨ちゃんを傷つけた世界を終わらせよう」

「お断りだね」

「悪いノワールは、嫌」

「私たちみんな、家族も友達も殺されたのよ。あなたが放った、化物にね」

「せめてもの情けだ。楽にしてやるよ、ノワール」

「なら、三人まとめてかかってきて。友達だから……みんな苦しめないで殺してあげる」


 そして、かつて仲間だった少女たちの殺し合いが始まった。


 否、それは殺し合いですらない、ただの一方的な殺戮。三人の英雄の魔法少女たちは、たった一人の堕ちた英雄に破れ去り、その命を終えたのだった。






 七日目。


「あと一割……」


 魔ノ者を操り、瞬く間に大勢の人々を殺戮したノワールは空を見上げながら呟いた。


「これでよかったの、花梨ちゃん……」


 腕に抱くのは、衰弱した花梨。ノワールの魔法で治癒しているとはいえ臓器を失ったダメージは大きく、その命は限界に近付いていた。


「私……私、なんて事を……!」

「なか……ないで」

「花梨、ちゃん……?」


 咄嗟に罪の重さを悟り、何十億もの人間を殺した事への後悔と恐怖で流したノワールの涙を、目を覚した花梨がそっと拭う。


「マジカル、チェンジ」


 そして呟くと、花梨の身体は光に包まれた。


「ホワイト……スター……!」

「どうして、ジュエルはないのに……!」

「魔法は、人の願いを叶える奇跡なんだよ……」


 ミラクルジュエル無しでの、ホワイトスターへの変身。驚く飛莉をその腕に抱きながら、花梨は言葉を紡ぐ。


「飛莉が願った、奇跡だったんだね……」

「全部、私のせいで……!」

「ううん、違うよ。これは私と飛莉、二人のせい。私が飛莉の友達だったから、一緒に魔法少女になったから……世界は滅んだんだよ」

「やめて……そんな事、言わないで……!」

「だけどそれは間違いなんかじゃない。だってこれは飛莉と、私が願った奇跡なんだから」


 人類の希望、英雄と呼ばれ、人々の笑顔を望んだ少女は、人々を滅ぼした悪魔の少女を咎めない。


「飛莉の願いは私の願い。きっと世界を全部終わらせる為に、私たちは生まれてきたんだよ」

「花梨、ちゃん……」

「助けてくれて、ありがとう」


 花梨は悟っていたのだ。自分たちは、この為に生まれてきたのだと。だから彼女は飛莉の行いを咎めず、優しく受け入れる。


「見届けよう。世界が、人間の歴史が終わる瞬間を」

「……うん」


 あとは残り一割の人類の滅びを見届けるだけだ。


「折角だしご飯でも食べながらがよかったね。ファミレスなんかでさ」

「全部、壊しちゃった」

「あ、そっか」


 最後の最後まで、幼馴染として気の抜けた会話を交わす二人。そんな中、花梨は自分の身に起きた事実を語る。


「それに私、もう胃もないから。ちょっとしかご飯、食べてなかったでしょ。あれ、あの後全部吐いちゃったんだ」

「ごめんね……気付いてあげられなくて……」

「いいんだよ。普通の女の子にはなれなかったけど、飛莉と人類最後の二人になれたわけじゃん。好きな人とだよ。夢じゃん」


 もう二人の中には、人間に対する怒りも憎しみもない。それを向けるべき対象など、もういないのだから。


 世界を、人類を滅ぼしたその業には見合わぬ程、二人の内心は穏やかだった。


「そろそろかな」

「……終わった」


 そしてこの瞬間、二人以外の人類は滅亡した。


「人類滅亡かぁ……。凄いね」

「私に言う資格なんてないけど……それだけ……?」

「うん、それだけ」


 飛莉も同じ事を言ったのだが、それ以上に平然とした様子の花梨に飛莉は思わずきょとんとする。


 そして花梨の指に可愛らしい小鳥が留まると、彼女はその心境を語った。


「魔ノ者は、飛莉の人を滅ぼす願いそのもの。その証拠に、あれは人以外の生き物は殺してないから。それでも地球は回り続けるんだよ。人間がいなくなった事なんて、気にも留めないでさ」


 そう、彼女の言う通り、この破局で滅んだのは人間だけだ。

 そしてこの先も、人間のいない世界がいつまでも続くこととなる。地球が滅びる、気が遠くなる程の未来まで。


「そろそろ、終わりにしようか」

「花梨ちゃん……?」


 そこまで語ったところで、花梨はふらふらと立ち上がると拳を握って腰溜めに構えた。


「これは……私の願い。私たちの知らない、どこかの世界の私たちの幸せの為に、私が願った魔法きせき


 飛莉の願いは叶った。


 ここから先は、花梨の願いを叶える魔法だ。


「ミラクル……正拳突きッ……!!」


 飛莉が反応する間もなく、放たれた音速の一撃は彼女の胸を、心臓を貫く。

 花梨が力を振り絞って放った、渾身の一撃だった。


「どう、して……」

「私ももう、もたないからね。どうしてもこれだけは、しておきたかったんだ」


 何故、愛する花梨に殺されるのか。


 もしかして、許してもらえなかったのか。


 不安と恐怖を抱く飛莉に、花梨はその意図を語る。


「魔ノ王はね、この先の未来の飛莉だったんだよ」

「あれが、私……」

「聞いたの。ありがとう、ごめんねって。今思えばあれは、飛莉の声だった。なんで気付いてあげられなかったのかな……」


 そう、一年前に魔法少女たちが決死の戦いで打倒した魔ノ王。その正体こそ、人類を滅ぼす奇跡に取り憑かれた飛莉の成れの果てだったのだ。


 その力を過去に伸ばす事など、強大な想いが生み出す魔法の奇跡があれば造作もないだろう。


 これは、一人の少女の愛が生み出した悲劇の円環だったのだ。


「だから、もうこれで魔ノ王も魔ノ者もいなくなる。きっとそんな世界が、どこかに生まれるよ」


 飛莉を中心に広がる絶望のループ。それを今の世界で断ち切り、救われる為に。花梨は今でもずっと大好きな飛莉を、殺す事を選んだのだった。


「ごめん、なさい……」

「約束。死ぬ時も、二人一緒だよ」

「だい、すき……」

「私も大好きだよ、飛莉……」


 そして愛の言葉を遺しながら、息絶える飛莉を抱き締めて花梨も目を閉じ、眠りにつく。


 その心臓が止まった瞬間。


 人類の歴史は、ここで終わった。






 これは限りなく遠い、どこかの世界。


「マジカル・チェンジ、ホワイトスター!」

「マジカル・チェンジ、セイントノワール」


 ミラクルジュエルを掲げ、変身する花梨と飛莉。


 人を超えた力を得て、駆け出した彼女たちの向かう先は、事故で壊れた車だった。


「大丈夫ですか!」

「ドアが歪んで、開かなくて……」


 当て逃げの被害に遭ったこの車。幸い中の女性に大きな怪我はないものの、どうやら閉じ込められてしまったようだ。


「ここは私の必殺技で!」

「危ないからやめて」

「えぇーっ!?」


 拳を握り、構えたホワイトを制するとノワールは手を広げて得物を召喚する。


「マジカルナイフ」


 ナイフを召喚した彼女はドアを軽々と切断すると、閉じ込められていた女性を引っ張り出して救出に成功したのだった。


「ありがとうございます!」

「いえ、大丈夫です。念の為救急車を呼びますね」

「何から何まで本当に……」


 救急車に連絡まで済ませ、感謝で頭を下げられるノワール。そんな彼女に、ホワイトは苦言を呈した。


「刃物じゃん! ノワールの方が危ないじゃん!」

「あそこで殴ったら車潰れるから」

「むぅ……!」


 だが確かに殴っていたら、運転手ごと車が潰れていただろう。刃物での切断を選んだノワールの判断が正しい事はホワイトにもわかっており、それ故に言い返せなかった。


「ご飯、食べに行こっか。花梨」

「行こう行こう!」


 それでも人助けは成功。魔法少女としての仕事を終えた二人は、意気揚々とファミレスへ向かった。






「いやー、パトロールの後のご飯は格別だね」

「食べ過ぎ……」

「飛莉は食べなさ過ぎ」

「少食だから」


 席につき、料理を頬張る二人。

 頼んだメニューは花梨はハンバーグとライスとパスタで、飛莉はリゾットだ。


「飛莉はすごいよね。なんでもできるもん」

「パワーは花梨の方がずっとすごい」

「そう、凄いんだから! 出番さえあれば私の必殺技が……!」

「ミラクル正拳突きでしょ。かっこ悪い」

「ひっどーい!」


 食事を楽しみながら、他愛ない会話を二人は交わす。その表情には、一片の翳りもない。


「そもそも必殺技なんて何に撃つの。アニメじゃないんだから」

「魔法少女もめっちゃアニメじゃん」

「それは……そうだけど」


 これは愛と平和の為、困った人たちの悩みを楽しく解決する。清く可憐な、魔法少女たちの物語だ。

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