篠宮さんと異世界召喚

「……で?これで帰れるんだよな?」

 どこの城にもある謁見の間とやらで、土下座する魔王の頭を踏みつけ篠宮 翼しのみや つばさは咥えた煙草に火を灯すと、この世界の王様を睨みつけた。

「すみませんすみませんすみません! もう二度と人間界を滅ぼそうとかしませんからぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 隠居して畑を耕しながらヒッソリ生きていきますううー! と踏みつけられた魔王が頭を地に擦りつけ、泣きながら必死に謝る。

 翼が現在いるのは何とかという国の王都に建つお城の中である。

 もちろん、好きでココに来たワケではない。


 世界有数の巨大グループ【篠宮財閥】のトップを務める翼はその日、東京本社の社長室で年度末の決算報告に目を通しつつ、必要なサインやら何やらと普段より真面目にデスクワークに勤しんでいた。

 いつもは何やかやと理由をつけてサボりがちだが、さすがに執事兼目付け役の辻井がキレそうなのを察知し、本日は大人しく仕事に励んでいたのだ……のだが、少し休憩でもするかとお茶を頼もうと翼が内線に手を伸ばした時、室内がいきなり眩しい光に包まれフワッとした浮遊感と共に気づけばナンターラカンターラとかいう世界にある帝国の城の広間にポン、と放り出されたのである。

 事態が飲み込めず何じゃコリャ、どこだココと、やたら仰々しい広間のド真ん中で座り込んだままキョロキョロと訝しげに見回す翼をよそに、大勢の人間達が遠巻きに囲んで口々に「成功だ!」「召喚したぞ!」と騒いでいる。

 豪奢な装飾が施された広間は以前テレビで見たベルサイユ宮殿やヨーロッパのお城っぽくて、見解が正しいならココは謁見の間になるのだろう、と考えた翼は正面の玉座に座る王様とバッチリ目が合った。

 なぜ王様と分かるのか、それは一目で『THE・王様』という格好をしていたからだ。

 ホント、マンガやアニメに出てくるようなベッタベタで何の捻りもない王様だった。

 まあ玉座に座っている時点で王様なんだろうが。

 とすると、左右に並んでいる煌びやかな服を着ているオッサン連中はこの国の大臣や貴族達であろう。

「よくぞ来た、異世界の勇者よ。さっそくだが、貴様に使命を与えよう」

 ああ、これが世間で流行りの異世界転生……否、召喚かと状況を理解した翼に、THE・王様がやたら偉そうに上から目線で魔王討伐を頼み……いや、命じてきたのだがその態度が気に食わない。

「……あ゛?それが人にモノを頼む態度かよ?あ゛あ゛?」

「ぎゃああっ!痛い痛い痛い痛い痛い!」

 軽くキレた翼は立ち上がり額に青筋を浮かべるとズカズカと玉座に近づき、ガッ!とアイアンクローをキメた。

 人狼の馬鹿力に秒で王様が情けない泣き声を上げる。

 このクソ忙しい時期に勝手に召喚され、偉そうに命令してくるのが気に入らないし迷惑極まりない。

 今頃あのドS執事がブチ切れているかと思うと世界崩壊なんぞどーでもいい、人類なんぞ勝手に滅べ。知るか。

「貴様っ、我が王に無礼を!」

 と叫んで鎧に身を包んだこの国の騎士団長っぽいのが斬りかかってくるも、裏拳一発で沈黙させる。

 ワンパンでふっ飛び壁にめり込む騎士団長の姿に、瞬く間に場の空気が凍りつき周囲にいた大臣とか偉い人っぽいのが明らかに「何かヤバいの召喚しちゃった」って青醒めた。

 死ななかっただけでもありがたく思え。

「……すびばぜん、この世界を助けてください」

「最初っからそう言え、親に礼儀を学んでねぇのか」

 逆らったら死ぬと理解した王様が、しくしく泣きながら土下座してお願いしてきたので殺すのはカンベンしてやり、ペッと王様を投げて翼は話を続けろと促した。

 異世界転生とか召喚にありがちな魔王討伐の下りを長々と語ろうとする王様にイラッとして「三行で答えろ」と睨みつけたら

『人間界ヤバイ。魔王に負けそう。異世界の勇者助けて』と懇願してくる。

 面倒臭そうに話を聞いた翼は、プカ~っと煙草の煙を吐き出し王様を見下ろした。

 実際、関わるの超メンドイ。帰りたい。

「ふーん、その魔王とやらを倒せば私は帰れるんだな?」

「我が国の魔道師の帰還魔法で」

「チ、しゃーねぇな」

 来たくて来たワケではないが、異世界召喚にありがちな剣と魔法のファンタジー世界で自力で帰れないのはさすがに翼も理解している。

 溜息ひとつ吐いて携帯灰皿に吸殻を入れると、ちょっくら行って来るわと踵を返し翼はダッシュで城を飛び出した。

 元々チート能力持ちの人狼な上に異世界召喚とやらでさらにチートスキルが上乗せされていた為、有り得ない身体能力のおかげで魔王の居城に三十分足らずで到着した。

 多分、途中で何やかんやのイベントがあったかもしれんが丸無視した。

 巷に溢れている異世界モノでは最速だろう。

「忙しいからチャッチャと済ませるぜ、魔王ってどいつ?」

 魔王の元に向かう翼を止める為に出て来た四天王と名乗る連中を秒殺し、玉座に繋がる扉を蹴り開ける。本来ならこの扉も開けるには何か魔法が必要らしいが、そんなん知ったこっちゃない。

 物語のセオリーを守る気はサラサラないのだ。

「ひいいいーっ!」

 玉座で角が生えた、いかにも『魔王でーす★』みたいなビジュアルの生き物がガタガタ震えていた。まさかの四天王秒殺と、理不尽な召喚で怒りMAXモードの翼が発している、魔族よりも恐ろしい闇の空気にすっかり毒気を抜かれて怖じ気ついたらしい。戦う前に白旗を上げていた。

 秒殺された四天王の名誉の為にも書き記しておくと、彼ら一人に対して人間の軍隊三つくらい投入して、力の差はやっと五分五分だ。

「テメエをヌッ殺せば帰れるらしいから、秒で片付けるぜ。こちとら仕事が溜まってんだ」

「きゃーっ、無慈悲ーーーーっ!!」

「やかましい、クソが」

 一瞬で間合いを詰め、ゴッと顔面に膝蹴りをめり込ませると魔王がゴロゴロ転がっていく。

「さすが魔王、一発じゃ死なないか。サッサと帰りてぇんだ、大人しく死ね」

 バキバキと両手の指を鳴らし、ニヤァ……と翼がドス黒い笑みを浮かべた。

「……待っ……待って待って! 多分、私を倒してもアナタは帰れないと思います!!」

 ボタボタ鼻血をこぼす魔王が必死に叫んだ。

 魔族だから青い血なのかと思っていたら、普通に赤い。意外。

「……あ?」

「アナタ、その格好からすると異世界から召喚された勇者さまですよね!? 召喚魔法は片道のハズです! つまり一度この世界に召喚されたら二度と元の世界には帰れないんです~!」

 詳しく聞かせろと脅迫……もとい『お願い』して魔王から聞き出したところによると先代魔王の前、さらに前……つまり千年以上前からこの世界では人間族の王家の要請で魔道師が異世界から勇者を召喚し、魔王討伐を任命しているのだという。

 千年に渡り何人も何十人も、歴代の魔王を倒すべく闘いを挑みに来た勇者は召喚される事でチートスキルを付与されている。しかしそれでも魔王の実力とは雲泥の差があり、魔王からすればそれほど強くもないので返り討ちにしていた。

 そんで今から二百年くらい前に、ついに最強と呼ばれた勇者によって先代魔王が敗れた。だが魔王を討ち取った勇者は元の世界に帰る事が出来なかったようで、この大陸で寿命を終えたのだそうだ。

「ふーん、つまりあの城の連中はこの私にウソこいたってワケか」

 四つん這いにした魔王の背中に腰を下ろし、翼は煙草に火を点けた。

 人間椅子ならぬ魔王椅子だ。

「……へーえ……この私にウソをねえぇ……?」

 くくく、と笑う翼の目は笑っていなかった。

 後に隠居して農業に精を出す元・魔王はこう語る。

「あの時の異世界召喚者は私よりも魔王らしかった」

 殺さねえからテメエも来いと翼は魔王の角を掴んでダッシュでお城に戻った。

 召喚されてから二時間も経っていない。

 そして冒頭のやり取りになるのだ。

「魔王は改心して農業やるそうだから、私はこれで帰るぜ。とっとと魔道師とやらを呼べ」

 まさか半日もかからず戻って来るとは思わなかったらしく、王様を始め大臣やら何やらが青い顔をする。

 大方、時間がかかれば帰るのが難しくなるとか、最もらしい理由をつけて誤魔化すつもりだったのだろう。

「……テメエら、まさかウソをついたってワケじゃねぇよなァ……?」

 低い声で笑う翼に人間と魔王が震え上がる。

 怖い、メッチャ怖い。世界が滅ぼされそうだ。

「あああ、あの、あの、元の世界に帰すには三十人くらいの魔導師の命が必要でして」

「じゃあ呼べよ」

「しっ、しかし、彼らの命は」

「知るか、関係ねえ。人を勝手に呼んだのはテメエらだろ。王とやらは責任も取れねえのか? 呼・べ・よ?」

 死にてぇの? と再びアイアンクローをキメられ、王様は悲鳴を上げた。

 このトンデモ召喚者が居座ったら、間違いなく世界征服される! と思ったかどうか知らんが、瞬く間に魔道師達が集められた。

 みんな、翼から漏れ出る負のオーラを感じて怯えている。

 どっちが魔王なんだか分からない。

「あの……僭越ながら私も魔力でお手伝いします……」

 大魔法となる『帰還魔法』の魔法陣を描く魔道師達を見て、恐る恐る魔王が名乗り出た。

「私の膨大な魔力を使えば魔道師達の命は助かるかと」

「おお、魔王殿! ありがたい! ありがたい!」

 ボロボロ泣きながら王様と魔王が手を取り合う。

 何ぞコレ、私が悪者みてえじゃないかと翼は不満だったが、元の世界に帰れるならとガマンした。

 そして魔道師と魔王の魔力によって魔法陣が発動し、翼の姿は一瞬で消えた。

 この人間達と魔王が泣いて喜んだのは言うま間でもない。

 こうして世界滅亡の危機は去り、そしてこの一件で異世界召喚は禁呪とされ、人間と魔族は長き対立を止めて和解し共存の道を選んだ。

 こうして世界に平和が訪れたのである。

 めでたしめでたし。




 その頃、無事に帰って来れた翼はというと。


「……お嬢さま? どこで遊んでいらっしゃったのですか?」

「だーかーらー! なんか異世界に召喚されちゃってたんだってば!」

 額に青筋を幾つも浮かべた美貌の執事に詰められ、翼は半泣きで書類にハンコを押していた。

「嘘をつくならまともな嘘をつきなさい」

「ホントだってばーー!!」

 クソ、あの異世界の連中……次に呼び立てやがったら滅ぼしてやる!!

 理不尽だーーー!という翼の嘆きは誰にも届かなかった。




 

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異世界召喚された篠宮さんは何にもしない。 虎蝶 梨杏 @ura-sencho

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