第5話 捲土重来を目論む
アダムズが実の母に殺されかけているのと同じころ、帝国の北西に位置するアドラント王国南部の街道。
筋骨隆々の男たちが呑気に酒を酌み交わしながら寛いでいた。
装備や使っているものを見れば、一見何ともない商会の馬車列だが、そこにいるのはとても商人には見えない外見の男ばかりだ。
そのなかの1人の男がアルコールで顔を赤ながら楽しそうに話す。
「いやぁ〜〜、皇子を誘拐するとかいう計画を提案してきたときは、ついに頭がおかしくなったと思ったんですが意外とうまく行くもんですね、閣下。」
話しかけられた閣下と呼ばれた男も気分が良さそうに大笑いしながら返す。
「ハッハッハッハ!!、、、お前、そんなこと思っていたのか?
問題ないとあれほど言っただろう?」
「しかし、あの帝国の皇子ですよ?いくら他国に来ているとはいえ警備は相当なはずと思うのが妥当でしょう。」
「俺もそうおもっていたんだがな、、、
とある男に言われたのだよ。」
「とある男?」
「俺もよく知らんが、この計画を俺に話してきた奴がいたんだよ………しかし、奴が言っていたよりも警備は手薄だったがな」
「帝国も大したことがないってことですよ、閣下」
そういうと男2人はこれまた愉快そうに大口を開けて笑い酒を飲む。
その時、閣下と呼ばれた男の首元に金色に輝くお守りのようなネックレスが月明かりの元、照らされる。
このお守りのようなネックレスは一般的なものではない。ゼネスト王国軍の高官たちにのみ支給されるものなのである。
ではなぜ商人風の男がそんなものを持っているのか。
実はこの男たち、商人などではなく、元はゼネスト王国の軍人だ。2人だけではなく周りでどんちゃん騒ぎをしている奴らもだ。
閣下とは、将官以上の高官への敬称である。または、高官同士がお互いを呼び合うときにも使う。
今回の場合は前者だが、
ではなぜ他国の元軍人、それも将官クラスの人間がこんなところで商人の真似事をしているのか。
軍で将官になる人間は、相当な切れ者か実力者でありそのほとんどが戦場で指揮官として功績を挙げている。
例え負傷して前線に立てなくなってもそれまでの経験を買われて軍内では死ぬまで重用される。
そんな、将来まで約束された人物がなぜ商人の真似をして、帝国の皇子を誘拐するのか―――
―――1ヶ月前イテラ平原で起こった帝国と王国の軍事衝突。そこには運悪く帝国二大大将軍の一人、レグルドルフ・ルシター・エンゼルが拠点視察で訪れていた。
もちろん常駐しているわけではないため、王国がそのことを知る由もない。
そこで当時王国の指揮官だった閣下と呼ばれていた人物――パプラ・ルン・エンゲル将軍は帝国側の兵数の1.5倍の兵力を用意して挑んだのだが、帝国二大将軍の実力は尋常ではなく呆気なく敗走したのだ。
将軍の作戦に問題があったわけではない。
強いて言うなれば、タイミングが悪かった。
帝国の常駐兵だけならば1.5倍の兵を用意した王国が圧勝したはずだ。
逆に言えばそれだけ帝国二大大将軍の力は強力で圧倒的であるということであり、イテラ平原の戦いは、そのことを改めて周辺各国に知らしめる機会となったのだった。
そして戦いを起こした張本人、イテラ平原で敗走したパプラ将軍はその大敗を理由としてゼネスト王国軍から追放された。
元々イテラ平原での戦いは将軍になったばかりのパプラ将軍が戦功を焦り、国王に直談判して何とか許可を得て起こした戦だった。
このイテラ平原の戦闘は、国王やその他の王宮大臣たちが一度議論した結果、ハイリターンではあるがハイリスクの為、今すぐに無理に行うべきではないと結論づけられていた。
そのため王宮内では計画はあったが実行されておらず、本来イテラ平原の軍事衝突は起こり得なかった。
しかし、自身の戦功の為に戦が必要だったポプラ将軍は、どうにかしてこのイテラ平原の戦闘を起こす為に、軍内部の野心に溢れた若者に声をかけ、自力でロイエンタール帝国の常備兵の1.5倍の兵力を集め、自分に任せれば必ず勝てると豪語し、国王に直談判した。
国王も、それならばと許可を出した為、敗戦した場合の責任も重大なものであり、作戦立案や現場指揮に協力した士官共々軍から追放された。
さらに、王宮は今回の敗戦による国民の戦意の低下を恐れ、追放に伴いイテラ平原の軍事衝突は、ポプラ将軍が戦功を焦り、独断で行ったものと国民に公表された。
それによって追放された面々は王国内で生活ができなくなり、ゼネスト王国北部のアドラント王国との国境に潜伏し、盗賊の真似事をして生活をしていた。
盗賊として生活している時でもどうにかして将軍の座に戻りたいと考えていたポプラ将軍は、正体不明の男に唆され、帝国の皇子を誘拐し、帝国と交渉し、その成果を持って将軍の座に戻ろうと考えたのであった。―――
その後もポプラ将軍たちは、自分たちが破滅の道に向かっているなどと露知らず、たわいもない話をしては楽しそうに酒を酌み交わし、夜が更けていった―――――
今回の誘拐が容易に行えた理由が、ロイエンタール帝国皇帝の自身への保身とフィリップの優しさにより、奇しくも敵に塩を送る形となっていたことによるものだったのは、将軍たちの幸運と言わざるを得ないだろう。
死んだはずの第五皇子、期せずして帝国を救う。 百日紅 @Sarusuberi_A
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。死んだはずの第五皇子、期せずして帝国を救う。の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます