いつまでも・・・甘い心で
鈴ノ木 鈴ノ子
いつまでも・・・あまいこころで。
バレンタインデー。
昔は専ら女性から男性へチョコレートなどを贈る習慣であったが、今では友達や男性から女性へ送るなど多種多様な変化を見せる文化の一つとなっている。
この時期の商店街や百貨店、果てはコンビニや駄菓子屋に至るまでが、チョコレートを使ったお菓子で溢れかえる。パッケージも普段とは違って趣向が凝らされており、赤やピンクなどの見目麗しくそして可愛らしいものから、侘び寂びの漂うお淑やかなものまで千差万別で、百貨店のショーウインドに見本として飾られた、箱を開けられて姿を現したチョコレート菓子たちもまた、一風変わった容姿でその艶やかな甘さを体現している。
そのような美しい商品の並ぶ百貨店の通称デパ地下を1人歩きながら私も探し物をしていた。
探し物とは7歳年上の愛しい妻へのプレゼントである。
「こちらはいかがでしょうか?」
フレッシュな笑顔を讃える店員さんに気になった商品を二つ三つほど見せてもらったが、どれも気に入らず、申し訳ないと詫びて私は歩みを進めた。
「どんなのが好みかな」
エレベータ脇にある椅子に腰を下ろしてカバンからタブレットを取り出してアルバムをみる。
昨年、一昨年とプレゼントしたものを見た。洒落た装飾や美しい形状のチョコレートが写っていた。これを買うにも数日、仕事帰りにいろんな店を周りに回った。
「何がいいかな」
結婚して3年、付き合いを入れれば10年になる。
私が高校生であった頃、教育実習で妻が来たのがきっかけだ。まるで小説か漫画のようで今考えれば嘘のような本当の話といったような出会いであり、途中で何度か破局の危機も迎えたが、その度にお互いがその存在を必要と理解して、そして小指の糸は切れることなく今も紡がれている。
私が大学へと進学した頃には、彼女は教員として教壇に立っていた。毎日のメールやメッセンジャーには苦労を忍ばせる罵詈雑言や、生徒さんの頑張りに拍手喝采が残っている。
辛いことがあっても、苦しいことがあっても、頑張った妻の姿には頭が下がるばかりだ。
その妻に何かをプレゼントしたいと思う気持ちに偽りはない。
左手の結婚指輪が天井のライトを浴びてキラリと光る。ああ、この指輪もこの百貨店で買った。これを選ぶときもしっかりと時間をかけたのだった。一生物だからね、と今まで見たこともないような妻の笑顔にこの上ない幸せを感じたものだ。
「さて、もう少し探してみるか」
アルバムで満遍の笑みを讃えた妻の写真に思わず顔が綻び、そして頑張ろうと気力が湧いてくる。
再び売り場を一巡すると、ふと、ある店先にあるマカロンのお店で足が止まった。
多彩な色の並ぶ美しいお菓子に思わず目を奪われる。丸く可愛らしい形がシンプルな容器に5個ほど収まっていた。それを包み込むように守る純白のケースはシンプルなのに気品が漂っている。
「これは素敵だな・・・。あの、これって中身選べるんですか?」
店員さんに思わず声をかけるほど魅力的なマカロンであった。
熟練の売り子と思われる店員さんは的確に商品を説明してくれる。
マカロンは何種類かから選ぶことができること、マカロンの収まっている容器も溶けない細工が施されたビーターチョコでできており、食べ終わった後に珈琲のお供としても良いことなどなど、売上を得るための説明よりは商品に絶大な自信を持っているからこそできる説明であることが感じ取れた。
「じゃぁ、これでお願いします、選べるなら、これと・・・」
私は説明と直感に納得して購入することに決めた。
色は、妻との出会ってからの様々な色で合わせることにした。
出会った頃の季節の 淡い緑。
付き合い始めた頃の 桜色。
同棲を始めた頃の 黄色。
結婚式を挙げた頃の 水色。
冬のあの雪の頃の 白色。
どれもこれも思い浮かぶ限りの中から選んでみた色だ。妻もきっと喜ぶだろうか。
「彼女さんへ贈り物ですか?」
店員さんが笑みを浮かべて聞いてきた。私の年齢からすればそう見えることがあるかもしれない。
「いえいえ、妻にですよ」
「奥様になんですね。素敵です、あ、でしたらこちらのカードは如何ですか?」
サンクスカードと書かれたボードを店員さんが差し出してきた。そこには、愛のある文字が一枚の小さなカードに並んでいる。
「じゃぁ、それで」
右上の2段目にあった『いつも想っています』というカードを指差すと、まぁ、っと言うかのように店員さんが嬉しそうに笑いながら箱の中へと合わせて入れてくれた。
会計を済ますと店員さんが両手で大切なものを扱うように紙袋を差し出した。
「ありがとうございました。奥様、喜ばれますよ」
「ええ、きっと喜んでくれますよ」
紙袋を受けとり、店員さんに丁重にお礼を言いい、私は百貨店を後にすると電車に乗って帰路へと着いた。
電車車内でうとうとしてしまいそのまま寝てしまうと妻の夢を見た。嬉しそうに微笑んでいるその笑顔に夢の中の私も微笑んだ。そんな幸せな夢も、体は起きる駅を覚えているようで自然と目が覚めてしまう。
電車を降りて改札を抜けると道路を隔てた先に私と妻の暮らすマンションがある。5階の角部屋で電気が消えているが、そこは私の帰り着くべき愛しの家だ。
「ただいま、帰ったよ」
ドアを閉めて電気を付ける。靴を脱ぎ、スーツのままで私は一目散にリビングへと駆け込んだ。
「帰りが遅くなってごめんね。今年のプレゼントだよ」
毎年行っていたように妻に話しかけながら紙袋から先ほどのマカロンを取り出して見せる。
遺影に写る愛しい妻は優しい笑みを浮かべていた。
いつまでも・・・甘い心で 鈴ノ木 鈴ノ子 @suzunokisuzunoki
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