カンパネラを鳴らして16
久遠が飛鳥を気にかけ部屋に向かってから雄大と小夜は2人きりになった。
「小夜さん。もしご存知なら弥生さんのことを教えていただけませんか?」
小夜は久遠の飲みかけのカップを下げようとした手が止まり黙り込む。
その様子を見て雄大は覗き込むように顔を伺った。
「…知っているんですね?」
小夜は1度カップをシンクに置いてから戻って来てソファに座るとため息をついた。
「あの子は龍己さんと彼の愛人の間の娘なんです。
私と結婚して少しした頃、私が3ヶ月ほど仕事でオーストラリアに行っていた時のことです。あの人は私が知らないと思って愛人を作っていたんです。それに私は結婚してすぐ、飛鳥を身篭っていたんですけど…。」
小夜の言葉が詰まる。その表情から言いたくもないし、思い出したくもないと言うのがわかる。
しかし、雄大は警察だ。人の心を知りつつも事件解決のためには聞かなくてはならないこともあるのを知っている。
だけどいいから喋ろ、と言うのも難しい話だ。
雄大は時間の許す限り小夜の言葉を待った。
時計の秒針の音だけがリビングに響き、部屋の静けさを教える。
しばらくすると、小夜はため息を吐いてから話し始めた。
「仕事も終わって飛鳥が妊娠5ヶ月になったくらいの時、弥生の母親が私の前に現れたの。
旦那の子を孕んでいるんだって。愛しているのは私の方だって言いながら。」
「え…?」
小夜の言葉や声に怒りが混ざっているのが何となく雄大には分かったがあまりにも突然だったからつい、聞き返してしまった。
そんな雄大にお構い無しで小夜は話を続ける。
「だから、別れろって彼女には言われたわ。
でも、現実は違った。3月に飛鳥を産んでからその8ヶ月後の11月ことだった。
弥生は育児放棄されて乳児院に入れられているって龍己さんに連絡が入ったのよ。
父親は龍己さんって書いたメモと一緒に当時住んでいたアパートに取り残して行方を晦ましたらしいわ。
それで、龍己さんは認知はしないものの自分の責任はあると言ってその赤子を弥生と名付け養子として引き取ったわ。これが私たちの話よ。そんなことがあったけど私は弥生を娘として愛していたわ。
あの女は許せないし許したくない。
龍己さんが犯した過ちも許さないけど、それでも生まれてきたあの子に罪はない。
それにあの子にバイオリンを教えたら飛鳥にとってもいい刺激になったのか、すごく仲のいいライバルになってくれて私は嬉しかった。
だから…。」
弥生のことを語る、小夜の言葉は厳しくも優しく愛のある彼女の母親であると雄大には感じた。
「そうだったんですね。その…愛人と名乗った女性の名前などはわかりますか?」
小夜は少し考え、確かと記憶を辿った。
「佐藤カナホって人でした。」
名前を聞くと、雄大はその事を手帳に書く。
ちょうど一段落した時、久遠が飛鳥の部屋から戻ってきた。
「飛鳥さんと話したのか?」
久遠はこくりと頷く。
「そうか。」
小夜は心配そうに久遠を見た。
「飛鳥はなんて?」
「やっぱり、家事の時にずっとそばにいた妹がいないのは変な感じがするって。」
「そうですか…。」
小夜は複雑な気持ちを抱えて俯いた。
雄大は立ち上がると頭を下げる。
「お話を聞かせていただきありがとうございます。こちらからも連絡致しますので、他に思い出したことや心当たりのあることがあれば連絡ください。」
久遠も頭を軽く下げる。
「分かりました。その時はよろしくお願いします。」
小夜は立ち上がると2人を玄関先まで見送る。外に出ると久遠たちは頭を下げて帰っていった。
飛鳥はその様子を自分の部屋から見ていた。
4月19日
クオンさんは私の部屋に来て何がしたかったのかな?
写真をずっと見てから特に喋ることもなく帰って行った。
分からない。弥生のこと言うけど分かるわけないのに…。
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