カンパネラを鳴らして4
雄大が家に帰り扉を開けるとモワッとした水蒸気に乗ってパスタを茹でている独特な匂いが鼻を撫でた。
「ただいま。」
久遠がキッチンから顔をちらりと出し雄大を確認した。おかえりとだけ言ってすぐに久遠はキッチンに戻っていく。
雄大はリビングに向かいソファに体をドサリと投げた。
「はぁ…」
久遠が出来上がったパスタを持ってきて呆れてため息をつく。
「なんだよ…その目は。」
久遠は雄大にパスタを渡すとなんでもないと首を横に振る。久遠もソファに座った。
「……なんかあったのか?」
久遠は雄大の質問に答えず、パクリとパスタを口に運んだ。
それに倣って雄大もパスタを口に運ぶ。
2人で黙って夜ご飯のパスタを食べているとふと久遠が口を開いた。
「二階堂って人さ。」
「ん? 」
「ここら辺に越して来たらしい。
このマンションの近くだった。」
ぐほっと雄大は噎せた。まさか久遠から二階堂家の話が出るとは思わなかったからだ。
「汚ぇな!」
口から飛び散ったそれを見て久遠は嫌そうに雄大から距離をとった。
「悪ぃ悪ぃ、そうだったのか…
この辺にね…。」
自分の住む場所から近いなんてと考える。
「でも、なんでお前がそれを知ってるんだ?」
久遠は雄大から目線を逸らした。
「…たまたま二階堂飛鳥って人とぶつかって
歩きにくそうだったから色々手伝ってたんだ。」
雄大は昔から優しくて人に手を貸してしまう久遠の事を嬉しく思った。
あの爆発の時から5年。親を失い、弟も行方不明。身寄りは自分らくらいしか見当たらない。
それに体質のこともある。そんな久遠が変わらないでいる事がどうしようもなく嬉しかった。
「なにを笑ってんだ?」
うっかり頬が綻んでしまっていたのか久遠に言われハッとする。
「いや、まだお前にも人の心があったんだな。」
「いつ俺が人の心失ったと思ってんだよ。」
じとりと怪訝な表情を雄大に向けた。
久遠は立ち上がり皿を片付ける。
「なぁ、あの件なんだけど…」
雄大は久遠の表情を窺う。
久遠は立ち止まり黙り込んだ。その表情は雄大からは見えない。
「…別に無理にとは言わねぇ。
状況が似ているのであればもしかしたら当時の何かのヒントがあるかもしれないって話なだけだ。可能性は低いけどな…」
ポリポリと頭を掻いて雄大はベランダに出ていった。
ポケットからタバコを取り出しライターで火をつける。
軽く煙を吸ってから吐き出すと、煙は春の空へと吸い込まれていった。
久遠はキッチンへと歩き出し洗い物をする。
手袋を外して過ごせるのは雄大と一緒に過ごす家くらいだ。
喫茶店でも手袋を外せる時と外せない時がある。
久遠はため息をつきながらカチャカチャと皿洗いを始めた。
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