想いはモノに宿る 5
「このアパートの3階の部屋だ。
もう捜索はされている。まぁされていようがいなかろうが場所の残留思念?が見えるお前には問題ない話か…」
近くのパーキングエリアにて車を停めてから歩いて5分。氷室の住んでいたアパートにやってきた。
雄大は管理人のいる1階の部屋をノックする。
「はいよ。今行きます」と、戸を開けたのは70代くらいのおばあさんだった。
「すみません。警察のものですが、もう一度調べたいことがありまして、氷室洋介さんが住んでいた部屋の鍵をお借りしても?」
雄大の警察手帳を見ると、おばあさんは「はいはい」と鍵をすんなり渡してくれた。
その間に久遠はまた手袋を外す。はぁっと深く息を吐き出し、何かを覚悟した様子で雄大の後ろを歩いた。
3階にある、部屋のドアを開けようと雄大が鍵をガチャりと回した。
「俺が先に入ってもいいか?」
言い出したのは久遠だった。
「あ?あぁ、構わんが、大丈夫か?人の住んでた場所だぞ?」
雄大は久遠を労るように話す。
「…大丈夫だよ。」
意を決してドアを開けた。久遠は咄嗟に目を閉じた。誰かが住んでいた場所は触れなくてもそこに留まる者の意思なども流れてくることは少なくない。
何度か久遠はその、津波が押し寄せるような感情を浴びた。時には自分がまるでその人になったかのような感覚にすらなる。いわゆる疑似体験をする。
「……。だ、大丈夫だな。」
ふぅっと息を吐き、ホッとした。
「なら良かった。」
部屋に入るとまだ完璧には片付けられてなかった。収納ベッドにテーブルと小さめなワンセグテレビ。
布のかけられた細身の何か。
久遠は布を手に取るとバサリとそれを剥ぎ取った。
それは全身鏡だった。
「鏡か…。」
雄大はなんとも言えない表情を浮かべる。久遠は鏡に触れるのに苦手意識がある。
鏡は時にこの世のモノではないモノを写す。それが想いであれ魂であれ。
しかし、今は悠長なことを言ってられない。
もしも氷室の魂と対面できるなら願ったり叶ったりだ。
久遠は手袋を外してゆっくりと鏡に触れる。
そして息を吐き目を閉じて意識を集中させた。
ぼんやりと思念らしきものが流れてくる。
それはノイズのように頭に響いてきた。あまりの雑音ぶりに顔をしかめる。
ーーこれは声か?誰かが揉めている?
声が何を話しているのか知るために意識を声に集中させた。
『……すけ!なに勝手なことをしてるの!?延命治療を緩和ケアに切り替えたってどういうこと!?』
女の人の声だ。その声からは不安や心配と悲しみの色が混ざっている。
『………ごめん。でも、俺もう助からないらしい…癌が転移してたらしくてもっても1年か2年…』
男の声も混ざってきた。その声はどことなく悲しいような悔しいような声だった。
『転移…そんな…。
洋介…延命治療じゃなくていいの?
今からでも遅くはないはずよ?』
『……姉さんごめん。』
男の声が終わるとぼんやりと光が見えてきた。
光が人の形に変わっていくとその姿はだんだんと見たことある人になっていた。
「あなたは、氷室洋介さん?」
男は静かに頷く。洋介という男は優しそうな穏やかな表情でメガネをかけていた。
(驚いたな…ほとんど本人と変わらない…。
これじゃあまるで幽霊と一緒だ…。)
久遠は直感的に思った。昔、久遠は琥珀と話した時に面白い話したことを思い出した。
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