手紙:ふしぎですね!

拝啓 いい加減春と夏が恋しい今日この頃なので、海風が吹く街はもっと寒いのではないかと思いを馳せていました。

こちらは勿論、連日書いている通りに超寒いです。何もしなくて済むものならば一生お布団にいたい。


さて、このエッセイのようなものも半分以上掲載し終わりましたが、正直上手くまとまる気がしません。

フィクションだったらこう、まとまりを良くするための変更をきかせてしまったりできるんだけど、今回は事実とか真実とか呼ばれるものだけでなんとかまとめたいので、余計に。

……とか言ってるけどフィクション書いてたらそれはそれで言い訳きかなくて死ぬかもしれない。わたし基本的に自分で思っているよりアホだし、アホさ加減も年々加速している気がするし……。


あと『文章をちゃんと書く』ってこと自体もなんだか難しいですね。色々意識すると文章の感触が角ばったり却って不自然になったりするし。

すぐに直せる環境に甘えて、急いで書いたものを投下してしまうのもマジでよくないなと思います。ただでさえ普段から注意散漫なのにね!


かといって自分を許してもらうために人に寛容になりすぎるのを良しとできないのがわたしのチャームポイントにして、致命的に生きるの向いてない性質の一つです。

ちゃ、ちゃーむぽいんとでもあるから……(震え)。


ところで生きる意味ってなんだと思いますか?

あ、個人的にそう思うどう思うの話ではなくて、身近な人がいなくなったら寂しいから引き留めたくなるって気持ちの話でもなくて、沢山の人が『私も思っているし他人も生きた方がいいはずだ』って漠然と思っている件についてです。

どういうのを想定して、生きる意味だと思っているんでしょうね。あれってなんだか気持ちが悪いです。人には向き不向きがあるのに。

生きていればいるほど、傷つく機会も傷つける機会も多くて、だからといってやたらめったら自分を変えていくほどの意味は見いだせないし、無神経に目覚めて損得勘定で無双するのも御免だし、それを贅沢だと罵られてまで相手に合わせてやるのも癪だし。

それぞれに理由があってきめることなのに。何を以って他人に押し付けていいと思いこんでいるのか、不思議です。


とか人に見える場所に書いていると勇んで語りに来る奴いるけど答えになってないんだよなあ。なんでしょうね、あれ。


それでは、今日はこのあたりで。

敬具


令和四年二月二十四日

片手羽いえな

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