推しの電撃引退

そんな私の人生に、一大事が起きた。

世界は未曾有のウイルスに侵され、経済はストップ、敦輝くんは「あっくん」を辞めた。

「今の状況では全然稼げない」というのが理由らしい。

それでもまだ致命傷ではない。だって私は彼の家を盗聴してるから。次やる仕事なんて、すぐにわかるんだと思っていた。

なのに、どうして音がしないの?壊れた?それとも、壊された?だめ、気が狂いそうになる。敦輝くんの所在や現状が分からないだけで、こんなに不安になるなんて。私、思っていたより狂信者だったのね。

ひとまずTwitterで情報を得て、それから掲示板を覗く。

「嘘…なにも載ってない。」

人間ってすぐ忘れるし、すぐ興味が移ろう生き物よね、本当に勝手なんだから。

どうしよう。本当はこんな手段はとりたくなかったんだけれど…震える手でDMを送った。

『あっくん、私です。ゆなです。お金はいくらでも出すので、良ければ会ってくれませんか?』

敦輝くんがお金に困っているのを知っているから、ママ活のような提案をした。ただの元TOだが、彼は返事をしてくれるだろうか。

ピコン、とスマホが鳴った。

表示に目をやる。

『一回五万で良いですか?』

あつきくん、だ。うれしい。ありがとう世界。私は何の考えも持たずに返信を送った。

『もちろんです!明日の夜にでも』

『わかりました』

やったあ、もう一度生であっくんが見れるんだ。しかも今度は同担のいない空間で、ふたりきり。生きててよかったああ。


 あっという間に日付は変わり、私は職場へ向かった。

五年前から、普通の会社の事務員をしている。あっという間に二十七歳、周りはどんどん結婚していく。羨ましくなんかないが。

会社に着くと、「明日から会社に来ないで家で仕事をするように」と言われた。なんでも、感染拡大を防ぐ為らしい。私は素直に、ラッキーと思った。だって、家なら、あっくんの写真を見ながら仕事ができる。あっくんとのチェキアルバムを見返す時間が増える。なんて幸せなの。そんなことを考えながら仕事をこなし、気が付けばもう定時を迎えていた。

「先に上がります、お疲れ様です。」

周りに挨拶をして席を立つ。あと三十分であっくんに会える、そう思うと走り出さずにはいられなかった。待ち合わせ場所は、新宿の居酒屋。指定してきたのは彼。個室の方が都合いいから、と言っていた。人に見られたくない理由でもあるのかな、もうアイドルじゃないのに。


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