「それっておれじゃなくていいよね」
有栖川ヤミ
わたしの推し
「今日のあっくんも、最高だったよ!」
ここは地下のライブ会場で、目の前にいるのは私の崇拝している推し。
「えへへ、本当?ゆあちゃんがそう言ってくれて嬉しいなー」
私は毎月あっくんに三十万以上貢いでいる、所謂彼のTO(トップオタク)という存在だ。
もちろん同担拒否。友人にはリアコだと思われているけど、彼に恋愛感情なんて持っていない。あるのは崇拝感情だけ。彼は私の神様なのだ。彼がこの世に存在しているだけで、私は生きてて良かったと思える。彼のために、彼を尊ぶために、彼を喜ばせるために、社会人という生き物に擬態している。本当は、働きたくなんかないのに。
「ゆあちゃん!チェキのポーズどうする?」
神様、いや、あっくんが優しく微笑む。ウワ…かわいい。
「え、っとね、ハグがいいな」
「前もしなかったっけ?ゆあちゃん、ほんとこのポーズ好きだね。」
「だって…」
あっくんを一番近くに感じるから、なんて言えない。
「はい、撮るよー」
子供体温に、ミルクの匂い。ああ、なんてかわいいんだろ。弟ぽくって癒し系でかわいいあっくん、本当は私より一つ年上なんだよね。妹の学費稼ぐために、嫌々アイドルしてるの、知ってるよ。
早く私が辞めさせてあげるね。
「今日もありがと、またきてねー」
「うん、また行くよ。ばいばい。」
バイバイ、本田敦輝くん。
私があっくんに出会ったのは、半年前。
何となくCDを買いに行った店で、彼のグループがリリイベをしていた。アイドルなんか全く興味がなかった私は、冷やかし半分でそのライブを見ていた。その中で、茶髪で水色の衣装を着ている男の子は一番人気があるらしかった。歌うたびにキャーキャー歓声が上がっている。くだらないって、馬鹿にしきっていた。突然、黒髪で赤色の衣装を着た彼と目が合った。
「えっ」
私は思わず声を上げた。彼は神聖な笑顔を浮かべていた。目が笑っていない、アルカイックスマイル。瞬間、「やっと見つけた」と思った。生きる目的を、やっと見つけた。私はこの人をずっと見ていたい、許される限りの接触がしたい、この人のために生きたい。それからすぐに、彼のことを調べた。本名、年齢、経歴、彼女の有無まで。
そうして今に至る。友人には誤解され、親には軽蔑される今に。
「早く結婚しなさい。」
電話のたびにそう言ってくる母。
鬱陶しい、私は結婚や出産なんてしている暇はない。働いて、あっくんの人生を見守るので精一杯だ。
「そのうちね。」
いつもそう言って切っている。
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