第2話
さて、屋敷を追い出された私は、行く当てもなく歩いていた。
これから、どうしよう……。
住む家も、仕事も失ってしまった。
まあ、家にいられないことは、べつにどうでもいい。
というかむしろ、あの家から出られたことで、開放感を味わっていた。
あの家にいても、私に居場所はない。
私には、不利益ばかりだった。
彼らは私から、搾取していた。
それを私は、我慢するだけだった。
私がお店の経営を始めたのは、三年ほど前だ。
きっかけは、家が没落しそうになっていたから。
一家が没落の危機に瀕して、お父様たちは、途方に暮れていた。
だから私は、みんなの助けになると思って、初めてだったけれど、商売を始めてみた。
そしてこれが、成功した。
そのおかげで没落寸前だった我が家は、何とか持ち直した。
しかし、問題は、そこからだった。
お父様たちは、私の仕事を手伝おうともせず、すべて私にやらせていた。
手伝ってと何度も頼んだけれど、リズもお母様も手伝ってくれなかった。
クレイグは最初のうちは店番を手伝ってくれていたけれど、段々とリズと一緒にいる時間が長くなり、まったく手伝わなくなった。
私がお店であげた利益を、彼らは好き放題使っていた。
私は単なる金を生む道具でしかなく、私はそれに逆らうことができなかった。
今思えば、どうして逆らわなかったのか、自分でもよくわからない。
でも、今まで我慢ばかりしてきた人生だったから、それが当たり前だと思っていた。
べつに、恨んでなどいない。
ただ、私を手伝わなかったことが、後々命取りになることに、彼らはまだ気づいていないだろう。
私は既に、彼らが破滅を辿る道筋を計算していた……。
さて、とりあえず衣食住を、なんとかしなければならない。
何も持たずに屋敷から放り出されたので、このままでは生きていくことはできない。
お店で寝泊まりするということを考えたけれど、それは無理だ。
あそこはもう、私のお店ではない。
リズに、奪われてしまったから……。
歩きながら、私は大きくため息をついた。
「あれ? マーガレット? こんなところで、何をしているんだ?」
突然、うしろから声を掛けられた。
私は驚いて、そちらに振り返った。
「え……」
私に声を掛けてきた人物を見て、驚いた。
その人物は、伯爵令息であるルーカス・クレイドルだった。
時々パーティで顔を合わせたりしていたので、彼のことは、幼いころから知っている。
「ルーカスさん……、お久しぶりです。えっと、今は、散歩をしています」
私は、嘘をついた。
屋敷を追い出されたことは、あまり言いたくはない。
それに、彼は優しいから、私の事情を知れば、助けてくれるだろう。
でも、私の家の事情で迷惑をかけるわけにはいかない。
だから私は、何とか誤魔化して、この場をやり過ごそうとした。
「ふーん、散歩か……。でも、なんだか暗い顔をしているね。何か、あったんじゃないのか?」
「いえ、そんなことはありません……。ただ、少し歩き疲れただけですよ」
「本当に? 疲れているだけではないように見えるけれど。何かあったのなら、相談に乗るよ」
彼は、心配そうな顔をして、こちらの顔を覗き込んでいた。
「本当に、なんでもありません。心配して頂き、ありがとうございます。それでは、私はこれで……」
私はその場を去ろうとした。
彼の気持ちは嬉しいけれど、迷惑をかけるわけにはいかない。
私は歩き始めたが、うしろから気配を感じたので、振り返ってみた。
すると、ルーカスさんが歩いてついてきていた。
「えっと……、なんでしょうか……」
私は彼に尋ねた。
「いや……、別に何もないよ。ただ私も、散歩をしているだけだ。たまたま君と同じ方向になってしまうかもしれないが、気にせず散歩を続けたまえ」
笑顔で彼はそう言った。
私は誤魔化そうといしているのに、そんなことはお構いなしにグイグイ来るルーカスさん。
彼は割と、おせっかいなのである。
とりあえず、私はそのまま散歩を続けた。
うしろからは、ルーカスさんがついてきている。
そうやって五分ほど歩いたところで、私は大きくため息をついた。
しかたがない、彼に話そう。
実際、今の私には、何も打つ手がないのだから……。
「あの、実は……」
私は彼に、事情をすべて話した。
妹の婚約者を奪われ、婚約破棄されたこと、お店を奪われたこと、屋敷から追い出されたこと、すべて包み隠さず話した。
「なんて酷いんだ……、マーガレットをそんな目に遭わせるなんて、許せない……」
彼は、真剣に怒っていた。
彼なら、私の家の者たちに、しかるべき制裁を加えることだって、できるかもしれない。
でも、私の家の問題のことで、迷惑はかけたくなかった。
そこで私は、ある提案をした。
「あの……、私は今まで、ずっと我慢してきました。そして、それが当たり前だと思っていました。でも、今回ひどい目に遭って、ようやく目が覚めました。彼らは、間違っている。彼らはしかるべき報いを受けるべきだと思います。そして、その決着は、私の手で着けようと思っています」
「……わかったよ。君の好きにするといい。でも、決着をつけるにしても、まずは生活をする必要がある。その手助けくらいは、私にさせてくれ。だから、うちの屋敷に招待しよう」
「でも、そんなの……、迷惑ではありませんか?」
「いや、迷惑なんかじゃない。これは私の、自己満足だ。ただ、困っている君を見過ごすと、私がモヤモヤするから、こうしているだけだよ」
「ありがとうございます。それでは、お言葉に甘えさせていただきます」
ということで、私は彼の住む屋敷で暮らすことになった。
彼には本当に、感謝してもしきれない。
これで、私の生活は保障される。
さて、あとは、奪われた仕事を取り戻すだけですね……。
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