妹に婚約者を奪われ、お店の経営権までも奪われました。新しくお店を始めて妹の客を奪おうと思っているのですが、文句はありませんよね?

下柳

第1話

「マーガレット、君との婚約は破棄する。僕が真に愛しているのは、君の妹だ」


「……はい?」


 子爵令嬢である私、マーガレット・ドーランは、婚約者であるクレイグ・クローカーに婚約破棄を言い渡された。

 彼は、私の妹であるリズに誘惑され、断れなかったらしい。

 ショックが全くないといえば嘘になるけれど、悲しいとは思わなかった。

 それよりも、呆れる気持ちの方が強かった。


 クレイグは、妹の誘いに簡単に乗った。

 普通はそういうのって、断るものでしょう?

 あなたは、そんなこともできないの?

 自分を律することができず、ただ流れに身を任せて、平気で私のことを裏切る。

 そんな彼に対して、私の気持ちは既に冷めていた。


 彼のことが好きだったのは、遠い昔のような感覚になっていた。

 どうして彼のことが好きになったのか、既にわからないくらいだ。

 そして、彼の隣にいる人物は、私を見て笑っていた。

 私の妹である、リズだ。


「理解できた? お姉さまは、捨てられたのよ。私に婚約者を奪われて、どんな気持ち? 悔しい? 悔しいけれど、それを表に出さないように、必死に堪えているのでしょう? あぁ、なんて惨めなのかしら」


 高らかに笑う妹。

 それを見て、笑顔の両親。

 リズに甘い彼らは、彼女が幸せなら、それでいいという考えなのだ。

 誰も、私の味方はいない。


 昔からそうだった。

 両親は、妹のリズばかり甘やかし、私には関心がないようだった。

 だから、こんなわがままな妹になってしまった。

 平気で私の物を奪うようになり、いつも私は我慢していた。

 悪いのは奪う方の妹なのに、奪われた方の私が我慢しなくてはいけない。

 そんな環境が、今回のようなことを招いた。


 でも、妹の言っていることは、まったくの見当違いである。

 私はべつに、悔しいなんて思っていない。

 ただ、呆れているだけだ。

 姉のもの何でも奪う妹、その妹の誘いに簡単に乗る婚約者、妹さえいいならそれでいいと、それらを見過ごす両親……。


 こんな状況では、涙なんて出ない。

 出るのは、大きなため息だけだ。

 べつに、勝手にすれば、と思っていた。

 しかし、私が奪われたのは、婚約者だけではなかった。


「なんだか、お姉さまのリアクションが、思っていたものじゃなくて、つまらないわ。でも、これを見ても、そんな態度でいられるかしら?」


「リズ……、それって、まさか…」


 妹がその手に持っていたのは、私のお店の権利書だった。

 私の印鑑まで押されてある。

 まさか……、印鑑を私から奪ったの? 

 両親の協力もあり、私のお店の経営権は、すでに妹に譲渡されていた。

 こんなの、あまりにも酷すぎる……。


「あぁ……、やっといい顔になったわね、お姉さま。私に奪われて、悔しがるその顔が見たかったのよ」


 リズは笑みを浮かべている。

 私は、彼女から権利書を奪い返そうとした。


「リズ、それを返しなさい!」


 私は彼女に向かって迫った。

 しかし、彼女の隣にいたクレイグが、私を勢いよく突き飛ばした。


「リズに対して手荒な真似をすることは、この僕が許さない!」


 彼は、床に倒れている私に向かって叫んだ。


「ありがとう、クレイグ。私を守ってくれて、嬉しいわ」


 頬を赤らめて、リズはクレイグに抱き着いた。


「これくらい、お安い御用さ。君を守るのなんて、当然のことだよ」


 クレイグは、リズに微笑んだ。

 なんなのよ、この茶番は……。

 こんなこと、許されるはずがないわ……。

 その権利書は、私のものよ。

 それを奪うなんて……。


「もう我慢できない!」


 私たちのやり取りを見ていたお父様が立ち上がった。

 まさか、ようやく、私の味方をしてくれるの?

 さすがにやり過ぎだと、気付いてくれたの?

 そう思ったが、それは間違いだったことがすぐに分かった。


「リズに暴力を振るおうとするなんて、許さないぞ! マーガレット、貴様はこの屋敷から、追放する! 今すぐ出ていけ!」

 

 お父様は、私に向かってそう言った。

 一瞬でも味方になってくれると思った私が馬鹿だった。

 そんなこと、あるはずがないのに……。


「待ってください、お父様! 私はただ、権利書を取り返そうとしただけで、暴力を振るおうとしたわけでは──」


 私の言葉は、突然遮られた。

 お母様の、ビンタによって……。


「いい加減にしなさい! 言い訳なんて、聞くつもりはないわ! 追放という言葉が聞こえなかったの!?」


 お母様は、私に怒鳴り散らした。

 頬が熱い。

 この屋敷には、私の味方は誰もいない。

 そのことを、私はあらためて認識した。


「出て行くつもりがないのなら、無理やり追い出してやる!」


 お父様が、私の髪を引っ張りながら、玄関の方へ引きずり始めた。

 これが、この人たちのやり方なのね……。

 私はもう、ここにいる人たちを、家族だとは思えなくなっていた。

 私は、屋敷の外に放り出された。


「残念だったわね、お姉さま。何もかも私に奪われて、悔しいと思っているのが、その表情から伝わってくるわ! もう、お姉さまは#用済み__・__#なのよ! 私たちはこれから、幸せに過ごすわ!お姉さまも、お元気でね」


 歪んだ笑みを浮かべる妹たちに見送られ、私は屋敷から追放された。

 用済みですって?

 あぁ……、そういうこと……。

 だからこのタイミングで、私を追放したというわけね。


 私は妹の言葉を聞いて、彼女たちの破滅へのカウントダウンが、既に始まっていることに気がついていた……。

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