第9話 全ては巡る

 夢を見た。俺の人生の何かにつけて上映される、あの馬鹿げたお伽噺の夢だ。

 夢が上映される舞台に生卵でも投げつけてやりたい。けれど、夢の観客である俺は、それをすることができない。金縛りにあったみたいに体が縛られている。

 上映を告げるブザーが鳴った。やっと俺の体は動く。けれど、お利口さんに歓迎の拍手をした。


「あなたって本当に面白いのね」

 お姫様は、上品に口元を抑えくすくすと笑います。

 青年が話したのは、村の友達と魚を釣りに行き、大量に釣れたと思ったら10匹の野良猫が訪れて、奪い合いになったという話です。これを出来るだけ冒険チックに、自分が主人公にスポットライトを当てて話しました。

 自分の話を喜んでくれた彼女の笑顔が、キスをしてくれたことより嬉しくて「なら、次は君も来なよ!」と誘います。

 けれど、お姫様は頷きません。小さく俯き「それはできないの」と呟くのです。

 そして、ゆっくりと呼吸を置いて語り出します。

「あなたたちと過ごすことはできないの。 私は、みんなを不幸にさせる」

 青年は、話の意味が分かりません。彼にとって、お姫様といる時間が何よりも幸福な物なのです。他人の不幸よりも、自分とお姫様の幸福が何より重要だったのです。

「なら、僕が、みんなをここに連れてくるよ! でっかい魚を持って!」

 お姫様は、とても悲しそうに笑いました。凄く重要な決断に悩んでいるようにもみえる笑みです。けれど、青年からしたら、お姫様のどんな笑顔でも幸福でした。

「ありがとう。 とても楽しみにしている」


 舞台を見ていたら警報のような電子音が鳴り響き、雑に舞台の幕が下りた。この夢は、現実の影響を強く受ける。だから、この電子音が、現実から聞こえてきていると、すぐに判断が出来た。

 この夢は、終幕まで変わることはない。同じ夢が、何度も繰り返し上映されている。

 だから、鳴り響く雑音は、現実での異常を示している。


   *


 目が覚めた。気づいたときには眠ってしまっていたらしい。日は随分と傾いている。

 夢の中で聞こえてきた同じ電子音が、絶え間なく聞こえる。それは、着信音だ。

 ジャケットからスマホを取り出した。

「もしも――」

「鹿間、すぐにそこから逃げろ」

 全てを言い切るよりも先に、電話越しからアンがそう告げ、雑に電話が切れる。

 状況を考える必要は無かった。理由は、ガラスが割れる音と少女の悲鳴が、全ての説明になったからだ。

 すぐに屋上から2階の事務所へ向かう。近づくにつれて、少女の悲鳴の中に「動くな!」と地鳴りのように低い男の声が混じる。

 事務所の扉の前にいる数人の男を押しのけて、守るべき双子の姉妹の元へと向かう――あと一歩とゆう所で、体は地面に伏していた。男の一人が、俺を取り押さえる。

「また、会いましたね」

 俺を抑えている男の声ではない。地面に押さえつけられている俺を見下している男――拭いきれない恐怖心を俺たちに植え付けた男――黄瀬波歩だ。

「黄瀬ぇ! てめぇ、何のつもりだ!」

「何を言うんですか、魔法司所として当たり前の仕事をしに来たんですよ」

 一瞬、意味が分からず、脳が考えることを辞めた。けれど、泣き声交じりで俺の名前を呼ぶ声が、思考を巡らせる。

 スーツを着た男たちの手から伸びる、温度を持たない鉄製の縄に拘束されている雪音と雨音と目が合った――魔法具に拘束される2人は、地面に膝をつき、泣いている。白くて透き通るような肌から血が滲んでいた。揃えられたパッツン前髪は涙で汚れている。足元には、俺があげた銃の玩具が踏みつぶされて、粉々になっている。

「お前ら……その子達から離れろ」

「ヒーロー気取りですか? 呑気な物ですね。 こんなゴミを野放しにしておいて」

「訂正しろ。 こいつらはゴミじゃねぇ!」

 立ち上がろうとするが、それよりも強い力が圧し掛かり骨が鈍い音を立て、激痛が走る。

 痛みに叫び声を上げる俺に唾をかけるみたく、黄瀬は腰を低く降ろした。

「魔女は世界のゴミなんだよ。 私の監視もまともにできないゴミが、粋がるな」

 胸を刃物で刺されたような感覚だ。黄瀬は全てを知っているということか。

 言葉が出なかった。弱みを握った強者の憎たらしい笑みを黄瀬は浮かべている。

「魔女の双子を手に入れた! 手に入れたぞ! 魔女は存在したんだ!」

 立ち上がり咆哮するこの男は、狂人以外の何物でもない。

 咆哮が続く中、鈍い痛みが脳を揺らした。薄れていく意識の中で、少女の声だけが聞こえる。助けを求める声でも、俺の名前を呼ぶ声でもなかった。

「ごめんね! 私たちのせいで――」

 俺の意識は途絶えた。

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