第6話 魔女を証明するための危険
Bar黒猫を訪れてから1週間が経過した。この1週間の空白は、想定内の事だ。
こっちから一方的に仕事を受けた次の日から行動に移せるものではない。
理由は、簡単だ。
真っ黒な仕事だが、仕事には変わりない。それも、正当な仕事より遥かに危険の多い物だ。だから、依頼主もこちらを精査する。
俺という個人を知る、というよりも、俺というアカウントを知られる感覚に近い。
職業探偵の男性、年齢は三十代、bar黒猫の常連である。この程度の物だ。
ただ例外として、依頼主がアンに情報を買うという形をとっていたら、俺と言う個人は丸わかりではある。そこまでは、俺の関与しない領域であり承知の上だ。
ただ、アンも金だけで動くわけではない。彼女も、また自分の中の絶対的なルールを持っている。嫌いな奴だが、長く付き合いを続けている理由はそこにある。
最初の数日は、危険な仕事に2人の少女を巻き込んでしまった事を不安に思っていた。しかし、1週間も経過すると不安も日常に溶け込んで、なんてことの無い日に変わる。
ただ、俺たちの生活に変わったことがいくつかある。
まず雨音と雪音は、俺の事を「おじさん」ではなく「鹿間」と呼び捨てするようになった。それから、事務所の一角が子供部屋のように変わり2人専用のベッドが増えた。あと、三十代男の暮らす散らかった空間が、雨音には耐えられなかったようで、綺麗に整頓されている。テーブルが本来の役割をきちんと担っていた。
それから、2人は思ったより、アンから引き受けた仕事に乗り気で、スパイのような真似事をするようになった。俺が酔って注文した銃の玩具二十個を町中に隠したそうだ。
雪音いわく「凄腕のスパイはいつだって計画的だ」という事らしい。
俺たちの中で変わっていったのはそれくらいだ。
俺は、屋上にいた。自分で用意したアウトドア用の椅子とパラソルが置いてあり、足元には吸い殻で半分ほど満ちたバケツがある。椅子に座りながら煙草に火を付けた。
部屋で吸わなくなった理由は、2人の少女の綺麗な黒髪から煙草の臭いがして欲しくない、という個人的な物だ。理想的な物が汚れていたら嫌だろう。
「鹿間! 屋上にいる?」
雪音の声だ。
あぁ、そうだった。俺は、声だけで2人を判別できるようになっていた。コミュニケーションが取りやすくなったのも、俺たちの中で変わったことの1つである。
椅子から腰を上げ、屋上の下を見下ろす。事務所の窓から雪音と雨音が顔を出していた。そよそよと吹く風にパッツン前髪が揺れていて、部屋で煙草を吸うのを辞めてよかったと思う。
「どうした? 腹減ったのか?」
「違うよ! なんか、黒い郵便物届いたよ!」
ついに来たようだ。煙草を靴底で消し、吸い殻をバケツへ投げ捨てる。
黒い郵便物は、bar黒猫からの物だ。とても分かりやすく、そのせいで異様なまでの存在感を放つ。無視しようにも脳にこびり付くんだ。煙草を吸っていても、酒を飲んでいても、飯を食っていても、眠っていても、黒い封等の存在を思い出してしまう。
屋上から事務所へ戻り、雪音が抱えていたA4サイズの封筒を手に取る。
「誰が渡しに来た?」
「宅急便のおじさんだよ」
やっぱり憎たらしい奴だ。分かり易く秘密の封書を届けるのは、俺に対する嫌味……それとも情報屋としての様式美だろうか。切手の無い封筒、そもそもこの時代に空飛ぶ魔法具を使わない郵便屋など存在しない。
「仕事の郵便?」
雨音は分かっているようだ。だが、俺達の間に不穏な空気や緊張感は訪れない。雪音が「スパイになれるってこと!」とはしゃいでいる、というのも理由だが、何より覚悟を決めている。
封書を開けると中には仕事に関する情報の写真が1枚、書類が2枚、メモカードが1枚入っていた。
2枚の書類の内の1枚は、成功報酬や前金、その他細かい金額が書かれている。これは、あまり重要ではない。
もう1枚の書類には、スーツに身を包み証券マンのような黒髪の七三分け、細縁の眼鏡をかけた、いかにもな男の写真がクリップで止められている。書類に目を通すと男の情報が書かれていた。
『
その他にも、仕事の内容が書かれている。ほとんどバーで話したような内容だ。
ただ、より詳細が記されている。
俺達は、3日後、この黄瀬という奴を1日監視し、夜10時の時点でどこに向かうかを知らなくてはいけない。そこがコンビニであろうと、他人の家であろうと、まして夜のお店であろうと、夜10時00分00秒時点で黄瀬がいる場所を書類に記載されている電話番号に伝えなくてはいけない。電話越しへの相手へのルールも書かれていた。
電話を1コールで切る。その後、電話を掛けた端末へ折り返し連絡が来る。
その相手が何を言っても「黒い財布を忘れたんですけれど」と伝える。
これに対して相手が何を言っても「では、ここに届けてもらえますか?」と言い、黄瀬がいる場所の住所を伝える。難しいようで簡単な話だ。
だが、俺にとってもルールや黄瀬の情報は重要ではない。
目的を見失ってはいけない。真っ黒な仕事を行うのだから、目的を見失うのは自分のルールに反する。この黒い封所で重要なのは、仕事のやり方だ。
まとめると、この仕事は「監視」だ。
凝ったことも、捻ったこともしない。ただの監視。
つまり――2人の魔法に関係している。
「3日後に、魔法を証明してもらう」
流石に雨音も雪音も、空気をピリつかせた。それもそのはずだ。
俺は、この1週間、魔女の魔法の話を一切していない。
ピリついた空気の中、最初に口を開いたのは雪音だった。
「なんで、そのおじさんの監視の仕事が証明になるの?」
「それは、お前らを見てれば分かる。 今だってそうだろ?」
雪音は、意味が分かっていないようだ。仕方がないから説明を続ける。
「迷子犬を探した時、さしずめ、お前らが誘拐したか、俺よりも先に見つけて隠していたんだろ。 魔女って話を信じないんなら前者だが、俺は後者を信じている。 あとは簡単だ。 無くした煙草の場所を知っていたり、お前らに見せていない書類の内容を知っていたり……2人の魔法は『見る』ことに関係している」
全てを言い切り「違うか?」と追い打ちをかけた。
雪音は、戸惑ったような表情を浮かべ、チラチラと雨音の方を見る。俺も、雪音に流されて雨音へ視線を向けた。何かに観念したようにため息を付く。
「半分は正解で、半分は間違い。 確かに、私たちの魔法は『ミル』ことに関係してる」
「だろ。 だから、監視の仕事をする。 魔法司所の上層部の奴なら、子供の悪知恵レベルで監視はできない。 どこかで、嫌でも見る魔法が必要だろ?」
「それなら、今、証明できたんじゃないの? いや、もっと前から予測していたなら、いつだって証明できたはず」
雨音は納得いっていない様子だ。今にも、噛みついてきそうなほど、俺を睨みつける。
「確かに見る魔法と言ったが、どうしても2人が同じ魔法を使っているようには思えないんだよね~」
雨音の表情が柔らかくなった。驚いたような、呆気にとられたような、なんとも言えない表情を浮かべる。
「まぁ、ただの予測だよ。 さっきも言ったが、今の状態だと子供の悪知恵とか運とかで魔法だって言えてしまうだろ? 疑いようもない状態で、真実を知りたいんだよ」
嘘ではない。だが、真実を全て話したわけでもない。俺にとって、2人が魔女であるか、魔女ではないのか、というのは重要な事柄だ。どうしても、自分が納得できる状況で証明されなくてはいけない。
「……やめるなら2人は無理に仕事を手伝えとは言わない。 簡単な仕事だが、危険が無いわけではない」
雪音は、どこか姉の表情を探っているようだ。なんとなく予想はしていたが、魔女の魔法に関して雨音が管理していたのだろう。アンと交渉をした時も、雪音は魔女に関する事に口を挟まなかった。
「……るよ……って……なりたいし」
「なに?」
「やるよ! スパイになりたいの!」
雨音は賢く、そこらの大人より大人びた性格をしている。所作も上品で、どこかのお姫様みたいだ。だが、こうゆう所を見ると「あぁ、やっぱり子供なんだ」と思ってしまう。
「じゃ、スパイごっこするか」
雪音も雨音も、大きな笑顔を見せた。隣に並んでいると性格の表情から、分かり易く2人を判別できる。けれど、子供らしい無邪気な笑顔をされると、どうしても見分けがつかない。それは、とてもいいことだ。
俺達は3日後、仕事をする。ただ3人の中で、魔女を証明できればよかった。魔女の存在意義とか、歴史とか、過去とか、逸話とか、恐怖心とか、不気味さとか、嫌悪感とか、蔑称であるとか、全てがどうでもいい。
でも、魔女を嫌う世界は、この証明を見過ごすわけが無かった。見過ごされるわけがないのだ。この世界が出来上がった様に――
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