第3話 魔女とこれから

 俺は、夢を見ていた。自分が主人公ではなく、俯瞰的に第三者として状況を見ている。劇を見ている観客ともいえる。物語には関係しないが、確かにその場に存在し、主人公と同じ空気を吸っている。俺は、夢の観客だ。


 ある山の上住むお姫様が居ました。とても美しく、高嶺の花のような存在の女性です。彼女を人々はこう呼びます――硝子の姫――首に着けている赤いハート形の硝子のネックレスが、彼女の象徴だからです。

 しかし、彼女には秘密があります。

 毎晩零時になると、彼女の住むお城の窓から外を見るのです。すると、月明かりに照らされた1人の少年が顔を出します。山の麓の村に住む青年です。

 お姫様は、毎日、この青年と内緒のお話をするのが大好きでした。青年も、彼女の笑顔が大好きでした。


 夢は、そこで途切れた。どうせ、朝起きたら、この夢を見ていたことは忘れてしまう。ただ、何か夢を見ていた、という感覚だけがいつも残る。気にはならない。なぜなら、俺は、夢の続きを知っているからだ。

 幼い頃、眠る前に父がよく聴かせてくれたお伽噺だ。だが、この話は好きじゃない。好きではないが、とても印象的で、俺の人生の事あるごとに夢として現れる。

 女性にフラれた時、雨が続いて心が落ち込む時、自分を魔女と語る2人の少女に出会ってしまった時。


   *


 目が覚めた。ぼんやりとする意識へ、つけっ放しのテレビの声が乱入してくる。

 テーブルの上転がっていた1本の煙草に手を伸ばして、火を付ける。液状化したように揺れる脳内をニコチンが固形にしていく。聞き流していたテレビの音声をはっきりと意識する

『本日、午前8時、マジック詐欺を行っていたとされる集団が一斉摘発されました。 魔道司所と警察が連携し行う捜査は前例のない事であり、取り締まり強化が行われる模様です。 また、続報が入り次第、お知らせします』

 いつもだったら気にもしないニュースだが、この日だけは意識せざる負えなかった。それは『魔道司所』という単語が深く関係してる。

 日本は、国会、内閣、裁判所、魔道司所の四権分立によって国が成り立っている。

 簡単に説明すると、国会が法律を定め、内閣が国の仕事を進める。裁判所が法律に基づいて争いごとを解決する。この3つの機関は、あくまで人間と人間だけで全てが終わる。

 魔道司所とは、人間とが関係してくる全てを担う機関なのだ。だから、マジック詐欺に関しても、魔法を主体として行われる詐欺行為だったために、魔導司所が指揮している。

 俺の憶測ではあるが、加害者と被害者を取り締まるのが警察の役割で、詐欺に使われた魔法と魔法を使った加害者を取り締まるのが魔道司所という事だろう。

 普段は気にも留めないニュースが気になってしまうのは、やはり昨日のことが関係しているとしか言いようがない。

 ――私たちは魔女です。

 瓜二つの姉妹の声色と言葉がはっきりと思い出せる。俺にとって、あまりに空想的な話で、昨日のそれ以外を思い出せない。

「おじさん! おじさん!」

 ほらみろ、昨日と同じ声が空気を揺らし、俺の鼓膜まで揺さぶってくる。いや、これは、現実逃避だ。煙草を吸っている視界に見覚えのあるシルエットが微かに映っている。俺は、ゆっくり煙草を1本吸いきってからシルエットに声を掛けた。

「なんで、うちにいるんだ」

「だって、住む場所無いんだもん」

 片方の少女が言った。姉なのか妹なのかはわからない。

「……そうじゃない。 昨日の夜からどうして朝まで、うちにいるんだってことだ」

「おじさんの依頼主だからだよ~」

 同じ少女が答えた。舐めたような口の利き方は、昨夜魔女であることを告白された時の印象とは異なる。

「妹か?」

「妹の雪音(ゆきね)です。 私が、姉の雨音(あまね)。 昨日、妹と約束したはずです。 迷子犬を見つけたら、なんでも言うことを聞いてくれると。 なので、私たちの家族を探してください」

 今までとは違う芯の通った口調が答えた。1つの質問で、俺の中の疑問が解決した。あくまで、ほとんどだ。全てではない。俺は、解決していない4つの疑問を雨音に投げかける。

「何でも言うことを聞くって言ったけど、それは見つけたらの話だろ? 妹は、闇雲に公園を目指し、俺を脅かしただけだ」

「いいえ、あれは私たちの魔法で見つけました」

 俺は「魔法ねぇ」と馬鹿にするように呟いた。なぜか、脳がぼんやりと何かを思い出そうとしている。少し間が開いて、雨音の言い回しから思い出した。

「お前らが、マロンちゃん隠したんだったよなぁ!?」

「あれは、魔法じゃないです。 普通に隠しました。 でも、魔法であなたより先に見つけて隠しました。 条件が無くちゃ、子供の話を大人は聞いてくれないでしょ」

やけに煙草が吸いたい。テーブルに視線をやるが、新しい煙草は無い。昨日着ていたジャケットのポケットを弄る。雪音と出会う前にコンビニで煙草を買ったはずだ。 

 しかし、ポケットからは何も出てこない。

「煙草は公園に落ちてるよ。 でも、誰かが踏んじゃってる!」

 雪音の方を見た。彼女は、ニコニコと誇らしげに笑っている。

 迷子犬を見つけた時の魔法の実演なのだろうか、そんな疑いに答えたのは、雨音だ。

「雪音の言う通りです。 確認に行きますか?」

 俺と雨音の間の空気が、少しだけ張り詰める。しばらく魔女と名乗る2人を警戒したが、考えるための材料が少なすぎる。

「いや、いい」

 俺は、灰皿に転がっているシケモクに火を付けた。解決しない疑問の1つ目は、理屈でいうなら解決した。簡単な話だ。俺の手伝いをしたから、約束通り言うことを聞けという話だ。

 それより2つ目の疑問が重要だ。

「なんで、お前らが、この部屋で一晩迎えているんだ」

 独身の三十歳男性が作り上げた部屋、兼事務所。カーテンの隙間から差す光が、部屋の埃をキラキラと照らし、ヤニに汚れた壁や天井、そこかしこに転がる空き缶は全て酒だ。,黒い長髪でパッツン前髪の少2人は、あまりにも似合わない。

 深夜の夜道で三十のおっさんが、小学生くらいの少女と一緒にいるのは通報されても仕方がない。だが、人の姿もない夜道で「家族がいない」と言われたのなら、寄り添ってあげるべきだ。

 ただ、一晩家に帰らず、ここで過ごすのは俺の中のルールに反している。

 雨音は、迷いなくはっきりと答えた。

「迷子犬はの魔法で見つけました。 なので、ご褒美は2つです。 1つは、家族を探す事。 2つ目は、家族が見つかるまでここに住まわせてもらう事」

 ただの屁理屈だ。しかし、納得せざるを得ない。理由は、3つ目の疑問に関係してくる。

「全部、魔女の傲慢ってことか?」

「いいえ、私たちは傲慢じゃありません」

 雨音は、俺が思っているより賢い子なのだろう。大人の意地悪な質問に、的確に答えた。普通の子供なら「いいえ」とだけ答えるだろう。それは、自然と魔女であることも否定することになる。だが、雨音は「傲慢」だけを否定した。つまり、彼女は魔女であると言い切ったのだ。

今は、これ以上考えるのを諦めよう。諦める理由は、4つ目の疑問に関係してくる。

「お前ら、腹減ってない?」

 瓜二つの少女改め、姉の雨音、妹の雪音はタイミングを計ったかのようにコクリと頷いた。

 俺は、探偵だ。個人的に、探偵は法律的にグレーな商売だと思っている。だから、何があっても、結果がどうなろうと納得できる自分ルールが必要だ。

 2人の少女を助けるべきだ、とルールは言っている。世間に嫌われている魔女で、家族のいない子供なら尚更だ。

 それに、俺は、魔女に世間一般的な嫌悪感を抱いていない。

 それでも、やっぱり俺は、一度1人で整理する時間が欲しくて、朝ご飯の買い出しをするべく2人を残して部屋を出た。

 コンビニへ向かう途中、2人の正体についてではなく、どう接するかについて考える。

 小学生くらいの少女が「家族を探して欲しい」と言っていることは問題だ。その問題を考えたうえで「魔女か否か」という話になる。仮に、魔女であるということが嘘だとしても、家族を探して欲しいと願い、自分を魔女だと語らなければいけない子供など悲劇でしかない。

 それに、俺へと魔女を語られてしまうと無視できない。これは、法律などといったお堅い理由ではなく、とても個人的な理由が関係している。

 なら、手を貸すのが正しいのだろう。法律や世間体以外にも、考え付かないような問題が山のようにある。見知らぬ子供を預かるとは、そういうことだ。

 そもそも本当に魔女であるなら、俺の考えが及ばない域になる。

 ただ、それらを「一旦置いておいて」としてしまう自分がいる。自分の中のルールもそうだが、最も、理想がそうさせる。幼い子供は、両親と仲良く暖かい家庭にいるという理想だ。

 俺は、この子たちに手を貸すべきだ、きっと――結局、結論が出ないままコンビニへ行き、買い物を済ませ、部屋の前まで帰ってきてしまった。

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