○○回目のおめでとう

カチ、コチ


 静かな病室内は秒針の音がよく響く。止まることなく、途切れることなく、一定のリズムを刻むそれが天辺に差し掛かると、次いで長針と短針もピタリと12を捉えて、ピピピッと小さく次の日を告げた。


「あぁ、ようやく」


 ベッドに横たわっている老人が消え入るような声で呟いた。

 かさついた唇は緩慢な動きで開閉するも、あまりにゆっくりすぎて、紡がれた声を言葉として聞き取るには少し無理があるように感じる。


「はっぴー、ばーすでー」


 小さく掠れた声は、けれど静かな病床には大きく響く。

 閉じられた瞳はもう何も見えていないのだろう、うっすらと瞼を開いてもまたすぐに世界に蓋をしてしまった。


「けんと」


 ゆるりと口を動かす老人は、懐かしむように、噛み締めるように誰かの名前を口にする。

 そして目元をゆるめ、微笑んだ。








 夜明け、病床に訪れた看護師が目にしたその老人は、それはそれは幸せそうな顔をして眠っていたそうな。

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生きたい俺は、死にたいお前に絆を残す 幽宮影人 @nki

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