第6話 伝説の存在



 全ての災いの祖にして、それを鎮めるための『希望』……

 言っていることの意味はわからないが、今俺にとって一番欲しいのが『希望』である。

 わらにもすがる思いで尋ねてみる。



「お前が『希望』だというのなら、この状況を解決できるか」


『それはアナタ次第になります。先程も告げたように、まずは南西へ向かってください』


「……わかった」



 理由について問いただしたいところだが、そんな問答をしている余裕はない。

 何もしなければ、ただ死ぬだけだ。

 だったら、たとえそれが罠だったとしても、信じて動くのみである。


 レーダーを確認し、南西に向かって走り出す。

 前方にはまだ数体の反応があるが、迂回はせず真っ向からぶつかっていく。

 両腕のマニピュレーターは完全に壊れているため、武器を持つことすらできないが、振り回せば鈍器程度にはなるだろう。



「オラァ!」



 精神の昂りに任せて、デウスマキナをなぎ倒していく。

 既に鈍器代わりに使っていた両腕は千切れかけ、体当たりを繰り返したボディはボコボコに凹んでいた。

 左右のカメラも死んでいるため、最早正面しか見ることができない。


 動いているのが不思議なくらいの状態だが、辛うじて無事な脚部で必死に駆ける。

 後ろからはまだ複数のデウスマキナが追ってきていたが、前方にいたデウスマキナは粗方処理した。



『あと少しです。あと少し進めば、この「狂乱」は収まります』


「っ!?」



「狂乱」が、収まるだと……?

 にわかには信じ難いが、事実であれば本当に『希望』足りえる情報だ。


 はやる気持ちを抑えて操作に集中する。

 姿勢制御機能は停止し、機体自体もボロボロ――本来であれば、普通に立っていることすら困難な状態なのだ。

 少しでも集中を切らせば、転倒は必至。

 そうなれば、追いつかれたデウスマキナの群れに俺は圧し潰されてしまうだろう。


 先程までなら、そんな未来も受け入れられたかもしれない。

 しかし、『希望』が見えた今、そんな未来はまっぴらごめんだった。


 脳が焼け付きそうな緻密な操作を繰り返しながら、『希望』の地へ向けて駆ける。

 戦闘中は気づかなかったが、良く見ると周囲には遺跡のような古い建物が乱立していた。

 平常時であれば歴史的遺産に胸を躍らせていただろうが、今はただの邪魔な障害物でしかない。



(もし完全マニュアル操作での障害物競走でもあれば、今の俺なら金メダルが取れそうだな)



 そんな益体もないことを考えながら、建物を避けていく。

 否、実際には避けきれず、建物を削りながら走っている。

 歴史的に見れば素晴らしい価値があるであろう建物を破壊しながら進むのは、流石に少々心が痛む。

 もし俺が生き残り、映像記録を世に出せば、恐らく学者などから非難の嵐を浴びせられるだろう。

 しかし、それでもいいから、生きてこの映像記録を持ち帰りたい。



「っ!?」



 そう思った瞬間、横合いから強い衝撃を受けて機体が吹き飛ぶ。

 何らかの攻撃を受けたのだろうが、左右のカメラが死んでいるので、何をされたのかもわからなかった。

 幸い、機体はまだ動く。体勢を立て直し、衝撃を受けた方向にカメラを向ける。



「なっ……、馬鹿な……」



 カメラに映し出されたもの――それは信じられない存在であった。



(……見間違いじゃ、ないか。あれは間違いなく、【アトラス】だ)



【アトラス】は、現在発見されているオリジナルと呼ばれるデウスマキナの中では、【ヘラクレス】に並ぶほど多く発見されている機体だ。

 それでも、普通であれば書物でしか見たことのないような――、伝説とも呼べる存在。

 その伝説が、今俺の目の前で、不完全ながらも動いている……



(とんでもない発見だが、こんな化け物、相手にしてられんぞ!)



 オリジナルのデウスマキナは、単純な機体性能だけで言えば、現代のデウスマキナの性能をはるかに凌駕している。

 特に魔導融合炉リアクターの出力に関しては別次元で、力勝負では全く歯が立たない。

 何故ならば、現在出回っているデウスマキナの魔導融合炉に内蔵されている魔導結晶エーテリウムは、オリジナルの魔導結晶を粉砕し、少しだけ混ぜただけの合いびき肉のようなものでしかないからだ。


 単純に数千倍の出力があるというワケではないだろうが、間違いなく数倍以上の差があるハズ。

 つまり、たとえ万全な状態であっても敵う相手ではなかった。



(逃げるしかない……!)



 立ち上がり、即座に距離を取ろうとする。

 しかし、左脚部の反応がおかしい。

 先程の衝撃で、ついにイかれてしまったようだ。


 それでも、左脚部を引きずるように後ずさる。



「おい! まだなのか!」


『私には正確な距離はわかりません。ですが、あと僅かであることは間違いありません』



 役に立つのか立たないのかわからないような情報しか得られなかったが、まだ完全に諦めるには早いらしい。

 であれば、足掻くのみである。


 絶妙なスラスター噴射で、小刻みに距離を取る。

【アトラス】を視界に捉えるため、移動はバックだ。

 これまで以上に繊細な操作に、脳と手足が悲鳴を上げている。

 気を抜くと一気に意識を持っていかれそうだったが、「狂乱」と薬のお陰で目だけは冴えていた。



(さあ、来い!)



【アトラス】が動き出す。

 凄まじい加速で、瞬く間に距離を詰めてきた。

 伸ばされた腕に掴まれれば、確実に捻り潰されるであろう。


 俺はその突進に対し、後ろに躱す――のではなく、前に踏み込んだ。

 伸ばされた腕をすり抜け、【アトラス】の突撃に自ら当たりに行く。

 その瞬間、凄まじい衝撃が走り、俺の機体が跳ね飛ばされた。

 吹き飛ぶ勢いで発生したG(加速度)により、意識が遠のいていく。

 


 薄れゆく意識の中、遠くで声が聞こえた気がした。




『おめでとうございます。アナタは「狂乱」の影響下から抜けました』


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