第7話 「狂乱」を抜けた先



っ……」



 ズキズキとした痛みで意識を取り戻す。

 腕を動かそうとしたが、全身が痺れていて満足に動かすことができない。

 随分と長いこと意識を失っていた気がするが、一体どういう状況なのか……


 モニターも完全に壊れており、外の状況は確認できない。

 体にかかる負荷から、機体は仰向けに寝ている状態と思われるが、あの衝撃では恐らく原型はとどめていないだろう。



(時間は……午前8時か……)



 幸い、「狂乱」対策で外付けしていたネジ巻き時計だけは生きていたため、時間だけは確認することができた。


【カプリッツィオ】に入ったのが、4月16日の午前6時。

 400キロメートル地点に突入する前に仮眠を取り、【レオニダス】に遭遇したのが17日の午前8時頃だったと思う。

 その後は時計を見る余裕などなかったが、【アトラス】と遭遇した時点で日が暮れていたので、半日ほど寝ていたということになる。


 随分と長いこと意識を失っていたようだが、あれだけの衝撃を受けたのだから、むしろ早く目覚めた方と言っても良いかもしれない。



「おい、聞こえているか」


『…………』



 スピーカーからはなんの反応もない。

 どうやら、通信機器も完全に壊れてしまったようだ。

 恐らくこの機体にはもう、まともに動く機能は存在していないのだろう。



(結構気に入っていたんだがな……)



 子どもでもできるバイトを数年して貯めた金と、さらに親に借金までしてやっと手に入れたデウスマキナ――【フォティア参式】。

 最新の肆式には手が届かず、人気機種の弐式も予算的に厳しかったため妥協で手に入れた機体ではあったが、数年も乗れば愛着も湧いていた。

 しかし、これまでの壊れ具合から考えても修理は不可能だろう。残念ながら、廃棄ということになる。



(……いや、そんなことを考えられる状況でもないか)



 修理するにしても廃棄するにしても、それは全て無事に帰れたらという前提の話である。

 今は、どうやってここを脱出するかについて考えねばならない。

 そして、まずはこの体をどうにかするかだが……


 ひとまず、辛うじて動く右腕で薬の入ったバックパックを探る。

 目で確認できないので記憶を辿りながらの手探りになるが、なんとか目的もモノを発見した。

 麻薬にも分類される強力な痛み止め――難易度Aランク以上の依頼を遂行する際一つだけ支給される貴重品だが、ここが使い時だろう。

 軍にも支給されている片手で打てるタイプなので、今の俺でも投与可能だ。


 口で蓋を外し、一番痛む肩に針を突き刺す。

 消毒などはしている余裕がないが、何もないことを祈るしかないだろう。





 鎮痛剤を投与してから数分で、ある程度痛みは和らいできた。

 痺れに関しては恐らく、むち打ちになった際の衝撃で神経が圧迫されたのが原因だ。

 障害として残る可能性もあるが、動くのに支障がないくらいには回復してきているので、軽くストレッチでもすれば緩和されると思われる。


 本当はもう少し安静にしているべきなのだろうが、まずは現状を把握しないことには今後の計画も立てられない。

 休むのはそれからでも遅くないだろう。



(まずは外に出るか)



 金属に守られたコックピットは「狂乱」に対する防御の意味もあったが、今となってはそれも不要だ。

 あれほど聞こえていた幻聴が、今では全く聞こえない。

 本当に、「狂乱」の領域を抜けたのだ。


 魔導融合炉リアクターから供給を受けているシステムは全て停止しているため、コックピットの開閉はできない。

 非常用の脱出装置を使って脱出を試みる。



(……こっちは平気そうだな)



 外部フレームが極端に歪んでいた場合、強制脱出すら不可能になるケースがある。

 その場合コックピットからの脱出は極めて困難となるが、それだけは回避できたようだ。

 脱出タイプには強制射出と強制排出があるが、今回は強制排出を選ぶ。


 少しの衝撃とともに、座席が側部から排出される。

 同時に、眩い日差しが目に入った。



(二日しか経っていないというのに、随分久しぶりの外に思えるな)



 周囲を見渡すと、【カプリッツィオ】に入ってすぐの様相とは異なり、草木が生い茂った、緑豊かな景色が広がっていた。

 これまで見てきた建造物は、砂漠や荒野に存在する遺跡のようなものばかりだったが、ここは森の中の遺跡のような状態の建物が目立つ。

 それは見ようによれば幻想的であり、絵画などの芸術品のようでもあった。


 360度見渡すように景色を確認していると、視界に異物が映り込む。



(アレは……、【アトラス】か……)



 倒れ伏していたため一見ではわからなかったが、異物の正体は俺をここまで吹き飛ばした原因でもある、オリジナルのデウスマキナ【アトラス】であった。

 恐らく【アトラス】は、俺を吹き飛ばした勢い余って「狂乱」の領域を抜けてしまったのだろう。

「狂乱」の影響下でなければ、搭乗者のいない、ただの動かぬデウスマキナというワケである。


 改めて自分の機体――【フローガ】を見る。

 両腕、両脚は引きちぎれ、頭部もない。

 達磨より酷い状態だ。

 ボディもボロボロだし、間違いなく修理は不可能だろう。

 デウスマキナのコックピットは搭乗者を可能な限り守るよう強固に設計されているが、それでもよく生き残れたものである。



(さて、これからどうするか)



 最優先事項は、やはりあの声の主を探すことである。

「狂乱」の領域から抜けたとはいえ、何もしなければいずれは食料も尽き、餓死するだけだ。

 生き残るには、この【カプリッツィオ】自体を攻略しなければならない。

 その攻略のカギとなるのが、あの声の主だ。

 あの声の主は、必ずここのどこかにいる。まずはそれを探し出さなくてはならない。



(そのためには、まずは俺の体を回復させなくてはな)



 探索するのにも、体力が必要不可欠である。

 昨日からまともに食事もとれていないし、まずは大人しく回復に努めるべきだろう。

 幸い、排出された座席やコックピットには、まだ数十日くらいは生き残れるだけの食料と水がある。

 まずはしっかり食事を取り、体をほぐして痺れを取ろう。

 探索するのは、それからでも遅くはない。




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