第5話 希望



 今度の反応は一つではなく、複数であった。

【レオニダス】同様、狂ったデウスマキナである可能性が高いが、一々相手にしている余裕はない。



「【フローガ】、魔導融合炉リアクター出力最大」



 こんな時のために、エーテルを節約していたのだ。

 今こそが使い時である。


 レーダーの反応は広範囲に広がっていたが、一番手薄な方角に向けてブースターを一気に噴かす。

 飛行の自動操縦は昨今発達した技術であり、古い世代のAIでは簡易的な動作しかできない。

 飛行さえしてしまえば、ほとんどのデウスマキナは追ってこれないだろう。



 カメラが複数のデウスマキナの姿を捉える。

 予想通り、飛行している機体はいない。

 何か武装を構えている機体もあったが、高速の飛行物体を捉えられるものはないようだ。


 群がるデウスマキナの上空を通り過ぎる。

 エーテルの残量を確認すると、まだまだ余裕があった。

 いっそこのまま、中心部まで――



『エラー発生。飛行を中止します』



 そんな甘い考えは許されないらしい。



『現在、飛行制御システムにエラーが発生しています。……ま、た……、私……がが……』


「【フローガ】!?」



 マズイ。「狂乱」の影響がAIにも出始めている。



(畜生! あともう少しのところだってのに、ふざけやがって……、全てぶっ壊してや…………っ!?)



 いや、影響はAIだけにではない。

 俺の思考も攻撃的になりつつある。このままでは本当にマズイ。

 今は唇の端を噛んで意識を取り戻したが、いつ飲み込まれてもおかしくない状況だ。


 正常な意識が残っているうちに、追加の精神安定剤を投与する。

 既に医者から守れと命じられている使用回数を超えているが、なりふり構っていられない。


 機体が着地すると同時に、近くにいた四足歩行のデウスマキナが襲い掛かってくる。

 幸い、姿勢制御やスラスターについては問題なく稼働しているため、難なく躱すことに成功した。

 しかし、反撃する余裕はなかったため、四足歩行のデウスマキナはすぐに追撃を仕掛けてくる。



「【フローガ】!」


『…………』



 反応がない――、ということは、自分でシャットダウンしたということだろう。

 最新のAIには、ウィルスなどの脅威に晒された場合、自動的にオフライン化しシャットダウンを行う機能がある。

 それは「狂乱」に対しても有効だったらしい。

 本当に、高い金を積んで購入した甲斐があったと思う。


 AIが起動していないということは、音声入力で対応していた機能も全て手動で対応する必要があるということだ。

 ただでさえマニュアル操作で手足が足りていないので、これは本当に厳しい。

 試しに残されているドローンを一部射出したが、AIですら死んでいる状況で動くハズもなく、全て地面に転がるだけであった。


 そうこうしているうちに周囲のデウスマキナが迫ってくるので、せめてこの一機くらいは処理しておきたい。

 俺はコンテナからナイフを取り出す。

 基本的に大型の生物に対処するための武装で、金属を切り裂くのには向いていないが、配線部を攻撃できれば効果はある。



(見た感じ、恐らくは【アネモス】の旧式。であれば、構造はわかる)



 デウスマキナを自らカスタマイズする開拓者であれば、ある程度機体の構造については知識を持っている。

 その知識を駆使すれば、重要な配線の位置を狙うことも可能だ。


 再度飛びかかってきた【アネモス】の首筋目掛けて、ナイフを突き入れる。

 装甲の隙間、可動部分は柔らかく、ナイフはすんなりと首筋に吸い込まれた。



『Gu$)*#!……』



【レオニダス】のときと同様、意味不明な音声が聞こえてくる。

 解析すれば何か意味がわかるのかもしれないが、それが可能なAIは停止しているため今は無視するしかない。

 そのままナイフをさらに突き込むと、【アネモス】は完全に動かなくなった。

 魔導融合炉リアクターとメインシステムを繋ぐ線を断ち切ったので、魔導融合炉を破壊するのとほぼ変わらない効果が見込める。


 この【アネモス】も名のある開拓者のデウスマキナかもしれないが、調べることは不可能なのでそのまま放置する。

 飛行制御はできないが、ブースター自体は生きているので、最大出力で加速を行う。

 長距離ジャンプを繰り返すような移動法なので効率は悪いが、今行えるのはこれが限界だ。



(……ついてきているな)



 レーダーには、まだ複数の反応が映りこんでいる。

 ということは、まだ補足されている可能性が高いということだ。


 何故俺の機体だけを狙うのかはわからない。

 恐らくは「狂乱」の影響を受けてないデウスマキナを狙っているのだと思うが、その判断基準を全く推測できなかった。

 とにかく、今は逃げるしか――



「っ!?」



 進行方向に、新たな反応が現れる。

 考えてみれば当たり前だ。「狂乱」で狂ったデウスマキナが、あれだけとは限らない。

 接触は避けられそうになかった。





 ◇





 5機目のデウスマキナを無力化した辺りで、武装的にも精神的にも限界が訪れる。

 いくら相手が単純な動きしかできない狂ったデウスマキナでも、複数同時に相手にするのは極めて困難だ。

 しかも、こちらはマニュアル操作でかなり神経をすり減らしており、時間が経つにつれてミスも増えてくる。


 そもそも、俺は開拓者だ。

 デウスマキナ同士の戦闘は専門外なので、いずれ限界がくるのは予測できていた。



(こんなことなら、ロボレスの講習でも受けておくべきだったな……)



 今更悔やんでも遅いことだが、最早打つ手はなく、後悔しか頭に浮かんでこなかった。

 ドローンも起動できない以上、ソロンのようにデータを残すことすらできない。

 まさに無念至極である。



(……だが、俺は最後まで諦めんぞ)



 状況は完全に詰んでいたが、それでも足掻くことはやめない。



(どうせ死ぬにしても、せめて、できる限り中心部に近づいてやる……!)



 前方にはまだ複数のデウスマキナが待ち構えていたが、構わず魔導融合炉を最大出力にして突っ込む。



 "壊せ……"



 頭に響く幻聴も、今では心地よく感じる。

 立ちはだかるデウスマキナに対し、本能に従うよう強引にこぶし――マニピュレーターで殴りつけた。

 繊細に作られているマニピュレーターは当然のごとくひしゃげ、使い物にならなくなる。

 それにも構わず両腕を振り回し、周囲のデウスマキナに攻撃をしかけると、二足歩行のデウスマキナはバランスを崩したのか地面に倒れこんだ。

 俺は残された四足歩行のデウスマキナを踏み台にし、一気に囲いを抜ける。

 レーダーにはまだ反応があるが、今ならまだ密集してないため突破できるかもしれない。


 一縷いちるの希望を見出した俺は、そのままもう一度跳躍しようとレバー操作を行う。

 しかし、今度はブースターが全く反応しない。

 エーテルにはまだ余裕があるのに反応しないということは、間違いなく故障である。

 恐らく、先程の乱戦でダメージを受けていたのだろう。

 さっきの一噴きで、限界がきたようだ。


 ブースター無しでは追ってくるデウスマキナを引き離すこともできないし、前方のデウスマキナを突破することも困難だ。

 今度こそ本当に、万事休すか……



 "……なさい"



 ついには、これまでとは異なる幻聴まで聞こえてきた。

 デウスマキナに壊される前に、俺の精神の方が先に壊れるかもしれない。



『Ji…Ji……、聞こえて、いますか。聞こえているなら、すぐにそこから南西に向かいなさい』


「っ!?」



 これは……、幻聴ではない!?

 今の声は、死んでいたハズの通信機器から聞こえてきた。

 これも「狂乱」による影響か?

 いや、そうだとしたら、もっと意味不明な言語になっているハズ。

 今の声は、ハッキリと意味のある言葉を喋っていた。



「……お前は、何者だ」



 恐る恐るだが、俺はその声に問いかけることにした。

 これが「狂乱」による未知の現象だとすれば、俺は既に壊れているのかもしれない。

 しかし、そうでないのであれば――



『私は【パンドラ】。全ての災いの祖にして、それらを鎮めるための『希望』です』


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