第4話 Rest In Peace



 カメラが捉えたデウスマキナ――【レオニダス】は、四足歩行の獣のような姿勢をしていた。

 記録に残る【レオニダス】には、あのような姿勢を取ったという記録はないので、「狂乱」による影響なのだろう。



「……気づかれているな」


『はい。恐らく、こちらを認識したからこそ現れたのだと予測します』



【レオニダス】は10年以上前のデウスマキナだが、搭乗していたのは一流の開拓者であるソロンだ。

 俺とは違い財力もあったハズなので、当時最高クラスの装備を揃えていたのだろう。

 少なくともレーダーの感知範囲は、アチラの方が上なようだ。



(レーダーだけ、ということはないだろうがな……)



 自動車や飛行機などを代表とする乗り物全般に言えることだが、10年で驚異的な進化をすることもあれば、逆に驚くほど何も変わらないこともある。

 デウスマキナも同じで、10年以上前のモデルが今でも現役なんていうことはザラだ。


【レオニダス】のベースとなる【フォティア】弐式も、世代で言えば2世代前の機種になるが、今でも愛好家がいるほど使用者の多いデウスマキナである。

 俺の乗っている【フォティア】参式は、世代こそ上だが人気で言えば弐式に劣っていた。

 それゆえに安く購入できたのだが、欲を言えば俺も弐式を購入したいと思っていたくらいだ。


 予算面と、性能面で勝っていることから参式を選んだが、実際の性能差はそこまで大きくない。

 それだけ、弐式が名機だったというワケだ。


 つまり、【レオニダス】と俺の【フローガ】に大きな性能差はないと言えるだろう。

 10年間なんのメンテナンスもしていなかったのだから間違いなく劣化はあるだろうが、装備の質では恐らく負けている。

 まともにやりあえば、不利な戦いだ。



(……だが、搭乗者のいないデウスマキナごときに負けるつもりはない)



 デウスマキナは、搭乗者が乗ってこそ真価を発揮するのだ。

 それを証明してやろう。



『【レオニダス】、加速しました』



 カメラで点のようにしか見えなかった【レオニダス】が、見る見るうちに近づいてくるのがわかる。

 四足歩行で駆けてくるその姿は、正直無様としか思えなかった。



「左に回避準備。それから捕獲ドローンを射出」


『スラスター起動。ドローン射出』



 走行中節約していた魔導融合炉リアクターが熱を帯び始める。

 同時に、肩に装備したコンテナから飛行ドローンが射出された。



『接触まで5秒前』



【フローガ】の予測値と、俺の目算に狂いはなかった。

 それが自信となり、心に余裕を生み出す。



「シッ!」



【レオニダス】が方向転換できない距離までひきつけ、左に回避。

 それと同時に、【レオニダス】の側面に体当たりをしかける。


 四足歩行とはいえ、前方に推進中に横合いから衝撃を受ければ転倒は避けられない。

 斜め前に滑るように倒れこんだ【レオニダス】に、ドローンからさらに追撃が入る。



『【レオニダス】の関節部に命中』



 ドローンから射出されたのは粘着弾――いわゆるトリモチだ。

 本来は危険生物相手に用いられる弾だが、機械相手にも効果的である。

 特に関節箇所などの可動部は、普通潤滑油などで滑りを良くしているので、そこにトリモチを喰らうと挙動に著しく影響が出る。

 対象を無傷で制圧するのにはうってつけの装備であった。


 粘着弾を数発撃ち込んだドローンは、対象に動きがないこと確認するとその場で停滞する。

 このドローンは完全自立型で、対象を決定し粘着弾を発射、その後様子見し、再び動き出すようなら再度粘着弾を発射――という行動を繰り返し、対象の完全停止を確認したらコンテナに戻るようプログラミングされている。

 本来はもっと多彩な運用が可能だが、完全自立型ではこの辺りが限界であった。


 粘着弾を喰らった【レオニダス】は、藻掻くように蠢いていたが、5秒ほどで動きが完全停止する。

 摩擦熱でオーバーヒートでも起こしたのかと思ったが、そうではなかった。



(自動洗浄か……)



 デウスマキナにも当然だが冷却機構が備わっている。

 特に可動部は熱しやすいため、冷却液などの放出が行われるようになっているが、この冷却液に浄化目的の成分を含めることがある。

 泥や動物の血液などの粘性の高い付着物を分解するのが目的で、ジャングルなどの荒れ地で使用されることが多い。

【カプリッツィオ】はそういった意味では障害の少ない未踏領域だが、ソロンはあらゆることに対策を練っていたらしい。

 こういった部分は見習うべき慎重さだ。


 自動洗浄を終えた【レオニダス】は、今度は二足で立ち上がった。

 接近戦は四足では不利と判断したのか……いや、「狂乱」で狂ったAIにそんな判断ができるとは思えない。



『【レオニダス】の腕部に熱源反応。火炎放射器と思われます』



 これも恐らくは何か他の意図があって用意された武装だろうが、何の熱対策も取ってないデウスマキナにはそれなりに効果がある。

 俺は即座にブースターを噴かせて距離を取った。

 火炎放射器は面範囲は優れているが、射程距離が短いのが弱点だ。

 ある程度距離さえ取れば当たることはない。

 もっとも、この機体には熱対策も施しているので、当たったところでどういうこともないが。



(……追ってこない、いや、追ってこれないのか)



 すぐに追ってくると思われた【レオニダス】だが、予想に反して動きが鈍い。

 どうやら、先程の粘着弾の効果がまだ残っているらしい。

 恐らく10年の年月で浄化液の成分が劣化していたのだろう。

 完全な洗浄はできなかったのだと思われる。


【レオニダス】は焦れたようにそのまま火炎放射を開始したが、当然コチラには届かない。

 しかし、粘着弾の射撃を再開したドローンが、それに巻き込まれて地上に落下した。

 熱暴走で故障したのだろう。回収は諦める。



(動きが鈍いのであれば、このまま決める!)



 火炎放射を迂回し、素早く背後に回り込む。

【レオニダス】も反応するが、やはり反応が遅い。

 ブースターを噴かせ、【レオニダス】の背面に渾身の飛び蹴りを放つ。



『GH&%+#(&!』



【レオニダス】が意味不明な音声を発しながら、前のめりに転倒する。

 俺はそのまま背中を踏みつけ――



「安らかに眠れ」



 足部に仕込まれたギミックを起動した。

 次の瞬間、【レオニダス】の背部装甲が陥没する。



『Gi……ji……』



 断末魔だったのか、最後に謎の音声を残して【レオニダス】が停止した。



「【フローガ】、反応は」


『ありません。【レオニダス】は魔導融合炉を撃ち抜かれ、完全停止しています』


「そうか……」



 最後に放った一撃は、本来はデウスマキナを地盤に固定するアンカーボルトである。

 固有名称は『アースブレイカー』。

 一般的に通っている名は『パイルバンカー』だ。


 俺は【レオニダス】を仰向けにし、コックピットをこじ開ける。

 中には、白骨死体すら残されていなかった。

 恐らくは白骨化したあと、激しい動作でバラバラの塵になってしまったのだろう。

 衣服だけは残っていたので、回収して収納スペースに入れておく。


 また同じ場所に戻ってこられるとも思えないので、可能な限り【レオニダス】のパーツも回収したいところだが――



『レーダーに感あり』



 どうやら、そんな余裕はないようだ。


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