第2話 始まり
今日から日記を書くことにする。
最近物忘れが酷く、日々のことを忘れても思い出せるように記す。
書き出しを読んで、日付を確認する。
もう5年も前の日付だった。
両親が離婚したのは10年前だから、もしかしたらここに答えはないかもしれない。
今日も夕方に散歩をした。
カレーの匂いが鼻に残っている。
夕飯はカレーにしようと思う。
あの匂いがする家は今日もなし。
今日は少し遠くまで散歩をした。
肉を焼く匂いがしたが、あの匂いではない。
父の日記には度々 あの匂い という表現が出てきていた。
不思議に思ったが、なんのことかわからず読み進めていった。
こんな趣味も、あの匂いを探すのも、本当はもうやめたい。
今日は焼き魚の匂いがした。
魚が食べたい。
父に趣味があったことに驚いた。
外で嗅いだ匂いから夕飯を決めていたことにはもっと驚いた。
妻と別れて、もうすぐ5年が経つ。
帰り道に嗅いだ匂いと、自宅の料理が同じだった時は嬉しかった。
料理上手な良い嫁だった。
父が母を褒めていた。
嫌いになって離婚したんじゃない。
そのことだけでもわかってよかった。
ここで日記を閉じてもよかったが、ページが軽くなり捲る手が止まらない。
「なるほど。そういうことか。」
数ページ読み進めると、父の趣味について詳しく書かれている文章があった。
謎が解けてスッキリした気持ちだった。
他人の家の換気扇の匂いを嗅ぐのが趣味 だなんて誰にも言えない。
鈴木のやつが、夕飯当てクイズなんて変な遊びを提案したからだ。
もう本当にやめたい。
「鈴木さんらしいなあ。」
鈴木さんは父の学生時代からの友人で、今ではすっかり孫が大好きなお爺ちゃんとなっている。
幼い頃の僕ともよく遊んでくれた、面白いおじさんだった。
父の葬儀では僕よりも大泣きしていた。
そんな鈴木さんの提案した 夕飯当てクイズ がそのまま父の趣味になったようだ。
歩いて、匂いを嗅ぐだけ。
家族が父の趣味を全く知らないわけだ。
日に日に あの匂い をもう一度嗅ぎたいという気持ちが強くなる。
食べたい、食べてみたい。
でもダメだ。
父が探している あの匂い はなかなか見つからないようだった。
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