第12話 調べりゃ分かる事より見に行って分かる事の方が多い。

 女子力と言えば、というわけで服屋とかアクセサリーとか美容院とか見て回ってみた。美容院は流石に冷やかしは無理なので、外から中の様子少しだけ覗いたりしてみたりして……とにかく、女子力っぽいものは見て回った。

 正直、碧にとってはカルチャーショックだった。


「今のお店はすごいんですね……私の知らない洋服がたくさん……」

「何その驚き方。お婆ちゃん?」

「ち、ちがいます! た、たかが一個上ですよ!?」


 失礼極まりないことを言われてしまったが、確かに自分でも「今のお店はすごいんですね」はなんか世代が違う人の感想だったかもしれない。


「ていうか、本当にオシャレとか興味なかったんだねー。カーディガンを見てセーターって言ってる女子高生初めて見た」

「うぐっ……す、スミマセン……」

「いや別に謝らなくても良いけど。面白かったし。まさか、袖がないワンピースを見てエプロンと勘違いするとは思わなんだ」

「そ、それは忘れて下さい!」


 あれは本当に見間違えただけなのだ。興味がない物の細かい違いとか気にする方がおかしい。……いや、何にしてもワンピースがエプロンに見えるのは割と言い訳できない気もする。


「あと、まさか化粧水を見て『これ一つでお化粧が済むんですか? 便利ですね』なんて言われると思わなかった」

「っ、うるさいです! 知らなかったんですから仕方ないでしょう……!」

「あとコンビニでゴムの箱を見て『変わった水風船ですね』は……」

「わ、わーわー! 外で何言ってるんですか!?」


 お願いだから勘弁してほしい。なんだかやたらと気恥ずかしいのだ。自分の方が年上なのに、むしろ自分の方が子供っぽく見えている気がして。

 今後はもう少しそういうオシャレにも目を向ける方にしよう……と、心に決めながらも、だ。

 それより重要な案件がある。


「そ、それよりも……これで、じょしりょくについて分かりましたか……?」

「うーん……どうだろ。結局、オシャレとかそういう外見的な事しか分かってない気がするし……」

「そ、そうですね……他に、一般的に『じょしりょく』と揶揄されているものは、何があるのでしょうか……?」

「料理とか……家事?」

「家事……しかし、それは今すぐにはどうしようもないのでは……」


 そういうのは慣れだと思うから。碧は掃除も料理も出来ないし、唯一出来るのは洗濯くらいだ。

 洗濯だけに限った話にしてしまうと、なんかあまり女子力と関係あるような気がしない。


「……女子力ゲーム、無理あるのかな……」

「あ、諦めないで下さい……!」

「や、分かってるけど。もう少し見て回ってみよっか」


 少なくとも自分が挙げた三つに当てはまるような気はしない……なんて思いながら、公園の横を通り過ぎた時だった。

 ふとその公園の中のバスケのコートが目に入る。そこでは……鈴之助が見覚えのない女子と本気でバスケをやっているのが見えた。

 1対1で、お互い汗だくのまま睨み合って隙を伺い合う……。ボールを持っているのは鈴之助。そして、向かい合っているのは女子生徒。

 一気に踏み込んだのは鈴之助だった。右から抜こうと加速し、ドリブルする。

 が、それを簡単には抜かせない。女子生徒もついていった。

 ゴール下に来ても抜けていないので簡単にはシュートできないが、一気に逆サイドへターンして身体を移動させつつ、ボールを手に持つ。


「させねっスよ!」


 が、それにも女子生徒はついて行った。両手を広げてガードする。

 素人の碧にも見事な対応に見えたが……鈴之助は、そのまま後方に飛びながらシュートモーションに入る。


「!」


 フェイダウェイ、というのだっただろうか? 後ろに飛んでシュートを打つ事で、ブロックを回避する。

 慌てて止めに行った女子生徒も、届かずにブロックし切ることが出来ない。

 すごい、と碧は感心してしまった。全然、バスケに詳しくなんかないのに、あのプレイがすごいことはわかってしまった。

 そして、その鈴之助に喰らい付いている少女もすごい。


「……あれ、栗枝?」

「お、おそらく……」


 隣の由香も見ていたようで、実に爛々と目を輝かせて見ていた。


「もう無理っす〜! 先輩、何でブランクあんのにそんな強いんすか!?」

「才能と努力」

「絶対、アタシの方が努力してると思うんすけどー!」

「じゃあ才能」

「ムカつく! ホンッッットに性格悪いっすね!?」

「休日のバスケに付き合ってやっている先輩に何言ってんの?」


 なんか……仲良さそうだ。意外と鈴之助に仲良い人がいる……という事よりも、だ。なんか、鈴之助がモテる理由が分かった気がする。

 ああして汗を流し、俊敏な動きでキレのあるプレイをイケメンがしていたら、それはモテる。碧も、普段の身勝手な言動を忘れて少し胸を高鳴らせてしまった。


「カッケー……あいつ、ホントになんでも出来んだなー……」


 そんな呟きを漏らしたのは、隣の由香。気持ちは分かる。思わず口に出てしまうだろう。


「何であれの性格が自己中なのかなぁ……」

「そ、そうですね……スポーツに対し真摯に向き合っていようと、それがイコール良い人というわけでは、ないのでしょう……」

「分かるわー。やっぱ、何でもできる人の性格って悪いんだろうな。バランス取れるようになってんのよ、世の中」


 思わずボロクソに言いながらも……また後輩を完封で負かす男を眺める。中々、飽きない。何故なら、二人とも接戦だから。

 が、やがて疲れが出て来たのか、それとも飽きて来たのか、鈴之助の方が足を止めた。


「もー無理、一旦休憩」

「えー、もうっすか?」

「お前少しは飽きろよ……小学生みたいな体力しやがって」

「仕方ないっすねー……」


 休憩しちゃうのかー、と思いつつも、もう少しだけ様子を眺めた。すると、まず少女が鞄から取り出したのは、タッパーだった。


「はい、レモンの蜂蜜漬け持って来たっすよ」

「……わざわざ作って来たんか」

「なるべく長くバスケしたいっすからね」


 手料理を作って来たらしい。一応、疲労回復のために用意したものなのだろうが……それにしても、わざわざ作ってくるとは驚いた。


「美味っ。相変わらず女子力の使い方違うだろお前」

「勘違いしないでくださいよ。少しでも長くバスケするためっすから。先輩が構ってくれることなんて滅多にないんすから」


 ん? と、碧と由香は小首をかしげる。なんか今、すごい聞き覚えあるフレーズが耳に届いたような、と。


「んな手間かけてまでやる価値あんのか、俺とのバスケなんて」

「そりゃ、先輩より上手い人はアタシ知りませんし。良いからさっさと食べて再開するっすよ」

「もう少し休ませろよ……」

「はいはい……あ、タオルもあるんで使って下さい。汗かいたままだと体壊すんで」

「いやハンカチなら待って来てるからいい」

「い、い、か、ら! アタシの使って下さいよ。大は小を兼ねるって言うっしょ」


 強引にタオルを渡す姿を見て、さらに「あれあれ?」と小首を傾げる。

 もしかして……あの子って……と、思わず由香と顔を見合わせた。


「しかし、お前ホントに用意が良いな」

「あくまでバスケのためっすから」


 やっぱり、間違いない、と確信した。顔を見合わせたまま、碧と由香は口元に手を当てながら呟いた。


「もしかしてあれ……」

「うん、デレツンだデレツン……」


 リアル版ツンデレというものを、初めて見てしまった。なんか、平熱系のツンデレって……やはり二次元の激しい大声を出すタイプと現実は違う。

 そして何より……ツンデレということは、あの子……もしかして、鈴之助のこと……。


「飲み物買ってくるわ」

「あ、うっす。いってらっしゃい」

「何飲みたい?」

「……良いんすか?」

「レモンの蜂蜜漬け代くらいにはなってるだろ」


 それだけ言って一度、鈴之助は出て行った。その背中を眺めながらも……碧は「あっ」とハッとした。

 あの献身的なタオルの貸し出しとデザート……もしかして、それこそが女子力というものなのではないだろうか?

 それをすれば女子力が高いの? と問われれば、こう答える。そもそも女子力の大前提とは、男に対して向けられたものだと思われる。

 男子が喜びそうな所を女性側が推測したポイント、それこそが女子力なのかもしれない……と、今の鈴之助と女子生徒のやり取りを見て思った。


「あの……黒崎さん……もしかして、女子力とは……」

「うん……多分、片思い中に一番……」

「背中がガラ空きでござるが」

「「きゃうっ!?」」


 背後から声が聞こえ、二人揃って振り返りながらビクビクっと背筋を伸ばしてしまった。

 後ろにいたのは、栗枝鈴之助。平気な顔で自分達を見下ろしていた。


「な、なっ……何あんた!? いつからそこに!?」

「さっき」

「お、驚かさないでくださいよ! ビックリしたなぁ……」

「いや勝手にビビったんだろ。何だ、揃って同じリアクションしやがって」


 なんか少し不満そうな顔だ……が、まぁこっそり覗かれていたわけだし、それはそうだろう。

 案の定、鈴之助はジト目のまま自分達に聞いて来た。


「で、お前ら何で刑事の張り込みごっこでもしてるわけ? 言っとくけど、俺のこと尾行しても願い事とか叶わないよ」

「そ、そんなこと思ってません!」

「じゃあもしかして二人でストーカー? 別に見られて恥ずかしいことないけど通報は普通にするよお前」

「それも違うわー!」


 なんかもう普通におかしい。やはり、どんなにカッコ良くても中身はこれである。発想力が宇宙にある。お陰で、こっちは見た目に騙されることなく一目惚れを回避できるわけだが。


「じゃあ何?」

「たまたま見かけたから見てただけだし。あんたこそ、後輩とデート?」

「あー、そう」


 なんていうか……訂正するの面倒で適当に肯定されている感じ、少なくとも片想いされていそうな人間としては最悪の答えである。


「……だから、お前らはさっさと……」

「メテオストライク」

「危ねっ……!」


 追い出そうとしたのだろう。鈴之助がシッシッと言わんばかりに片手をヒラヒラさせた直後だった。突如、現れた後輩らしい少女が、バスケのボールを空中から脳天にダンクするように襲いかかって来たのを、鈴之助はひらりと回避した。


「おい、殺す気かよ」

「こっちのセリフっす。ウサギは寂しいと死んじゃうんすよ」

「お前、ウサギじゃねーじゃん。干支も何もかもウサギじゃないよねお前」

「毎日、部活でウサギ跳びやってるんでウサギっす」

「耳が足りてない。やり直し」

「んなことどうでも良いんすよ。何、人のこと放っておいて他の女の子と喋ってんすか」


 そのセリフを聞いて、由香と碧は顔を見合わせた。マズい、これもしかして修羅場だろうか?

 どうしよう、と頭を悩ませている間に、鈴之助がすぐに口を開いた。


「あー悪い。同級生と先輩、たまに構ってもらってる人」

「……なんすか、構ってもらってるって」

「ホントに何!? 何で急にかまちょ宣言してんのあんた!」

「く、黒崎さん……落ち着いて下さい……」


 適当にも程があるとはいえ、嘘を答えざるを得ないのは仕方ないのだ。何せ、実況のために協力してもらっている、なんて言えないのだから。

 とりあえず由香を落ち着かせつつも、自己紹介することにした。


「……」


 だが、碧には知らない人に自己紹介をする会話スキルはなかった。口を開きかけたところで言葉が続いて出てこない。

 どうしよう……なんて勝手に悩んでいる間に、すぐに由香が言った。


「うちは黒崎由香で、この人が半田先輩。よろしくね」

「よ、よろしくお願い、します……」

「あ……どうも。アタシ、熊谷琴香っす。先輩とは中学からの付き合いっす」

「へー、そうなん?」

「い、意外ですね……」

「おーい、半田先輩。どういう意味で言ってんのそれ?」

「っ、す、スミマセン!」


 ただ、人間関係は断捨離するタイプだと思っていただけだ。……いや、後輩の琴香の方から声を掛けに来ていたのならあり得ない話ではない……というか、そうだった。割と修羅場だった。


「で、では……行きましょうか……由香さん」

「そ、そうだねー。じゃ、栗枝。またね」

「あ、もういっちゃうの? 一緒にバスケしないの?」

「先輩、ぶち殺しますよ。素人がいると面白くありません」

「お前なんであの二人あんな邪険にしてんの?」

「……別に」


 ……なるほど、と碧は目を逸らしながら思った。鈴之助の奴、鈍感なのか、と。自分のために割と献身的に尽くしてくれた後輩に対して、何一つ気がつかないタイプ。

 これだけわかりやすく態度に出ているのだから、気付いてやれよ……と、思わないでもないが……まぁ、とにかく女子力とはなんたるかの情報を得られた。

 なので、半ば強引に立ち去らせてもらった。


 ×××


「……お前ホントなんで機嫌悪いわけ?」

「別に悪くないっす」


 正直、琴香には機嫌が悪い自覚はあった。なんか、あの女二人がきてから少しむすっとしてしまっていた。飲み物を買いに行くと言ったのも、あの二人に気がついたからだろう。

 ……でも、こんなの初めてだ。別にこの先輩が女の子とどう仲良くなろうと知ったことではなかったのに……。

 なんか……今の自分って、すごく鈴之助のことが好きみたいに見えてるんじゃ……。


「ふんっ」

「ガード」

「脇腹突くくらい甘んじて受けてくださいよ!」

「やだよ。脇腹突かれたくないよ」


 ホント、なんというか……どこまでも腹立つ先輩だ。隙がなさ過ぎる。どうやったら倒せるのだろうか?

 ちょっと苛立って来たので、色々と試してみる事にした。


「先輩、目を閉じてもらえます?」

「いやだ」

「閉じて下さいよ!」

「何で」

「ま、マッサージしてあげますから!」

「いや、いいわ」

「ぐっ……こ、この……!」


 何でこんなに頑ななのか、この男は。相変わらず人の思い通りにならないことに全振りしている男である。


「それより、まだやる? バスケ」

「やるに決まってるでしょ!」

「やるんだ。でもお前、明日も練習じゃないの?」

「良いんすよ! 正直、アタシがバスケしてんのなんて、ほとんど先輩のためなんすから!」

「なんで?」

「なんでって……」


 自分は知っている。この人がバスケを辞めた理由を。配信も原因の一つだが、それ以上に周りだ。一人だけうま過ぎて尊敬されるより嫉妬され、そして自分とポジション争いをする人はいなくなった。

 平熱系に見えて、本当は他人と競い合うのが好きな鈴之助は、ライバルとか欲していたのだ。

 それが、少し本気になるといなくなるから、他の趣味を探したのだろう。一人でも楽しめるような趣味を。

 でも、自分はそんな鈴之助に食い掛かるために頑張っている。自分が、ライバルになれば良いと思っているから。


「……と、とにかくバスケするっすよ!」

「お、おう?」


 でも、それを本人に直接言うのは気恥ずかしいのでやめておいた。

 人を揶揄うのが好きではない人だけど、素の言動が素直過ぎて完全に人を揶揄うことばかりになってしまっているので、本音なんて言ったらどんな辱めを受けるか分からない。

 さっさとバスケをしよう……と、思ったが、その前にもう一つ聞いておきたいことがある。


「その前に先輩」

「何、今度は」

「先程の二人とどういう関係なんすか?」

「友達と先輩だけど?」

「そうじゃなくて。だって珍しいじゃないすか。先輩が誰かと一緒にいるの」


 中学の時から、正直な性格なだけあって一匹狼。だからそんな先輩と仲良くしてくれている女子がとても気になってしまった。何が気になるって……このアホな先輩に付き合える女子なんて顔の良さで寄ってきているに決まっているから。

 故に……あの二人も、どうせ顔……良いとこでなんでも出来る点がカッコ良いとか表面的なものが目的で鈴之助に近づいている。

 そんな人達に、自分と先輩のバスケタイムを邪魔されたくない。


「先輩……」

「何?」

「自分、負けないすから!」

「そりゃお前俺の時間使って練習して一回戦負けとかしたらぶっ飛ばすから」

「そうじゃねっすよバカ」

「急に何?」


 そんな話をしながら、引き続きバスケをした。


 ×××


 さて、二日後……つまり、月曜日。由香は碧の力を借りて、何とか二人で女子力ゲームの形を整えた。後は、これをプレゼンするだけだ。その為にも、今日も鈴之助の家に行く。


「栗枝ー、あんた今日暇?」

「何、もうまとまったの。ゲームの案?」

「うん」

「了解。じゃあおいで」

「じゃ、先輩のお迎えに行こ」

「え、わざわざ?」


 手伝ってもらった立場なので、今日は校門前に集まると言うよりちょっと丁寧な対応をしたくなってしまった。

 そんなわけで、二人でそのまま廊下に出て三年の教室に向かう……その途中だった。


「あ、栗枝センパーイ」

「……熊谷」


 走って来たのは、この前の熊谷琴香。一年生なのに自分や碧より背が高いのに可愛い子だ。


「熊谷さん、だよね? 栗枝に用事ー?」

「……そうっすけど?」

「え……う、うん?」


 なんか……やたらと声音が冷たかったような。いや……まぁ確かこの子は鈴之助のことが好きっぽかったし、確かに仲良くされると困るのだろう。

 その琴香は、鈴之助に笑みを浮かべながら声をかけた。


「今日の夕方暇っすか?」

「いや、そうでもないわ。今からうちでこいつと半田先輩とゲームやるし」

「何でそう何でも正直に答えんのあんたは!?」


 いや、厳密には正直でもないが、うちでとかは言っちゃダメな奴だ。

 案の定、琴香はむすっと頬を膨らませる。


「……ふーん、仲良いんすね」

「いや、そうでもないよ。こいついつも俺のことボロクソに言うし」

「そりゃあんたが言わなくて良いこと好き勝手に言うからでしょうが!」

「何だよ、言わなくて良いことって。朝から寝癖直ってないとこあるとか?」

「そう、そういうこと! てか今のわざとでしょ!?」


 慌ててその部分を髪を手で隠した。朝からやたらと直らない寝癖があり、遅刻ギリギリか時間になってしまった事もあって直さずに来てしまったのだ。

 だが、今のやり取りで分かってくれたことだろう。仲良かったり好意を寄せていたりしたら、あんなことは普通、言わない。

 ……と、思ってチラリと琴香を見ると、琴香はジト目になっていた。


「……ふーん、先輩この人のそう言うとこは気付くんですね。基本、他人に興味ない人なのに」

「それは言い過ぎだろお前」


 いや、そうでもない。確かに、そもそも他人に興味持たない人にしては、寝癖なんて変化によく気がついたものだ。


「俺だって他人に全く興味ないわけじゃないよ? こいつも半田先輩も面白いし。面白い人のことはよく観察するよ」

「観察って、うちはアサガオか!?」

「ほら面白い。この、すんなりと小学生の自由研究に選ばれやすい観察日記から題材を持って来れるツッコミ」


 この野郎、人のツッコミを利用してくれやがったものだ……が、正直なところ面白いと言われるのは悪い気はしないのでスルーだが。

 そんな中、ジトーっと睨む視線のままの琴香が言う。


「人間観察って普通にあることじゃないっすか」

「この子、そんな言葉知らないのよ。基本的にはバカだから」

「あんたは人を貶さないと気が済まないんかホントに!」


 ていうか、知らなかったわけではない。それは単純に思いつかなかっただけだ。


「……先輩、これから何するんすか? その人達と」

「だからゲーム」

「ゲーム作る会議っすか?」

「そうそ……いやちげーよなんだその会議俺らはクリエイターかっつの上手くないボケはやめろ」

「ちょっと待ってあんた黙って!」


 分かりやすっ! と、思わず由香は鈴之助の口を塞いでしまう。


「何今の言い訳!? バレたいんかあんたは!?」

「むぐむぐ」

「お願いだから、正体隠したいんならもう少しかんがえて言い訳してよ!」

「もぐもぐ」

「なんか言ったら!?」

「ホントにアホなんすね。口塞がれてて何か言えるわけないっしょ」

「あ、そ、そっか……」


 琴香に言われてようやく鈴之助を解放する由香。割と30秒くらい口と鼻を塞いでしまっていたが、少し迷惑そうな顔をしているだけで、特に苦しそうには見えない表情のまま鈴之助は返した。


「お前、殺す気かよ」

「な、何食わぬ顔してて何言ってんの!」

「仕方ないじゃん、俺苦手なんだから。嘘つくの」

「おいー! 普通に嘘とか言うなっつーの目の前で!」

「いや、割とさっきから筒抜けっすよ。先輩方の話」


 それはそうだろう。あんま声量とか考えていないから。

 マズい、と由香は冷や汗をかく。と言うか、逆になんで鈴之助はあんま焦っていないのか不思議なほどだ。

 どうやって誤魔化そう……というかこれ、誤魔化せるのだろうか? なんて少しずつ頭がまとまらなくなる中、鈴之助が普通に言った。


「てかお前、そろそろ部活じゃないの? 何しに来たの?」

「それは、だから部活の後、また遊んで欲しくて……」

「分かった。公園でなら相手してやるから、早く行け」

「……はーい」


 なんか……あしらっているような感じで追い返してしまったが……それで良いのだろうか?

 せっかく、一人の女の子に好かれていると言うのに……と、少し冷や汗をかく。


「あの……栗枝。あんたもう少し構ってあげたりしたら?」

「構ってやってんじゃん。あいつのバスケに付き合うの、もう何度目だと思ってんの?」

「そ、それはそうなんだけどさ……そうじゃなくて……」

「それより、早く先輩の出迎えに行こう」


 鈍感な奴はこれだから……と、ため息が漏れる。マイペースというか何と言うか、何でこれにあの子は構ってもらおうとするのか理解出来ない。

 いや、勿論良い部分だってあるのは知っているが、自分なら絶対に嫌だ。

 三年生の教室フロアに来るのも慣れてきてしまったが、まぁ本当は慣れてはいけないのだろう。目を付けられるから。

 まぁ……どちらかと言えば、目をつけられるのは鈴之助の方だと思うが……。

 教室に到着し、扉を開けた。


「半田先輩、いるー?」

「あっ……く、栗枝くん……黒崎さん……!」

「どうもー。帰るよー?」

「は、はい……!」


 慌てて出て来た碧と、三人で栗枝家に向かった。


 ×××


 土曜日に調査を終えて、日曜日に碧と二人で企画書の作り方から検索して、雛形を得てパワポにまとめて来た。

 普段のショッピングとか友達とダラダラするのも悪くないけど、やり方を調べて自分なりのプリントを作る作業も楽しかった。

 もしかしたら、知り合いと一緒に作っていたからかもしれない。

 さて、その自分達の汗と努力の結晶を、これから見てもらわなければならない。


「はい、栗枝。うちと半田先輩の企画書です」

「あーどうもどうも」


 鈴之助の部屋で、早速と言うように書類を手渡すとそれに目を通す。


「タイトルは……ジョシリョクエスト?」

「そう!」

「狂った?」

「あんたに言われたくない!」

「まぁ良いや。中見せて」


 ……なんか、いざ見せるとなると緊張してしまう……特に、イラストとか絵を学ぶ時間がなかったから、ペイントツールを使ってマウスで描くしかなかったので落書きみたいになっている。


「……ふむふむ」


 1ページ目は、軽いコンセプト。このゲームはどんなゲームかを記した。

 ジョシリョクエスト……好きな男を取り合うために女子力を磨くゲーム。二週間後の修学旅行で好きな男の子と、ライバルの女の子と同じ班になってしまった。

 修学旅行2日目の夜に告白されるために、まずは前日までに女子力を鍛え上げ、そして1日目のクラス行動と2日目の班行動でその女子と女子力アピール対決。

 そして……2日目、その男子生徒から呼び出されたヒロインの勝ち、というゲームだ。


「なるほど……」

「ち、ちなみに、対戦も可能とかどうかなーって……」

「対戦……オンラインで?」

「いや違くて。人狼みたいに……例えば、スマホならスマホを渡して、時間は掛かるけど交互に1日ずつ手渡したりして」

「あーなるほどね」


 適当に相槌を打ちながら、次のページを捲る。その次は、準備パートの解説だ。

 女子力にも様々な方向性があるが、可愛さを主に五 三つに分けた。

 それがキュート、クール、パッションである。それらを育成していくことでまず外見的な女子力を得つつ、女子技を習得する。


「……女子技って何」

「修学旅行本番の戦闘ページで説明あるから」


 そう言うと、またそのページを眺めていく。

 また、中にはイベント発生日なるものがあり、例えば学校で修学旅行の班行動の予定を決める日や、放課後に偶然、出会う場合などもあるそうだ。

 その時にしか得られない女子技もある。


「……どんなイベントを用意するかが肝だな……」

「それは……ちょっとまだ考えてないです」

「シナリオまで用意しろとは言ってないから。気にしないで良いよ」


 鈴之助は続いて次のページを見る。その次は、前日についてだ。

 前日は修学旅行の準備、最後の日である。服装もカバンも自由でOKの修学旅行なので、旅行用のスーツケースとは別に手持ちのものを入れる鞄と中身を選択出来る。

 備えあれば憂いなし、と言うように、鞄の中に家の中にあるものを入れられる。そこも女子力勝負の一部になり得るが、鞄も大きければ良いのではなく、デザインによって女子力にバフを掛けることに繋がる為、選択がものをいう作りとなっている。

 そして、それは当然ながらスーツカーに入れる私服も同様だ。


「……なるほど」


 勝手に読んで勝手に理解しているのか、そんな相槌が漏れる。

 さて、次のページだ。次はいよいよ修学旅行本番について。一日目はクラス行動であり、クラスの行動の日はあまり男子と絡む機会はない。

 シナリオメインで進んでいくため、セリフの選択肢を選ぶだけ。ただし、キュートクールパッション、どのパラメータが高いかによって選べる選択は変わる。

 そして……その次がいよいよ戦闘パート。早い話が、クラス行動で色んなものを見て回る中で、様々な必殺技をかましていくのだ。

 例えば……クール属性を選んだ際に考えた技、ブルージーンズアトランティス。

 海の波打ち際で、青いジーンズの短パンを履いている時のみ使用可能。

 美しい太ももから露出したおみ足で、男のハートへダメージ。黒のサンダルを履いていると威力1.5倍、マニキュアを身につけているとさらに威力1.5倍……みたいな感じで考えた。


「……なるほど。そう言う感じね。シンプルに、より多くダメージを与えた方が勝ち、と」

「そうそう! それで……!」

「あーダメージ計算はどんだけ属性ごとの能力値上げたか次第ってことね」

「そ、そう……」


 ……割と質問待ちなとこあったのに……こいつの理解力の高さが困り過ぎる。


「……で、まぁ多くダメージを与えて男をモノにした方の勝ちって事か」

「そ、そういうこと……」

「面白い」

「え?」

「採用。これで行こう」

「……えっ、ほんとに!?」


 思わず聞いてしまった。いや、決して通らないと思っていたわけじゃない。だが、そんなにあっさりOKが出ると思わなかった。

 なんか……思ったより嬉しさが胸の奥底から込み上げてくる。頬を赤らめて、手伝ってくれた碧の方へ顔を向ける。

 すると、碧もにっこりと微笑んだ。


「お……おめでとうございます……黒崎さん……!」

「うん! 半田先輩のお陰!」

「いえーい!」

「え、ご、強盗ごっこですか……?」

「違うよ、ハイタッチ!」


 普通、両手を上げたらハイタッチだろうに。この人の想像おかしい。

 と、思いつつも、それだけじゃ飽き足らず、ハイタッチの後に手首を掴んで引き込み、思わずハグをしてしまった。


「いえーい!」

「ひょえっ!? く、黒崎さん!?」

「あれ……なんか、優奈より柔らかい……胸も、お腹も……?」

「ぜ、全身で人の身体を堪能しないで下さい!」


 怒られてしまったが、思ったよりこの子、柔らかい。ちょっと不健康に感じるレベルで。

 そんな中、鈴之助がしれっと口を挟んだ。


「いや、言っとくけど全部じゃないよ」

「えっ?」


 聞き捨てならぬ言葉が聞こえ、二度見してしまう。そうなの? と、小首をかしげる。


「所詮は無料のゲームだから無理そうなとこは削るし、逆に付け加えたいと思ったところは加える。それで良い?」

「あ、そ、そう言う意味か。勿論!」


 というか、そりゃそうだろう。実際、前のゲームだって少し話していたのと変わっていたし、作ってみないとどうなるか分からないのだろう。

 それならば、自分に何か言えることはない。

 そうと決まれば、早速今日からゲーム作り開始だろうか?


「何したら良い?」

「とりあえずファッションの情報を探すから、今日はもう帰って良いよ」

「いきなり解散!?」


 まさかだった。思わず大声をあげてしまうほど。

 その由香を鬱陶しそうな目で見ながら、鈴之助は続けて言う。


「てか、お前はプレイヤーなんだから放送当日まで休みで良いから。後は、俺と半田先輩で作る」

「原作者をハブにすんの!?」

「何が原作者だよ。まだ出来てもねーのに」


 そんな話をしながら、とりあえず次に作るゲームが決まった。



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