ジョシリョクエスト
第10話 発想力は誰にでもある。
ダムッ、ダムッ、とボールがつかれる音が、バスケットゴールが設置されている公園内に響き渡る。その音は、どこかやっつけ感があって苛立ちを感じさせて。
それもそのはず。だって本当にイライラしているから。バスケ馬鹿な熊谷琴香はここ最近試験期間でバスケの練習ができなかったことにイラついていた。
けど、それも今日で終わり。明日からの練習に備えて、今日は身体を動かしていた。
「……」
冷静に考えれば、イライラする原因は一つではないのかもしれない。配信している先輩が、なんか構ってくれない。それがなんかムカつく。前まではほぼ毎週、バスケの練習に付き合ってくれたのに、今はなんか毎日忙しそうにしている。
試験中だから? それはないだろう。あの人、天才で努力家だから、試験前に詰め込んだりはしない。
「……むー」
放っておかれていると思えば思うほど苛立ってきていた。
そもそも、何のためにこの学校に入学してきたと思っているのか。また先輩に構ってもらうためだというのに……いや、まぁ勿論それだけではないのだが。
明日あたり……家まで押しかけてみようかな、なんて思った直後だ。
「braekbrokebrokentaketooktakenteachtaughttaught……」
「半田先輩は、大学どこ行くの?」
「い、家から通える範囲、ですね……まだ将来、やりたい事とか決まってはありませんが、その……文系なので、どこに行っても同じかなと……」
「playplayedplayedgowentgonerideroderidden……」
「学部次第でしょ。てか、やりたいこと決まってないのに大学行く意味あんの?」
「そ、そうですね……いい加減、私も何か考えなければ、とは思うのですが……」
「givegavegivenshakeshookshook……」
「shakeの過去分詞はshakenな」
「……」
「まぁでも、大学でやりたいこと見つける人もいるし、別に悪いわけでもないと思うけど」
「あ、あはは……すみません、お気遣い……」
なんか聞き覚えある声が異性の声に囲まれながら歩いているのが聞こえた。
え、まさか……と、冷や汗を流しながら顔を向けると……そこには、自身がバスケの腕は尊敬している先輩、栗枝鈴之助が女子二人と歩いているのが見えた。
「え……」
こんな夜に、家の近くで女子と……? と、冷や汗が流れる。しかも二人も。何してたんだろう、と非常に気になってしまった。
「ていうか、呪いみたいにブツブツと英単語を唱えるのはやめろ。洗脳されてるみたいで気持ち悪い」
「likelikeeliked……」
「く、黒崎さん。目を覚ましてください……大丈夫ですか……?」
「はっ!? こ、ここは一体……?」
「帰路」
洗脳とか聞こえたが、何の話をしているのかとっても気になるところだった。
よし決めた。明日、先輩に嫌がらせをしよう。そう決めて、その日はそのまま帰宅した。
×××
試験が終わった。結果は来週帰ってくる……それに伴い、鈴之助も今日からそろそろ次のゲーム作成に移る……予定だった。
「栗枝ー! 今日、どうすんのー?」
「今日は帰るわ……ちょっと寝たい」
「えっ」
……流石に疲れた。勉強とダイエットに付き合いながら自分の勉強もしていたから、それはもう死にかけだった。
「何々、珍しく弱気じゃーん。どうかしたん?」
この野郎……と、少し眉間にシワが寄る。誰の所為だと思っているのか。
というか……こいつも今日の朝まで勉強していただろうに、なんでこんな元気なのか。
「てか、お前なんでそんなピンピンしてるわけ?」
「今日で試験が終わったからだよ! それに、多分赤点科目はないし……いやー、ちゃんと勉強して試験に臨むとこんなに気が軽いんだね」
「バカじゃないの?」
「なんで!?」
今のはただの暴言である。なんか腹立ったから。逆に鈴之助は高得点が当たり前なので、そんな快感を得られたことはない。
「なんつーか……バカでも良いことってあるもんだなぁ……」
「いや、もう悪いけどうちバカじゃないから。赤点回避したし」
「なんとバカな発言」
「なんだとこの野郎!」
教えていて思ったのは、関係ない自分でさえ将来が心配になるほどのバカさ加減だ。
土日は休めて、正月とGWとお盆休みがあって……なんていう休みの日が揃っている職には結局、勉強しないと就けない。
最近の学歴社会では勉強しても休みがある仕事に就けない事もあるし、アスリートやミュージシャンのように一見、勉強せずに好きな事やっているように見える人種でさえ、全科目とは言わずとも何かしらの勉強はしているだろう。
「お前さ、文理選択どうすんの?」
「文系! なんか楽だって聞くし!」
「その後は?」
「大学! なんか遊べるって聞くし!」
「……」
絶対に大丈夫ではない。正直に言えば自分の知ったことではないのだが……まぁ、取引相手だ。「それならそれで良いんじゃない?」と見捨てるような真似はしない。
「将来、何かしたいこととかないの?」
「イケメンと結婚したい」
果てしなく欲望に忠実で普通にドン引きしたが、もう今はスルーした。
「例えば?」
「ジミーズの『Ray!Wow!JUMP』の梨岡くんとか超好き」
「ああ、シン・ウルティメイトマンの」
「そうそう! 超良かったよねー。3回見に行ったし」
捻くれた若者の役でよく出る人だ。鈴之助も嫌いじゃない。
「その人と結婚するとしたら?」
「え、えー? そうなれたら嬉しいけどー……」
「いやなれたら、じゃなくて、すると決めたらどう動く?」
「え……どうって……何その妄想ごっこ」
「いいから考えてみろ」
「恥ずいんだけど……」
そう呟きつつも、一応顎に手を当てて考え始める由香。
少し考えた後、気恥ずかしそうに頬を赤らめてポツリと呟いた。
「きっ、綺麗になるために努力とか?」
「30点」
「点数つけんなし! あんたの遊びに付き合ってんだけど!?」
「綺麗になっても、知り合いにならないと無理だろ」
「それこそ無理じゃん! 向こう芸能人なんだけど!」
「そうだな。つまり、まずは芸能人と接触出来る人種にならないといけない」
「そ、そう言われたらそうだけど……」
さて、そうと決まれば次だ。
「一番、イージーなのはライブに行ってストーキングして、よく日用品を買い求めに行く店や飯屋を突き止めることだ」
「捕まるよ!」
「勿論、そのリスクはある。だから、犯罪以外の手段を考えるなら、芸能人になるRay!Wow!JUMPの関係者になるしかない」
「無理でしょ!」
「なんで。お前、見た目は可愛いしツッコミも上手いから芸能人も不可能じゃないと思うし……」
「き、急に何言ってんの!?」
「可能性」
照れているのか、顔を赤らめる。可愛い、なんて言われ慣れていると思ったが、失言だったらしい。
それよりも、話の続きだ。
「そうじゃなくても、ジミーズの裏方として就職すれば関係者にもなれるかもしれないでしょ」
「そ、そう言われるとそうだけど……」
勿論、芸能界に詳しいわけでもないしそんなに単純な世界であるはずがないので、割といい加減な理屈だが、ない話ではないだろう。
「芸能人になるルートでも共演出来るとは限らないから、より確実という意味では就職ルート。でも、それを達成するには芸能事務所に就職しないといけない。で、就職するには地道に大学、諸々の資格など勉強する必要がある」
「無理じゃん……」
「無理じゃないだろ。勉強すりゃ一番、何とかなるかもしんないんだから。……だから、勉強した方が良いんだよ。先を見据えて」
ちょっと無理がある話だっただろうか? 割と強引に言ってみたが、そもそも「何がしたい?」とは職業を聞いたつもりだったのに「イケメンと結婚したい!」とかほざかれたし、割と致し方ない。
「……別に、梨岡くんくらいカッコ良い人じゃなくても良いし……」
「でもイケメンと結婚なら、芸能事務所には確実にイケメンいるじゃん」
「……そ、それはまぁ……いや、ていうか適当に言ったし」
「イケメンと結婚なんてふざけたルートでも勉強しないといけないんだから、結局は勉強しないといけないんだよ世の中。……だから、お前も少しは勉強しろ」
「うぐっ……そ、そういう話か……!」
そういう話です。でもまぁ、目標がないと勉強のモチベーションが上がらないのは分かる。
「まずは将来、何をしたいか考えることだな。『これをしたい』と強く思えば、それだけ勉強する気にもなるだろ」
「そんなこと言われても、仕事したことないのにそんなの決められるわけ……」
と、そこでハッとした様子で由香が鈴之助を見上げる。
「まさか……あんたは何かやりたいことがあって勉強してるわけ?」
「いや?」
「説得力が溶けたんですけど!」
「溶けたのかよ」
まぁ今の手のひら返しは自分でも中々だと思うけど、事実なのだから仕方ない。
自分はやりたくなくてもやらされて勉強できるようになっただけだ。……いや、強いて言うならば、最近は放送の為だろうか? 色んな題材をゲームにしているだけあって、色んな知識が必要になる。
「最近はゲームのためかな」
「将来どころか今役立ってるし!」
「だから、お前も試験のために勉強するんじゃなくて、何か別のもののために勉強するように心がけなさい」
多分、それが今後の活動のためにもなる。残念ながら、世の中に「君は光るものを持っている、よかったら私の元に来ないか?」なんて声をかけてくれる何かしらの職人はいないのだ。
なんて、少し偉そうに説教した直後だった。
「栗枝ー!」
「?」
声を掛けられた。顔を向けると、そこに立っていたのは少しウェーブが入った茶色のショートヘアな、男子バスケ部の顧問なのに女性教員の平沢祐希子が立っていた。
だが、鈴之助はピンと来ない顔。
「……誰? 不審者?」
「先生に決まってるでしょ! ここどこだと思ってんの!?」
「ていうか、もう何度もお前を勧誘しにきてるじゃないか私は!」
「あー、はいはい。田中先生ね。久しぶりー、今何してんの? フリーランス?」
「先生だっつってんでしょバカ!」
「ていうか名前覚えてないなら下手に合わせようとするな! 君にフリーランス知り合いがいるってのか!?」
ダブルツッコミも、されると割と気持ちが良い。でも残念ながら本当に覚えていない。なんか見たことある気はするのだが……。
「で、誰? センセイっていう苗字の方?」
「違うから! 男子バスケ部顧問の平沢祐希子だよ!」
「そうすか。じゃあ俺そろそろ帰りますね」
「させると思うのか!?」
「そうだよ! 先生に失礼っしょ!」
先生の方はともかく、由香の方はウソくさい。どうせ教員に呼び出されている自分を見て馬鹿にしたいとかそんなんだろう。
なので、無視して鞄を持って祐希子にのみ顔を向ける。
「で、何?」
「熊谷に聞いたよ? バスケ部に入るか悩んでるんだって?」
「悩んでませんが?」
「またまたぁー、照れなくて良いのに」
「いや本当に。つかあのバカ何勝手なことほざいてんの?」
ブッ飛ばしたい所だが、どうも目の前の先生はそうはいかない様子だ。
「なんであれだけの腕前を持っていて部活をやろうとしないんだ?」
「面倒だから」
「練習はキツイものだ! というか、その技術を手にするまでも相当練習しただろ!?」
「いや練習がじゃなくて人間関係が」
「チームプレイの根本を否定!」
実際、面倒なんだから仕方ない。それが原因で高校では部活入るのやめたし。
人は一人じゃ生きられないけど、無理して複数人で生きる必要もない。……そう思うと、実は由香や碧はかなり良い人なのかもしれない。
「黒崎、いつもありがとう。俺、お前と半田先輩にとても感謝してるよ」
「何露骨に媚び売ってんの!?」
「いや本音」
「信用できるかー!」
「てか先生と話してるんだけど!」
まぁ、今の流れは強引だったし、媚び売ってると思われても仕方ないか、と納得。
とはいえ、口だけの感謝と思われたくない。これから由香と碧に何かお礼をしたい。
「ま、そんなわけなんで、俺は行きません。これから、黒崎に日頃の感謝の気持ちを伝えなければならないので」
「日頃の感謝って……人間関係が面倒とか言ってたくせに」
と、祐希子がドン引きしたような声音を漏らす。多分、クリエイター木村のことを元々知っていた二人を誘ったからだろうが、今の所はあまり人間関係で悩むことはない。
隣の由香が、鈴之助に声を掛けた。
「とりあえず行ってきたら?」
「お前、この人の用事わかっててそれ言ってる?」
「いや知らないけどさ……行かせた方があんたが困りそうだし」
「お前も大概、良い性格してるよね」
どんだけ仕返ししたいのか。取引とは言え、仮にも赤点以上は回避したと自負する程の手応えを取らせてくれた相手に。
とはいえ……まぁ、逃げられそうにないし、もう従うしかないのかもしれない。
でもだからこそお断り申し上げる。
「どうせ入部しませんし……あ、週に一回、部員が行方不明になったり失踪したりするなら良いですけど」
「そんな面倒な部活の顧問なんてやれるかー!」
「じゃあ嫌です。今の俺にもちゃんとやりたいことがあるので」
「うっ……そ、それなら仕方ないけど……部活と言えば青春の代名詞だよ?」
「そうすか」
「女子バスケ部も隣で練習してるよ?」
「そうすか」
琴香のアホと同じ部活に入ると、毎回居残り練習させられる。自分がバスケに熱中していた時なら構わないが、今は仮にバスケを始めたとしても放送活動がメインになる。
というかそんな熱量で入られても、先生だって困るだろう。
「ま、そんなわけなんで行きません」
「し、仕方ない……で、でもその気になったらいつでも言ってね!」
「な……はい」
ならないんで大丈夫です、とは言えなかった。なんか本当に落ち込んでいるし。
「さて……熊谷は後で走り込みだな。土手ラン50周」
実に面白いことを言いながら教室を出て行って、初めてバスケ部に興味が湧いた。男子バスケ部と女子バスケ部は別の顧問だろうに、それを超えることにカケラの躊躇もない辺りはすごい。
なんて思っていると、由香がすぐに声をかけてきた。
「で、何の話してたん?」
「部活のスカウト」
「え、すごっ。バスケ部の話してたよね。そんな上手いの?」
「上手いよ」
「……ホントにー?」
「ホントに。それより、早く帰ろうや。話したいこともあるし」
「? 何話すん?」
「次のゲームのこと」
二人揃って教室を出た。
×××
校門前で碧と合流してから、栗枝家へ到着した。いつもの鈴之助の部屋に集まり、毎度のことながら飲み物を用意してもらい、由香はそれをズズッと啜る。
「んー、美味しい。もうあったかくなってきたけど、やっぱり緑茶はホットに限るよねー」
「は、はい……あの、それより……前々から思っていたのですが、このお茶……とても良いもの、なのでは?」
「え?」
同意した碧が、鈴之助の方に顔を向け、由香も「そうなの?」と尋ねるように、反射的に視線を移す。聞かれた鈴之助は、真顔で頷いた。
「まぁな。母親が依頼人からお礼でもらった中でも、事務所で処理しきれないモンだからそれならじゃね。これも静岡のお茶だし」
「静岡?」
「えっ……こ、これ静岡茶なんですか……?」
「そうだよ。確か、河茎茶っていうやつ」
直後、ピシッと碧が固まった。半開きになっている口から滝のようにお茶が流れてもおかしくないほどに。
「? 半田先輩?」
「そ、それって……静岡茶三大銘茶の一角と言われる……?」
「そうそう。よく知ってるね」
「そんな有名なん?」
「……モノによりますが、一袋で千円近くする物もあるお茶だと……本で読んだ事が……」
「……えっ」
これ一杯で? と、由香も湯呑みの中を見る。流石に肝を冷やす。そう言えば、こいつの家はお金持ちだった。
その上、弁護士と医者……つまり、人を助ける職業であり、弁護士の方はリピーターとなろうとする人もいるだろう。
そのための手段として、お礼を報酬以外で用意する人も少なくない可能性もあって……。
「う、うちら……そんなお茶を飲んでたん……?」
「ま、まさか以前、訪れた時も……」
「その時は狭山茶かな。名前は……」
「い、いえもう聞きたくないので結構です!」
「さ、先に言ってよね次からそういうのは!」
ちょっと心臓に悪い。今後ももしかしたら「今、サイダーと一緒に摘んでいるものはトリュフです」なんてことがあるのかもしれない。
「いやどうせ食べるんだし良いでしょ。親も帰り遅いし、夫婦だけで飲みに行くこともあって中々こういうの減らせないから、食べてくれないと困るんだよね」
「こ、これがセレブの主観……」
「いや、親の客に金持ちもいるってだけで、うちは美味いものしょっちゅう食べてたりしてるわけじゃないよ。俺と聖良だけ毎晩自炊だし、自炊のために買ってる食材もスーパーで買ってるだけだし」
そんな風に言われてもいまいちピンとこない。だって目の前にちょっとお邪魔しただけで高級玉露出てるし。
それ以上の説明は面倒になったのか、鈴之助は話題を変えた。
「ま、んなことより、次のゲーム何にするか話したいんだけど」
「そ、そうですね。では、お茶いただきます……!」
「味わって飲むからね」
「何、改まって」
いや、改まる。ちょっと聞きたくない情報だった。……福利厚生がしっかりしている会社ってこんな感じのことを言うのだろうか? なんて勘違いした事を思いながら耳を傾ける。
「何か案ある? 次のゲーム」
「あ、はいはーい! 女子力ゲームが良い!」
以前、碧と話していた内容を思い出す。女子力ゲームを作って欲しい、なんて考えた事もあった。
「何それ」
「いや、前から思ってたんだよねー。……うちも半田先輩も、あんたに女子力負けてるんじゃないかって」
「負けてないよ。自信持て」
「励ますな腹立つ!」
自分から振った話とは言え、イラッとした。最も、この男の料理の腕前は決して女子力とかそんな類ではないとは分かっているのだが。
「ていうか、どんなゲームだよ。女子力ゲームって」
「え? どんなって?」
「考えてないんか」
言われてみれば……どんなゲームだろうか? コーディネート? でもそういうゲームって今時は山程あるし……それに、あまりコーディネートのバリエーションを増やし過ぎると一番大変な思いをするのは鈴之助だ。
というか、そもそも鈴之助がゲームのほぼ全てを作っているわけだし、声や女性服のことまで調べ上げるのは難しいのではないだろうか?
由香は勿論、提案することはできない。何せ、プレイする側だから秘密にされてしまう。
逆に碧は……うん、ちょっと女子力が足りない。
「……よし、もう少し考えてから持ってきなさい」
「だ、ダメかぁ……」
「ダメとは言ってないじゃん。考えて持ってこいって言ってんの」
「え、じゃあ良いの?」
「ちょうど季節の変わり目だし、リスナーの参考になるかもしれないじゃん? お前が考えた内容次第では考えなくもない」
「マジか!」
あまりの嬉しさに碧の方を見ると、碧はニコリと笑みを返してくれる。どうやら、この前した話を覚えてくれていたらしい。
「じゃあ分かった! 今から考えるから、ちょっと待ってて!」
「いやポッと出で考えられても困るから」
「え、結局ダメなの!?」
「その短絡的思考をもう少しなんとかしてくれる? ……そうだな、明日から土日だし月曜まで時間あげるから、それまでに考えてきて。もし俺がダメだなって思ったら、ネタ帳の中から三人で抽選する」
「よーしっ、言ったな?」
「言った」
俄然、やる気が出てきた。……というか、今更ながら自分が考えたものがゲームになるって……なんだかとてもすごいもののような気がして来た。
それと同時に……やっぱり放送されると思うと少し気恥ずかしさもあるけど……でも、この際だ。頑張ろう。
そうと決めれば、後で明日一緒に作戦会議をするよう碧に頼み込もう。
「半田先輩は? 何か案はねーの?」
「わ、私も……その、じょしりょくというものを知りたいので……そのゲームが決まれば、それで平気です……」
「りょかい」
碧にも意見を確認するが、碧は由香に同意してくれた。この人も女子力に興味があるのだろうか? ……まぁあるだろう。この前、結構失礼なことも言ってしまったし。
すると、碧が由香に恐る恐る声を掛けた。
「あのぅ……それより、その……黒崎さんが考案したゲームを、黒崎さんがやるのでしょうか……? それですと、この前のような新鮮なリアクションが取れないのでは……」
「あー……それもそうか。まぁその辺は俺がオリジナリティ加えてなんとかするよ。黒崎も、悪いけど自分が考えたものがまんまゲームになると思わないでね」
「えっ……あ、まぁしゃあないか……」
何せ、この前の放送のコメントを見た感じ、プレイヤー草壁に求められているのはとにかくリアクションっぽかったから。
残念ながら役者ではないので、新鮮なリアクションを作ることはできない。
「じゃ、今日は解散だな。帰るなら、駅まで送るよ」
「いや、せっかく来たし遊んでく。ゲームやろ、ゲーム」
「今日、妹いないよ。昨日で中間終わって部活行ってるし」
「だからやるの。半田先輩、ゲーム上手いから教えて欲しいなーって」
「えっ? い、良いですよ! やりましょう!」
少し嬉しそうな顔をされる。改めて思ってしまうけど、この人どんだけ暗い学生生活を送っていたんだろう。
「あっそ。じゃあ下いってて。飲み物、持ってくから」
「あ、いやいいよいいよ。そのくらい自分でやるから」
……多分、もてなす側だから、という意識が働いているのだろうが、家の中と家の外で態度が違い過ぎる。良い奴なのか嫌な奴なのか判断が難しすぎた。
お茶と荷物を持って部屋を出ながら、鈴之助に声をかけた。
「あんたもやる? ゲーム」
「いや、いい。二人で楽しんで」
「栗枝くん……ゲーム、お好きではないのですか……?」
「いや好きだよ。でも視力落ちるじゃん」
「ゲーム作ってる奴のセリフとは思えない言動!」
「可能な限り活動以外で画面見たくないから」
……意外とそういうとこ真面目なんだ、と思いながらも、とりあえず三人で遊んだ。
×××
さて、日も落ちてしまったし雨も止んだので、二人を駅まで送って解散した。
少し疲れたが……まぁ、楽しかった。特に、碧が強くて。それはもう由香をボコボコに叩きのめしていた。
勿論、元はと言えばコツを教えるためにゲームをしていたので程々ではあったが……碧は、ゲームでは手が抜けないタイプらしい。練習で対戦するときは容赦していなかった。
「……俺も、少しくらい付き合えばよかったかな」
なんか楽しそうだったし、一緒にゲームやるくらい良かったのかもしれない。
けど……まぁ適当な言い訳はつけたが、要するにちょっと気分じゃなかっただけだった。少し離れた場所から見てるだけで十分、楽しめたので、まぁ次からは参加することにしよう。
そんな風に思いながら帰ろうとした時だ。殺気を感じた。
「なんでバスケ部に遊びに来ないんすかああああ!!」
「危なっ」
背後からのドロップキックをしゃがんで回避。真上を通ったあたりで真下から立ち上がり、腰のあたりに頭突き。お陰で、真上を通った少女の身体は上に浮かび上がる。
その隙に鈴之助は体を真後ろに逸らして身体を真上を浮く少女と平行にすると、両手を脇の下から通して拘束しつつ、体を起こす。
「!?」
「いきなりドロップキックかましてくんじゃねーよ」
捕まえた相手は、熊谷琴香。中学からの後輩である。ちなみに妹の先輩。なんにしても……奇襲してきた罪は重い。
「ちょっ、待っ」
そして……その場でフル回転した。あれ、真下はスケートリンクだった? と周囲の人間が思うほどの。
「せんぱっ…やめっ…れんしゅうっ…おわっ」
「千羽、雨、正条植え、萌芽? なんで農業で使われる単語を羅列した?」
「ちがっ……吐くっ」
「吐くなら近くに公衆トイレあるからそこ行け」
「聞こえっ…てんじゃっ」
そこでようやくギブなのか、パンパンと拘束している手を叩かれて緩やかにした。
「世界が……世界が回ってる……胃の中も回ってる……」
「逆回転すれば戻るんじゃね?」
「いやもうホント勘弁してください! 自分が悪かったっす!」
引き下がりながら謝られるが、そもそも面倒な教員を連れて来てくれたお礼もしていない。
「いやダメダメ。放課後にアホな爆弾を投下してくれたお礼が残ってるから」
「いや後輩の可愛いちょっかいじゃないっすか! そんくらい流して下さいよ!」
「可愛いかどうかは俺が決める。そして、ギリギリ可愛くない」
「そのギリギリは一体何!?」
「顔」
「んにゃっ……!?」
「だから許してやる」
ホント、顔だけは良いのに喧しい、騒がしい、鬱陶しいの三拍子揃ったアホの子でとても惜しい。
「ほ、ホント先輩ってたまに平気で口説こうとしてきますよね……」
「してねーよ。俺、彼女にするならもう少し賢い子が良い」
「自分これでも一応、英語は学年三位なんすけど……」
そういう事ではない。賢さは数字に出ないものだから。
「てか、なんか用? 俺もう帰るよ」
「いや、たまたま見つけたんで奇襲しただけっすけど……」
「なら帰るわ」
「ま、待ってくださいよ! せっかくですし、バスケするっすよ!」
「いや、いい」
そんな時間はない。一応、由香と碧にゲームの案を求めたが、それがやっぱりダメだった時のために自分も用意しておかなければならないから。
まぁ、明日明後日は土日で休みだから、割と余裕はあるのだが……予定は前もって終わらせておきたいのがポリシーでもある。
しかし……目の前の琴香は少し肩を落としながら涙目になる。
「……た、たまには良いじゃないすか……遊んでくれたって……」
「なんでそんな俺にかまちょすんの」
「何のために自分が先輩と同じ高校に入ったと思ってんすか?」
「かまちょの為だろ」
「それもそうですけど……たまには一緒にバスケしたいっす」
……まぁ、確かにたまには良いかもしれないけど。日曜の夕方だけバイトだから無理だけど、そんな風に直球で言われたら、仕方ないかと思ってしまう程度には、目の前の後輩のことは嫌いではない。
「わーった。明日の午後なら良いよ」
「! ちょうどバスケ部の練習、午前までっす!」
「じゃあ、明日な」
「約束っすからね!」
満面の笑みで帰っていった。ホント、黙ってりゃ可愛いのにな……と、ため息をつきながら、そのまま帰宅した。
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