第9話 金が欲しいから対価を要求するのではなく、信頼のために取引をする。
しとしと、という効果音を考えた人は天才だ、と思う天気……つまり、雨。5月中旬なので、まだ梅雨入りではないと信じたいが、ここ数年は梅雨入りが早かったり遅かったりするのでもしかしたら梅雨なのかもしれない。
基本的に荷物が増えるのは好きではないので傘とか持ちたがらない由香は、雨の日が好きではないにも関わらず、ここ数日はニヨニヨしていた。
しかし、そんな様子を教室にまで持ち込んでいたら、そりゃ親友は気付く。
「え、雨の日まで機嫌良いのあんた」
親友の斎藤優奈が引いている様子で声をかけてきた。
「ふっふっふっ……まぁ、何? こう見えてうち、ツッコミ上手いみたいで?」
「そりゃ、私もだから。中学の学祭でツッコミしかいない漫才やったし」
「……」
ちなみにそこそこウケた。三年連続で好評ではあったが、元々の目的であった彼氏を作るために顔を知られる事は果たされなかった。
……いや、顔は知られたけど激しいツッコミの叩き付け合いの結果、男子が好きな「お淑やか」「優しい」「家庭的」の概念から見事に外れてしまったからだろう。
「でも、楽しそうなのは良いじゃん」
「え?」
「先週の土曜日からご機嫌だけど……金曜、何かあったんしょ?」
「え、な、何もないよ!?」
身バレを警戒している鈴之助に活動のことは口止めされている。……ていうか、鈴之助自体も割とその辺の正体を隠すの下手なのは、今にして思えば意外だ。
「ふーん……ま、なんでも良いケド。……でも、あんた部活とかそういう趣味みたいなのユーツーバーの動画見るとかしかなかったから、何か楽しめるのが出来てよかったし」
「え……そ、そう?」
「そうっしょ」
こう見えて優奈はテニス部だ。自分と違って彼氏を欲しいと思っている優奈は、高校三年間で彼氏ができなかった時のことを考え、大学で彼氏を作る時テニスサークルに入ることを考慮し、今テニス部に所属している。打算的な子だ。
……が、テニス自体にも割とハマってしまっている優奈に対し、自分はあまり好きなものとかなかった。
動画を見て、漫画読んで、甘いもの食べて、オシャレして……と、毎日何も考えずに生きている自分とは、似ているようで違うのだ。
でも、そんな彼女に安心されてしまうほど、今の自分は変わって見えるらしい。
それが、果たして良い変化なのかは自分でもわからないが、まぁ良いものだと思うことにしよう。
「何してるのか知らないけど、頑張って」
「うん。サンキュ」
「で、何してるん?」
「え、結局聞くの!?」
「気になるに決まってんじゃん。何始めたん?」
「な、なんでもないってばー!」
言えない言えない、絶対に言えない。身バレ、と言うことを抜きにしても、優奈は鈴之助に告白して自分で振っている。そのお相手と夜に一つ屋根の下で実況してました、なんて絶対に言えない……なんて思っている時だ。
「おーい。黒崎ー」
「えっ」
バカがバカな声を背後から発した。嫌な予感という冷水を後ろからぶっかけられたように背筋が逆立つと同時に、思わず俯いてしまう。
「黒崎さーん黒崎さーん、下を向いて聞こえないフリをしている黒崎さーん。金曜日の放課後を一緒に過ごした男の子がお呼びでーす」
「なぁんで全部言うわけ!?」
「え、なんで? 一緒だったじゃん」
「こっちは言わないようにしてたんだっつーの! あんたは逆に良いわけ!?」
「あー……ごめんごめん」
台無しである。この野郎、本当にどうしようもない奴だ……と、呆れてしまうまであった。この様子だと、家の人にも配信やっているのばれているのではないだろうか? まぁそこは正直、知らないけど。
恐る恐る、チラリと優奈の方を見ると、目からビームを放つ勢いで見開かれた瞳をこちらに向け、口は虫を食べていそうな半開きにしていた。
違うんです、ホントにやましい事なんて何もありません、だからその顔やめて、呪われそう……と思いながら冷や汗を流した。
「まぁとにかく、放課後暇? 暇なら俺ん家ね」
「反省してんのかあんた!?」
「じゃ、悪かったな、お邪魔して」
「ホントに邪魔して悪かったわー!」
「ちょっと待った!」
ヤバっ、と冷や汗を流す。引き留めたのは優奈。ジロリと鈴之助を睨むように眺めながら怪訝そうな表情で聞いた。
「……あんたが由香と金曜の夜に一緒にいたわけ?」
「そうだけど?」
「何してたの?」
「何って……あー」
問い詰められて少し困った顔をする。いや、正直自分も困ると言えば困るのだが、なんかもうそれ以上にザマーミロと思ってしまっていた。
ちょっとだけ考え込むように視線を上に逸らした後、すぐに答えた。
「ゴルフしてた」
「はぁ?」
嘘じゃない! けどあのゲーム、今改めて思ってもゴルフ感ない! それほとんど嘘! と、少し複雑そうに下唇を噛んで目を瞑る。
親友に嘘をつくのは好きではないのだが……今回はギリギリセーフだろうか? ……うん、セーフだ。知られたくないし、知られると絶対面倒なのでセーフにする。
「そ、そうそう! こいつ、家金持ちでゴルフ趣味なんだけどさー、前からちょーっと興味あってね? ほら、思いっきりかっ飛ばすと気持ち良さそうじゃん」
「? やった事あんじゃないの? 何、良さそうって」
「ま、まだかっ飛ばせてないの! 難しくて!」
嘘が下手なのは自分ものようだ。だが、内容自体にそれほど無理はない気もするし、このままいけるか……?
いや、なんか疑い深そうな目で見ているし……一応、通してみようか。
「……ほんとに?」
「ほ、ほんとに!」
「じゃあ今日の放課後はなんでそいつの家に行くわけ? ゴルフじゃないん?」
「え、いやあの……」
「てか、家に行くって何? 付き合ってんの?」
「ちょっ、そういうわけでも……」
どうしよう……てかお前の所為だろ何黙ってんだ、なんとかしろ、という意を込めて鈴之助の方を見ると、鈴之助はあくびをしながらめちゃくちゃ寝そうな瞳で時計を見ていた。
その他人事のような態度が非常に腹立たしく思ったので、脛に蹴りを叩き込んだ。
「いっだ!?」
「なんで家に行くんだっけ!?」
「え? あー、そうそう。妹が会いたいって。お前と半田先輩に」
「え? あ、ああ……聖良ちゃんか……」
「……妹?」
優奈に「なんで?」という顔をされる。まぁ当然と言えば当然だが、流れは変わった。ここを押し切る……!
「そ、そうなんだよねー。妹ちゃん、ゲームが好きらしくてさ。でもあんまゲーム趣味の友達がいないから、うちが相手してあげてるんだー」
「……なんでそんなボランティアみたいな真似してんの? てか何処でそいつの妹と知り合ったの?」
「え? え、えーっと……」
そう言われるとその通りなわけだが……と、少し困る。どうしよう、ともっかい鈴之助の方を見ると……またあくびをしながら、今度は窓の外の雲を見ていた。
「あんた飽きるの早すぎかアアアア!!」
「だって暇なんだもん」
「よくこの状況を暇と言い切れるなあんたは!?」
そもそも誰の所為でこうなってるのか分かっているのだろうか? ジロリと睨み付けると、それを理解したのか、鈴之助は「あー……」と声を漏らす。
「だって、別に隠す事じゃないでしょ。俺が黒崎に頼み込んだだけだし」
あくまで話を繋げるためか、話の途中のような感じで言われた。
「……なんで由香に頼んだの?」
「だってあいつゲーム中『あー、この人達パーティ組んでる……私はソロなのに……良い連携だなー、ふひひ……羨ましい……』ってうるせえんだもん」
誰それ、と本人を知っている由香が言いそうになったのを全力で飲み込んだ。孤独で可哀想なキャラを付けるために考えたのだろう。
「いやそっちじゃなくて……え、そんな感じなのあんたの妹……それならまぁ、分からなくもないけど……なんか、ごめん」
本当は優しい優奈が、肩を落として頷いていた。妹ちゃんに同情しているのだろう。
何はともあれ、誤魔化せた。そう判断した鈴之助は、軽く手を振って今度こそ別れた。
とりあえず助かった……と、ほっと胸を撫で下ろした直後だった。
「……で、由香」
「ひぇっ」
ガッ、と両肩に手を置かれる。あれ、まだ尋問続くの? と、肝を冷やした。
「何あんた男の家に上がり込んでんの! 食われても知らないよ!? よりにもよってあんな頭の中が少年漫画のラブコメみたいな男に!」
「えっ、待って。それどの辺が?」
「告白されて事件を求めるとかそういう事でしょ!」
いや知らないが……まあ、確かにそういう銀行強盗とか起こるのは、少年漫画の方が多いかもしれない。
「だ、大丈夫だよ。うちだってちゃんと相手くらい選んでるし」
「そりゃ男子に対して警戒心がやたらと高いあんただから、信用してないわけじゃないけど……でもやっぱり油断すんのはダメだからね。敵陣にいることを自覚して」
「敵って……まぁ、敵か。大丈夫、二人きりじゃ絶対、あいつの家に行かないから」
「なら良いけど」
まぁ、やっぱりそもそもあいつがそういう人間ではないことに関しては、一定の信頼を置いているが。
……でも、親友に心配をかけさせるのは嫌なので、少し考えることにした。
「ごめんね。何かあったら相談するから」
「ん、よろしい。じゃあとりあえず、来週からの試験、頑張ってね」
「え?」
地獄が目の前までやってきた。
×××
「お願い! 次、作るゲームは勉強ゲームにして! やるだけで成績上がる奴!」
「素直に教えてくださいって言え」
「お、教えて下さい!」
「やだ」
「アア!?」
放課後、集まったのはいつもの校門前。到着するなり鈴之助と由香が喧嘩を始めていて、ちょっと困ってしまう碧だった。
「あ、あの……お二人とも、来ましたけど……落ち着いてもらえませんか……?」
「あ、半田先輩。俺は落ち着いてるぞ」
「あんたの所為でこっちは落ち着いてないんだけど!」
「なんでも人のせいにするな。高校生になったんなら、自分のメンタルくらい自分で治せ」
「いいこと言ってる風だけど、それ『煽られる方が悪い』って言ってるのと同じだから!」
そんな言い合いを苦笑いで流しながらも……ちょっとだけ由香に感心した。勉強できない割に、そういう聞こえの良い言葉に騙されない辺り、決して馬鹿というわけではないようだ。
「ねぇ、半田先輩は良いよね? 勉強、教えてくれるよね?」
「えっ、わ、私ですか……?」
「お願い! 次一個でも赤点あったら、マ……お母さんに殺されちゃう!」
殺されちゃうの? と、冷や汗を浮かべる。そんな鬱モノの漫画みたいな展開が、こんなに明るい女の子に起こるはずないだろうに……。
一先ず、このまま雨の日に校門で駄弁っていると目立ちそうだし、とりあえず落ち着かせることにした。
「あ、あの……成績が悪いくらいで、様々なリスクを負った上で娘を殺害するような愚を犯す母親は……いないと思われますが……」
「今のは比喩! それくらいのことをされちゃうって事!」
「家族の殺害くらい……未成年の殺害は死刑になりやすい……それが家族ともなれば尚の事……つまり、それくらいのことをされてしまうということは、命を賭して何かされるという事でしょうか……?」
「なんなのこの人! 思ったより話通じない!」
「ええっ! す、すみません!?」
殺されはしないから安心して欲しかったのだが、なんか逆に怒らせてしまった。尚更目立ってしまう……と、思っていると、すぐに鈴之助が言った。
「とにかく、二人とも行くよ。俺ん家」
「勉強は!?」
「明日までに、今回の試験範囲のto不定詞の用法、全部覚えてきたら考えてやるよ」
「言ったな!? ……半田先輩、豆腐屋の亭主って豆腐を売る以外の用途もあるの?」
「え、なんでいきなり豆腐屋……?」
この子、やはりアホの子だ……そんなことを思いながら、とりあえず一緒に栗枝家に向かった。
歩きながら雨の日をのんびりと歩く中、そういえば、というように由香が碧に声を掛けてきた。
「半田先輩、見てた? うちらの放送」
「は、はい……一応、リアルタイムで……」
「マジかー……な、なんか恥ずいなー。知り合いに見られてたと思うと。……ちなみに、どうだった?」
感想を求められているのだろうが……まぁ悪い感想は抱いていないし、正直に言っても良いのだろう。
「お、面白かったですよ……?」
「なんで疑問系?」
それはコミュ障の癖みたいなものなので気にしないで欲しいまである。自分の言動に自信が持てない生き物なのだ。
でも、おかげで気を遣った、みたいになってしまう。
「あ、い、いえ、その……本当に、面白かったです……!」
「そう?」
「は、はい……!」
「なら良かったー。ちなみに……どの辺が?」
「ど、どの辺と言われましても……」
「え、や、やっぱそうでもなかった……?」
「い、いえその……」
何を言えば良いのかわからなかった。いや、褒められる点は多々ある。ツッコミが面白かったとか、プレイングは上手すぎず下手すぎないのでちょうど良かったし、声も可愛いのに絶叫するからやたらと盛り上がっていたし。
何より、意図した罠のほぼ全てに掛かっていたのは最高だった。
けど……言葉選びが下手な自分がそれを言うと、なんか上から目線に聞こえてしまわないだろうか?
「え、もしかして……喧しかった……?」
「い、いえいえ! 本当に面白かったです! 変な奇声とか、綺麗な声なのに超音波みたいな絶叫を上げるところとか……ホントに最高でした……!」
「ち、超音波……? それ褒めてる?」
「ほ、褒めてますよ! あの鼓膜を破らんばかりの声は、本当にキツかったです!」
「やっぱ褒めてないでしょそれ!?」
「お、面白かったので褒めています!」
……ダメだ、口下手も大概にしたい。なんでこんなに上手くものを言えないのか、自分でも嫌になる。
そんな中、黙って前を歩いていた鈴之助が振り返って話に入ってきた。
「でも、お前この前の放送で褒められたことは忘れろよ」
「え?」
「え……なんか悪いとこあった?」
やはり人のチャンネルに出たからか、鈴之助を相手にしているにしては、少し控えめな口調で聞いていた。
「いや、ツッコミは良かったし、リスナーも面白がってたし……身バレしかねない情報を言う事以外は良かったよ」
「もしかして、あんた今褒めてる?」
「うん?」
「……」
あ、ちょっと嬉しそうだ。可愛い。まぁ、普段滅多に褒めないどころか頭の悪さを馬鹿にしてくる人に褒められたのだ。気持ちは分かる。
「だから、忘れろ。お前が覚えておくべきは『身バレするかもしれない情報は言わない』ってことだけだから」
「は? ドユコト? 失敗しろっての?」
「なんでだよ」
そういう意味じゃないだろうな、といち早く理解した碧が声を掛けた。
「勝って兜の緒を締めよ……というお話ですか?」
「そういうこと」
「買って兜を乙姫に? あげてどうすんの?」
「あーうんそうね。どうすんだろうね」
「投げんなし! ねー、半田先輩、どういう意味ー? か……狩ったカブトガニを絞めよ」
「え、そ、それはそのまんまの意味なのでは……」
「半田先輩まで意地悪!?」
……いやそんなつもりはないのだが……まぁ、これも勉強だ。主に由香にとっての。
コホン、と咳払いをしてから、説明してあげた。
「あの……私が言ったのは、勝って兜の緒を締めよ、で……」
「え、兜に尻尾ってあるの?」
「いえ、そっちの尾ではなく、へその緒の方で……」
「え、兜におへそってあるの?」
「お前まず聞けよ。バカの代表的特徴が迸ってんぞ」
「何その特徴!?」
聞かれた鈴之助はバカ正直に指を折って数え始めた。
「『人の話を聞かない』『覚えが悪い癖にメモも復唱もしない』『警戒心がないくせにあると思ってる』『感情的になった時、単語しか話せなくなる』……かな。これが四天王」
「失礼な四天王を作るな! てかうちそんな該当してる!?」
「いや、お前は三つかな」
「ほぼコンプリート!」
ちょっとその話は碧にとっても耳が痛い。いくつか該当してるのかも……と、思わないでもないわけで。
「あんた……ホントに性格悪いわ……人のメンタルをゴリゴリ削るような事を……」
「ちなみにどれが当てはまってると思う?」
「答えるかー!」
そんなやりとりをしているのを眺めながら、碧は思わず自分が問われたように考え込んでしまう。
人の話を聞かないということはない。何せ、自分は基本的に話をしないから、むしろ聞く専なとこある。
二つ目、メモも復唱もってとこ……自分は特にない。覚えが良いか悪いかは知らないが、授業中の板書くらいはするし……大丈夫だろう。
だが……残り二つは……今にして思えば、由香がいるのに平気で男子の家に上がり込んだり、テンパると単語さえも話せなくなることもあるし……。
「……わ、私は後者二つに該当するかと……」
「半田先輩、答えなくて良いよ!?」
「正解。100点満点」
「あんたは心を折る採点をすんな!」
「大丈夫大丈夫、自分が劣ってる自覚がある奴に、なんだかんだバカはいないから」
「じゃあなんだったの四天王!?」
はは……と、思わず碧も目を逸らしてしまった。ちょっと遊ばれてたのかも……なんて苦笑いが出るが、そんな話をしている間に栗枝家に着いてしまったので、黙った。
なんやかんやでこの家に来るのももう慣れてしまったが、未だご両親に顔を合わせた経験がない。
まぁ、イメージ的に圧が強そうなので、会いたくない感じもあるのだが……お世話になっている身として、そういうわけにもいかない日はいつか来るのだろう。
「上がって」
「あ、うん」
「お、お邪魔します……」
話しながら家に上がる。手洗いうがいをしてから部屋に入った。
「で、今日はなんで集めたん?」
鈴之助が用意したちゃぶ台を囲むように座りながら由香が聞くと、いつの間に用意したのかお茶を用意していた鈴之助が答えた。
「ん、いや報酬何にするかなって」
「え?」
「はえ……?」
普通に答えたけど今、報酬って言ったのだろうか? もしかして、活動の?
「報酬って……あの、放送の……ですか?」
「そう。タダじゃ頼めねーって思ってたけど、その話してなかったから」
「マジ!? お金くれるの!?」
「金で良いならそれでも良いけど。他の事でも良いよ。飯奢りとか、買い物の時3歩下がった地点で荷物持ちとか、エロ本購入代理とか」
「二つ目からトチ狂った例えを出すなし!」
つまり、出来る範囲でなんでも良い……という事だろうか?
でも、急に言われてもすぐには出てこない。あまり困っていることもないし、悩みと言えば大学受験があるけど、推薦を狙っているからそんなに大きな悩みってわけでもない。
「なら、うちはお金!」
「えっ」
迷わずに中々の選択をした由香を見て思わず声を漏らしてしまった。金より必要なものがあるだろうに……。
そんな自分を見て、由香も怪訝な顔でこちらを見る。
「え、な、何? 半田先輩……」
「あ、い、いえ……その、黒崎さんは……勉強を、教わった方が良いのでは……」
「えっ」
「というか、その……どのようにしてご入学、或いは進級なさったのでしょうか……?」
「なんで先輩までうちを馬鹿にするの!?」
いやそんなつもりはないのだが……結果的にはそうなってしまうのだろう。ちょっと心配になるまである。
「良いの! 世の中、なるようにしかならないんだから!」
「それはなるようにならないんじゃなくて、やることをやってないだけだぞ」
「おごっ……! て、的確に刺さる言葉を……!」
残念ながら「なるようになれ」とはやることをやってから言える言葉である……というのは、碧にもよく分かっていた。
「お前が勉強教えるのが報酬って言うなら、俺はそれで良いけど」
「えー……でも、せっかく何か貰えるのに勉強って……勿体無くない?」
「黒崎さん……何かしてもらえるからこそ、普段自分が出来ないことをお願いするのでは?」
「や、そういう考え方もあるけど……え、今うち勉強出来ないって言われた?」
「で、どうすんの?」
真実に気付かれる前に、鈴之助が誤魔化してくれる。
何となくだけど、クラスで毎回赤点で先生に怒られてる人とか補習を受けている人は「勉強しない」のではなく「勉強出来ないんだろうな」と思っている。机に向かっても、教科書を開いた時点で頭痛とか出るタイプ。
残念ながら、世の中向き不向きがあると言われるくせに勉強に不向きな人間に人権はないので、それでも勉強をしないわけにいかないのだが。
渋々、頑張ることを決断したのか、何故か少し拗ねた表情で由香は答えた。
「じゃあ……それで」
「はいよ」
「あ……でもさっき『明日までに、今回の試験範囲のto不定詞の用法、全部覚えてきたら考えてやるよ』って言ってなかった?」
「ああ、それは覚えてきても教えるつもりなかった奴。だから安心しろ」
「性格悪!」
「誰も教えてやるなんて言ってなかったし」
「詐欺師めー!」
まぁ、何にしてもなんとかなりそうで良かった……と、ほっとしているときだ。二人の視線が自分に向けられる。
「え……な、何ですか……?」
「半田先輩は?」
「報酬何が良い?」
「ええっ……あ、そ、そっか……私にも、報酬をくださるんですね……」
考えていなかった。何が良いか、と言われても……なんだろう? お金なんてもらえないし、ケーキとかは太ってしまう。本を買ってもらう、というのも考えたけど何か違うし……。
「こ、今後も面白い配信をしていただければ、私はそれで……」
「もっと強欲になろうよ!」
「それ取引になってないし」
ダメだった。しかし、他に困ってることがあるとしたら……と、思いながら、ひとつ思い当たる。割と本気の悩みであるが故に、無意識にその部位を触ってしまった。
……その仕草を、報酬で勉強させられることになってしまった由香が見逃すはずもなく。
「そうだよ、半田先輩。ダイエット手伝っってもらえば?」
「だいっ……にゃっ、ななっ……何故ですか?」
「いや、今お腹触ってたから」
見られてた! と冷や汗を大量に浮かべた。
「いや、なんで報酬にダイエットしないといけないんですか!?」
「いやうちも報酬で勉強しないといけないし」
「い、良いんです! 人の体なんてなるようにしかならないんですから!」
「何かしてもらえるからこそ、普段自分が出来ないことをお願いするんじゃないの?」
「ぎぐっ……!」
「お前らもしかして姉妹か何か?」
鈴之助が余計な勘ぐりを入れる程度には言動が一致していた。ちょっと仲良しな友達ができたみたいで嬉しい……でも、身体を動かすのは嫌だ。疲れるから。
「じゃあダイエットで良いのか?」
「えっ、いやっ、あのっ……」
「一応、メニューなら考えてやれるよ。痩せるかどうかは先輩次第だけど」
「もうこれ決まりじゃない?」
「や……で、ですから……」
「まぁ任すけど」
「チャンスだよ。痩せられる!」
「……」
何故か、鈴之助のセリフまで圧力に感じてしまった結果……もはや有無を言わさない空気を勝手に感じ取ってしまった。
「よ、よろしくお願いします……」
「よし、頑張ろうね。半田先輩!」
「じゃあ、今日は雨降ってるし……」
「く、黒崎さんの勉強を……」
「は!? いやいや、室内で出来る運動を……!」
「いや次に作るゲームのコンセプト募集しようと思ったんだけど、そんなにお互い己を高めたいならそっちに付き合うよ」
「「……」」
翌日、由香は洗脳されたように英語と数字しか喋れなくなっており、碧は全身筋肉痛で学校を休んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます