第8話 BLACK HOLE GOLF
それは……およそ数日後の朝。仕事が大好きな両親は基本的に、帰りが遅くなる。特に金曜日は次が休みなので頑張ってくることが多い。
それ故に、鈴之助にとってカモにしている日でもあった。
そう……放送する日に持ってこいだから。不安や緊張がないわけではないが、まぁそもそも趣味でやっていることだし、金を取っているわけでもないので気を楽にさせる。朝から緊張したって仕方ない。
さて、落ち着いた所で……そろそろだろう。例の妹が起きてくるのは。
「おはよう、お兄様」
「朝飯出来てるよ」
「ありがとう。でも今日の朝食当番は私のはずだけれど」
「俺より遅く起きるお前が悪い」
「相変わらず嫌な言い方しますわね」
「あとそのわざとらしいお嬢様言葉やめろ。キャラ作りなの知ってるから」
「……」
言うと、部屋に入って来ていた聖良は不満そうにジト目になる。
「なんでさ。お兄ちゃんが『放送に出たかったらもっと面白い奴になれ』って言ったんじゃん」
「誰がそんな厨二病みたいなキャラになれっつったの」
まぁ、仮に自分のお眼鏡に叶う面白い人間になったとしても、だ。兄妹で配信とか身バレのリスクが極限まで高まるので絶対に嫌だ。
「早く朝飯食って学校行け」
「……はーい」
そもそも、兄と配信とか恥ずかしくないのだろうか? 自分なら絶対に嫌だ。
呆れ気味にため息をつきつつ、ひとまず自分も朝食を食べることにした。
×××
時間経過というのは恐ろしいもので、自身にストレスが掛かるものがある時ほど速く感じるのだ。例えば、面倒で敢えて課題をサボると決めた時から次の日の授業まで、定期試験終了後から試験結果配布までの土日、目をつけられている先生が担当教員の授業までの休み時間……と、全部勉強関係なのは由香ならではのスペックなとこもあったりして。
それは、別に嫌なこと限定ではない。緊張感のようなものも同じであって……。
まぁ、速い話が……。
「あ、あわっ…あわわわっ」
「泡風呂入りたいの?」
「違うあわ!」
「語尾になってんじゃん。うちの風呂、泡風呂出来るから、良かったら入ってく?」
「違うっつってんでしょ!」
放送開始30分前……死ぬほど緊張していた。もう声が漏れるほど。
隣に座っているバカは、何食わぬ顔でボケ倒してくるが、張り倒したいまである。
「お願いだから黙ってて! そして集中させて!」
「コンセントレート?」
「何言ってるか分かんない!」
「集中」
「人のバカさ加減を一々、馬鹿にしないと気が済まないわけ!?」
だめだ、こんなバカな話をしていたら、なおさら集中出来ない。今、頭の中ではとにかく失敗しないように念じているというのに……。
というか、思った以上のプレッシャーが胸を締め付けていて、ちょっとやめたいまである。
そんな自分の気も知らず、鈴之助はしゃあしゃあと聞いてきた。
「あ、そだ。ごめん忘れてた。お前の名前どうしようか。本名じゃダメでしょ」
「なんでこのタイミングで聞くの!? もっとタイミング他にあったでしょ!」
本当に人を思い通りにさせないことに関しては右に出る者がいない奴である。限定的な才能すぎて無駄感しか否めない。
だが、鈴之助は気にしない。何食わぬ顔で話を続けた。
「忘れてたから。何が良い?」
「なんでも良い!」
「じゃあ……俺が栗枝からクリエイター木村だし……」
「ゲームを作ってるからクリエイターじゃないの!? てか木村はどこからきたし!」
ツッコミが炸裂する中、鈴之助は真剣な表情で顎に手を当てる。
「クロサキ……クロサキ、ブラックサキ……ブラックサッキー……」
ちょっと不安だ。緊張でそれどころじゃないとはいえ、変な名前になりそうだ。クリエイター木村も中々変な名前だし。
「ブラクサッキー……ブラジャーが臭いみたいだな。母乳漏れてるみたいで人気が……あー嘘嘘、ハサミ構えないで……あっ、ブラッキー?」
「あ、それ良い」
「いや……なんか違うな。頭良さそうでダメだ」
「どういう意味!?」
目の前でよく言えるな、と思っている間にも、クリエイター木村は顎に手を当てて真剣な顔で考え続ける。
「ふーむ……別に無理にブラックとか使わなくても……やっぱ、クロ……クロサキ……クロ、サッカー……いや、クロサッカー? ……あ、プロサッカー! プロサッカー三浦!」
「体育以外でやったことないのに!?」
「よし、決まり!」
「決まってない!」
絶対に嫌だ。これからやるゲームでさえゴルフだというのに。
だが、このままではプロサッカーにされてしまう……と、そこで閃いた。自分でも知っている程度の英語を。
「そ、そうだ。プレイヤー! プレイヤー……草壁!」
「分かった。じゃあそれで」
「良いの!?」
「勿論」
嬉しいような嬉しくないような……なんで草壁にしたのかは自分でも分からないけど。
「で、どう?」
「何が?」
「緊張、ほぐれた?」
「え……?」
そういえば……ツッコミにツッコミを重ねていて忘れていたが、確かに少し落ち着いて来ていた。もしかして……わざと自分のためにボケ倒してくれたのだろうか?
でも言ったら意味がない。
「って、もう本番まであと15分じゃん! バカの所為で全然、落ち着けてないし!」
「分かった分かった。じゃあ今回の導入は少し風変わりにするから、序盤5分は喋らなくて良いよ」
「はぁ!? ドユコト!?」
「ちょっと待ってて」
そのまま鈴之助は一度部屋を出て行ってしまった。
×××
19時半……それはつまり、クリエイター木村が番組開始を予告した時間。
碧は、少しソワソワしたままパソコンの画面を眺めていた。かなり緊張している。自分の作ったゲームが、ちゃんとウケるかどうか。
途中でゲーム的に厳しいこともあって仕様を変更したりしてしまったが、多分面白いゲームになっているはず……と、心の中で祈る。
……それと、もう一つ。由香が失敗しないと良いな……なんて不安が。自分は恥をかくのが嫌いなので、他人が失敗して恥をかくのを見るとやたらと同情してしまうのだ。
それが知り合いなら尚更のことで、何か放送禁止用語とか言わないか、とハラハラしてしまう。
「……っ」
いや、自分がこんなところで緊張していたって意味ないのだから、気を大きく持たないといけないわけだが。
なんて思っていると、パソコンから音が聞こえて来る。
『〜♪』
ベースの音? 今、弾いているのだろうか? と、眉間に皺がよる。あまり音楽に詳しくはないが、綺麗な音色なのだと思う。
にしてもこの曲、今流行りのアニメのOPではないだろうか……というか、なんで急にベースなのだろうか?
そんな自分の問いに答えることなく、ベース独特の低い音色のまま、音楽は続いていく。そして、歌詞の始まりの部分に差し掛かった直後……。
『はい、というわけで、こんばんはどうも。クリエイター木村です』
歌わないんかい! と眉間に皺が寄ってしまう。ふと、コメント欄を見ると、ツッコミが溢れていた。
今別府『歌え』
close『そこまでやったら歌えや』
ギャ=ランドゥ『てか今の演奏したんか』
おばんざいばあさん『俺は出だしだけ歌ってた』
クマの谷のコトシカ『出オチっすか?』
そんなコメントも無視して、クリエイター木村は声を漏らす。
『やべっ、ベース邪魔だわ。ちょっと待ってて、置くから』
なんか序盤からぐだっているが、本当に大丈夫だろうか?
ちなみに、ベースを弾けるのは知っていた。ゲームを一緒に作っていた身として、BGMも作詞していたのを知っているから。
……とはいえ、やはりマルチな才能があり過ぎる気もするが。
『うしっ、じゃあ今日もやってくかー……また変なゲーム作ってきたから、皆さんの暇つぶしになればと思います。今回のゲームもね、放送後にフリーゲームサイトの方にアップするから暇な人はやってみて下さい』
まずは定型文的な挨拶。そのあとで、すぐに言った。
『で、前回。コメントにありました。「これ自分でやっちゃダメなゲームじゃね。んなことも分からずゲーム作ってんのかこのすっとこどっこい」というもの』
そこまで言われていないよ、とあからさまなツッコミ待ちにも笑みを浮かべてしまう。コメントも「そこまで言ってねえよ」「言い過ぎ」「すっとこどっこい?」「盛り過ぎではw」などと沸いた。
『そんなわけで今日は……えー、いよいよ俺も頼んでみました……え、いやコラボじゃないよ。新しいメンバーに来てもらいました』
そうだ、新メンバーの紹介。大丈夫かな……と、何故かハラハラしてしまう。
『じゃあはい。自己紹介』
『あ、み、皆様初めまして! プレイヤー草壁といいむす!』
『おむすび国のお姫様が故にこのような語尾になってしまうのはご了承下さい』
『噛んだだけだっつーの! どんなフォローの仕方してんだ!?』
それはその通りだけど……中身の人を知っているだけあって、噛んだことを気にしていないか心配だったり。
コメント欄をチラリと見てみると……。
北辰一刀流『新入り?』
サバンナ『おむすびの国って何?』
リーサル・ウェポン『じゃあ俺らの語尾は日本になる日本?』
クマの谷のコトシカ『フォロー下手っすか』
意外にも、コメント欄は噛んだことよりも別の方向に沸いていた。もしかしたら、敢えて下手なフォローをしてコメントの方向を変えたのかもしれない。
『まぁ、早い話がクラスメートに手伝ってもらうことにしました。俺が知る中で一番、ツッコミが上手い奴に』
『友達他にいないからでしょ』
『お前も別に友達ではなかったよね。なのに男の家にホイホイ上がり込んじゃって。もう少し考えて行動したら?』
『誘ってきたあんたが言うな!』
……なんか、割といつもの二人だ。兄妹漫才でもしているようなやり取りに、思わず笑みを浮かべる……が、コメントは割と煽っている。
馬糞番長『イチャイチャするな』
close『今日のは夫婦漫才ゲーム?』
KY☆バッテラ『リア充大概にしろ』
死神の子『別れ話なら神配信』
クマの谷のコトシカ『この後ナニするんすか?』
……など言いたい放題。そもそも付き合ってもいないのに。
『ちょっ、コメントさん! 夫婦も恋人扱いもやめて! うち彼氏にするならもっと可愛くて素直な子が良い!』
『ショタコンか?』
『黙り腐れ!』
『だ、黙り腐る……?』
予想外の言葉に、コメントからも「黙り腐れwww」「黙り腐るって何?」「黙り腐るは草」などとやたらと流行っている。
さて、そろそろ話を進めなければならない。クリエイター木村が改めて言った。
『はい、まぁそんなわけで今日のゲームにやろうか』
『お、待ってました』
『ショタをストーキングするゲームじゃないけど?』
『しつこいわ! 次言ったら肩パンするから! コメントもショタコメントやめろー!』
相方とリスナー両方にツッコミを入れながら、そろそろゲームを開始する。
『今回はこれです!』
それと同時にゲームの画面が表示された。そこに現れたのは……「BLACK HOLE GOLF」というスタイリッシュな文字列と画像。カッコ良い……が、コメントは割と普通だ。
サバンナ『え、ブラックホールにホールインワンするの? 一生届かなくない?』
北海道八丁味噌『デザインが無駄にスタイリッシュ』
クマの谷のコトシカ『どんなゲームか想像もつかない』
まぁそれはそうだろう。自分も最初聞いた時はわけわかんなかったし。
『ブラックホールゴルフ……何これー?』
あ、この子……演技下手だ、と一発で分かった。打ち合わせで知らない体にすることになっていたのかもしれないが、逆効果だ。このままじゃ台本とまで言われてしまうかも……。
それを思ったのは、鈴之助も同様だった。すぐにクリエイター木村が説明する。
『実はですね、このゲームの考案者は草壁さんなんですよね』
言っちゃうんだ、と少し意外に思ってしまったが、まあ台本と思われるよりマシだと思ったのだろう。
実際「ゲームの元を考えたのはプレイヤー草壁だけど詳細は知らない」というのは普通は不自然だ。
こういう時に「事実は小説より奇なり」という言葉を使うのかもしれない。
『この人、意外と頭の中がびっくり箱だからいろんな発想出て来るから、そういう経緯があって今回は彼女に協力してもらうことになりました』
『頭の中びっくり箱って何』
『まとまりがないまま飛び出すことの比喩。この前、妹と遊んでくれてた時「豊臣秀吉の別の名前は?」って聞かれて「羽下藤吉成」って即答してたじゃん。1人関係ない奴混ざってるし』
『う、ううううるさいから!』
そんなミスしてたの? と、初耳の情報に思わず吹き出しそうになる。本当にまとまりなく飛び出している。
流石にコメントも大量の「w」や「草」やら「流石に笑うわ」というコメントが飛び交っていた。
『そんなわけで、まぁプレイヤー草壁さんが考えて、その道中の罠とか仕掛けを俺が考えて作ったゲームなんで、みんな温かい目で見てね』
『そう言われると自信無くなってきた……』
『大丈夫、あの考案した時にしてた会話で話してたものとは別ゲーだから。あなたが鶏肉という食材を見つけて人で、俺がそれでタンドリーチキンを生み出した人みたいな感じだから』
『うん。……え、ドユコト?』
『いや、もう語り長いから早くやろう』
それはそうかもしれない。どんなリスナーがいるのか知らないが、中にはゲームが見たくてきている人もいると思うから。
さて、ゲームを開始。まずは説明から。
『で、今回のゲームだけど、まずはストーリーをご覧ください』
そう言うとおり、学校の画面が出てくる。やはりフルボイスのようで、音声が流れ始めた。
【俺の名前は黒穴吸蔵、どこにでもいる小学六年生だ。】
どこにでもいなさそうな名前に吹き出しそうになる。
コメントも名前の時点でボロクソである。
サンバルカン『どこにでもいねえよwww』
しょーたー『名前適当すぎるだろw』
火打眠死違『絶対いじめられてるヤツ』
ラヴィンニュー『どんな親なんだマジで』
北辰一刀流『これは間違いなくブラックホール』
クマの谷のコトシカ『ホントキャラのネーミングセンスが芸術的っすよね』
一人も褒めていない。名前ひとつでここまで盛り上がるのもそれはそれですごいが、もう少し感情移入出来る子にしてあげてほしい。
『ちょっと黒穴吸蔵って何よあんた……!』
『名は体を表すって言うだろ。要はそういうことだ』
『体というか能力だけどね!?』
『あ、お前先に言うなや。ストーリー読めストーリー』
『あーごめん』
ちょっとぐだっている。やはり、開発の段階で名前が面白すぎるのは言うべきだったのかもしれない。
その辺は自分の反省点として押さえておいて……とりあえず、実況を眺めた。
【あーあ、ゴールデンウィークももう終わりかー。】
【……毎年思うけど、あんまり長く感じないよね。ゴールデンウィーク。】
すっごい途中から捻くれていそうなドスが効いた声になるが、文章を声優の鈴之助が読み終えるたびにボタンを押され、話は進む。
【あ、やべっ。算数の宿題持ってくるの忘れた。】
【あの先生、やっても受け取ってくれねーんだよな……。】
『あーいるわ、そういう先生。やってんだから良いじゃんね?』
『いや良くないでしょ。提出するまでが宿題だから。宿題ってやったことを忘れない為が2割、やれと言われたことをやるのが8割の目的だから』
『真面目か!』
『だから最悪、自分でやらなかったり中身が間違えてたりしても、受け取ってさえもらえれば及第点貰えるでしょ』
『っ……な、なるほど……』
『まずは出すことが大事だよ宿題は』
なんかすごく斬新な解釈を聞いた気がする……とはいえ、間違いとは言い難い。実際、宿題の中身が間違えてて怒られるより、出さないで怒られる事の方が多いし、厳しく指導される……と思う。
指導された事ないから周りから見ている感じの話だけど。
『ねぇ、く……クリエイター木村さん。うちまだ宿題やってないんだけどさ、放送終わったら……』
『うん、絶対嫌だ』
『誰があんたに頼るかバァァァァァカ!!』
耳が取れるかと思うほどの叫び声。思わず画面から可能な限り身体を逸らしてしまう。
ギャ=ランドゥ『喧嘩するなw』
渋柿『耳取れるかと思った』
クマの谷のコトシカ『うるせぇっす』
リスナーも同意見らしい。まぁその辺は由香が何度か回数繰り返して慣れていくしかないのだろう。
さて、ボタンを押して次のセリフを待つ。
【こうなったら……やるしかない。俺のブラックホールを生み出す能力で、宿題を持ってこよう。】
……改めて聞くとすごい言葉だ。宇宙最強の重力を生み出す天体を、宿題のために生み出すと言っているのだから。
まぁ、ゲームを一緒に作っていた立場から冷静に考えると、普通の何でも吸い込んでしまうブラックホールとは訳が違うっぽい様子だが。
ジャック・オ・街灯『ブラックホールを生み出す……?』
死神の子『怖っwww』
犬『何言ってんだこいつ』
クマの谷のコトシカ『バスケのゴールにもそれつけて欲しいっす』
やっぱりそういう反応だよね……と、苦笑い。しかし、まぁゴリゴリのストーリーがある本格的なゲームではなく、ほんと単純なミニゲームなのでその辺は流してくれると嬉しい。
さて、その後、教室の窓から見える黒穴吸蔵から離れると同時に、ゴーグルマップのように上から街を見下ろしたような視点になってから、スィーっと黒穴吸蔵の家まで移動し、自室の中へ視点が映る。
【小さなブラックホールを出現させ、宿題ノートを移動させよう。】
『お、もう動けるの?』
『うん。まぁ解説出てるけど一応言っとく。左スティックで前後左右に動けて、右スティックで視点を変えられる』
『ふむふむ……あーなるほど』
と、ボタン説明を終えた。ざっと見てブラックホールのルールはこんな感じ。
・一度に出せるブラックホールは一つまで。
・大きさも変えられるが、大きくなるほど引っ張る力は強くなる。
・ブラックホールで障害を取り除くことも出来る。
と、この三つ。これらを利用して、うまいこと少しずつ刻んでノートを学校まで届けなければならない。
『……改めてゲームにしてみるとあんまゴルフ感ないな』
『それうちも思った。タイトル変えたら?』
『いやもう作っちゃったし放送してるし、このままいくわ』
話しながら、いよいよ自由にゲーム開始。まずは窓を開け終えて、その窓からノートを出すとこからだ。
プレイヤー草壁は、窓にブラックホールを出現させて、ノートを追い出した。
『つまりー……こうか』
『あー上手い上手い』
そこで、最後の解説が入る。
【外に出ると、危険がいっぱいあります。】
【ノートが読めない状態になってしまったら、その時点でやり直しとなってしまいます。】
【また、ブラックホールの能力は他人には秘密にしなければなりません。バレないように学校まで引っ張りましょう。】
『なるほどね……』
『じゃあ、やってみそ』
『はいはい』
まずは家の部屋からノートを出し、外へ。学校へのルートは左上のマップに表示される。
人通りが少ないこともあり、サクサクと家がある通りを抜けて、車道と歩道に分かれている道に躍り出た。
『すっごいリアルじゃないなんか……?』
『まぁ、グラフィックは毎度のことながら拘ってるから』
ちなみに、地形が似過ぎていて身バレとかにならないように、家の周りの店とかは変えたり、三つの家の近くを組み替えたりしてマップを作った。
……しかし、それにしても鈴之助の画力はなんでも出来すぎる気がする。背景、モブキャラ、乗り物……何もかもを一人で描いていたのを思い出す。
さて、そのままノートをズリズリと這うように動かす。
『あー慣れてきた慣れてきた。こういう感じね』
『そうそう。上手いじゃん』
『そりゃ、ここ最近妹ちゃんとアホみたいにゲームやってて……それはもういろんなゲームの腕が上がり上がって……』
『あんまリアルであったこと言うのやめて』
『あ、ごめん』
それは本当に何が引き金で身バレするかわかったものではないのだから正しい。珍しく素直に謝っている。
その間もノートは少しずつ学校に向かっていた。
『これ簡単じゃねー? 良いのこんなチョロくて』
『まぁ、最初のステージだし』
『こんなんならうち、もうすぐクリアしちゃうよー?』
あれ? なんか調子に乗り始めた? と、眉間に皺を寄せた直後……ノートが横断歩道に差し掛かったと思ったら、真横からスマホを見ながら歩いてきた男子高校生に踏み潰された。
『あ』
『イボー! ちょっ、踏むなしノートを!』
その後、画面に出たのは【ノートが読めなくなってしまった…。】の文字。つまり、アウトだ。
『お前さ……ぷはっ、イボーってなんだよ……!』
『う、うううるせーし! てかなに今の!? 普通、道に落ちてるノート踏まなくない!?』
『いや踏む奴は踏むでしょ。気付いてなかったりするし。で、イボーって何? イボのこと?』
『どこに食いついてるわけ!?』
そのイジリは視聴者にまで伝染し、コメントもかなり荒れていた。
恵方巻き王子『イボーwww』
おばんざいばあさん『イボーって何www』
渋柿『イボーとはwww』
サンダルフォン『なんでそんなリアクション急に出んだよ』
エリザベス島村『いぼ痔の可能性』
しょーたー『リアクション芸人』
クマの谷のコトシカ『イボついてるんすか?』
なんて沸騰する中……碧は別の意味で嬉しかった。何せ……自分が考えた罠ではないとはいえ、一緒に作ったゲームで見事に引っ掛かった上に、良いリアクションをもらい、さらに他のリスナーにさえ笑いが伝染したから。
これは……確かに楽しい。今後のリアクションが楽しみで、ソワソワしながら画面を見続けた。
×××
さて、それから一時間ほど経過した。
『バンドォッ! だからなんでそこから急に自転車飛び出してくるの! 左右の確認しろっつーの!』
『ギッ、タリスっ……トォッ!? ながらスマホはやめろ! なんで下向いてんのにノート見えてないの!』
『チューボゥッ! そこ一時停止のマークあんだろ車ァッ! 警察の前以外でも交通ルール守れボケ!』
『パイロットォーイ!? モグラがなんでこんなとこにいるの!』
まー罵詈雑言の嵐が吹き荒れていた。あまりに理不尽に踏み潰され続けているからだろう。
だが、その暴言も決して言っちゃまずいことを言っているわけではない。……まぁ、どう見ても頭に血が昇っているので、その辺はおそらく配慮していないが。
あと、リアクションの度に上がる断末魔で、毎回隣のクリエイター木村とコメントが爆笑していた。
さて、そうこうしている間に、それでもノートはいよいよ学校に近付きつつあった。
『よし……キタ、キタキタキタ……!』
『おー……良いね良いね』
『あと少し……!』
『よし行け!』
ノートはそのまま学校の校門に入る。すると、画面は切り替わってストーリーが始まる。映されたのは、主人公の少年の視点で見る、ノートが乗せられた机の上。
【ふぅ、なんとか間に合った。これで受け取ってもらえるかな?】
『っしゃああああああ! やっとクリアあああああああ!!』
『おおー、お疲れ』
苦労の末、ようやくゴールまで辿り着いた。散々、笑わせてもらったり、ノートが台無しになりまくった時は喜ばせてもらったけど、なんだかんだゴールした時は嬉しかった。
自分は5%くらいしか手伝っていないゲームだけど、それだけでもちょっと嬉しい。
サバンナ『クリアしたああああ!』
娑婆小僧『おおおおお』
エリザベス島村『おめ』
クマの谷のコトシカ『やっとクリアっすか?』
コメントも盛り上がっている。なんか途中から涙声になることもあって、割と応援している人も多かった。
『よくクリアしたな。途中から俺諦めてたわ』
『やらせといて何その言種!?』
『じゃあ、後ステージ二つあるから。張り切っていこう』
『えっ』
あ、素で嫌そうな声を出した。まぁそうだろう。絶対今のだけで大分、疲弊しただろうし、気持ちは分かる。なんだかんだ、もう一時間半経過した。
それを分かってか、すぐにクリエイター木村は続きを話した。
『で、ボタン押すと今回のスコアとか出るから、読んでみ』
『え、スコアなんてあんの?』
『一応、ゴルフがコンセプトだから』
そう言う通りボタンを押すと、スコア表が出てきた。
『コース1
・ブラックホール使用回数: 43 回
・リトライ回数 :102 回
・汚れ : 67 %
・総評価 : H 』
との事だ。ちなみにブラックホールの使用回数とはクリアした時に使った回数のみをカウントされる。リトライしたもの全てを数えてしまうと、おそらく500は優に超えるだろう。
『おお〜、H。フルスコアのH?』
『フルスコアはFな』
『し、知ってるから! わざとボケただけだから!』
放送でもそれをやってしまったか……と、笑ってしまう。しかし、FULLのスペルくらい分からないのは地味に成績が気になるところだ。
『ちなみに、クリアすればSをトップにしてA〜I評価されるよ』
『え、それ結構真ん中じゃない?』
『そうだな。10段階評価で言えば2評価だから。大体、プレイヤー草壁さんの英語の成績と同じだな。おめでとう』
『なんであんたうちの成績知ってんの!?』
『当たりかよ。お前、全世界に発信してる発言である事を理解した方が良いよ』
『んがっ……み、みんなうちの成績は忘れろし! 命令!』
今更言ったところで遅い。コメントは「無理」「録画した」「草壁ちゃんアホの子か」「ボマー草壁」などと溢れかえる。
その後で、クリエイター木村が改めて話を進めた。
『ま、でもこの調子だとステージ3とか五年くらいかかりそうだし』
『そんなにかかるか!』
『もう良い時間だから、今日はこの辺にしとくか』
『えっ、も、もう……?』
『いやだから割と良い時間だから。全然「もう」じゃないから』
『マジかー。早いなー、時間経過』
どんだけクリアに躍起になっていたのか気になるところだった。
でも……それは裏を返せば、少なくともプレイヤー草壁は楽しめていた、ということだろう。
『どうだった? 今日は』
『いやー、メチャクチャムカついた。ながらスマホとか悪意の塊のようなタイミングで出てきまくってたよね』
『いやいや、ながらスマホの人はランダム設定だよ。だから、本当にながらスマホしてる人も厄介なんでしょ』
『そんな厄介な奴、ゲームにまで持ち込むなし!?』
そんなツッコミを聞きながら「あっ」と碧は声を漏らす。
もしかして……鈴之助が考えていた障害物は、そういう一般的に迷惑とされている人をテーマにしていたのかもしれない。
だってすごかった。プレイヤー草壁の、ながらスマホや信号一時停止無視、犬のフン放置やガムの吐き捨てなどに対する暴言。
コメントは「実際、ながらスマホは迷惑」「ガム踏んだ日は一日、すり足で行動してるわ」なんて言っていたが、中にはそれらをやっている人もいる事だろう。
もしかしたら……その手のメッセージが、今まで見てきたゲームの中にも隠れているのかもしれない。
ちょっと感心している間に、クリエイター木村が締めに入った。
『ま、そんなわけでね。今日はステージ1で終わってしまいましたけども、こんな感じで自分がやっちゃ意味ないなーってゲームは、友達にやってもらおうと思います』
『あー……喉痛い……』
『めっちゃキレ散らかしてたからな』
『誰の所為だし!?』
『今日のゲームもね、この後アップしておくので、興味があったらお試し下さい』
そう言ってから、最後の挨拶を繰り出した。
『では、本日はクリエイター木村と』
『あ、締めか。えと……』
『プレデター草壁がお送りしました』
『違う、プレイヤー! プレイヤー草壁でした!』
『ありがとうございました』
『ありがとうございましたー!』
そこで、放送は終わった。コメントは、ゲームにせよプレイヤー草壁にせよ、称賛しているものが多い。
……もっと、自分もお手伝い出来れば、この褒められた時の嬉しさは大きくなるのだろうか?
そういえば……ブラックホールを生み出せる上に黒穴吸蔵なんて名前の割に、キャラは決して濃いわけでもなかった。
もしかしたら、そこまで手が回らなかったのかもしれない……もしそうなら、自分でもそこをお手伝いできるのかも……。
「……よしっ」
次の学校の日、勇気を振り絞ってみることにした。
×××
「ふぃ〜……終わったぁ〜……!」
「お疲れさん」
放送を切った直後、プレイヤー草壁こと由香は後ろに思いっきりひっくり返る。
「キンチョーしたぁ〜〜〜!」
「嘘つけよ。あれだけ吠えてて緊張しててたまるか」
「と、途中まで! てかあんたが作ったゲームが悪いんじゃん!」
「ゲームの所為にするとか恥ずかしくないの?」
「あんたがそうやって言うから、恥ずかしいより腹立つの! なんか知られたくないことまでネットに残っちゃったし……!」
本当に恥ずかしかった。成績の悪さを知られるくらい、周囲の人間に知られる程度なら何でもないのに、ネット配信……不特定多数にそれを知られると思うと非常に恥ずかしく思えてしまった。
「なら、その前にこれ見てみろよ」
「え?」
鈴之助が指差す先にあるのは、配信終了画面の横のコメント欄。
ローマの元日『面白かった。お疲れ様でした』
銅色の金メダル『夜中の絶叫マジ面白かった』
サンダルフォン『草壁さんポンコツ可愛い』
ジャックスピン『草壁さんのツッコミ面白いけど夜はイヤホンつけないと聞けない。でもイヤホンしてたら耳壊れる』
今別府『こんなリアクション大きいのにウザく感じないの不思議』
ギャ=ランドゥ『草壁ちゃんの喉がマッハで死んでる』
火打眠死違『やたらと可愛い声してたのにやたらと叫んでて笑った』
……褒められてる、と頬を赤らめる。
なんか、あんまり女性配信社が声作って可愛らしいリアクションをして、顔も知らない連中に人気を得ているのは、なんかオタサーの姫みたいに見えていて気持ち悪いと思っていたのだが……実際に自分が褒められると、ちょっと嬉しいし気持ちが良い。
「あんまりリアルネタを言ってほしくはないけど、お前のことが褒められてる。少なくとも、コメントしてくれてる人と高評価押してくれている人達はお前を受け入れてくれてる。……だから、恥ずかしがることなんてないよ」
「っ、あ、あんた……何言ってんの……!」
「事実」
ホント、たまにこうやって直球をかますのは辞めてほしい。普段のムカつく言動を忘れて、こっちも嬉しく感じてしまうから。
「それに、やっぱり世界中に評定2がバレるのは普通に恥ずかしいし」
「上げて落とさないと気が済まないのかあんたは!?」
「うしっ、じゃあ帰るか。あんまり遅いと親御さん心配するでしょ。送るよ、家まで」
「っ、ご、ご丁寧にどうも!」
上げて下がられたと思ったらまた上げてきた。この男の好感度は毎回、ジェットコースターのように落差する。
二人で部屋から出て階段を降りた。時刻は20時半過ぎ。あまり早い時間とは言えないし、もしかしたら親は怒っているかも……なんて少しヒヨっていると、ヒョイっと丸い何かを放られた。
「うわっ、と……!? 何これ?」
「ヘルメット」
「え……なんで?」
「? 道交法だけど?」
「は?」
「良いから外出て」
言われるがまま外に出た。鈴之助も一緒に外に出た後、鍵を閉めて階段を降りる。
そして、鈴之助はポケットに手を突っ込んだまま何かのボタンを押した。
直後、シャッターが上がった。中に入っているのは、2台の車とバイク。その中で、鈴之助はバイクを1台、選んで押してきた。
「えっ」
「後ろ乗って」
「は!? 免許は!?」
「あるよ。去年とった」
「えっ……じ、じゃあ何……もしかして、送ってくれる気……?」
「なんでヘルメット渡したと思ってんの?」
改めて、この男の謎が増えた気がした……というか、そのバイクは誰のものなのだろう……。
「それ、誰のバイク?」
「親父の。お袋とよくツーリングしてるから」
「か、勝手に乗って良いの?」
「良いの」
「な、なら良いけど……」
「バレなきゃ」
「ダメなんじゃん!」
「けど、未成年の21時以降の徘徊は警察の補導対象だろ。うちからお前の家まで歩いて40分は掛かるし、送らせてくれ」
えっ、と冷や汗。たまに友達と遊んでいる時に帰宅時間が10時前になってしまうこととか結構あったが……あの時も巡回中の警察に見つかったらアウトだったのだろうか?
「わ、分かったよ……でも、安全運転でよろしく」
「はいはい」
話しながら、バイクに跨る。……まだ彼氏のバイクに乗ったこともないのに……と、思わないでもないが……まぁ、彼氏を作るつもりなんて今のとこないから、気にしないことにするが。
鈴之助が乗ったバイクの後ろに自分も跨った。……あれ、これもしかして……腰にしがみつかないといけないのだろうか?
「ねぇ、これ……」
「ちゃんと掴まってないと危ないよ」
「し、しがみつくしかない……的な?」
「そうだけど?」
「……え、いややっぱ歩きが良いんだけど……」
「なんで?」
「だ、だって……」
ちょっと距離近い気がする。鈴之助は前を向いているから良いかもしれないが、自分は背中にゼロ距離で掴むしかないのだから。
「だ、大丈夫っしょ。警察なんて簡単にかち合うわけじゃないし!」
「この前のリアカーの件が警察にも伝わってるらしくて、交通ルールの見回りが厳しくなってるらしいよ」
「おごっ……!」
警察のお世話になるのはまずい。こんな時間まで外にいることさえバレたらまずいのに。
「わ、分かったよ……」
別にこの男が嫌いとかじゃないが、別に好きでもない。クラスメートの男子の背中に後ろから抱きつくということに、普通に抵抗があるのだが……。
恥ずかしさから頬を赤らめつつも、やはり事故に巻き込まれたら嫌だから仕方なく腰の横側から両手を回して、お腹の前でしっかりとホールドする。
「えっ」
「な、何。あんたが抱き締めろって言ったんじゃん」
「いや、腰を掴んでくれれば良いから、別に抱きしめる必要は無いんだけど……」
「……」
顔がとっても真っ赤に染まる。とってもとってもとっても真っ赤に染まる。この野郎……先に言えよ、と。これじゃあ、なんか自分が抱きつくのが当たり前みたいに思ってたみたいで……。
顔を真っ赤にしながら、後ろから背中をバシバシと叩いた。
「〜〜〜っ、さ、先に言えっつーのー!」
「痛たたた。いや知らないと思わなくて」
「あ、アニメや漫画だとみんな抱きついてるじゃん!」
「そりゃみんなカップルかほぼカップルのくせにお互い好きと認められない面倒臭さの極みみたいな逆バカップルだからでしょ」
「あんたは恋愛漫画をなんだと思ってんの!?」
そのもどかしい青さと甘酸っぱさを楽しむものだろうに……。
半ば呆れていると、鈴之助が上半身を捻って後ろを見ながら、頭をトントンと叩いてくる。
「ていうか、さっさとヘルメット被れ」
「髪型……崩れない?」
「もう帰るだけだろが」
「お、女の子は見えないとこでもオシャレするの!」
「安全運転を強要するなら、せめて安全対策くらいしてくれない?」
「わ、わかってるけど……!」
仕方ないのでヘルメットを被る。あんまり似合っていない気がするが、そもそもヘルメットが似合う服装というものがわからないし、そこは気にしない。
「じゃ、出発ー」
「えっ、もう? 心の準備が……」
「レッツゴー」
「ちょっ、待って……!」
走り出した。思った以上の速さから発生する風を生肌で体験するのはジェットコースター以外では初めてだ。
思わず、きゅっと目を瞑って腰を掴む力が強くなってしまう……が、少しずつ落ち着いてくれば、目も開けられるようになる。
夜の住宅街を、自転車でも追いつかない速度で走る……その感覚が、なんだか少し心地良かった。
冷たくもない5月後半特有の風が頬を撫で、通り過ぎる人々を足も動かさずに追い抜いていく。
それが、ちょっと気持ち良かった。この前のリアカーの時は感じなかったけど、この妙に大人びた体験は少しだけ由香の胸を打った。
「ねぇ、栗枝ー!」
「何?」
「次の放送の時も、またバイクで送ってくれるー!?」
クリエイター木村との生放送……始まる前はやたらと緊張してしまっていて、少しだけ「もうやっぱ今日を最後にしようかな」と思ったりもした。その上、大量に恥もかいてしまったし。
でも……それでも、みんなを楽しませる事ができた。そして、この帰りのバイクは中々、楽しい。
「お前さっき嫌がってただろー」
「そんなの知らなーい!」
もう少しだけ、続けてみても良いかもしれない……そんな風に思いながら、しばらく夜の街を疾走した。
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