第6話 あっちに行ったりこっちに行ったり。
さて、調査も最終日に差し掛かった。今日は碧の家に向かうわけで、碧は少し緊張していた。
昼休みにサンドイッチをモムモムと食べながら、胸を抑える。目に入ったのは、スマホのRINEの画面。最近、お友達になってくれた年下二人とのグループRINE「木村's Creators」を見てはにかむのは、今の自分のライフワークになりつつあった。
クラスのグループに一度も所属したことない自分が、この輪の中に……。
とはいえ、基本的にはこのグループは静かなもので、あまり連絡とか来ない。まぁ作ってまだ二日くらいだし当然と言えば当然だが。
「……」
でも、そのグループの中に「半田碧」の名前がある。
少し複雑だが……やはり嬉しい。人の輪の中に、家族以外で初めて入れた気がした。
それだけに、今日の放課後はなるべく二人を親に会わせたくないわけだが。ま、その点さえ除けば少し楽しみだ。
こういう誰かとのグループワークみたいなのも憧れていたから……なんて思っている時だ。
「……あ、いた。半田ー」
「っ?」
声を掛けられ、ビクッと肩を震わせる。顔を向けると、そこに立っていたのは同じ図書委員の男子だった。
とても図書委員とは思えないくらい、チャラチャラした茶髪にピアスをつけた騒がしい男の子だ。正直、苦手である。
「今日さぁ、図書委員変わってくんね?」
「えっ……」
また? と思っても口にすれば反感を買うかもしれないので黙っておくが……それでも嫌だ。普段は予定なんてないけど、今日はあるから。
「あ、あの……き、今日は……?」
「ア? ダメなん?」
「っ、い、いえ……その……」
どうしよう……と、少し萎縮してしまう。ダメだけど……でも、ダメって言ったら何をされるか分からない。いや……何ならイジメが始まるかも……と、思っている時だった。
「半田先輩ー」
ハッとする声が耳に届いた。入り口に立っていたのはクリエイター木村本人……栗枝鈴之助だ。
タイミングはとってもとってもとっても助かった。……が、でもやっぱりあの立っているだけで目立つ爽やかフェイスで話し掛けられると、やはり自分も目立ってしまう。
「は、はい……?」
「今日の放課後の集合場所、この前と同じ校門前ねって言いにきただけ」
目立っている……と、少し頬を赤らめる。まぁでも、タイミングはやはり良いのだ。ついでに男子にお断りを入れてくれると嬉しいのだが……。
「じゃ、そんだけー。またね」
「えっ……」
行っちゃうの? とは思ったが、そもそも自分が図書委員の仕事を代わるようお願いされたことさえ聞いていなかったのだろう。基本的に他人に興味ない男だし、当然と言えば当然だが。
……というか、前々から思っていたけど、上級生の教室に何食わぬ顔で来れるのは本当にすごいと思う。
そうだ……自分も、彼のように少しは言いたいこともやりたいことも出来るようにならないと、この先何も出来ない。
そう決めて、顔を上げた。
「何だ、お前今日予定あんのか。じゃあいいわ」
「え……あ」
男子の方から引いてくれた。
……もしかして、自分は変なことを意識し過ぎていた、のだろうか……? あまり周りの人間を悪く見過ぎて、ネガティブになっていたのかもしれない。
「……」
……いや、内心じゃ何を言われているか分からないし、変に「良い人」なんて認定はしない方が良い。
一先ず、放課後の頼まれごとを断れた事にホッとしておいた。
それよりも、放課後の対策を考えないといけない。可能な限り親には二人を会わせないようにしなければ。
×××
さて、放課後。黒崎由香は校門前で栗枝鈴之助と待機。
「あー、超楽しみ。半田先輩の家かー」
「なんで? エロ本でも探すの?」
「男子高校生の家に行くんじゃねーから! あんたと一緒にすんなし!?」
「あれ隠すのって結局、本棚に入れておくのが一番なんだよね」
「知りたくね……え、あんた持ってるの? エロ本」
「いや、もうちり紙交換に出した。前に赤点のテスト隠すゲームの時、テストの代わりにエロ本を買って家で試してた」
「怖いもん無しかあんた!?」
こいつ頭おかしい。ゲームのために弁護士の母親で試すとかどうかしている。いやまぁ、通りでリアルに難しいゲームだったな、と思わないでもないけど。
「え……ば、バレた時どうなったの……?」
「どうもなってないけど?」
「そんな訳ないじゃん! 怒られたりとか、気まずくなったりとか……」
「いや、後半から母親も宝探しゲームみたいな感覚になったっぽくて、読んでないこと分かっていながら探してたわ」
親子揃って頭がおかしい。……いや、ある種では息子への母親からの信頼と呼ぶべきか。
さて、そんな話をしていると、パタパタと小走りで駆け寄ってくる影が見えた。
「お、お待たせっ、しました……!」
「いや、あんま待ってないよー」
「結構待ったよね。お前が人の部屋のエロ本に興味津々になったくらい」
「えっ……」
「なってねーよ! なってないからね、半田先輩!?」
「じゃ、行こっか。二人とも注意深く周囲を見渡して帰宅するように」
「これはスパイの特訓!?」
何でそんなに上からくるのか。協力する、とは言ったが、どちらかと言うとお手伝いっていうスタンスなのだが……まぁ良い。
すると、ふと鈴之助が碧に声を掛けた。
「で、半田先輩の家ってどんなとこ?」
「あ、そうだよ。うち元々それが気になってたんだから」
「隣の駅ですが……スミマセン、ホントに本屋しか把握していなくて……」
「もっと色んなことに興味持った方が良いよ。それがいつか何かの役に立つから」
「あんたが言うと説得力あるわ」
「い、色んなものをゲームにされていますからね……」
歩きながら、鈴之助が「ほら」と公園を指差す。
「例えばあれ見てみ?」
「「?」」
そっちへ顔を向けると、そこにあったのは道端に落ちている犬のフンだった。
「何見せてくれてんの!?」
「ここから推理できる事は?」
「知るかー! したくもないわ、犬のフンの推理なんて!」
「え、えと……その、このワンちゃんの飼い主はマナーを知らないということと……躾も、まともに出来ないということと……」
「答えなくて良いよ、半田先輩!」
「そう、そうやってまずは洞察力を鍛えるんだよ。色んなことに興味を持って想像する……それが視野を広げる方法だから」
この野郎はまた平気で疑わしいことを言う男だ。それ推理というより想像力な気がする。
「じゃあ、栗枝。あんた、うちを見て何か推理出来る?」
「頭が悪い」
「見た目じゃ絶対分からない奴!」
「いや推理って見た目でするもんじゃなくて得られた情報でするものだし。従って、頭が悪い」
「ぶちのめしたい!」
馬鹿と二文字で言われた方がまだ清々しかった。こいつは本当に失礼な奴である。
「他、他になんか推理しろし!」
「他、他ねぇ〜……あ、妹がいる」
「えっ、何で知ってるの?」
「いや面倒見とか付き合いが良いからいんのかなって。あと鞄につけてる『デップとチール』の、デップのストラップはおそらく片割れ。もう片方のチールのストラップと手を合わせるタイプ……それも、手でハートを作るようになってる感じ、彼氏か兄弟かだけど……まぁ、彼氏いたら俺の部屋になんて来ないだろうし、それで何となく妹かなって」
「な、何その想像力……」
こいつ、本当に弱点ないのだろうか? 当たっているのが怖い。
「弟の可能性は?」
「ストラップをお揃いにつけたがるのは妹かなって。うちの妹がそうだし」
「そうなんだ……え、でもあんたつけてないじゃん」
「俺は嫌だからね」
「最低……」
こいつに妹の気持ちを大切にするという心はないのか。
ドン引きしていると、今度は碧がおずおずと手を上げた。
「あ、あの……一点だけ、よろしいでしょうか……?」
「何?」
「その……な、何故栗枝くんは……妹さんから黒崎さんにプレゼントしたと、思ったのでしょうか……? もしかしたら、逆の可能性も……」
確かに、それはそうかもしれない。自分の話はまだあまりしていないはずだけど、何故そんなに詳しく分かるのか?
その問いに答えるように、鈴之助は由香の鞄を指差した。
「他の種類のストラップ自体を、財布にもパスケースにもつけてなかったし、教室でもペンケースとかにつけてないし、あんまそもそもそういうのつけるタイプじゃないんだなって。でも、つけてたってことは知り合いにもらった説が濃厚だと思ったから」
「……な、なるほど……」
「な、何なのあんた……気持ち悪っ」
「ゲーム作るにはその辺からだから」
まぁ、実際あまりストラップはつけないけど。自転車の鍵につけてたストラップが車輪に巻き込まれて首から下がグッバイしてから、何となく付けるのが怖くて。
でも、もらったものをつけないのも申し訳ないし、せっかくなら普段使うものにつけさせてもらった。
「それより、ちゃんと二人とも周り見てる? 何かない? 殺人事件みたいなの」
「ないわ! あってたまるか!?」
「わ、私もグロテスクなものはちょっと……」
「じゃあテロリズムか何か」
「もっとあるかー!」
本当に自己中の方向性がおかしい男だ。まぁ、流石に本気で言ってはいないだろうが。
とはいえ……正直、話に夢中であまり見ていなかった感は否めない。……よくよく見たら、鈴之助は手元にメモ帳を持って、しっかりメモしてるし。
自分が好きな配信者は、本当に本気で配信しているんだな、なんてしみじみと思ってしまった。だからこそ、配信を始めて約一年で9千人の視聴者を得られたのだろうが。
「あ、あのっ……」
「何?」
「こんなので良ければ……その、思いつきましたが……」
「どんなの?」
「さ、先程の、犬のフン……あの手の汚物は、掠っただけでも、アウトにした方が良いのかな、と……普通に考えて、フンが付いたものは……い、嫌だと思うので……」
「なるほど……水溜りとかも同じだな。採用」
「ーっ……! あ、ありがとうございます……!」
「いや、お礼を言うのはこっち」
メチャクチャ嬉しそうな顔をしている先輩可愛い……と、思いつつも、碧もしっかり意見を出しているわけだし、自分ももう少し真剣にやらないと。
そう思う事にして、改めて周囲を観察し始めた。
「プハっ……み、見ろこれ黒崎。トゥイッターで流れて来たんだけど……この犬、鈍過ぎ……」
「あんたなにSNS見てんの!? そして人の観察の邪魔すんなし!」
やる気出した瞬間にそれかよ、と少しムカついた。
×××
さて、駅に到着。これから自分の家に向かわなければ……と、改めて実感させられた碧は少し緊張していた。自分の両親と友達のようになっている後輩二人が会うというのが、妙に気恥ずかしかった。
そんな碧の気も知らず、電車に乗らなければならない訳だが、改札を通ってホームに向かう前、碧と由香を鈴之助が止めた。
「待った待った」
「? 何?」
「電車の中の写真欲しいんだけど、ローアングルから撮って良い?」
「なんて堂々とした盗撮宣言!」
由香のツッコミを聞いて、碧も全く同じ感想を抱いた。ローアングル……スカートを履いている女子に対して言うことではない。
だが、鈴之助は何食わぬ顔で平然と答える。
「いや、必要なんだからしゃあないっしょ」
「何でローアングルの写真が必要になるっての!?」
「そりゃ、ゲームの絵とか風景も全部、俺が作ってるからだけど?」
「……いやだから!?」
分かっていない由香だが、逆に碧は理解したようで「あっ」と声を漏らす。
それが聞こえてしまったみたいで、二人がこっちに顔を向けた。
「どしたの? 半田先輩」
「え、えと……その、つまり……モデル用に、電車の中の写真が、欲しいと……」
「そういうこと」
「それでなんでローアングルなの!?」
「そ、それは……忘れ物目線では、人間の足元しか見えないから、では……?」
「はい正解。半田くん、10ポイント」
「急なポイント制!?」
「あ、あはは……」
ツッコミを入れつつも、事情を聞いたら一応、納得はいったのか、腕を組んで黙り込む由香。
「でも……それ、あんたが撮ったら痴漢と間違われるでしょ」
「だから二人に頼もうと思って」
「うちら相手なら痴漢しても良いってか!?」
「いや、どっちかに撮ってもらいたいんだよね。ズボンとスカート、両方のバリエーションが欲しいから」
「……」
平然とモデルをやるつもりだった由香はプルプルと震えながら顔を真っ赤にするが、正直勘違いして御愁傷様、という内容なので何も言えない。
また喧嘩になる前に、質問しておくことにした。
「あ、あのっ……どちらにしても、ほかのお客様もいらっしゃいますし……ご迷惑になるのでは……?」
「だから、先頭車両でやんだよ。この時間なら人少ないし、優先席付近なら大丈夫でしょ」
「そ、そうかな……?」
「どっちが写真を撮ってくれるのかは任せるけど、パンツとか写すなよ。盗撮にしか見えない行為をするんだから、証拠は残したくない」
「証拠は残したくない、って……完全に痴漢っぽいセリフ」
とはいえ……その盗撮犯に見られかねない行為をこれからするわけで。それも、自分か由香のどちらかが。死んでも嫌……と、思ったのだが、あれ? と小首を傾げて思い当たった。
が、そのタイミングでジロリと由香に見られてしまい、反射的に顔を向ける。
「よし、じゃーんけーん!」
「あっ、いえあの……私が撮ります……」
「えっ、良いの?」
「は、はい……私の、太い足をモデルにされる方が、怖いので……」
あまり……というか全く運動していないから、足もボディも腕も胸も丸い。そろそろダイエットしないと……と、思ってはいるのだが、それなら勉強した方がマシとなり、勉強が捗り、成績が上がって困っていないのが困っている。
だが……そんな事よりも由香はくわっと目を見開いた。
「あ、ズルい! それならうちも嫌!」
「いや、もう決まり。時間食うし。じゃあ半田先輩、撮った写真あとで送ってね」
「は、はい……!」
「ええ〜!?」
「大丈夫だろ。お前の足別に太くもないしスネ毛も生えてないし」
「急に何言っ……スネ毛!? そんなもん女子に生えるか!」
まったくだ。急に有り得なさそうな人から有り得ない褒められ方をされ、少し嬉しそうに頬を赤らめてて可愛かったのにすぐに激怒してしまった。
「うし、じゃあ行こう」
「は、はい……!」
「はぁ……まぁいっか。足だし。……半田先輩、パンツは本当に撮らないでよ。そいつも見るんだから」
「わ、分かってますから……」
「何、そんな歳不相応なパンツ履いてんの? 紫のレースとか?」
「死ね!」
「残像だ」
「えっ、あ……あれ? 本当に残像!? 何なのあんた!?」
確かにびっくりした。残像残して回避していた。この男、忍者か何かなのだろうか?
さて、そのまま三人で電車に乗りに行った。先頭車両の乗り場に行く。タイミングよく電車が来たので、三人で乗り込んだ。
「よし、来た」
「あの……写真と言っても、どのような……」
「可能な限り床の近くから、角度を変えて4〜5枚。それだけ。窓の外の景色とかは俺が撮るから」
「わ……分かりました……」
話しながら、電車の中に入った。狙い通り、中にあまり人はいない。先頭にある優先席の前に立つ二人の横で……早速、写真を撮るために屈み始めた。
スマホを下の方で構えて、スマホの画面を覗き込むように眺め……。
「……盗撮される人ってこんな気分なのかな……なんか、パンツ撮らないって分かってても恥ずかしい」
「良かったじゃん。貴重な体験できて」
「諸悪の根源が何言ってんの!?」
……そんな話を間近でされるものだから、何だか自分も盗撮してる気分になって来てしまう。
さっさと終わらせないとなんか変に罪悪感が芽生えてくると思い、写真に集中しようとする。とりあえず一枚撮った。
「馬鹿野郎、さっき色んなものに興味を持てって言ったでしょ。なら、痴漢される女の子の感覚も中々、体験できないんだから興味を持ちなさい」
「んな経験いるかああああ! 名言を妄言に変えてんじゃねーよ!」
「あ、痴漢ゲームもありかもしれない」
「無しだから!」
しかも二人とも漫才を始めるものだから、数少ない乗客の視線まで集めてしまう。
流石に静かにしてもらうために嗜めようと思い、声をかけた。
「……あ、あの、二人とも……きゃっ」
声をかけながら顔を上げるのとほぼ同時、電車が揺れて前に倒れ込んだ。……隣に立っている由香のスカートの中に。
目の前に、ウサちゃん柄のパンツが飛び込んできて、頬が赤く染まる。
「っ……う、ウサちゃん……!」
「っ!? は、半田先輩何してんの!?」
「ごめんなさ……!」
「ちょーっ! 顔上げないで! 捲れる、捲れる!」
「っ……ご、ごめんなさ……!」
「ウサちゃんって、うちの妹と同じ趣味じゃん」
「ブッ殺がす!」
「スカート捲りゲームも面白いかも」
「あんたそれ出したら協力辞める上に正体バラすから!」
なんて騒ぎ始めてしまう中、ようやく頭をスカートの下から出せた。ふぅ、と一息つきながら立ち上がる。
「す、すみません黒崎さん……」
「全くなんですけどー。まぁ電車揺れからだと思うし良いけど」
「大丈夫だよ、気にすんな」
「あんたが言うな! 元はと言えばあんたがこんなアホな企画を始めたからでしょ!?」
「元の話をするんなら、最終的に宇宙が爆誕した話を始めなければなりませんが?」
「小学生か!」
なんて話している時だ。ふと視線が気になる。顔を向けると、運転席から駅員さんが自分達を見ていた。何してんのこの子達? みたいな顔で。
それに気づいたのは、自分だけでなく由香と鈴之助も同じ。
「……」
「……」
「……」
しばらく見つめ合った後、目を逸らされた。その直後、アナウンスが流れる。
『お客様にお願い申し上げます。車内では電車が揺れた時に怪我をされないように、座席に座っていないお客様は吊り革か手摺りを掴まっていただきますよう、よろしくお願い申し上げます』
……確実に自分達の事だ。まさか、電車内で放送を通して直で怒られるとは……痛烈に恥ずかしい思いをしてしまい、頬が真っ赤に染まる。
それは、由香も同様で赤くなったまま俯いていた。
唯一、そうではないバカが何食わぬ顔で自分達に告げた。
「お前ら……電車の中ではしゃぎ過ぎんなよ。子供じゃないんだから」
「「あんたが言うな!」」
思わずハモりを気にする余裕もなく声を上げてからハッとした。思いっきりツッコミを鈴之助にカマしてしまったが、自分なんかが怒鳴ってしまって少しヒヤっとしてしまったから。
しかし、その自分を見てニヤリとほくそ笑んだ由香は、そのまま鈴之助の後ろをぬるりと取って、両腕の脇の下から腕を通して拘束した。
「よし、やれ! 半田先輩!」
「えっ……い、良いんですか……?」
「ダメでしょ。やって良いかなんて聞くまでもないから」
「抑えとくから! 顎にボディブロー!」
「え……顎に、ボディ……え?」
「興味ないジャンルの言葉をワケも分からないまま使うのはやめような。恥ずかしいよ」
「う、うるせーし! はい、もうミゾウチに裏拳確定!」
「あ、あの……鳩尾では……」
「学べよ」
「おごっ……!」
むしろ何か重いものを喰らったようなリアクションをしたのは由香の方だった。でもそこはフォロー出来ない。ちなみに鳩尾に裏拳も絶対効かない。
なんてやっている時だった。コンコン、と窓を叩く音。顔を向けると、運転席からだ。
「……」
「……」
「……」
駅員さんが、ジトーっと自分達を睨んでいた。しまった……また暴れてしまった……。いや自分は何もしていないけど。
一番好き勝手やっていた自覚があるのか、由香は顔を真っ赤にして……そしてやっぱり八つ当たりした。
「あんたの所為だから……!」
「つまり宇宙の所為?」
「ビックバンアタック!」
「身勝手の極意」
「お願い、あんたホントさ、一発で良いから殴らせて」
「うんうん、分かったからまず電車から降りてからにしよう」
「んぐっ……!」
確かに、いい加減にしないとまた怒られる。仏の顔も三度までと言うが、多分それは三度目で仏にされてしまうということ。
さて、駅に到着した。写真は結局、二枚しか撮れなかった。
×××
「あ、あの……結局、これしか……」
碧の家に着いてから、せっかくなので近くの読書カフェに寄った。お店にある本でも持参した本でも、のんびりと読むことができる落ち着いた雰囲気のカフェだ。
当然、基本的にはおしゃべり禁止なわけだが、勉強する学生のために狭い個室も用意されている。穴場なのだ。
で、その個室で碧は撮った写真を見せた。あまり良い写真ではない……と思ったのだが、鈴之助は満足げだ。
「……うん、悪くない。これなら何とか描けると思う」
「えっ」
「あーそういえば、ゲームのモデリングとかも全部、栗枝がやってたんだっけ?」
すごいな、と思うけど、働き過ぎな気もする。いや、もちろん趣味でやっていることなのだろうし、変に無茶はしていないと思うけれど。
「……そ、それなら良かった、です……」
「てか、それより美味しいね、コーヒー」
「そ、そうですよね……! ここのコーヒー本当に美味しくて……!」
「おかげで甘いものが引き立つわー」
おすすめしたお店が褒められて少し嬉しい。自分が褒められたわけじゃないのに……と、柄にもなくテンションが少し上がる。
今まで友達なんていなかったけど、こういう面でも友達がいるとちょっと楽しいのかも、と学んでみたり。
「二人ともブラックコーヒー飲めるんだ。何だか大人だね」
「いや普通だから。あんた、むしろ未だに砂糖とミルク入れてんの?」
「苦いの苦手だから」
「お子様」
「そっか……黒崎は大人になってしまったから、カフェオレの美味しさを忘れてしまったんだね。成長とは悲しい事でもあるようだ」
「あんたは本当に他人をムカつかせる方法が無限大ね!」
「ありがとう」
「褒めてねーし!」
「あ、あの……個室とはいえ、少し声量を……」
「っ、ご、ごめん……」
流石に追い出される。この手のお店は決して儲けの為ではなく読書好きのお客様のためであり、さらには店主の趣味を経営しているので、迷惑な客は本当に叩き出されてもおかしくない。
「でも、羨ましいよほんとに」
「何が!?」
「で、ですから声を……」
「や、だってコーヒーそのものの味を味わえてんでしょ? 俺には分かんないから。苦味ばっか感じちゃって」
分かっていた事だけど、かなり好奇心旺盛な方だ。とにかく何かを体験したくて仕方ないタイプなのかもしれない。
「……あの、それよりも……その、この後はどういたしましょう……?」
「ん、まぁ……解散かな。あとは俺が家で作業して、半田先輩にデバックしてもらうだけだから」
「え、うちは?」
「お前はだからいない方が良いんだって」
「いや、そうは言うけどさ……」
……ちょっと由香の気持ちも分かる。自分は出ないけど、出るまではやはり不安なのだろう。何せ、生放送で不特定多数の前でお喋りするのだ。
それも、向こうは顔と声ではなく文字でものを言う為、言いたい放題ほざくのだ。もし、ボロクソになんて言われたら……なんて思うだけでも緊張が止まらなくなる。
「……不安か?」
「そ、そりゃそうっしょ……あんたと違って慣れてないし」
「俺も不安だよいつも」
「「え?」」
「え……な、なに半田先輩まで……そんなに無神経に見えるか俺」
「うん」
「す、スミマセン……」
いや、本当に意外だ。他人を振り回すし、無神経な発言が多いし、でも反論出来ない程度には間違っていないことを言うし、正直に言ってしまうと緊張とかそういう概念とは無縁の人だと思っていた。
「不安がないわけないでしょ。俺がウケると思ったものが万人にウケるってわけでもないし……ほら、前に作ったトイレットペーパーvs松尾芭蕉はあんまウケなかったじゃん?」
「あ、あー……あれは、そうですね……」
スマホゲーだった。ゲームの詳細は以下の通り。
俳句を思いついた松尾芭蕉だが、その時に限って紙がなかった。そんな時に、空から降ってきた神が未来の紙をくれた。
それは60メートルあるらしく、他の用途にも使えて未来人も皆使っているものらしい。
条件は「使い切るまで必ず捨てないこと」だそうだが、当然それをもらった。
それにより配布されたものは……トイレットペーパー。つまり、墨であっても濡れると非常に破れやすい。
これは……松尾芭蕉が、トイレットペーパーを使い切るまでの死闘の物語である……だそうだ。
「マウスで俳句のリズムに乗せて、トイレットペーパーに決められた俳句を書くゲームだよね……あんた、キレてた」
「じ、実況の様子は皆さん楽しんでいましたよね……主に、その……栗枝くんの怒り具合に……」
自分で作ったゲームなのに「誰だこのクソゲー作ったの」とブチギレていた。自分しかいない部屋だったから、碧も爆笑してしまった。
でも、ゲームは確かに評判は良くなく、実際にやった碧もクリアまでに何回頭を掻きむしったか分からない。
「二人ともよくすんなり出てくるな……普通、評判悪いゲームって忘れない?」
「いや逆に忘れらんないから。そういうの超印象に残るし」
「ふむ……なるほど」
何やら真剣な表情で顎に手を当てる。本当に何でもゲームの糧にするようだ。
「いや、だからってクソゲー作るのはやめてよ。今後はうちがそのゲームを人前でプレイするんだから」
「分かってるよ。視聴者に失礼な真似はしない」
「うちにも失礼な真似はすんな!」
そんな呑気な話をしながら、鈴之助は話を本題に戻した。
「ま、とにかくああしてクソゲーを作っちゃった事とか俺にだってあるから、不安なのは同じだよ。だから備えんの。色んな人の実況を見るんでも良いし、色んなゲームをやってみるんでも良い。お前がちゃんと備えてくれば、何があっても俺が必ずフォローしてやる」
「……」
碧は思わず目を丸くした。今までの言動から、てっきり「不安なのは俺も同じだから頑張れ」とか突き放すと思っていたのだが……。
もしかしたら誘った手前、面倒はしっかり見たいと思うタイプなのかも……。
と、碧は素直に感心したのだが、由香はむしろジト目で睨み返す。
「本当に助けてくれんのー? あんたむしろ死体撃ちしそうなんですけどー」
「俺そんなに意地悪じゃないでしょ」
「は!? 意地悪の塊みたいな男じゃん!」
「中臣鎌足みたいな男? そんな大化の改新するように見える?」
「そういうわざと聞き違いするとこが意地悪っつってんの!」
「あ、あの……お二人とも、もう少し声を……」
本当に目を離すとすぐに喧嘩になってしまう。何だかこの二人と読書カフェで一緒にいると、嫌でも喧嘩の仲裁が上手くなってしまう気がしてきてしまった。
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