第5話 0から1を生むには試行錯誤が一番。
翌日の放課後。今日は由香の家を往復する為、再び集まった。今日は普通に校門前に集合。
由香はまた自転車を取りに行かないといけないので、駐輪場を経由し、自転車を押しながら校門に向かう。その前では、碧が待っていた。
「あ……お、お疲れ様です。黒崎さん……!」
「お疲れ様ー。……半田先輩、うち歳下だし、敬語とかいいよ?」
「あ、いえ……すみません。これは、私の口癖のようなものでして……申し訳ありません……」
「そうなのー? でも、先輩に敬語で喋らせる後輩っていうのも……なんか嫌じゃん?」
まぁ、周りの人間がそこまで自分らに興味あるか、と言われるとそんなことはないのだろうが、だが人の悪い噂が好きなのも人間だ。こちらの事情も知らずに、後輩が先輩に敬語を使わせている、という事実だけ見て変な噂を流されるのも嫌だ。
「う、うう……そう、ですか……?」
「うん。だからほら、話してみてよ。タメ口で」
「……」
また顔を真っ赤にする。そんなにタメ口で話すことが恥ずかしいことなのだろうか……?
正直、よく分からないが……まぁ、感性は人によって違うものだし、その辺にツッコミは入れない。
やがて、顔を赤くしたままの碧が、ポツリとつぶやくように言った。
「……で、では……これから、よろしくお願いしま……よろしくね、黒崎しゃん……」
「うん。よろしく。半田しゃん」
「あっ……ま、真似しましたね⁉︎」
「はい、敬語ー」
「す、すみませ……い、いえ! 真似した方が悪いで……悪いよ今のは!」
なんて、少し茶化すように話している時だった。
「お待たせー」
「あ、来た。遅……」
鈴之助の声が聞こえて第一声目から文句を言おうと思って顔を向けた時だった。それが思わず止まってしまった。
……何故なら、鈴之助は折り畳み式のリアカーを引きずって歩いてきていたからだ。
それを見るなり、由香も碧も唖然としてフリーズしてしまう。口は半開きになり、眉間に皺がより、そのまま凍りつくんじゃないかと言うレベルで固まっていた。
そのフリーズも、鈴之助が怪訝な表情で聞いてきた事で解かれる。
「何お前ら。絵画ごっこ?」
「じゃねーよ! なんだそれ、なんでリアカー⁉︎」
「ん、いや黒崎がチャリ通って言うから。あんまり遠いと時間も掛かるし、でも半田先輩は電車だから自転車乗って来れないし、こいつなら全員で自転車乗れるだろ?」
「あんたもチャリで来て、半田先輩を乗せてニケツすりゃあ良いでしょうが!」
なんでそんなにバカなの! と、割と心底思う。成績良いんじゃなかったのかよ、と。
「ていうか、そもそもそのリアカー引きずって学校に来たわけ⁉︎ どう言うセンス⁉︎」
「これ、黒崎の自転車に連結させるぞ。俺が漕ぐから、お前らは写真撮って、どんな店があるか簡易的な地図を書いて、あと障害物になり得るハプニングを探しといてくれ」
「え、こ、これに乗って黒崎さんのご自宅まで向かうんですか……? 人前で……?」
「や、でも歩く方が大変だと思うけど。家どこだか知らんけど、そこそこ遠いんでしょ?」
「……まぁ、うん」
つまり……乗るしかない。正直、死ぬほど恥ずかしい。なんとかして諦めさせられないだろうか?
「ていうか、二人も乗せてあんた漕げるの?」
「楽勝」
そうだった、この前の身体能力的に、少なくとも普通より遥かに上の所にいる男だった。
「これ、ちゃんとうちの自転車に着脱できるわけ?」
「マルチに使えるリアカーだから余裕」
まぁそのくらい調べて持ってくるか……いや、もしかしたら、昨日の段階でもしかしたら自分の自転車の型式を調べられていたのかもしれない。
「割と暑くなってきたし、身体も動かさずに炎天下の下は危ないんじゃないの?」
「付き合ってもらってる立場だし、スポドリ三人分用意してる」
「この仲間想い!」
「なんで急に褒めるの」
畜生、至れり尽くせりかよ、と頭を抱える。
そうこうしているうちに、鈴之助はリアカーを連結し始めた。
「よし、乗れ」
「っ……し、仕方ない……」
「あ、安全運転でお願いします……」
「任せろ。風になるぜ」
「人の話聞いてた!?」
なんて話しながら、二人でリアカーの後ろに乗り込む。……これ、土足で上がって良いものなのだろうか? いや、良いのだろうけど……結構綺麗なので勿体無い気もして……。
まぁ、でも裸足で乗ると危険かもしれないので、普通に靴のまま乗り込んだ。
「じゃあ、行くぞー」
とりあえず、周りの人の視線があるので、碧も由香も周りに見られなくなくて屈んだ。なんか死体を運んでるリアカーみたいになっているかもしれないが、この際仕方ない。
……というか、自転車が全く動かないが、さっさと出発してほしい。目立っているから。
「……栗枝。何してんの? 早く出てよ」
「や、俺黒崎の家知らんし。案内してや」
「……」
そうだった。教えてなかった。道案内しないといけなかった。……でも、道の真ん中で……リアカーから顔を出す……死ぬほど恥ずかしい。やはり注目の的だ。
一度、頭を引っ込めると、碧を見下ろした。
「半田先輩」
「な、なんですか?」
「一緒に顔出してください」
「ええっ⁉︎ い、嫌ですよ! せめて学校から離れるまでは……!」
「お願い、一人で見られたくない!」
「い、嫌です……!」
「黒崎さ、どうでも良いけどさっさと指示した方が早く人に見られなくて済むと思うよ」
「うっさい! まず右から! セブンの角曲がってしばらく直進!」
「はいはい。え〜……では、この電車は東急田園都市線直通、通勤急行……」
「いいから漕げ!」
なんでそんなしょうもないモノマネをし始めたのか。恥ずかしいと言っているのがわからないのか。
さて、自転車は動き始める。昨日通った道が途中まで続くので、そこまで写真がいらないのはありがたい。
「なるべく人通りの少ない道を選んでよね」
「いやお前の家知らんからそんなこと言われても困るわ」
それはその通りかもしれないが……しかし、やはり見られている気がする。周りの人に。なんか……ちょっと、やっぱり恥ずかしいが……なんか、この際、楽しんでも良い気がしてきた。
だって、冷静に考えれば、クラス目立つ連中と馬鹿騒ぎして、周りの人からジロジロ見られるのは全くなかったわけでは無いから。
……なら、まぁ……せっかくだし、楽しんだ方が良いかも……と、思い、リアカーから顔を出した。
意外と直で風を感じで涼しい。足も何も使わず、正座したままの視線がいつもより低い状態で移動している感覚が、なんかちょっと新鮮だった。
「く、黒崎さん……?」
「おお〜……なんか、これはこれでゲームになるかも……半田先輩も顔出してみなよ」
「え? で、でも……」
「意外と気持ち良いよ」
人の目線は確かに感じるけど……でも、割と楽しいかもしれない。
「ほら、おいで」
「っ……は、はい……」
恐る恐る、というように碧が顔を出した直後だ。自転車は止まった。
「すまん、赤信号だ」
「……」
「……」
「え、見られたら死んじゃう系のデスゲーム?」
二人は揃ってまた隠れてしまった。停車されるとちょっと恥ずかしい。
「ていうかお前ら、ちゃんと写真撮れよ?」
「あ、ああ、うん。いやもう少し先までは昨日通ったでしょ」
「まぁそうだけど。観察くらいしといてくれない? 談笑とか雑談くらいは別に良いから」
そんな話をしながら、赤信号が青になったのでまた自転車は走り出した。とりあえずそろそろ由香と鈴之助の帰路の分岐点が近くなったので、二人とも改めてリアカーから顔を出す。
「……わ、ほ、ほんとだ……涼しい」
「でしょ?」
「は、はい……! とても、心地良い風が肌を撫でるように透き通り……速すぎないので本当に気持ち良いです……」
「また敬語になってるよ?」
「あっ……す、すみま……ごめん……つい、癖で……」
まぁ、気持ちは分かる。こういうのは強制的に直させる問題じゃないな、と思い、何も言わなかった。
そんなわけで、そろそろスマホを構える。外の景色や、どんなお店があるかを把握する為に、色々と写真を撮って……と、思っていると、自転車が止まった。
「悪い、赤信号」
「い、いえ……その方が、写真は撮りやすいので……あ、野良猫」
「うち猫超好き。おいでー」
「来させてどうすんの。事故の元になるからやめなさい」
「でも、こういうビジュアルのアニメありそうだよね」
「じ、自転車に……リアカーに、猫で三人と一匹旅……確かに?」
「ジブリでありそう……というか、そのゲーム楽しそう。でも、ちょっと俺が作る規模のゲームにゃ収まんねーな」
そんな話をしながら、また動き出した時だった。一応、ざっくりとルートは説明したわけだが、そのルートの中に一箇所、問題があることを思い出す。
そして、その問題は景色的にもうすぐだ。
「栗枝。あんたそろそろ坂道なんだけど」
「ん? あー……マジか。大丈夫かな」
「な、何がですか……?」
「それは……」
危ないからでしょ、と、碧の問いにそう答えようとした直後、先に鈴之助が答えた。
「坂道のステージトラップもあると良いかもなー」
「いや違うから! シートベルトもないリアカーで坂道ノーブレーキで降ったら危ないかもってコト!」
「その辺は大丈夫だろ」
「なんで?」
「風が気持ち良いから」
「あんたはうちらに風になれって言ってんのか⁉︎」
「そ、それは何の解決にもなっていないのでは……!」
「じゃ、降るぞー」
「「えええええええ⁉︎」」
もうそんなとこまできた⁉︎ と、思わず由香が辺りを見回した直後、自転車とリアカーが傾いた。
「「あ……」」
「ゴー」
「「ぎょえええええええええええええ⁉︎」」
とてもJKとは思えない悲鳴が重なり合って、風を切る勢いで自転車は坂道を降り始めた。リアカーの後ろの二人はズルルッと前の方に体が流れる。
「スピード落として! 落ちる! 地獄まで転がり落ちる!」
「ちゃんとノーブレーキだよ」
「ダメでしょそれ!」
「あ、間違えた。ノーブレーキじゃないよ」
「そこ間違えんなし! てか、それしても早いんだって!」
「あ、あわわっ……! 鞄の中身が、出てしまいます……!」
「あれ? 半田先輩。それ、かんのー小説って奴?」
「〜〜〜っ、ち、違いましゅ!」
下り道の中、シュバっとやたらと素早い動きで由香の手から碧は小説を奪い取った。
それと同時に、運転しているバカに声を掛けた。
「と、とにかく、スピード落として!」
「いや、もう少し加速すれば、こう……残像が出せる気がするから」
「出してどうすんの⁉︎」
なんてやっている時だった。ようやく坂を降り切って、自転車の速度が少しずつ落ちていく。
ようやく、身体が前に押し込まれなくなった……となった時、二人ともようやく身体を起こした。いつの間にかリアカーの前の方で碧と密着していた由香は、その妙な柔らかさに気がついた。それと、なんか良い匂い。
「半田先輩……良い匂いするね」
「ふえっ⁉︎ は、恥ずかしいです……!」
「あとなんか柔らかい」
「ふ、太ってませんよ⁉︎」
そっちじゃない、と思ったのだが、まぁ良い……と、思っている隙に、前から声を掛けられた。
「え、お前らどういう関係? 付き合ってんの?」
「あ、あんたは黙ってなさい! そもそも誰の所為でこんな事になってると思ってるわけ⁉︎」
「そ、そうです! ジェットコースターじゃないんですから、もう少し安全運転を……!」
「いや、二人背負って自転車漕いでんだから、坂道くらい楽させてや」
まぁ、それはそうかもしれないけど……というか、まぁ冷静に考えたら、本当に飛ばしていたら自分達の身体は吹っ飛んでいただろう。
「でも怖かった」
「分かったよ。で、写真撮れた?」
「撮れたと思うのかー!」
こいつ全然、反省してねえ、と呆れてしまった。ホント、こいつはどこまでも自分……というより、自分のゲームのことばかりである。
「坂道、坂道か……坂道でなんか良いギミックないかな」
「ないから!」
「と、というか……上から見た図で、坂道の再現は難しいのでは……」
「半田先輩、そこなの⁉︎」
ツッコミを入れながら横を見ると、ふと足元が目に入った。碧の鞄が少し開いていたようで、中から教科書やプリントが出てしまっていた。
そこに記されていた名前が、ふと目に入る。
「……へぇ、半田先輩の下の名前、碧って言うんだ」
「あっ、いえ……あの……は、はい!」
「え、どっち?」
「そ、それより……か、返して欲しいな、教科書……」
「あ、うん。ごめん」
なんか今、変な様子だった気がしたが、とりあえず今は周りの風景を写真に収めることに集中した。
×××
さて、そろそろ家が近い。従って、そろそろ由香もテンションが戻って恥ずかしくなってきた。
「……あの、栗枝」
「んー?」
「ちょっと、そろそろご近所の目もあるから降ろして欲しいんだけど……」
「人の噂も七十五年って言うだろ?」
「四分の三世紀もいじられてたまるかー!」
「あ、あの……黒崎さん。多分、人の噂も七十五日って言うことわざをベースにしたボケだと思うよ……?」
「由香ちゃんには、まだ難ちいボケだったかなー?」
「う、うるさーい! 高校生の勉強なんて社会に出たらなんの役にも立たないから!」
「これは小学生で習う言葉だけどな」
「と、というか……目の前で役に立てている男の子がいるよ……?」
それはそうだが、と由香は悔しげに奥歯を噛む。実際、二人にそういう勉強に関することを言われる程、もう少し勉強しようかな、と悩む程度には反省してしまっている。
いや、今はそんなことよりも、だ。
「……はぁ、もういいから、早く家に行って」
「行っても学校に引き返すんだよ」
「あ……そういえばそうだっけ……」
結局、降ろしてもらっても仕方ない事がわかってしまった。
「す、すみません……栗枝くん……一人で、その……一往復も自転車を漕がせてしまって……」
「その辺は気にすんな。元々、こっちの事情で付き合ってもらってんだから。それに、この中で人間二人乗せて自転車漕げる奴は俺だけだってのもあるし。それに、そもそもあんま疲れてない」
「あんた……超人? 血清でも打った? それとも蜘蛛に噛まれた?」
「超人だけがヒーローじゃないだろ。大切なのはハートだ」
「いやあんたヒーローじゃないし」
なんて話している間に、いよいよ家の近くまで来てしまった。こうなった以上、もうなるべく他の人に見られないように……と、思い、身を屈めた直後だった。
母親と、すれ違った。
「え……」
「由香ちゃん……?」
すれ違ったのはほんの一瞬だったはずなのに、通り過ぎ去ったその時間はやたらとスローに感じ、そしてしっかりとお互いに目があったことを認識させられた。
カットインでも入っていておかしくない程、芸術的なすれ違いに、かなり大きなダメージを負った。
「……なんでこうなるの……」
「い、今の方……黒崎さんの名前を呼ばれていました……呼んでいたけど、お知り合い?」
「……お母さんに一番、見られたくないとこ見られた」
「お、お母様⁉︎」
「娘が男引っ捕えて自転車漕がせてんだからな」
「よーし分かった! あんたぶっ飛ばす!」
「いや側から見たら、の話」
どの口が言っているのか、と思ったが、そういう意味ならその通りかもしれない。
最悪……と、由香は肩を落とす。当然、これから買い物に行く予定だったのか、マイバッグを肩から下げて歩いていた母親はこちらに駆け寄ってくる。
「由香ちゃん! 何してるの⁉︎」
「え? あ、あー……」
正直に言って良いモノなのだろうか? と、思い、運転手の男を見る。すると、鈴之助は小さく頷いた。まるで「任せろ」と言っているかのように見える。もしかしたら、こういう時の言い訳は考えてくれているのかもしれない。
だったら少し嬉しいかも……と、思って任せる、というように俯くと、鈴之助が代わりに答えてくれた。
「初めまして。黒崎さんのお母さんですか?」
「そ、そうですけど……あなたは?」
「クラスメートの栗枝と言います。黒崎さん、実はサンタさんに憧れていたみたいで、トナカイ役をやってあげていたんです」
「どんな言い訳のレベルなのあんたああああああ‼︎」
後ろから蹴りを入れたくなってしまったが、親の前でそれは流石に自重した。
母親が、改まった様子で声をかけてくる。
「で、えっと……何してるの? 馬車馬ごっこ?」
「うーん……説明しづらいんだけど……ていうかこれ言って良いの?」
「あー……まぁ、家族になら」
一応、ネット上で声だけとはいえ発信するからだろうか、普通に許可してくれた。
「今、ゲーム作りの最中なの」
「え……馬車馬ごっこが……ゲーム作り?」
「まず、馬車馬ごっこじゃないんだよね……」
一応、事情を説明しよう……と、思って口を開きかけたが、そこで止まる。あれ……これ、なんて説明したら良いのだろう? と。
ゲーム作りの為に、登下校コースを往復……までは分かるが、そこからリアカーを使って自転車を漕いで往復とか……そもそもリアカーがある理由、周りの目線とかどうしたのか、通報されなかったのか、と説明して納得してもらえる気がしない。
どうしよう、と鈴之助を見ると、鈴之助は頷いて目を合わせて答えてくれた。どうやら、ここの説明こそ鈴之助がしてくれる……。
「お買い物に行かれるのでしたら、お母さんも乗って行きますか?」
「あんたのアイコンタクトは本当に信用ならない! 意味深に頷くのやめろ本当!」
「じゃあなんて言ってほしかったの」
「説明に決まってるでしょ!」
「? 今まさにゲーム作りの真っ最中じゃん」
「普通の人にわからないっつーの!」
こいつ〜! と思っていると、母親が笑顔で答えた。
「じゃあ……お願いしようかな」
「するなー!」
「あら、どうして? リアカーでお買い物に行くなんて中々、ある事じゃないわよ?」
「経験しなくて良い方の部類でしょうが!」
「良いか、黒崎。しなくて良い経験なんてない。この世の全ての経験が、いつか何かの糧となるんだ」
「お前は黙ってろボケ!」
何なのか、こいつら、とため息をついた。
「あ、あのぅ……三人はこのリアカーに乗るのは厳しいのでは……」
「確かに、少し狭いかもな」
「あ、いえ……その、流石に栗枝くんが大変なのではと……」
「もう一人くらいなら平気だから」
「そ、そうですか……」
いや、でもやっぱり目立つから恥ずかしいし、そもそも親子揃ってリアカーって……と、思わないでもないのでやめてほしい。
「……お母さん、やめて。事情なら後で話すから」
「えー?」
「ほら、バカ。早くうちまで行って、学校まで引き返して」
「誰がバカ?」
ツッコミを入れながらも、鈴之助は真顔で自転車のペダルを足をかけた。
「よし……じゃあ、行くぞー」
「うち降りる!」
「あ、あの……二人乗せて割と普通の自転車と同じ速度で走行していらしたので……降りると走ることになってしまうのでは……」
「てか、道案内が降りるなや」
「うう〜……じ、じゃあ、お母さん。また後で」
「ええ」
そのまま三人で黒崎家まで向かった。
×××
その後、さらに学校まで往復した。だいぶ目立ってしまったが、まぁ普通に楽しんで来た。リアカー自転車、割と楽しかった。坂道は流石にキツそうだったが、それでも漕いだまま登り切っていた鈴之助はすごかったが。
周りを見ながら走行していると、割と新しい発見もあったりした。だから、ちょっと楽しかった……と、軽く伸びをしながら、家に到着した。というか、お金を使わずに誰かと遊んだのなんて久しぶりだ。
貴重な経験だった、と言うことで前向きに受け取っておく……と、思っている時だった。母親が部屋をノックしてきた。
「由香ちゃん、ご飯」
「あ、はーい」
すぐに部屋を出た。そのまま、リビングに入ると、すでに夕食は机の上に並べられていた。いつもなら、運ぶのを手伝わされるというのに。
「いただきます」
「いただきまーす」
席について食べ始める。普通に野菜炒めなのだが、まぁ普通に美味しそうだ。箸で摘んで口に運び、咀嚼していると、母親が声を掛けてきた。
「で、あの人達と何してたの?」
「……なるほど」
それが聞きたかったわけか、と冷や汗。まぁ、実際の所、側から見たらいじめの現場に見えたのだろう。
でも、自分にやましいことは何もない。正直に話すだけだ。
「だからゲーム作り。変な事は何もしてない」
「してたじゃない。まんま変な事だったじゃない」
「それはそうかもだけど……まぁ、一応説明するね」
そう言って、今度するゲーム実況の話をした。最近ハマっている、ニッチだけど人気なゲーム実況者、クリエイター木村が近くにいて、ちょっと謎絡みしてたら気に入られてしまい、そのまま実況をやることになった事を全部。
すると、母親は手を止めてしまった。
「えっ……つまり、夜遅くまで男の子の部屋でゲームやるってこと?」
「い、いやいや、夜の9時くらいまでだから、そんなに遅くないよ」
「十分遅いわよ。その子の家どこにあるの?」
「高校から割と近く。徒歩で通ってるしあいつ」
「ふーん……まぁ、あんたがちゃんと考えてるなら良いけど」
大丈夫だ。一応、襲われるかもと言う可能性もなくはないが、あの家は弁護士と医者。そんな立派な両親がいて、変な真似はしないだろう。……そもそも、自分にそんな魅力があるかもわからないし。
「でも、ちゃんと節度を持ってね?」
「はーい」
話しながら食事を続けた。ま、なんとかなる。協力者は自分だけではないのは分かっているだろうし、とりあえず止められなくてよかった……と、ほっと胸を撫で下ろしておいた。
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