第4話 大は小を兼ねる。

 碧は、困っていた。クリエイター木村と一緒に実況なんて……と、思わず目を剥くほど。


「ほ、本気ですか……?」

「本気だよ」

「うちも誘われてる」


 え、な、なんでー……? と、碧は難しい表情で唖然とする。そもそも何故、自分なのか。いや、ていうか何故、急に誰かと一緒にやろうと思ったのか。


「……あの、なぜ私なんですか……?」

「いや、色々と本貸してくれたから。あの本、他の人が貸してくれたり薦めてくれたりした奴の中で一番、教養があったから。そういう人がいると、今後もいろいろ相談しやすそうかなって。本に関しては俺なんかより絶対、詳しいでしょ」

「……は、はぁ……」


 分かるような分からないような……でも、自分なんかがその一味に入って良いのだろうか? 


「黒崎はやるって言ってくれたんだよね」

「言ってない! 別に良いけど!」

「よっしゃ」


 良いんだ……と、思わないでも無いが、この前の感じだと由香もクリエイター木村のファン。この機会を逃すつもりはないのだろう。

 ……自分は、どうしたら良いのだろうか? お邪魔な気がしないでも無いが……でも、二人のやり取りを見ている感じ、付き合っている感じでも無いし……いや、自分は人付き合いとか苦手だし……やめておいた方が良い気がしないでも無い……。

 なんて、一人で勝手にグルグル頭の中を回していていると、由香が口を挟んだ。


「半田先輩、そんな無理することないよ? こいつバカだから、どんな迷惑をかけてくるか分かったものじゃないし」

「おい、俺が一回でも他人に迷惑かけたか?」

「ぶっ飛ばすよあんた! 今の所、迷惑しかかけられてないっつーのー! この短い期間で!」


 ……なんか楽しそうではある。主に、この二人のやり取りを間近で見られることが。しかし、それだけで頷くほど短絡的ではない。


「で、ですが……私などいては、迷惑ではありませんか……?」

「そんなことないよー。うち、半田先輩のことまだ何も知らないけど……少なくともこいつと二人よりはマシ」


 由香からは了承されてしまった……というか、どんだけ嫌いになっているだろう、鈴之助の事を。そんなに嫌いなら手伝わなきゃ良いのに……いや、それほど見たいのかもしれない。クリエイター木村の作品が。


「じ、じゃあ……栗枝くんは……」

「? 俺の迷惑なんて気にしてどうすんだ。先輩の人生なんだから、先輩が決めて下さいよ」

「え……?」

「先輩が嫌ならいいし、先輩が協力しても良いって言うならしてもらいます」

「……」


 好きにする、なんて……今まで考えたこともなかった。友達もいないし、特にせめていじめが始まらないように、目立たないように嫌われないように行動してきたから。


「いやあんた……人生っていきなり重過ぎでしょ。これが先輩の人生の今後に繋がるんか」

「知らん。繋がるかもしれないけど繋がるかもしれない。人生はその連続だ」

「ギャンブルって言ってんのそれ?」


 そんな自分が……今は、好きにして良いのだと言う。いや、でも……好きにして恥をかいたり、周りに迷惑かけたりなんてしたら……。


「いやいや、実際ギャンブルでしょ。そのかわり、失敗したって何も減らない奴。何せ俺のチャンネルなんだし」

「え、失敗しても良いの?」

「いや程度によるけども。見てくれてる人に暴言吐いたりとか、不愉快過ぎる下ネタとか吐き散らかしたりしたら流石に追い出すけど……そんな事しないでしょ。女子だし」


 意外と寛容……失敗しても許してくれるなんて……いや、実際の所どうだか分からないというのはあるけど……。

 そんな風に思っている間に、由香がガンガン鈴之助に質問する。


「てかあんた、何でゲーム実況で自作ゲーム配信してるわけ?」

「楽しいからですけど?」

「い、意外とシンプル……」


 それも思った。意外と単純な理由らしい。


「どういうとこが?」

「あ? あー……なんだろうな。多分、俺が作ったゲームを楽しいって言ってくれる人がいるとこ……とか? だから、公開したゲームは無償でアップしてるわけだし」

「……ふーん、意外と純粋」

「でも、最近じゃ一人でやるのにも限界見えてきててさー。あと身バレしたから仲間に引き込んで共犯を増やしたくてお前ら誘った」

「そっちが本音で誘ってきたワケ!?」


 それは碧も思った。いや本音で誘ったとかではなく、意外と純粋という方。「将来、ゲームクリエイターになりたい」とか人生設計的な理由ではなく、今が楽しいから。

 それを聞くと、なんだか少し気が軽くなってしまう。本当に、失敗しても致命的になるわけではなさそうだ。人生を賭けているわけでもないから。

 もし……もし、やってみても良いと言うのなら……自分に出来る範囲で挑戦させてもらおうか。


「あ、あの……!」

「そりゃそうでしょ。お前らも身バレするかもしれない立場に立ったら仲間になるしかないと思って」

「ふざけんなー! そもそもあんたが身バレしたの自爆だから! メモ帳落としたからだから!」

「お前人のメモ帳勝手に見たのかよ」

「それはごめん!」

「あ、あのー!」


 頑張って大きな声をあげると、二人とも気がついてくれた。視線が集中してしまい、少しドキッとするが……やると決めたのだ。ここは、言うしかない。


「……あの、いきなり放送に出るのはちょっと恥ずかしいので……別のことをお手伝い……では、ダメでしょうか?」

「良いよ、それでも。好きにしろっつったのも、お願いしてるのもこっちだ」

「……!」


 良かった……と、ホッとする。……流石に、そこまで身勝手なわけでもない人なんだな……なんて少し感心する。

 そんなわけで、碧も一味に加わることになった。


 ×××


 次の日。早速活動を始めることになった。それに伴い、少しだけ由香は緊張気味にホームルームを終えた。

 何故って、やはりクリエイター木村の仕事を手伝うことになったのだから、当然少し緊張する。

 ……なのだが、同じクラスのそのバカタレがいる方を見ると、教室の窓の鍵の辺りを写真に収めていた。

 何故、そんなものの写真を……と、周りの人間も思っているらしく、ジロジロと視線を集めているが、本人は無視だ。ていうか、聞こえてもいないのだろう。

 今から、自分はあれに話しかけるのかぁ……と、少し気が重くなる。まぁ、もう少し周りの人間がいなくなったらで……なんて思っていると、自分に気が付いた鈴之助が手を振ってきた。


「あっ、黒崎。ちょっと手伝って。鍵とここから見える校門までの景色、写真撮りたい」

「ーっ!」


 なんで名前を呼ぶの、と顔が赤くなる。周りの視線が、一斉に由香に向けられた。


「え……あの子もやるの?」

「どういう知り合い……?」

「二人、仲良いの……?」

「ち、違っ……!」


 慌ててヒソヒソ話を否定しようとするが、その前に鈴之助が口を挟む。


「はーやーくー」

「わ、分かったから黙りなさい!」


 なんであの男は恥じらいとか全くないのか。

 少し困ったまま、由香は鈴之助の元に向かいながら、スマホを取り出した。


「さっさと終わらせるんだから、早く指示して。何処撮るの?」

「ん〜……鍵を撮ろうと思ったんだけど……これ別にブラックホールで開けなくても、窓際に座ってる主人公が窓開けてキャッチすれば良いよな……」

「え、なんの話?」

「窓の外の景色も打点が低いし……うん。屋上で撮ろう」


 質問に答えてくれない。バカは平気な顔のまま自分に声を掛けた。


「ほら、行くぞ。あと半田先輩も連れて来て」

「いや、ちょっと……何勝手に……! だいたい屋上は立ち入り禁止だっつーの!」

「じゃ、また後で」


 本当、身勝手に鈴之助は指示を出すだけ出して、教室を出ていった。自由奔放に、何食わぬ顔で、飄々と。

 感じるのは、クラスメートの視線。今日まで、基本的に孤高を貫いていた鈴之助が、クラスでも人気ある方の由香といつのまにか仲良くなっているように見えたのだろう。

 つまり、周りの人間がしている想像はすぐに理解できる。……つまり、学外で交流があったと言うこと……。

 変な噂が流れる……と、ダラダラと汗をかいていると、自分の肩に横から手が置かれた。そこに立っていたのは、優奈だ。


「大丈夫、由香。私は由香と栗枝がどんな関係でも、親友でいるよ」

「やめて! 違うから!」


 弁明に10分掛かった。


 ×××


「くぅりぃえぇだぁ〜!」

「あ、あの……黒崎さん、屋上は立ち入り禁止では……!」


 さっき言ったことと同じことを注意されながらも、それを無視した由香は屋上に飛び込んだ。

 よくも教室ではやってくれたものだ。絶対にあのバカ許さん……と、屋上にくると、バカは屋上の柵の後ろにさらに高く設置された金網の上に座ってスマホを構えていた。


「「何してるの⁉︎」」

「あ、おせーよお前ら」


 じゃないでしょ、と由香だけでなく碧も強く思う。どう見たって危険だ。強い風が吹いたら落ちてもおかしくない。


「降りて来なさい!」

「あ、危ないですよ!」

「分かってるよ。もう写真撮ったし」


 そう言うと、鈴之助は本当にすんなり金網の上から降りて屋上に降り立った。


「ふぅ……スリリングだった。これで上からの校庭が描ける」

「こっちもね!」

「あ、ああいう真似はやめて下さいよ……」

「写真撮れたからもうやらないよ」

「なんか……あんたを見てると世の中の過保護過ぎる気がする全てのルールが必要不可欠であるように感じるわ」

「やったじゃん。賢くなったな」

「どの目線で言ってんの人に心配かけさせといて⁉︎」


 どうやったら人間がこのように育つのか非常に気になるところだった。……って、いやそんな事ではなく。


「ていうか、教室ではよくもやってくれたなあんた⁉︎」

「教室? なんかしたっけ?」

「したでしょうが! クラスメートの前で馴れ馴れしく声をかけて!」

「え、ダメ?」

「ダメっていうか……!」


 いや、ぶっちゃけダメだ。割と悪目立ちしてしまうし。だが……おそらくクラス内の立ち位置を何一つ自覚していない鈴之助に説明しても、理解されるとは思わない。

 それならば……鈴之助にも利があるように言いくるめれば良い。


「よーく考えて。うちも半田先輩もあんたの正体に薄々気づいてた。にも関わらず、さらに教室で表立ってゲームの話なんてしたら?」

「あ……そっか」


 利害の一致でやめさせることにした。ま、分かれば良い。とにかく、金輪際あんな辱めはごめんだ。


「今度から、手話で話しかけることにするから」

「なんでそうなんの⁉︎ 手話なんてうち分かんし、尚更他の生徒から見たらハンドサインにしか見えないわ!」

「じゃあ、読唇術」

「さっきからなんでスパイごっこの案ばかり出すわけ⁉︎」


 なんなのか、この男は。そんな新たな教養を植え付けられるより、もっと確実な方法があると言うのに。


「スマホで良いでしょ。RINEでやりとりすれば」

「あー、なるほど」


 これくらい当たり前だと思っていたのだが……この男、ゲーム作れるくらい賢いのかと思ったら、そう言うとこ抜けている。


「じゃあ次からそれで」

「あ、あのぅ……所で、何故呼ばれたのでしょうか……?」


 そう声をかけるのは碧。呼ばれるだけ呼ばれて自殺未遂かと思ったら普通に話し始めて放って置かれて困っているのだろう。


「そうだよ、バカ。なんで呼んだわけ?」

「そりゃお前、ゲームの話だよ。次に作る……で、黒崎は出演するゲームの」

「お、マジで⁉︎」


 少し楽しみだ。うまくできるか、という不安は勿論あるけど、それ以上に誰よりも早くクリエイター木村のゲームができるのだから。


「ね、どんなゲームにすんの?」

「お前は知ってるだろ」

「え?」


 どういう事? と小首を傾げた時、そういえばさっき、ブラックホールがどうのとか言ってたような……と、思い出す。

 ……そうだ。ブラックホールと言えば……。


「次にやるゲームは、ブラックホールゴルフ。黒崎と一緒に思いついたゲームだ」

「え……な、なんですかそれ……?」

「マジで⁉︎」

「ご、ご存知なんですか……黒崎さんは、その奇天烈なタイトルのゲームを……?」

「あー……まぁ、一応」


 一緒に考えたゲームだし。まぁどう言っても通じる気がしないので、とりあえずザッと解説してみた。


「説明すると、主人公はブラックホールを置ける能力を持ってるの」

「は、はぁ……」


 全然ピンときてない。そりゃそうだろう、今のを聞いた限りでは強過ぎる能力を持つ少年漫画の敵役だ。

 それでもめげずに説明した。


「で、学校に通ってるんだけど……忘れ物をしたから、その設置型ブラックホールで少しずつ家からその忘れ物を引き寄せる……ていうゲーム」

「は、はぁ……あ、ゴルフってそう言う……」


 ダメだ、やはりピンと来ていないが、それでも理解しようとしてくれていた。その理解を確実なものにするためか、すぐに新たな質問をしてきた。


「あ、あの……少しずつ、というのは?」


 それに対しては、鈴之助が答える。


「出力最大で一気に引き寄せたら何もかも吸い込んじゃうから、少しずつ道のりを刻んで、被害を出さないように持って来るんだ」

「な、なるほど……?」

「で、車とか猫とか……障害物が出るの。それで道を阻まれたりする感じ」


 クリエイター側からすれば、そんなゲームの中でどんな障害物を作るか、が重要になる。

 これは考え甲斐があるかも……と、思っていると、鈴之助が自分に声をかけてきた。


「で……そういうわけだ、黒崎」

「何よ?」

「お前はもう帰って良いよ」

「雑⁉︎」

「だって、次にお前がプレイするゲームなんだから、詳細とか知られちゃまずいだろ。新鮮な感想を実況してもらいたいから」


 言わんとすることはわかる。対戦ゲームや新鮮な感想を表に出す為に相棒を欲していた、と言うことだろう。

 でもそれならそれで疑問がある。


「じゃあなんで呼んだ⁉︎」

「そりゃお前……このメンバーで初めての会議だぞ。こう言うのは全員揃ってて方が良いんだよ」

「い、意外と重んじるタイプ……!」


 驚いたが、そんな事のために教室の真ん中で恥をかかせた上に、先輩を呼びに行かせて自殺未遂ドッキリをかまさないでいただきたい。

 鈴之助は、そのまま碧に顔を向ける。


「……で、半田先輩」

「は、はい」

「とりあえず、今考えてるのは『小学校』『中学校』『高校』の三ステージ。ステージが長くなるほど難しくなる。高校とか電車に乗るし。黒崎と前に考えた設定を見せるね」


 話しながらメモ帳を見せたが、その前に、と自分は声をかける。


「ち、ちょっと! 本当にうちを家に帰すつもり⁉︎」

「なんだよ、もしかして一人じゃ何にも出来ない男の子か?」

「女の子だよ! ぶっ飛ばすよ本当!」


 腹立つ! 別にこいつらが自分のいない所で何をしたって知ったことではない。


「じゃあいい! 帰る!」

「え……あ、か、帰られるのですか……?」

「え?」


 そこで気になったのは、碧の不安げな表情だった。少し潤んだ瞳でこちらを見ている。

 ……そうか、この人はコミュ障。それ故に、馬鹿と二人で外を歩かされるのは割と勇気がいるのかもしれない。

 なら……仕方ない。嫌だけど、慣れるまでは三人でいた方が良さそうだ。


「……や、やっぱりうちも一緒に行きたいなー」

「さみしんぼか?」


 我慢しろ……と、握り拳を震わせる。この男の軽口には付き合わない。


「……そ、そうですか。では……はじめてのお仕事ですし、三人で参りませんか……?」


 上手いことさっきの三人の会議に繋げた碧に感謝である。


「まぁ、そういうことなら、俺も良いよ」

「ん。で、どうするの?」

「帰る」

「「は?」」

「荷物に登下校させるゲームだぞ。基本的に帰宅して道のりからヒントを得るつもりだ」


 それはわかるけど……まさか、いちいち登下校するということか、と少しヒヨる。


「で、今日はまず学校に行くまでの道のりを考えたいから、今からまた登校しよう」

「学校までの道のりにどんな危険があり、どんな可能性があり、そして背景のためにどんな店とか民家があったのか、二人ともよく見ておいてね」

「こ、凝るんだそこまで……」

「凝るよ。ただでさえクリアしたらRTAくらいしかやること無いゲームなんだから」

「……そ、そういう事でしたら……」


 まぁ、手伝うと言った以上は仕方ない。このまま下校……と、思ったのだが、その前にまた鈴之助が声をかける。


「てか、二人はここから家までどれくらい?」

「うちはチャリ」

「わ、私は……電車で二駅ほどですが……」

「ちょうど良いな。まずは俺の家に行って学校に戻って、次は黒崎の家に寄ってまた学校に戻って、最後に半田先輩の家に寄ってまた学校に戻ろう。ちょうど、小中高全部のステージ分になる」

「何処まで鮮明にトレースするつもり⁉︎ 無駄な時間の極み!」


 趣味に驚くほど手間かけてる! と唖然とするレベルだ。


「大丈夫、無駄な時間にはしない。手間を掛けた分だけクオリティはあげる」

「意気込みなんか聞いてないから!」


 なんでそんなに歩かせるのか。そもそもその間の時間がすごく暇になりそうだし、電車賃も勿体無い。


「そ……そこまでしないと、クオリティは上がりませんか……?」


 同じことを思ったのか、恐る恐る碧も尋ねる。それに対し、鈴之助は真顔で答えた。


「どうやったらクオリティが上がるか、なんて俺にもわかんねーよ」

「はぁ?」

「え……?」

「だから、とりあえず愚直にやってみんだよ。『これは無駄かも』『この方法よりも良いのがあるかも』は時間の無駄だ。とにかく思いついたらやるようにしねーと、新しいゲームなんて作れねーよ」


 ……それを聞いて、少しだけ由香も碧も押し黙る。考えてみれば、自分達は鈴之助がゲームを作っているところを見たことがない。

 新しい世界観を作るために、手探りで不器用に泥臭く、きっと色々なことをやってきたのだろう。だから、手間を手間と思ってもいないのかもしれない。

 ……でも、やはり学校を放課後に三往復は厳しい。


「あ、あのぅ……」


 そんな中、碧が恐る恐る口を開く。二人で顔を向けるが、少し言いにくいことなのか、それともコミュ障故の奴か、尻込みしてしまう。

 その碧に、由香は微笑みながら聞いた。


「何?」

「あ……は、はい。……では、こうしませんか……? 本日は、栗枝くんの家に……みんなで帰る……後日、黒崎さんのお家、そしてまた後日に……私のお家……ということでは、ダメでしょうか……?」

「あー、なるほど。刻む感じね」


 それなら由香もOKだ。一日で何もかも終わらせようとするから、かったるいししんどく感じる。

 さて、そんなわけで、今日は碧の家に三人で帰宅することにした。……冷静に考えても、やはり訳が分からないものだ。なんだろう、他人の家に三人で帰宅って。特に、由香と鈴之助にとっては電車賃も掛かる。

 ちょっと面倒臭い……なんて思いながらも、三人で学校を出た。一旦、由香が自転車を取りに行き、改まって歩き始める。


「ま、まずは……栗枝くんのご自宅までですね……」

「おう。うちなら、俺の家まで着いた時点で解散で良いわ。登校中に自分の家からの写真撮ったし」

「うん……えっ?」


 それ……この男、学校に来る途中で写真やら何やらを撮りまくっていた……ということだろうか? 絶対目立ってたんだろうな……と、思いながらも、今は触れないことにした。


「よし、行こう」


 そのまま三人でこの前行った栗枝家に向かう。鈴之助はあたりにあるものを簡易的にメモ帳へ記しつつ、スマホで写真を撮る。

 その後ろを、由香と碧はついて行っていた。


「そういえば、半田先輩の実家はどんなとこなの?」

「こ、こことあまり変わりませんよ? 古本屋があって、本屋さんがあって……ちょっと離れたところに、読書喫茶があって……あと、図書館があって、古書店があります」

「全部本関係……? どんだけ本好きなの……?」

「す、すみません……あまり、本がないお店には関心がなくて……あ、でもその本屋の特徴なら全て言えますよ……?」

「いや、一生行くことなさそうだからいい」


 正直、本は得意ではない。精々、漫画を読むくらいなのだ。由香は。文字列をいくら読んでも頭の中で理解するのに時間が掛かるから。

 その点、漫画は絵の中でどうなっているのか説明してくれるから、物語を楽しむだけならスイスイ理解出来る。


「そ、そうですか……残念です。初めてのお友達なので……特に、読書喫茶はとても落ち着いた雰囲気でコーヒーも美味しくて……本を読むのに適した環境でおすすめだったのですが……」

「そこってPCも使えんの?」


 会話に混ざったのは鈴之助。その問いに対し、碧は頷いて答えた。


「は、はい……コンセントもございますので……」

「俺も行きたいわ。今度、場所教えて」

「! え、ええ……! よろしければ、ご一緒させていただいてもよろしいですか?」

「えっ」


 それつまりデート……と、少し由香は怪訝な顔をしたが、鈴之助は真顔で返す。


「よろしいけど……そこ二人で行く意味あんの? 俺はずっとキーボード打ってパッドいじってると思うし、先輩もずっと本読んでるでしょ」

「……確かに」

「……」


 この人達、男女で出掛ける事の意味をまるで分かっていない。Twitterの漫画とかではよく読んだが、まさか本当に男女のお出かけをデートのように思わない人種がいたとは……。

 そもそも今更思ったが、この現状が中々、普通じゃない。わざわざ一緒に下校しているのが、男子1対女子2とはこれはこれで目立っている気がする。

 まぁ……気にしても仕方ないかもしれないが、明日はもう少し目立たない方法を考えないと……と、思っている時だった。


「しかし……あれだな」


 鈴之助が、ポツリと声を漏らす。


「どうしたの?」

「中々、起きないもんだな。登校中のノートが巻き込まれそうになる事故。昼間なのに、人も少ないし車も少ない」

「まずノートが巻き込まれる事故って何……」

「いや分かるけどよ。もうすでに想定できていることばっかで……こう、なんか変な出来事だけどリアルにあるーみたいなの求めてるんだけどな……」

「何その『現実は消滅より奇なり』みたいな望み」

「あ、あのぅ……『事実は小説よりも奇なり』では……?」

「難しい言葉を半端に覚えて使うのやめろよ」

「う、うるせーな! 今のは噛んだだけだから!」

「いや、噛んだ域を超えてるだろ。なんだよ、現実は消滅より奇なりって。その文章が奇なりだわ」

「喧しいわー!」


 真っ赤になった顔で両手を振り回しながら鈴之助に向かうが、鈴之助は自分のおでこに片手を当てて動きを抑える。このいなし方がまたムカつく。

 そんな真似をしながら、公園の生垣の前を通り掛かる。公園内では、小学生達がサッカーやら鬼ごっこやら、ベンチを使ってカードゲームやらと色々な遊びをしている子供達が目に入った。


「……鬼ごっこは、うちもよくやったなぁ」

「へぇ、意外」

「二人はやらなかったの?」

「俺はその頃、親の英才教育を受けてたからな。水曜のこの時間はピアノ行ってた」

「変なこと言うね。もしかして、ピアノをゲーム機か何かと勘違いしてる?」

「ちげーよバカ。モノホンの白と黒の看板がついてる、のりしおのポテチ食った後の前歯みたいな楽器のことだよ」

「なんて例えの仕方してんの⁉︎」


 よくあの上品な楽器に対し、真逆の比喩表現を出来るものだ。何が困るって、ピンと来るのだから困ってしまう。

 少し引いていると、後ろの碧が声を漏らす。


「え……てことは、普段のゲームのBGM……栗枝くんが、作曲なされているのですか……?」

「え?」

「そうだよ。俺の家、親父もお袋も楽器やるから音楽室あるし」

「……学校?」

「や、だから俺の家」


 いや、家で音楽室とか聞いたことない……と、思ったが、そういえば昨日、家に行った時は確かに机の上に散乱していた楽譜があった。

 ……え、てことは本当に作曲を……? あのゲームにマッチしたアナログでデジタルな音楽を……? 


「……あんた何なの? 何なら出来ないの?」

「え? いや流石に不老不死の薬をつくれとかは無理だけど?」

「例えが極端!」


 逆にそれ以外のことはできるのか、とツッコミを入れたくなった時だ。公園の出口から、ボールが転がってくる。中で遊んでいた子達のものだろうか? そのボールは車道の奥へと転がったしまう。

 拾ってあげた方が良いと思い、そのボールを追おうとした時だ。車が曲がって来たので、足を止めた。

 ……が、公園から出てきた子供は止まらなかった。


「!」

「危なっ……!」


 すぐドライバーは急ブレーキを踏んだようで車は急激に速度を落とすが、さすがに止まらない。

 やばっ……と、思わず一歩、由香が自転車から手を離して踏み出した時だ。その肩に後ろから手を置かれて止められるのと、真横を誰かが急激な速度で通り過ぎるのが、ほぼ同時だった。

 飛び出したのは鈴之助。子供を抱き抱えると同時にサッカーボールを蹴って向かい側の家の塀に当ててバウンドさせて公園に帰すと、そのまま空いている方の手で突っ込んでくる車のボンネットに手を置き、身体をジャンプさせながら空中で捻り、真上に避けて着地して見せた。


「……アメコミのヒーロー?」


 そんな声が漏れるほどの回避だった。車が通り過ぎた後に着地した鈴之助は、子供を道路に下ろす。

 あの男……本当に何なのか。本当に超人ではないのかと勘ぐりたくなるレベルだ。


「コラ、クソガキ。急に飛び出すな。ボールとお前のタマとどっちが大事だ?」

「ご、ごめんなさい……」


 意外と説教はしている様子だった。まぁ何にしても、とりあえず様子を見に行かないといけない……と、碧と頷き合うと、駆け寄った。車の運転手も一度降りて、二人の元に走ってきた。


「ち、ちょっと! 大丈夫か、君ら⁉︎」

「あ、どうも。逆に大丈夫ですか?」

「いや何が⁉︎」

「こう……心臓口から飛び出た的な?」

「いや平気だわ! 出そうにはなったけども!」


 なんでこの男は出会ったばかりの人ともコントができるのか気になる。


「大丈夫?」

「お怪我は……」

「平気」


 そう返事をしながら、鈴之助は由香をじっと見る。な、なんだろう……と、冷や汗をかく。


「お前、飛び出そうとしたろ」

「えっ……ま、まぁ?」

「無理すんな。危ないよ」

「いやあんたに言われたくないんだけど……」


 そんなやり取りをしながら、とりあえず何事もなかったことはなかったので、運転手はそのまま車に乗って行った。

 多分、一番ホッとしているのは運転手だろう。あのまま撥ねていたら、間違いなく人生が終わっていたのだから。

 ……にしても、少し見直した。意外と子供を助けるために動ける人なんだな……と。しかも、由香も庇われてしまった。

 何より……あの、身体能力。ホント、このマルチな才能には驚かされるばかりだが、正直……その、何。カッコよかった。


「……おら、さっさと行けクソガキ。もう二度と車道に飛び出すなよ」

「うん。ありがとう」


 たったったっ、と公園の中に向かう男の子を眺める。碧が、自分達の隣でほっと胸を撫で下ろす。


「にしても……驚きました……。まさか、こんな場面に遭遇するなんて……」

「俺もだわ」

「そ、それと……栗枝くんの、身体能力にも……とても、身軽なんですね。何か、習われてたんでしょうか?」

「ん、まぁ親が『いざという時、何より役に立つのは筋肉』とか言い出して、俺に色々、習わせてたんで」

「へ、へぇ〜……」


 でも、車の上で片手でバク転するのはやっぱちょっとすごすぎる。金持ちの英才教育怖い、と思ってしまうほど。


「あんた……意外とただの嫌なやつじゃないじゃん。見直したわ」

「それ褒めてるつもりなのか?」

「褒めてるから」


 ほんとに。素直に褒めるのは腹立つから癪なのだが。


「……よし、まぁでも、今ので思いついたわ」

「?」

「良い裏技クリアルート」

「……」


 結局ゲームの話か、と思ったが、とりあえずそのまま三人で写真やらメモをとりながら帰宅した。

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