BLACK HOLE GOLF

第3話 人生の経験が意図していないところで役に立つ。

 黒崎由香は、ムカムカしていた。結局、自分があれだけたくさんの本を貸したというのに、使われたっぽいセリフは二つだけ。本当に読んだのかさえ疑問なほどだ。

 なので、今日は直接文句言ってやろうと校門を潜る。ちらほらと生徒達が友人を発見し、昇降口に向かう中、由香も友達を見つける。


「あ、優奈〜」

「由香、おはよ」

「おはよう」

「……何か、機嫌悪い系?」


 すぐに気取られてしまった。でも、実際機嫌が悪いのだから仕方ない。言うか言うまいか悩んだが、まぁ愚痴るか、と思いぶち撒けた。


「……昨日、クリエイター木村の放送でうちが薦めた本のセリフ、ほとんど使われなかった」

「いやー、そりゃそうでしょー。いくつその募集に集まったのか知らないけど、そんなの滅多にOKされるわけないじゃん」

「それはそうだけど……!」


 でも、自分は他の人と違って直接渡したのだ。もう少しもっとこう……融通というか……なんて思っている時だ。


「黒崎」

「え?」


 向こうから現れ、少し目を丸くしてしまう。その男はツカツカと自分と優奈の前に歩いて来る。迷いない足取りにこっちが驚いてしまった。

 だが、良い機会だ。こいつ……泣かす! と思って声を掛けようと思った時だ。間髪入れずに聞いてきた。


「放課後暇?」

「ひ、暇だけど?」

「じゃあ俺んちね」

「「は?」」


 なんだろう、急に? なんて、聞く間もない。そして、なんでそんなこと言うの、と強く思う。


「ちょっ、な、何俺んちって……あんたの家のこと⁉︎」

「そりゃ、俺んちだし……あ、もしかして血液か大地だとでも思ったんか」

「思ってねーっつーのバーカ!」

「じゃあ良いじゃん。暇だろどうせ」

「ブッ殺したい……」


 これくらい図々しく無いとあの実況は出来ないのかも……と、思いつつも実際に顔を突き合わせると非常に腹が立つ。

 そして当然、自分の隣にもう一人、本来なら気まずい関係になっている女は、こうリアクションするわけで。


「え……ゆ、由香?」


 軽く引いたようなリアクションで見られてしまった。やばっ、と理解した由香はすぐに弁解する。


「ち、違うから! これは別にこいつが勝手に言ってるだけで、何かあったわけじゃ……!」

「え……いや、何もないでそんなこと言う人いないでしょ流石に……」

「いたの! そこに一人!」

「何もって……ああ、前にゲームの妄想について語ったよな」

「ゲームの……妄想って……」


 不思議なものだ、高校生というのは。想像、空想、夢想……似たような言葉は様々あるのに、妄想という言葉だけは聞くだけで少しエッチな事を想像するのだから。


「あんたら……もしかして、そういうゲーム二人でやる仲なワケ……?」

「ちっがうからマジで! あんた、なんか言いなさいよ!」

「夏は夜。月のころはさらなり。やみもなほ、蛍の多く飛びちがひたる」

「なんで源氏物語⁉︎」

「「枕草子な」」

「っ〜〜〜っ! な、なんでそこで二人でシンクロすんの⁉︎」


 ていうか、そこじゃなくて! と、由香はすぐに言い返す。


「なんでいきなり紫式部⁉︎」

「「清少納言な」」

「ぶっ飛ばすよあんたら!」

「いや無理すんなよ……」

「できる事をしようよ」

「息ぴったりか本当に⁉︎ ……や、だから違くて! なんでいきなり昔の歌を言うの!」

「いや何かって言うから」

「てか、昔の歌って言い方可愛い」

「一々、茶々を入れないと気が済まないんかあんたは!」


 こいつら……と、奥歯を噛み締め、とりあえず先にバカからいじめる事にした。


「ていうかあんた! いきなり自分の家に来いって何⁉︎」

「え? いや、誰にも邪魔されたく無いし、声とか聞かれたく無いから」

「え……あ、あんたら本当に……」

「紛らわしい言い方すんなー! あと優奈、違うからー!」

「分かったよ。じゃあ後で二人きりになれる時に改めて誘うから」

「あんたはさっきからタイミングの悪さを全開にして会話してんのか!」


 そんなタイミングでそんな言い方をして話を切られたら、誰だって誤解するに決まっている。

 案の定、顔を真っ赤にした親友が「えっ……えっ……?」と声を漏らしている。


「あ、あんたら……本当、どんな関係……」

「ち、違うから……!」

「じゃ、俺教室行くわ」

「待てえええええええ!」

「ねえ、由香! どんな関係⁉︎ 肉体関係⁉︎」

「大きな声で何言ってんのあんた!」


 まさに、傍若無人。言いたいこと言って勝手に行きやがった。

 覚えてろよ本当……と、強く握り拳を作ったまま、とりあえず誤解を解いた。


 ×××


「で、何なのよ。あの誘い。蹴る前に聞いておいてあげる」

「え、蹴られるの俺?」


 場所は、屋上の前の扉。

 その「えーなんでー?」と、ほけーっとした聞き方に苛立ち、思わず声を上げてしまった。


「あのね、あんただいぶヤバい勘違いさせてたかんね⁉︎」

「どんな?」

「どんなって……!」


 言えない、告白しに行って返事がクソで自ら振った親友がいたのに、その当事者にえっちなことしようとしてた、と思われてたなんて口には出来ない。


「ヘンタイ!」

「変態な勘違いってどう言う事?」

「いや勘違いの話じゃなくて今のは罵倒! ……いや、そうじゃなくて、だから……いやある意味、変態的な勘違いされてたんだよ!」

「えっ……変態的って……え、まさかこの前のマスターツッコミストで女の子ばっか助けてるの見られてたのか⁉︎」

「えっ、いやそういうんじゃないけど……は?」

「……あっ」


 やっぱこいつバカだ。自らバラしにくるスタイル。

 クソミソに言ってやりたい所だが、それでやめられては困る。ここは穏便に行かなければ……。


「え、マスターツッコミストって……あんた、もしかして……」

「……」


 言い切る前に「え、今一瞬、手消えなかった?」と錯覚する速度で手を握られた。

 えっ、と声が漏れそうになるが、それを許されないほど強く握られる。痛いほどではないのに、絶対に逃げられない、と早くも諦めさせられるようなオーラだ。


「……バレた以上は仕方ねえな……」

「えっ」


 ま、まさか……く、口封じでもされるのだろうか……? 嘘でしょ? 正体バレたからって殺害とかどこのスパイ……? と、焦りながら後退りしたが、手を掴まれているので動けない。

 どうしよう……と、思わず殺される事を覚悟してしまった時だ。鈴之助は、すぐに要件を言った。


「俺の相棒になって下さい」

「……は?」


 何だろう、そのセリフ……と、由香は呆けるしかなかった。えーっと……相棒というのはつまり、実況の? そりゃそうだろう。今の話の流れ的に。

 ……え、それは……本気で言っているのだろうか? 


「……え、マジで言ってんの?」

「? うん?」

「相棒って……一緒に実況して?」

「そう」

「ゲーム作って?」

「いやそこは案をもらうだけ」

「コンビ実況者のように?」

「そう」


 ……マジか、と、固まってしまう。性格は最悪だけど、仮にも好きな実況者の動画に……自分が出られる……? と、固まってしまう。


「な……なんでうち?」

「前々から考えてたんだよ。協力してくれる人が欲しいって。俺が作ったゲームを俺がプレイしても、なんか違う感じがしてたんだよ。ていうか、当たり前だよね。俺がやったって驚きもときめきも無いし」


 それは分かる。特に、彼が作るゲームは今のところバグが一つも発生していない。だから、彼に予想外のことが起きるのは少ないのだ。

 色々と工夫したプレイングをしてはいるものの、それでも限界はあるだろう。


「で、前にブラックホールゴルフの話してたろ」

「あ、ああ。うん」

「あの発想力、面白かった。だから、お前を選んだ」

「うちしか話せる相手がいないだけでしょ」

「いやいや、候補はあと二人いたんだよ。だけど、ブラックホールゴルフの話は黒崎としかしてないから」

「……ふーん」


 それ、ちょっと嬉しい。なんか、自分だけ次のゲームを先駆けして知っているような感じがして。

 何より、生放送……いろんな実況者の放送は見てきたが、どの人もみんながみんな自分らしくイキイキしているように見えた。面白い人であればあるほど、その通りだ。

 つまり……面白そうではある! 


「うちで良いの?」

「あ、いやだから良いんだけど……なんで?」

「い、いや正直、割と前からあんたの動画見てたから参加したいけど……うちで良いのかなって、やっぱ不安になるじゃん?」

「あー、一応他の候補に声かけなくて良いのかって?」

「え? いや……」


 ……そんなつもりだったわけでは……と、狼狽える。余計な事を言った。


「一人は部活やってるから無理だろうけど……もう一人なら良いか。よし、迎えに行こう」

「え、む、迎え?」

「3年の教室全部回るぞ」

「うちも⁉︎ てか3年⁉︎」

「顔合わせといた方が良いでしょ」

「そ、それはそうだけど……!」

「うし、行こう」

「ちょっ、待っ……!」


 これまた身勝手に、由香の手を握った鈴之助は三年の教室に引きずっていった。


 ×××


 結局、自分が用意した本からはあまり使われなかったな……と、碧は少しショボンとしていた。

 でも、こういうのは語彙力を高めるためだったのだろう、と何となく理解はしていたので、自分が気が付かなかっただけで使われてた部分はあったはず、と思うことにしている。

 それに……面白かった。まるで言葉と言葉のあやと共通点を引き出してツッコミの台詞を構築する様は、勉強になった気もする。


「……ふぅ」


 なんだか……本当に楽しそうにやる人だ。自分で何もかもを作って、それをみんなに見てもらって、楽しませてくれている。

 ……自分も、そういう活動をすれば、一人くらい友達を作れたりするのだろうか……なんて、ポツンと教室の角の席で本を読みながら思った時だ。


「はぁ? 何だよお前……」

「いや、だから図書委員いない? 前髪で目が隠れてる」

「知らねーよ。つーかタメ口かよ」

「え、嫌だった? じゃあ図書委員いません?」

「え? お、おう。まぁ一クラスに一人はいるだろうけど」

「……それは、一家に一台欲しい家電と掛けたセリフですか?」

「ちげーよ! 何なんだよお前メンドくせーな!」

「栗枝、あんたクラスに顔出すたびに揉めるのやめてくんない⁉︎ お願いだからアウェイを感じて!」

「あ、ウェーイ」

「そうじゃなくて!」


 なんか……騒がしい。というか、今、栗枝って名前が聞こえた気が……と、思って顔を上げると、本当に何故か自分の教室に鈴之助が来ていた。いつか会ったギャルっぽい少女も一緒だ。

 何で三年生の教室に……しかも、わざわざ自分に会いに? と、狼狽えながらのんびりとそちらに視線を寄越してしまったままにしたのが運の尽きだった。

 目が合っちゃった。


「あ、いた! えーっと……地味子!」

「何失礼な呼び方してんの⁉︎ 3年生なんだけど!」

「だって名前知らないし」


 えっ、知られてなかったの自分、と少しショックを受ける。いや、まぁ実際、自己紹介をした覚えはないわけだが。

 教室の中に遠慮なく入ってくる鈴之助と、遠慮気味且つ緊張気味且つ居心地悪そうに入ってくる女子生徒。

 自分の元に歩いてきて、口を開きかけた鈴之助を隣の女子が止める。


「待ちなさい。……ちゃんと考えてものを言ってよ?」

「分かってるよ」

「相手、年上の人だからね? ここ、3年生の教室だからね?」

「分かってるって」


 職員室に来た問題児の弟とその姉? と、片眉を上げたのも束の間、すぐに鈴之助は聞いてきた。


「先輩、名前は?」

「だから言い方!」

「えー、ダメ?」

「まずせめてあんたから名乗れっつーの!」

「俺の名前は知ってるから。よく図書室で会うから」

「そういう問題か!」


 全くだ。学校だって社会の一部。先輩を上司と見立てて人付き合いを学ぶ場だ。あんまり碧は気にしないが、少女の言い分はもっともである。

 とはいえ、教室であんまり目立つの嫌なので、早めに要件を済ませてもらうことにした。


「……わ、私は半田です……」

「そうか、半田」

「先輩をつけろっつーの!」

「先輩半田」

「そっちにじゃなくて!」

「半先輩田」

「オセロやってどうすんの⁉︎」

「……お前面白いなやっぱ。優秀だ」

「何に対する講評なのそれ腹立つ!」


 この人達は……上級生の教室に来てまでコントをしているのだろうか? 


「俺は栗枝鈴之助です。今日暇ですか?」

「え……は、はい……」

「じゃあうちに集合で」

「…………はい?」

「だから言い方ぁ!」

「こいつも来るから」

「……へっ?」

「いや、ていうかそもそも、うちも行くなんて一言も……!」

「じゃ、放課後迎えに行くから、ここにいて」

「放課後もここ行く気なのあんた⁉︎」


 言うだけ言って2人は去っていった。さて、まぁ当然のことながら、クラスメートからはジロジロと見られるわけで。


「えっ……あの子、二年生で一番イケメンって噂の……」

「毎回、成績学年一位の子じゃん……」

「どういう関係なんだろ」

「ていうか、あの子って他人と話せたんだ……」

「それな」


 なんてヒソヒソ声が聞こえ、顔が赤くなる。どういう関係って、どういう関係でもないし、人と話せたんだって……流石に舐められ過ぎている。

 色々な感情が入り混じって顔が真っ赤に染まるのを感じつつ、とりあえず本に逃げることにした。


 ×××


 時早くして、放課後。本当に来られた。


「半田先輩、行きますよ」

「本当に来ちゃったよ……」

「え……あ、あの……」


 本気、だろうか? いや、本気なのだろう。何の用事だかもまだ聞いていないが、隣のギャルっぽいのに根は真面目そうな少女がついてきている以上、少なくとも冗談ではないと分かる。


「……大丈夫です、先輩。こいつがもし、うちらに変な手を出してきた時は、こいつで撃退します」


 言いながらギャルっぽい少女が取り出したのは、自身の産毛とかを揃えるための小さなハサミだった。


「それ殺人未遂って言うんじゃね?」

「あんたが何もしようとしなければそれは起こらないから!」

「安心しろ。うち実家暮らしだし、妹もいんのによく知らん奴を襲うほどバカじゃない」

「よく知らない奴を部屋に入れようとしてるんだけどね!」

「あ、あはは……」

「先輩もなんとか言ってやって下さいよ!」

「えっ……な、なんとかって……」


 なんだろう、何を言えば正解なんだろう。彼の発言にツッコミを? いやしかし、せっかくクリエイター木村さんが誘ってくれているのに……いや性的な意味じゃなくて。

 けど、一緒にいるギャルっぽい子の味方をしてあげないのもなんだか可哀想だし……。

 などと、頭の中がグルグルと回った結果、苦笑いを浮かべたまま答えた。


「……ほ、本は部屋にありますか……?」

「そこ⁉︎」

「あるよ。たくさん」

「じ、じゃあ……お邪魔します……」

「やばい、この人もちょっと変だ……」


 その女の子……ギャルっぽいだけあって失礼だ。あまりああいうパリピ的な人種に良い思い出がないため、仕方ないかもしれないが……やはり少しズバズバ言う人は苦手でもある。


「じゃあ行くぞ」


 偉そうな鈴之助の先導で、とりあえず教室を出た。


 ×××


 到着したのは、割と立派な一軒家。思わず、由香も碧も驚いた。普通の家よりも大きく見えるまである。

 三階建てで、玄関は二階で階段を上がらなければならない。一階と思わしき場所には、シャッターがついている。

 二階のベランダには庭があり、本当に豪華なのが伝わってきた。


「……おお、大きい……」

「すごいね」

「まぁ、親父は医者、母親は弁護士だから」

「「すごっ……⁉︎」」

「良いから、さっさと上がって」


 そのまま家の中に入った。

 玄関を開ける。見た目は普通の玄関だが、どれも新品に見えるくらい綺麗なのだ。

 鈴之助は当たり前のように靴を脱いで中に上がり、まずは洗面所に向かう。


「まず手洗いうがいな」

「は、はい……!」


 碧は素直に頷いたが……。


「えー、めんどくさっ。潔癖か」


 由香はブーブーと文句を言う。それを聞いて、鈴之助はジト目で睨んだ。


「いや、当たり前だろ。お前みたいな奴がインフル蔓延させて学級閉鎖にすんだよ」

「良いじゃん。遊べるでしょ、学級閉鎖」

「じゃあ冬にだけそうしてろ。今は洗え」

「クソ真面目かっ」


 そう言いつつも、由香も渋々、手洗いうがいを終えた。

 さて、三人で階段を上がる。こうして見ていてもやはり大分、中は広い。由香も碧も、決して目利きが出来るわけではないが、自分達の家にあるものとは違うということは分かる。


「シャンデリアとかありそー」

「ねーよ。うちの親は見た目より機能性だから」

「ふーん……」

「下のシャッターの内側、あれ車一台とバイク二台入ってるし」

「すごっ……え、あんたバイクとか乗るの?」

「親父と母親が休日にツーリングしてる」


 アウトドア派……と、驚いてしまった。息子はゲーム作りをしているのに。


「ここ、俺の部屋」


 言いながら鈴之助が部屋の扉を開けた直後だ。目の前に広がった光景に、思わず二人とも目を丸くしてしまった。


「すっっっご……」

「わ、わぁ……!」


 中は、パソコンと本棚が大量に敷き詰められていた。壁際に設置された机には、モニターが三台並んでいて、Bluetoothのマウスとキーボードと、何故か楽譜とかも置かれている。その反対側の角にはベッドがあり、それらとベランダに続く窓とクローゼット以外の壁には全部、本棚が並んでいた。


「ほ、ほああ……ほ、本が……書籍が、いっばい……!」

「は、半田先輩大丈夫ですか……? 奇声上げてるけど……」

「く、栗枝くん! 読んでもよろしいですか⁉︎」

「あれ、ボールが返ってこない」

「ダメ」

「ええっ⁉︎」

「あんたも断るの⁉︎」


 なんか息が合わない人達である。もう少しこう……何か息を合わせるというか、相手と話をするとか……ないのだろうか? 


「それより……まず、半田先輩には言うことがある」


 それらを何一つ気にする様子を見せずに、鈴之助は立ったままの二人に声をかける。


「あ、適当に座って……あー、その前にあれか。人をもてなすにはまずお茶を出すんだっけか……待ってて」


 そう言うと、さっさと部屋から出て行ってしまった。

 その背中を眺めながら、由香も碧もぼんやりする。そう言えば、まだこの人とも普通に話してなかった。……いや、というか、ホントあんま話したことないアホな男子と、あんま話したことないどころが学年がちがう先輩と一緒って……一体、どういうことなのだろう、この状況。

 何にしても、まだ自分の名前を言っていなかった。


「あー……は、半田先輩」

「っ、は、はい……!」

「うち、黒崎由香と言います。あの馬鹿とは同じクラスで……」

「は、初めまして……!」


 すごい緊張されてる……もしかして、コミュ障という奴だろうか? まぁ、何にしてももう少し話しかけてみよう。

 こういう時は、共通の話題からである。


「栗枝とはいつからの付き合いなんですか?」

「え……あ、つ、付き合ってはないです……」

「え? でも知り合いだったんですよね?」

「? は、はい……そうで……あ、そういう付き合……ご、ごめんなさい……!」

「え、あ、いやそんな顔真っ赤にして謝らなくても……」


 照れてるのだろうか? どちらにしても……この話題は続かなさそうだ。変えよう。


「あー……そういえば、半田先輩の髪、良い香りしますねー。何使ってるんですか?」

「え……め、メ○ットですが……?」

「そ、そうなんですかー……は、肌も綺麗ですよねー。化粧水とかは?」

「ケショオスイ……? お化粧などによって発生した水質汚水でしょうか……?」

「え、嘘でしょ。あんた本当にJK?」

「っ、ご、ごめんなさい……!」

「あ、いや……ごめんなさい、うちこそ言い過ぎました……」


 思わず本音が漏れた。でも本当にわけがわからない。何一つケアしてないのにこの綺麗さ? もしかして、自慢されてる? と勘繰ってしまうほど。

 ……いや、そうでなくても興味くらい持つものだと思うのだが……と、思わないでもない。

 でも困った……またお通夜みたいになってしまった。一体、どんな話なら少しは話題が弾むだろう……と、考えた結果、結論が出た。


「……あっ、そうだ。先輩!」

「な、なんですか……?」

「クリエイター木村の作品……何が一番好きですか?」

「……」


 これならどうだ……! と、強く睨む。そうだ、本人はアレでもクリエイター木村は面白い。そっちの話題ならいける……! 

 そう思って声を掛けた。すると……。


「わ、私は……」

「私は?」

「…………『赤点のテスト、墓場まで持って行クライシス』が好きです…………」

「……」


 答えてくれた……! そんな事が、アホほど嬉しくて。


「わ、分かる! あれ面白いですよね!」

「は、はい……! 私が、初めて見たクリエイター木村さんの動画でして……!」

「なんだっけ。確か、国数英理社全部赤点で、それらを親にバレないように隠すゲームだよね」


 家全体を使ってテスト用紙を隠すため、自由度は高いが母親も息子の性格を知り尽くしているため、的確に引き当ててくる。これが難しいのだ。天井裏に隠しても引き当てられるし、庭に埋めたりしても、スコップを出しっぱなしにしていたり、埋めた地点に違和感を残すとバレる。

 ちなみに、隠すのに制限時間を設けられ、親が買い物から帰ってくるまでの間に隠す必要がある。

 ちなみに、テスト用紙は場所によっては一枚しか隠せないこともあるが、基本は重ねて隠すことも可能だ。


「へ、部屋の中にあるものなら全て使えたり、ペンを使えばテストの内容とかの書き換えもできたりするのが楽しくて……!」

「それやったら、学校に親から連絡されて嘘がバレて怒られるバッドエンド超リアルだったよね!」

「は、はい……難易度を上げると、中学生の設定だった主人公が高校生になって科目数も増えていて……10枚の答案を隠さなければならないのは、とても骨が折れました……」


 その言い方を聞いて、一つ引っかかる。


「え……もしかして、全部クリアしたん?」

「は、はい……一応」

「マァジかー! すごいなー、うち途中でやめちゃったよ。お母さんも探し方上手くなってんだもんー。『そもそも全科目赤点取ってんじゃねーよ!』ってスマホ投げちゃったよ」


 それはすごい。無駄に難易度が高い上に、製作者も放送中に「あれ、これどこに隠せば良いんだっけ……」とか悩んでたし、相当難しかっただろうに。

 すげー、と感心したまま眺めていると、碧が何か言いたそうに自分を見ていたのに気がついた。


「あ、あの……えっと……」

「何?」


 コミュ障相手なら、相手が話そうと思った時はじっくり待ってあげるのが大事。今、必死に言葉をまとめているのだろうから。コミュ障を前に焦らせるようなセリフや「で、何なの?」と言った態度は厳禁である。

 やがて、まとまった言葉を、碧は勇気を振り絞って聞いてきた。


「く、黒崎しゃんはっ、どのっしゃくっ……作品をご贔屓に、されていますか⁉︎」


 ご贔屓って……ちょっと堅苦しい言い方だな、と思わないでもないが、ここは笑って受け流す。


「うちは……そうだな。少し前にやってたアレ。なんだっけ。ほら、魚のゲーム」

「……あっ、海のゴミを片付ける奴……でしょうか?」

「そうそれ。海に捨てられた掃除機を食べたサメが、掃除機シャークになって海を掃除する話」


 アメコミヒーローが能力に覚醒した理由、みたいな生い立ちのサメで、機械化して身体が重くなったので、海底を這うようにしか泳げなくなってしまった。

 そのまま、せっかくなので海の掃除を綺麗にすることにした掃除機シャークだが、相当苦労しないと取れない位置にゴミがあるため、上手いこと試行錯誤してゴミを取る知恵の輪のようなゲームだ。


「あれ、うち好き。あれ全クリするためにめっちゃやってて、視力少し落ちちゃったんだよねー」

「そ、そうなんですか……目は大切になさらないと……」

「分かってるよー」


 少しずつ会話に慣れてきた頃だった。コンコンとノックの音がする。いや、自分の部屋なんだからノックは必要ないだろうに……と、思いつつも、一応返事をしておいた。


「どうぞー」


 声を掛けると、部屋に入ってきた鈴之助は、ニヤつくのを必死で抑えるようにくちびるを噛み締めながらも、頬を赤くして眉間に皺を寄せていた。

 こいつ、聞いてたな……と、すぐに分かる。そして、相当喜んでいたことも察した。


「あのぅ……ご自分の部屋なのですから、ノックの必要はないのでは……?」

「うるせぇ」

「いや、だからあんた先輩……」

「い、いえ……あまり気になさらないでください。もしよろしければ……黒崎さんも、これからずっとタメ口で結構ですよ?」

「だよな。さっきからタメ口で話してたし」


 言われて思った。そういえばそうだったかも……と、人に注意しておきながら、少し恥ずかしくなる。


「あ、あの……というか、栗枝くん……いつから黒崎さんがタメ口で話されていたのを聞いたのですか……?」

「え? いや廊下で聞いてたから」

「え……盗み聞き、ですか……?」

「まぁ……そうなるか。うん」

「認めるな。女の子の会話を立ち聞きなんて良い趣味じゃないから」

「? 俺の家にいるのに聞かれて困る話しないでしよ。むしろ……うん。ちょっと嬉しかったし」

「そういう問題じゃないから」


 デリカシーが欠如している。もう丸々。内容云々ではなく、行為の問題なのだが……と、思っていると、すぐに碧が口を挟んだ。


「え……もしかして、あまり隠されていないんですか……?」

「「何が?」」

「え……あ、あの、クリエイター木村さんであること……」

「「……えっ」」


 とんでもないことを言い出した。いや、由香は何となく気が付いていた。知ってる事を。

 しかし、鈴之助にとっては寝耳に水レベルの情報な訳で。


「……え、何で知ってんの?」

「え、いえ……なんとなく、そうかなって……」

「ていうか、うちも割と前から気が付いてた」

「……もしかしてなんだけどさ、俺ってわかりやすい?」

「「とっても」」

「……」


 あ、照れてる。まぁ今まで隠していたつもりなのだろうから、恥ずかしくて仕方ないのだろう。気持ちは分かる。でも、普段の言動が言動なだけに、ザマーミロの一言しか出ない。

 すると、鈴之助は唐突にその照れを抑えた。そして……「仕方ないか……」と呟き、そのまま持ってきたお茶を由香と碧の前にお茶を置いた。


「飲め」

「命令形?」

「……あの、仕方ないとは……?」

「本当はどっちか片方のつもりだったけど……うん。もう二人に頼んだ方が良い。なんか俺、隠すの下手みたいだし」

「え、二人にって……」

「???」


 まさか、と由香が思ったのも束の間、すぐに鈴之助は二人の前に座り、頭を下げた。


「頼む、俺と一緒に実況やって下さい」

「…………はい?」

「……はぁ」


 結局、二人かよ……と、由香はため息を漏らした。

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