第2話 マスターツッコミスト。

 翌日、鈴之助は既に案が浮かび、それを昨日のうちにノートに書き写した。


『「ゲーム名:ツッコミ病(仮題)」

 ストーリー

 ツッコミ病という何か事あるごとにツッコミを入れないと気が済まなくなる奇病に罹ってしまった少年のゲーム。

 それを治す方法は一つ、24時間以内に他人のピンチに突っ込んで10回助ければ治る。

 ゲーム性

 その病気は24時間以内(1時間が30秒)で終わるため、最長12分。

 アクションパートとツッコミパートがある。

 ・アクションパート

 上から街を見下ろす視点で、主人公は自動で前に進み、道は真ん中、右、左と歩く場所を変えられる一本道。

 そして、その三車線のうちの何処かに事件が起こるのでそこに突っ込んでツッコミを入れる。

 たまに爆弾があって、そこに突っ込んだら問答無用でゲームオーバー。

 ・ツッコミパート

 ツッコミバトルは事件を起こしている奴の発言に対し、三つのワードが浮かぶので、それをチョイス。チョイスしたワードを軸に、自動的に文が作られ、そしてツッコミを入れ、的確であればあるほどポイントが高くなる……逆に的外れだと反撃をもらい死ぬ』


 ざっくりとこんな感じ。やはり、必要なのは語彙力だろう。

 例えば、事件の中で「カツアゲ」があったとする。これにツッコミを入れる際のワードを「唐揚げ」「包帯」「金」にするとしよう。

 それらをツッコミにした際、


 ・唐揚げ→バイトなりなんなりすりゃ良いだろ! カツアゲする暇があんなら鶏肉をカラッと揚げて唐揚げ屋の売上にでも貢献しろコノヤロー! 

 ・トイレットペーパー→他人の金取って満足してんじゃねーよ! 包帯でミイラにしてその取った金と一緒に埋めてやろうか⁉︎

 ・金→金がねーんなら金玉売ってこい! なんのために二つついてんだテメェのは! 


 と、なる。個人的には、この中での高得点はトイレットペーパー。宝と一緒に埋められているミイラと、カツアゲしている側が欲しがる金銭をかけられたのが良かったと思う。

 パッと今考えられるのはこの三つ。これらをフルボイスで、声優は鈴之助本人がやるつもりだ。

 ……が、これをあと9個考えないといけないし……いや、考えるだけなら案は多く作って厳選した方が良いので、もっと作る。

 そのために語彙力をさらにつける予定だ。それを作るには、やはり本や漫画が一番だろう。

 そのため、フォロワーが9千人ちょっといるTwitterに発信した。


『面白い漫画か本を募集。下らないギャグコメディだとなお嬉しいです』


 と。


 ×××


『面白い漫画か本を募集。下らないギャグコメディだとなお嬉しいです』


 そのメッセージを見た黒髪ギャルの黒崎由香は、すぐに動いた。こう見えて漫画は結構読む。弟が漫画好きだから、自分も一緒に読むことがあるのだ。

 今日は漫画を持ってきていないが、問題ない。何せ、スマホにも漫画が入っているから。

 後は、こちらのコミュ力次第。楽勝だ。利用するようで申し訳ないが、昨日は親友が彼にフラれた。いや、フラれたというかフッたというか。

 とにかく、それを活かす他ない。そんなわけで、自分の好きな漫画を開いて、そのまま鈴之助の席に向かおうとした時だ。


「あ、由香〜! 見てこれ、新しいコスメ買っちゃったんだー」


 目の前に歩いてきたのは、親友である斉藤優奈。手に見せたいものらしきものを持って、ニコニコ歩いている。

 ちょっ、邪魔! とは言えない。そんな邪険な真似、できるわけがない。


「へ、へ〜、良いじゃん。どんなの?」

「めっちゃ紫のやつ、見る? ちょー綺麗だから」

「うん……」


 そう言いつつチラリと鈴之助の方を見る。その鈴之助は、席を立って教室を出て行こうとしている。


「あ……」

「どしたん? ……うっげ」


 しかし、鈴之助を見た優奈は心底嫌そうな声を漏らす。


「……何、由香もあいつのこと狙ってるわけ?」

「違う。ちょっと話があっただけ」

「? 何の……あ、まさか……アタシのためにアイツに昨日の文句言ってくれるの⁉︎」

「え? ……あー、うんまぁ、それで」

「じゃ、行ってら! ほら、泣かせてしまえ!」


 なんか身勝手に背中を押されてしまった。何も聞こえていない様子の鈴之助は教室を出る。

 その後を慌てて追った時だ。


「ひゃっ……!」

「うおっ、悪い」


 教室の前で、前髪で両目の上半分が隠れている巨乳の地味な女とぶつかっていた。


「す、すみません……!」

「いや俺こそ……って、あんた図書委員の……」

「あ……く、栗枝さん……!」


 え、知り合い? と、少し驚く。リボンの色的に年上なのに。意外な知り合いがいたものだ……。

 散らばってしまった本を二人で拾い始める。


「てか、本めっちゃ運んでたじゃん。どうする気だったのこれ?」

「え、えっと……これは、その……栗枝くんのために……」

「え、俺?」

「は、はい……! 面白い本を探してると聞いて……!」

「え、誰から?」

「え? ……あ、い、いえ……昨日の本、もう読み終えたかと思って……それで、手持ちの本ですが、新しいものを……」

「え、昨日の本読み終わったと思ったのに、事前に用意しないで手持ちのもの持ってきたの?」

「あ、あの……ううう……」


 言い訳が下手くそすぎて、事情を何一つ知らない由香は全てを察した。あの巨乳(目測Gカップ)……鈴之助の正体を知っている。そして、あのツイートを見てきたのだろう。

 ……もしかしたら、このあざとくて下手な真似も、もしかしたらわざとか……? と、勘繰ってしまう。

 だが、それなら好都合。言い訳は下手くそなタイプのようなので、このまま身バレしてることがバレて距離を置かれれば……なんて思ってる時だ。


「ま、なんでも良いわ。じゃあ本借りるな」

「! は、はい……!」


 えー! そこでさらに問い詰めたりしないのー⁉︎ と唖然としてしまった。なんでそこでどうでも良くなるの、どんだけ他人に興味ないわけ⁉︎ と頭の中でそれなりに使えそうなツッコミが浮かんでしまう。


「じゃあ図書室行かなくて良いか……」


 そんな呟きを漏らしながら教室に戻ろうとする鈴之助。それを前に、思わず由香はどうしたものか悩んでしまい、ワンテンポ遅れた。おかげでまたぶつかり、スマホを落としてしまう。


「あっ」

「うおっ……な、なんだ今日は。ブラックホールでも発生してる?」

「っ……ちょっ、スマホ!」

「ん……いやブラックホールは比喩だから、落ちたものを吸い上げるのは無理だよ」

「そんな期待してないから!」


 どんな発想力なのか。人をなんだと思っているのか小一時間ほど尋ねたい所だ。

 まったく……と、呟きながら、スマホを拾う。幸い、画面にヒビは入っていなかった。尾行していたこっちも悪かったが、ぶつかってきてスマホを落とさせたのは向こうだ。何か言うことはないのだろうか? 

 なんて女子ながらに思っているものの、目の前の男は顎に手を当てたまま動かない。


「ブラックホールか……そのゲームもアリだな。ブラックホールが題材なのに中身はしょぼい感じで……家に忘れ物をして、学校から引き寄せるゲーム……とかどうだ?」

「……!」


 困った事に、嬉しかった。いや人にぶつかっておいて妄想を語ってくる脈絡と神経のなさはドン引きだが、まさか好きなゲーム配信者が自分にゲームの意見を聞いてくるなんて……。

 でも、身バレは良いの? と思わないでもないが……良い機会だ。乗っかって、美味しい思いをする……! 


「どうやってそんなのゲームにするの?」

「え? あー……そうだな。ブラックホールっつっても、問答無用にしちまうとなんでも吸い込んでクソゲーになるし……家から学校までの道のりに、小型のブラックホールを置けるんだ。で、少しずつ家から忘れ物を登校させる感じ」

「……トライアンドエラーが果てし無く続きそうなゲームね」

「タイトルは、ブラックホールゴルフ」

「しっくり来るのが不思議なんだけど……でも、不確定要素が欲しいんじゃない?」

「じゃあ、タイミングによっては忘れ物が車に撥ねられたり、カラスに持ち去られたりする」


 やってる本人はイラっとしそう……と、思いつつも、実況映えはしそうだ。実際、鈴之助のゲームは鈴之助が許可していることもあって、好きに他の実況者がプレイしている動画を流すこともある。

 ……せっかくだし、もう一つだけ案を……と、思い、彼並みに思考回路を銀河の彼方にして聞いてみた。


「あとは……マイナス要素ばかりだと腹立つから、ランダムでホワイトホールが出現して助けてくれるのは?」

「……」

「?」


 言うと、鈴之助は少し驚いたような表情で自分を見る。何を思ったのかは分からない。ただ一言、少し上から目線で告げた。


「お前……見所あるな」

「っ、そ、そう……?」


 まさか、褒められるとは……なんて、少し嬉しくなってしまう。悲しい事に、崇拝する相手が目の前にいると、どんな言い方をされてもあまり気にならなくなってしまうのだ。

 ……まぁ、勿論それに限度はあるのだが。


「ところで」

「ん?」

「お前誰だ」

「今ぁ⁉︎ あんた知らないと思ってた相手とこんなに盛り上がってたわけ⁉︎」


 ていうか、とすぐに続けて言った。


「うち、クラスメートなんだけど! 結構目立ってると思うし……え、本当に知らないの?」

「悪い」

「本当に知らないのね! わざわざ謝罪で答えてくれて!」


 すごい男だ本当に。まさかクラスに自分を知らない男がいるとは思わなかった……と、思う程度には、結構目立っている自覚があった。特に、優奈の方が目立っているわけだが、その優奈と一緒にいることが多かったのだから。


「あ、そうだ。その前に、俺は栗枝鈴之助。よろしく」

「知ってるから! クラスメートだから!」

「ああ、どうも。で、あんたは?」

「……黒崎由香」

「そうか、黒崎」


 急に名前を呼ばれ、本当に今更名前を知られたことにショック……を受ける反面、やはり好きな実況者に名前を覚えられて少し嬉しかったりもして、複雑な心境になったのが仇となった。

 鈴之助は、由香の手を掴んだ。


「お前の話をもっと聞きたい。ちょっと来てくれ」

「えぅっ⁉︎」


 なんでそんなこと教室で言うの⁉︎ と、唖然としてしまう。案の定、周りから「え、今告られてた……?」「あの栗枝が告ってた……?」「てか、え……どういう関係?」と周りからザワザワと噂され、顔が赤く染まって俯きたくなる。

 そんな中、ハッとした。そういえば昨日、自分の親友が目の前のバカにフラれたのに何をして……! 

 ギ、ギ、ギ……と、後ろを見ると、優奈がジト目で自分を睨んでいた。


「こ、これは違っ……!」

「ここじゃ人目がつくな……廊下出ようや」

「ちょっ、待っ……力強っ⁉︎」


 そのまま引き摺られて、廊下に出てそのまま階段を降り、踊り場に留まる。


「な、何あんた一体⁉︎」

「おすすめの本ない?」

「藪から棒! その前に色々言うことあるでしょ!」

「言うこと……コンニチハ?」

「挨拶も大事だけどそうじゃなくて!」

「ん……ああ、そのコスメ良いな、とか?」

「買ったのは優奈だし!」

「ところでコスメってなんだ? コストメカ?」

「知らないのかよ!」


 ホント、訳が分からない。この男が考えていることが。ちゃんと考えて喋っているのか……なんて思っていると、鈴之助は何を思ったのか、すぐに聞いてきた。


「で、黒崎」

「何?」

「面白い本はあるか?」

「だから脈絡のなさ!」


 本当になんなのかこの男は。会話がふりだしからではなく、7〜8マス目くらいから始まっているような感覚だ。


「なんで急にそんな話に⁉︎」

「いや、まぁ事情は伏せるけど語彙力豊富な本が欲しいのよ。コミカルな奴。黒……黒沢のおすすめが知りたい」

「黒崎よ! もう名前忘れたわけ⁉︎」


 こいつ……と、思う反面、放送中と全くキャラが変わっていないのが困った。だが、まぁ良い。とりあえず当初の目的を果たす。


「はい。これがおすすめ」


 そう言いながら、スマホの画面を見せた。今用意できる中では面白い漫画だ。何せ、セリフの数がやたらと多い。


「さんきゅ。メモしとくわ」

「ん……」

「またなんかあったら教えて」


 それだけ言って、身勝手なことにあの男はさっさと教室に戻ってしまった。

 ……まぁ、伝えるだけ伝えられたし、いっか。と思った時だ。階段の踊り場の下。そこから、さっきの黒髪巨乳さんがこちらをジトーっと見ている。


「……」

「……」


 間違いない。あいつもやはり正体を知っている。そして……自分と同じようにファンなのだろう。


「……絶対に負けない」


 次のゲームで採用されるセリフが多いのは自分が薦めた本からだ。そう決めて、すぐにまた漫画を探しに行った。


 ×××


 さて、翌日。教室にて。鈴之助が先に着いた直後、目の前に現れた由香が本を置いた。


「栗枝。この漫画面白いわよ」

「あれ、昨日脈絡のなさを指摘されたような……」

「何、いらないわけ?」

「いや、いる。どうも」

「じゃあ、うちはこれで」

「う、うん?」


 え、本を貸しに来ただけ? と、眉間に皺を寄せつつも……とりあえず借りることにした。


 ×××


 同じ日、廊下を歩いている鈴之助に後ろから緊張したような声がかけられる。


「あ、あの……栗枝くん。こちらの本、おすすめでございます。古典の知識が含まれておりまして……」

「あ、どうも」


 背後に立っていた図書委員の子に軽く挨拶する。


「でも俺、古典の試験別に困ってないけど……」

「で、では……私はこれで……」

「えっ、これで行くの? どういう人?」


 本を貸して立ち去るってどういう文化なの? なんて思っている間に、逃げられてしまった。


 ×××


 翌日の放課後、掃除の途中。


「栗枝、これも楽しいわ」

「お、おう?」

「ちゃんと読んで。特にここの『お前の母ちゃんマンドレイク!』とか超面白い」

「え、どんなシチュエーションで出たセリフ?」


 さらにその日の昇降口にて。


「く、栗枝くん……こちらの本も、お貸し致します……」

「あ、ありがとう?」

「ね、ネタバレになるかもしれないので詳細は言えませんが……中盤の『鼻の穴に唐辛子ねじ込んで爆散させてやろうか!』っていうのが……」

「え、だからどんなシチュエーション?」


 さらにさらに翌日、校門前にて。


「お、おはようございます、栗枝くん……こちら、漫才の本でございます……」

「お、おう……サンキュ……」

「……? ね、眠そうですね……?」

「ちょっと、寝不足で……」


 その日の早朝の教室にて。


「栗枝ー! この漫画まじバカすぎて最高!」

「……お、おお。どうも」

「てか、クマできてんじゃん。ちゃんと寝てんの? 綺麗な顔が台無しだけど」

「寝てる……」


 ……と、いう流れが毎日のように続き、一週間が経過した。

 放課後、体育館にて「練習付き合うから話聞いて」と言って鈴之助は琴香と体育館でバスケをしにきた。


「……なんか、ここ最近、知り合いがこぞって本を勧めてくるんだけど……もしかして、俺に本を読ませると願いが叶うと思ってんのかな」

「大変っすね」


 相談してみたものの、見てくれだけは良い後輩は他人事である。適当な返しをしながらシュートを打っている。


「でも、そんな大変なら読まなきゃ良いじゃないすか」

「いや、せっかく持ってきてくれたのにさ……」


 何を思ってそんなに本をすすめようと思ったのか知らないが、Twitterでも発信した通り、語彙力を伸ばすために本をたくさん読もうとは思っていたし、二人お陰でだいぶそれもついてきた。

 あとはゲームにするだけな感じはある。それでも……もう少しこう、パンチ力も欲しいのだ。「え、これそもそも日本語が怪しくない?」という感じの文が。

 でも……やはりそれは本を読めば読むほど見つからなくなっていっていた。


「はぁ……なんか、最近はもう頭痛くて……文字を見れば見るほど、増していくんだよな」

「なんでそんな本を読むように始めたんすか?」

「……まぁ、後学のために」


 言えない。ゲーム作ってるから、なんて。言えないと言うか、言いたくない。


「ふーん……よく分かんないっすけど、じゃあ良い漫画ありますよ」

「いや、聞いてたか? なるべくなら読みたくないんだけど……」

「大丈夫っす。何せ、週刊誌連載、6週で打ち切りになった伝説の漫画っすよ。文字も少なくて、意味わかんないギャグが多くて『人類には早すぎた漫画』とか呼ばれてました」

「お前たまに意味わかんない漫画知ってるよな」

「その方が好きなんすよ。ものによるけど」


 そういうとこあるよな……と、内心で思う。目の前の後輩の趣味は訳が分からない。


「ちょうど持ってきてますよ。鞄に入れておきますか?」

「あーよろしく」


 ふーむ……と、唸り声を漏らす。教養ばかり求めていたけど、そういう頭悪そうな感じも良いかもしれない。

 後で読んでみるか……と、メモ帳にメモしておいた。……よし、約束だ。今日も1on1、相手になってやることにした。


「おーい、熊谷……熊谷?」

「うえっ? な、何?」

「……その漫画は古代遺跡で拾った何か?」


 なんでって、鞄の中身を引っ剥がしているから。そんな事をする理由は漫画を奥底にしまうから、以外に見当たらないが、そんなに貴重な本なのだろうか? 

 声をかけられた琴香は、肩を震わせてから控えめな声で答える。


「……まぁ、大事ではあるし希少でもあるので」

「そうなん?」

「もう新品でどこにも売ってませんよ。週刊少年ジャンボで連載してたんすけど、6話で終わった伝説の漫画なんて今後、生まれる理由もありませんし」

「お、おう……今、じゃあ売ったら高いんじゃね」

「ア○ゾンで100円」

「プライスレスじゃねーか」


 まぁ、でもその物の価値を決めるのは他人じゃない、持ち主だ。大事にしたいならそれで良いか、と思いつつ、鈴之助は手帳を左ポケットにしまった。

 その手帳を見るなり、琴香はため息をついた。


「はぁ……じゃ、やりますか。バスケ」

「いや、その前に出したもん鞄にしまえや」

「えー、めんどくさい」

「ぶっ飛ばすぞお前」


 わがままな奴め、と思いつつ、とりあえずバスケをやる。

 タン、タン、タン……と、ドリブルをしながら、鈴之助は姿勢を比較する。それを前に、琴香も身構える。

 ニヤリとほくそ笑み、鈴之助は声を掛けた。


「来いよ」

「はいはい」


 ふっ、と初手からスティール狙いで手を伸ばしてくるが、右に躱す。すぐに琴香は追いついてくる。

 それを前に、背中を向けて逆側に捌いて回避しに行く。その前に、さらに琴香がついてきた。

 それを読んでいた鈴之助は、琴香の足と足の間をぶち抜いて右から抜けた。


「てめっ……!」

「おい、先輩だぞ俺」


 誰からでも「お前が言う?」と言われてもおかしくない。そのままレイアップシュートを叩き込みに行ったが、それを後ろから飛んだ琴香が弾きに行く。


「まだっす……!」


 しつこさは一人前だが、こうなったらパワーがある方が勝つ。仮にも鈴之助はとんでもない力の持ち主。弾き飛ばすのは簡単だが、それをすれば怪我をさせてしまう。

 そのため、空中で上半身だけ躱し、そのまま放った。


「奇跡の世代っすか……⁉︎」

「まぁな」

「調子に乗んなし」


 まさか決まると思っていなかったとは言えない。でも結果だけ見たらカッコ良すぎるので、思わずドヤ顔を浮かべてしまった。おかげで、自分の上着のポケットに琴香が手を伸ばしているのを偶然避けたわけだが、それを認識することはなかった。


「……ふぅ……あ、やばっ。今のは流石に腰にきたかも……」

「やっぱ全然、世代じゃないっすね」

「うるせーな……」


 まぁ確かに奇跡の世代なら腰の痛みなんかなかっただろう。

 何にしても、漫画も借りてしまったし、お礼にとりあえずもう少しバスケを続けてやる事にした。


 ×××


 それから、さらに数日後。碧は一人で自室でスマホを見ていた。クリエイター木村が、今日ゲーム実況をやるらしいからだ。

 画面の向こうでは、メガネをかけた地味な男子のアバターが映像の中でパソコンをいじっている。本人とは似ても似つかないアバターだが、確かに声だけ聞いたイメージとはよく合う。


『あ、あー……あーあーあーあーあー、聞こえてる? 聞こえてるな』


 何故一回、ボイストレーニングを挟んだのかは知らないが、少しソワソワしながら実況を聞く。


『どうもー、クリエイター木村です。たまに聞かれますけど、本名じゃないよ木村って。量産型みたいな苗字の中で、俺が一番好きな苗字が木村なんだよね。ちなみに二番目に好きなのが村木』


 そうなんだ……と、碧は割とどうでも良い情報でも真剣に相槌を打つ。根は不真面目だが、表向きは真面目なのだ。


『はい、じゃー俺の好きな苗字なんかクソほども興味ないと思うんで、さっさと今日のゲーム行きま……あ、その前に、Twitterで適当に募集した漫画やー……何、本? とか、いろいろ。教えてくれてありがとうございました。全部は読めなかったけど、頑張って読みました。お陰でここ最近、目の下にクマが出来てて学校の奴に心配される始末で……お前が薦めた本徹夜で読んだお陰だろうよ……って、これ身バレしてね?』


 ギクッ、と碧は背筋を伸ばす。そう、バレてます。少なくとも自分と、あともう一人……あのギャルっぽい黒髪の少女にはバレている。苦手な人種だが……でも、あの人も鈴之助のファンなのだろう。

 なら、負けていられない。彼を一番応援しているのは自分だから……だが、今はとりあえず、楽しむべきだ。


『いや、まさかな。フォロワー9千人の中に、いないよね。同じ高校の奴なんて。……「何処校?」? バカ、誰が言うか』


 身バレしたら、おそらくやめてしまう。いや、何の根拠もないし「自分ならやめる」程度の推測なのだが。

 だから、コメントでそういうカマ掛けはやめて欲しい。


『で、今回のゲームは……これです』


 それと同時に画面に出たゲームのタイトルは「マスターツッコミスト」。はてさて、どんなゲームになっているのか、ワクワクしながらゲームを眺める。

 ルール説明を聞き、とりあえず理解した。要するに、病気にかかった主人公がそれを治すために、街中でツッコミを繰り返す、と言うものだ。

 ……なるほど、これのためにわざわざ語彙力を集めていた、と。ふふ、変に真面目で少し可愛い……なんて思いながら、ゲームは始まった。

 家を出て真っ直ぐな道を歩き始める。ここで「こんなに長い一本道があるかよ」とか言うやつはフリーゲームやらない方が良い。

 すると、早速子供が道に立っているのが見えた。


『せっかくなんで、あそこの子供見てみま……いや、やめとくわ。あのガキ可愛く無いし、俺子供嫌いなんで』


 じゃあなんでそこに子供のNPC置いたんだよ、と誰もが思ったのは言うまでも無い。

 さらにそこから先に進むと、女子高生が男の人に絡まれているのが見えた。


『……』


 無言で突っ込むその姿を見て、ブフッと吹き出してしまった。コメントも「無言で女子に突っ込むな」「女なら助けるのか」「まるで痴漢の手口」と流れ始める。


『いやうるせーよお前ら。誰が痴漢だ』


 話しながら、鈴之助はゲームを進める。いざ、ツッコミの場面だ。画面が急に切り替わり、女子高生キャラが声を上げる。


『タスケテー! 痴漢ー! (裏声)』

「っ、ごふっ! げふっ……!」

『ああ、これ俺のフルボイスなのよ。可愛いでしょ』


 可愛く無い……と、普通に引いた。まぁ、本人も分かっててやってるのだろうが……。

 その後に続いて、またゲームからボイスが流れる。


『グェッヘッヘッ、ケツ毛抜かせろやー』


 どんな痴漢だよ、とこれまた誰もが思っただろう。というか、女子高生に向かってなんてセクハラをするのか。


「お、お尻に毛なんて生えてませんよ……」

『まてーい!』


 ていうか、フルボイス全部、栗枝くんなんですね……と、苦笑いを浮かべてしまいながら、そのままゲーム実況を見続ける。


『ああ⁉︎ なんだあ、テメェは⁉︎』

『誰だか知らんけど助けてー! (裏声)』

『俺は痴漢中だ、こっちくんじゃねえ!』


 なんか、もの寂しい一人芝居を見ている気分だったが、今はそれよりもようやくのセリフパートである。一押しの「鼻の穴に唐辛子ねじ込んで爆散させてやろうか!」というセリフは使われるだろうか? 

 いや、まぁまんま使うことはないと思うので、少しは改変されると思うけど……楽しみだ。

 そこで、画面に「ツッコミバトル開始!」と文字が出てくる。


『で、早速ツッコミバトルです。まぁバトルというか、MCバトルの改悪ですが。まずは、敵のこの男、こいつがセリフをほざきます』

『人が痴漢してる最中は邪魔しちゃいけねえってルールを知らねーのか⁉︎』


 ちなみに、映像に出ているイラストも全部、クリエイター木村特製らしい。意味分からんレベルで多彩である。


『で、今のセリフに対し、主人公が思ったワードが三つ出てきます』


 そう言う通り、画面には「印鑑」「ルール」「ガードレール」のワードが浮かんでいる。


『この中から、ツッコミになりそうなワードを選ぶと、自動で文が形成され、相手にダメージを与えます。どれを選んでもツッコミは一回だけ。相手の上に見えるゲージ、当たりならワンパンで消し飛び、普通ならHPは半分しか減らない、ハズレは返り討ちにあってゲームオーバーになります』


 そういうことか……と、碧は顎に手を当てる。ほとんど運ゲー……にも見えるが、おそらく何かしらの法則はあるのだろう。


『とりあえず、当たりを選びますね』


 とのことで、鈴之助は「印鑑」を選ぶ。すると、またフルボイスでツッコミが炸裂した。


『なんだよ、痴漢のルールって! そんなもんに誰が判を押すんだよ! むしろお前の逮捕状に進んで印鑑を押してやりたい気分だわ!』


 ブフォッ、と吹き出す。相手が口に出した「痴漢」と「ルール」のワードを逆手に取り「カン」の部分だけを雑に合わせた駄洒落と、ルールを契約書と変換してハンコを押し、最後の逮捕状でもう一つ印鑑を添える……。

 ちょっと面白かった。


『今ので、当たりです。と、まぁこんな感じで10人にツッコミを入れて、その点数によってエンディングが変わる仕様です。一生懸命、フルボイスでツッコミ全部入れたし考えたんで、暇な人は全パターンやってみてください』


 そっか、と碧は理解した。自分はあまりゲームはやらないが、ボイスがあるゲームって確かに作った側、声優さん側からすれば一生懸命やってるものだ。そう思うと、確かにやってあげた方が良い気もする。

 なんて思っている時だ。樹貴がコメントを読み上げた。


『「努力は認めるけど、これ自分でやっちゃダメなゲームじゃね?」……確かに』


 それは、碧も割と序盤から思ってたりする。どれを選ぶとどのボイスが出るか分かるのだから、当然と言われれば当然だ。


『あー、じゃあアンケ取るわ。2周くらいやりながら、どの選択を選ぶか。で、外したらお前らあれ……めっちゃ煽ってやるわ』


 いや煽る事ないでしょ……と、思う反面、確かにそうやればどんな選択肢が選ばれるか本人は分からないし、視聴者も参加出来る。


『じゃ、次からアンケート取るわ。10秒で閉じるから、すぱっと答えてな』


 この柔軟な発想をすぐに見出せる所が、やはり尊敬してしまうなぁ……と、碧は思いながら、自分が進めたセリフが出てくるのを待った。


 ×××


 翌朝、鈴之助は疲れた様子でスマホを眺める。送られてきたDM……「お疲れ様」とか「面白かったです」とか「わたしもやります!」とか嬉しいメッセージが色々あったが、二つ面倒臭そうな奴から来た。


『なんでうちがすすめた漫画から一つしかセリフ取ってないわけ⁉︎』

『私が用意した書籍のセリフは、面白くなかったでしょうか……?』


 と、の事だ。というかこいつら……と、流石に鈴之助はため息をつく。

 まぁ、でもこんなバカを相手にしている暇はない。そんな事よりも、昨日のコメントだ。


『自分でやっちゃダメなゲームじゃね?』


 というもの……それはその通りだが、そろそろ鈴之助も考えていたのだ。一緒に放送してくれる相棒が欲しい。それならば、自分が作れるゲームの幅も広がる。

 だが、そうなれば少なくともその相棒には身バレすることになるし……。


「……まぁ、しゃあないか」


 とりあえず相棒を募集することにした。もう目星はつけている。自分に気づいてそうなバカを引き込むしかない。


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