2. ウィルとアーリア

「クッ、ドジったな。まさか狼の魔物『ガルルガ』に付けられてたなんて……」


 そう話すのは、サラサラの金髪にトパーズ色の瞳を持つ少年。

 彼の名前はウィリアム。

 ウィルという愛称を好んで使っている。


 剣術の腕に自信があり、更に力をつけるべく一人で旅をしているのだ。

 

 今日は天気も良いし、この辺りは比較的安全な地域。

 そう油断していたのが仇となってしまった。


 唸り声をあげる『ガルルガ』は合計で四匹。

 さすがに同時に襲われれば、ひとたまりもない。

 賢い者であれば逃げることを選ぶだろう。


 だが、ガルルガは足がとても速い魔物だ。

 逃げることも出来ないとなれば、残された選択肢は——戦うのみだ。


 そして戦うのであれば、舐められてはいけない。

 ウィルは覚悟を決めて、剣を鞘から引き抜く。

 磨かれた刀身が陽光に反射して眩しく輝く。


「さて、誰から倒して欲しい?」


 不敵に微笑むウィルを見て、一匹のガルルガが前に出る。


 夜空のように漆黒の毛並み。

 ギラリと光る鋭い牙。

 ボトボトと滴り落ちる涎が静かに音を立てる。


「へぇ。やる気だね」

「……ガルルゥゥゥゥゥゥ」


 低く唸り声を上げると、ガルルガは一直線にウィルの元へと向かった。


 目を見開き、動きをしっかりと見定めてウィルは攻撃を避ける。

 そして間髪入れずに握りしめた剣で首を斬り落とした。


 赤い鮮血が飛沫を上げ、ウィルは返り血を浴びる。


「次は、どいつかな?」


 昂った感情から、より挑発的な言葉を投げかける。


「……ガルルゥゥゥゥゥゥ!!!」


 仲間を倒されて憤ったガルルガたちは、着実にウィルを仕留めようと考えたらしい。

 三体同時にジリジリと迫ってくる。


「同時にかよ。これは……さすがにヤバいかな」


 そう呟きながらも、ウィルは勇ましく剣を構えた。



 ◇



 私が少年の所に辿り着いたのは、ちょうど黒い狼の首を斬り落とした瞬間だった。


 真っ赤な血飛沫に転がる首。

 本当ならグロくて気持ち悪くなってもおかしくない。


 でもそうはならなかった。

 返り血を浴びている金髪の少年の姿が、とても勇ましくて格好良く見えたからだ。

 惹きつけられるように、目が離せない。


「今度は狼さん三匹で来るの? 金髪の男の子、強そうだけどさすがに一人じゃ厳しいよね……」


 かといって、私に出来ることといえば石を投げつけるくらいだろうか。

 正直なところそれにも自信はない。

 石どころかボールだってろくに投げたことが無いし、狙いを外して男の子に当ててしまったら大変だ。


「どうしよう、どうしよう……。私、使い方の分からないスマホしか持ってないよ」


 ポケットからスマホを取り出し、もう一度画面を見つめる。

 先程確認したのと同じ謎のアイコンが七つ。

 どのアイコンをタップしても反応はない。


 ……どうしよう、どうすればいいの。

 こうしている間にも男の子に危険が迫っている。


 黒い狼たちは一際大きな声で吠えると、三体同時に少年へ向けて駆け出した。


 私に何か出来るなら、何とかしたい。

 ——あの男の子を助けたいっ!


 死中求活の想いで両目をギュッと閉じ、再度アイコンをタップする。

 その時たまたま触れたアイコンは『王冠と竜』。

 そこには【竜皇女】という文字が書かれていた。


 私の想いに応えるかのように、スマートフォンが反応して、私は真紅の光に包まれる。


 熱い……。

 身体の奥からすっごく生命力を感じる。

 とんでもない力が漏れるほど溢れ出てくる。

【竜皇女】——まさしくドラゴンという最強種族にでもなったかのような感覚。


 私は一瞬の内にトップスピードで移動し、気付けば男の子の間に立っていた。


 ……速い!

 それにこの姿でどんなことが出来るのかが、頭の中でハッキリと分かるよ。


 物理的な身体能力の大幅な上昇。

 そして、魔物たちの支配。

 それが【竜皇女】の力だった。

 何人なんぴと足りとも、竜に逆らうことは許されないのだ。


「なっ、キミは一体?!」


 男の子は私の姿を見て驚いた様子を見せる。

 異世界で最初に出会えた人間。

 本当は、すぐにでもお話したい。

 でもまずは……。


「「「ガルルゥゥゥゥゥゥ!!!」」」


 私の姿を見てもなお、止まることのない狼さんを止める。


 ——キッ!


 鋭い目付きでひと睨み。

 たったそれだけで、狼たちは身体をビクッとさせ動きを止めた。


「「「キャ……キャウンンン……」」」


「よしよし、いい子ね。ワンちゃんお座りっ!」


「「「キャンッ!」」」


 獰猛な狼たちがまるで従順な子犬のよう。

 横一列に綺麗に並び尻尾をフリフリしながら座った。


 きっと今の私なら物理的に痛ぶることも出来る。

 それでも圧倒的なまでの生物としての格の違いが、それさえも許さない。

【竜皇女】の力で完全に手懐けてしまえた。


「マジかよ……。ガルルガたちがこんな大人しく?! 信じられないよ」


 目を丸くする少年。

 まるでこの世のものではないものを見ているかのような、本気で驚いている様子だ。


 このままじゃゆっくりお話も出来ないし、狼さんにはお家に帰ってもらおうかな。

 私はそうするよう、静かに伝える。


「「「キャン。キャウウウンン!」」」


 うん。大人しく言うことを聞いてくれたみたい。

 狼たちは踵を返して遠くへ見えなくなってしまった。


 もう大丈夫!

 そう考えると張り詰めていた緊張が解け、同時に真紅のオーラも解除された。


「本当にたまげたよ。あっ、俺はウィリアム。良かったらウィルって呼んでよ」


 男の子は剣を鞘に収めながら、笑みを浮かべそう話しかけてくれる。


 改めて見ると整った綺麗な顔立ちに、長いまつ毛。

 サラサラの金髪は思わず触れたくなってしまう。

 齢は私より少し上だろうか。

 十四歳くらいに見える。


「えっと、キミの名前は?」


 あっ、名前!

 人と話すのが久しぶりすぎて、すっかり忘れてしまってた。

 私の名前はアリアです。あー……、アリアだよっ……の方が親しみやすくていいかな?


 心の中で何度か練習をして、ゆっくりと口を開く。


「わ、たしは……アー……リアだよ」

「そっか。アーリアって言うんだね」


 わぁぁぁ、緊張しすぎて噛んじゃった!

 アーリアになっちゃったよ……。


 あたふたしながら訂正しようとするも、ウィルから『いい名前だね』と付け加えられてしまった。


 はわわ……もう訂正できないよ。

 でもアーリアって名前もありなのかな。

 新しくこの世界で生きなきゃいけないんだし、うん。


 恥ずかしさで顔は赤くなっていると思う。

 そんな中、私はアーリアとして生きていくことを決断した。



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十歳の転生少女が異世界で英雄と呼ばれるまで〜《魔導王》《精霊妃》《暗殺鬼》《剣聖姫》《竜皇女》《守護天使》《狙撃神》はぜーんっぶ私の呼び名です!〜 月夜美かぐや @kaguya00tukuyomi

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