十歳の転生少女が異世界で英雄と呼ばれるまで〜《魔導王》《精霊妃》《暗殺鬼》《剣聖姫》《竜皇女》《守護天使》《狙撃神》はぜーんっぶ私の呼び名です!〜

月夜美かぐや

第一章

1. ママ、愛してる。

 幼い頃から私はよく転ぶ子だったらしい。

 最初はちょっとだけ気になるかなって程度で、普通の生活ができていた。


 でもある日、突然走れなくなってしまった。

 心配したお母さんは血相を変えて、私を病院へと連れて行った。


 そこで判明したのは、段々と筋力が衰えていく難病だということ。


 成長するにつれて思うように動かせなくなる身体。

 やがて一人では歩くことも、ご飯を食べることすら難しくなり、入院することになった。

 

 お母さんはすごく悲しそうに毎日『ごめんね……』って言ってくる。

 きっと私がこんな状態になったことは、自分のせいだって責めているんだと思う。


 お母さんには悲しい顔をして欲しくない。

 いっぱい笑っていてほしい。

 だからこそ、私は笑顔を絶やさないようにした。

『大丈夫だよ、お母さん。病院なんてすぐ退院して、小学校に通うんだもん!』……そう元気良く笑っていた。


 お母さんだって私の病院代のために、毎日仕事を頑張ってくれてる。

 だから私も絶対に諦めない。


 小学校もだけど、お母さんと手を繋いで一緒に歩いて近所のショッピングモールへお買い物に行くんだ。

 それが私の1番叶えたい夢。

 信じていれば、必ず夢は叶うんだから。




 ——そう信じていたのに……。




 病院の真っ白な個室。

 心電図モニターの音がけたたましく鳴り響いてるが、ベッドで痛みに苦しむ私にはそれすら耳に入らない。


 息、できない。

 苦しい、痛いよ……お母さん。

 助けて……。


 あまりの痛みに涙が溢れて、視界が歪んでいく。


 時間はまだ午前11時頃。

 お母さんは仕事中。

 いつも夕方になると会いに来てくれる。

 だから、今はきっと連絡は繋がらない。

 でもお母さんに連絡したい。

 最後に、少しでもお母さんの声が聞きたい。

 力の入らない手で精一杯スマートフォンを握りしめる。


 お母さんの電話番号に……。

 必死の思いで電話番号のページにたどり着き、ボタンを押した。


「……あれ、アリアちゃん? 電話なんて珍しいわね。どうしたの?」


 症状が悪化してから、私は声を出せなくなっている。

 だから普段はSNSアプリを使用して、文字でのやり取りしかしない。

 お母さんがわざわざ電話をかけてきたことに違和感を覚えるまで、時間は掛からなかった。


「もしかして、何かあったの?! アリアちゃん、大丈夫? あぁ、どうしよう。病院に電話して……えぇっと……。ナースコール、ナースコールよ! アリアちゃん、ナースコールを押して!」


 ナースコールは近くに置いてもらっているはずだが、それを探すだけの余裕が私にはない。


 痛みと苦しみ、そしてお母さんの声を聞くことができた安堵感から、ぽろぽろと涙が零れ落ちる。


 伝えたい。

 最後くらい……感謝の気持ちを私の声で……。


「……ぉ……か…………ぅ」


『お母さん』……たった五文字の言葉を口にすることすら、ままならない。


 お母さんも私が何かを伝えようとしてることに気付いてくれたらしい。

 一生懸命、耳を傾けているのが分かった。


 今しかない。

 頑張れ、私……。


「……ま、ま。…………ぁ、いし……て、る」


『ママ。愛してる』

 ……辿々しいけどちゃんと言えた。


 十年間、ずーっと私のために人生を捧げてくれてありがとう。

 そんな想いを込めて言葉を贈った。


「アリアちゃん! うわぁぁぁぁ……そ、んな……だめ、よ。いかないでぇぇぇ、あわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 ……お母さん、泣かないでよ。

 ……笑顔だよ。


 あれほど激しく感じていた痛みが、次第に薄れていき、私の意識は段々と遠のく。


 短かったけど、私は一生懸命に生きたよ。

 もしも、次の機会があったら……。


 その時は———


 最後まで声をかけてくれているお母さんに返事をするように、ギュッとスマートフォンを握る。


『よく今日まで頑張りましたね。あなたにはきっとこれから幸せが待ってます。でも、少し大変な世界なので……生き残れるようにサービスしておきますね』


 最後に頭に響いたのは、知らない女性の声。

 幻聴が聴こえているとしか思えず、私は静かに息を引き取った。





 ◇




 うぅ……。

 長い夢を見ていたような、そんな気がする。


 穏やかに降り注ぐ温かな陽光。

 心地よく吹き抜ける涼しい風。

 青々と生い茂る草原。


 どうやら、私は居眠りをしていたらしい。

 居眠り……?

 ううん、私は確かにさっきまで病院にいて……。

 お母さんの声を聞いて……。


「お母さん……っ!!」


 あれ?

 声……だよね。

 今、私が声出したよね?!


 興奮で鼓動が激しくなる。

 もう一度。うん、もう一度声を出してみよう。


「あー……。私の名前は、有栖川 アリアだよ」


 わぁぁぁぁぁ!

 声でたぁぁぁぁぁぁぁ!!


 嬉しすぎて思わず立ち上がって、ぴょんぴょん飛び跳ねてしまった。


 あれ?

 飛び跳ねてって……私、立ってる!

 歩けるし……走れてるよ!!


 無我夢中で草原の中を駆け回る。

 ここがどこかは分からないし、正直何が起こってるのかも分からない。


 それでも自由に動き回れることに喜びを感じて、ひたすら走り続けた。



 ——やがて、少し大きめの湖に辿り着いた。


 とても澄んでいて、透明な水。

 清らかで淀みは一切ない。


「水……も、直接飲めるんだよね?」


 本当は煮沸とか必要かもしれないけど……ええいっ。


 小さな手でひとすくいして、静かに口元へ運ぶ。


 ……んっ。ごくんっ。

 ひんやりと冷たい!

 そして普通のお水なのにすーっごく甘いっ!

 何よりも私、自分の口で水が飲めたよ!


「美味しい。まさか自分で水が飲める日がくるなんて……。ぐすっ、嬉しいなぁ」


 今まで当たり前に出来なかったことが出来る様になって、感動のあまり涙が出る。


 少し気持ちが落ち着き、私は湖に写し出される自分の姿を見つめた。

 自分の顔のはずなのに、まるで別人のよう。


 黒髪のボブヘアーは美しい白銀色に変わっており、黒かった瞳は澄んだ空色になっていた。

 着ている服も、見たことがない白基調に水色でデザインされたワンピース。


「やっぱり、ここって異世界ってことだよね」


 もうお母さんとは会えないんだ……。

 これからのことも不安だが、その悲しみの方が大きかった。


「お母さんはもういないし、一人で生きてかなきゃなんだよね、どうしようかな……」


 おもむろにワンピースのポケットに手を入れてみると、何か固いものに触れる。

 引っ張り出してみると、それは私のスマートフォンだった。


「さすがに、圏外だよね」


 電源を付けると、そこには私の知らない画面が映し出される。

 何やら可愛らしいアイコンが七つ並んでいた。


「何だろ、これ……」


 本と炎が描かれたアイコン。

 十字架と精霊が描かれたアイコン。

 王冠とドラゴンの顔が描かれたアイコン。

 二つの剣が交差するように描かれたアイコン。

 ……残りの三つも同じ雰囲気だ。


 本と炎のアイコンをタップしてみる。


 すると画面に【魔導王】という文字が表示された。


「まどうおう? どういう意味なのかな……」


 魔法でも使えたら、便利そうだし異世界で生きて行くのにも役立ちそう。


 そんな想像に胸を膨らませて、今度は隣の十字架と精霊のアイコンに触れてみる。


「今度は【精霊妃】かぁ。全然どういうことか分かんないよ」

 

 気候は穏やかだけど、裸で異世界に放り出されなかっただけ心底良かったのかな。


 とりあえず、町を目指して大人の人に色々聞いてみよう。

 そう、私の目的が決まった時……。



 獣が威嚇するような激しい唸り声。

 そして、少し大人びな少年の慌てる声が聞こえてきた。


「これって、もしかして襲われてるの?!」


 助けなきゃ。

 私に何が出来るかは分からないけど、きっと困ってるはず!


 そう考えた私は、一目散に少年のいるところへと急いだ。














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