第9話



 魔王に教わった魔術を使って空中に浮き、足元で音を鳴らしながら燃える城下町を見下ろす。

 空中を浮遊できる魔術はとても便利だ。まだ軽く浮く程度しか扱えないが、魔王の様に自由自在に飛び速度を出せたら戦闘にも役にたちそうだ。それも、もう遅いけれど。


 炎が燃えさかり建物が崩壊し大きな音を立てる。至る所から住民の悲鳴が聞こえてくる。何とかして街から逃げようとしているが唯一の逃げ道である、外へと続く門は瓦礫によって潰されている。

 道を作ろうとする者、他の住民を助けようとする者、その場で立ち尽くす者、様々な人がいる。俺の村もこんな感じだったんだろうか。


 「満足したか?そろそろ戻るぞ。」


 隣で城下町を眺めていた魔王が口を開く。「それに、こいつは高い場所が苦手らしい。」と片手に担いでいるレーナを見せる。レーナの顔は青ざめており今にも失神しそうだった。


 「あぁ、少し待ってくれすぐ終わる。」


 紐に括っていた国王を炎に少し触れる高さまで持っていく。国王の体は四肢を切り落として逃げられないようにしている。今までの苦痛によってか涙や汗によって酷い顔をしている国王は未だに小さく「助けてくれ」と喚いていた。


 「お前が我が物顔で過ごせる場所はもうない。自分自身がしてきた行いに悔いながら死ね。」


 そう言うと国王の顔は更に青ざめていく。そして今度はより大きな声で「頼む」「助けてくれ」と許しを乞い始めた。

 そんな国王を炎の中に蹴り入れる。国王はより大きく声を上げ、数分経つとその声も消えていった。

 前にもっと早くこうしていれば、国王の考えに気づいていれば、あの時リラ達は死ぬことは無かった。消化できない思いに気付かないふりをし魔王の元へ戻る。


 ふと、手に持っていた聖剣を見て思う。勇者は聖剣の本来の力を引き出すことが出来るが、それを使う必要のある相手はもう居ない。強いて言えば魔物だろうが、魔王以外の魔物なんて聖剣じゃなくとも事足りる。聖剣があっても大切な者を守る事は出来なかった。ならもう無くてもいい。


 そう考えながら、手に握っていた聖剣を炎の中に落とした。


 「帰ろう」と魔王に伝えようとした瞬間、突然空気が揺れるような感覚に襲われた。

 地面が揺れ、木々がざわめく、足元の炎もより強く燃え始めた。ただの地震ではなくこの世界、空間ごと揺れているような感覚さえしてくる。


 「ッ……!」


 揺れる空間に対して上手く魔術を制御出来ず、体勢を崩す俺を魔王が肩を掴んで支えた。そんな魔王も変化に気づいているのか険しい顔をしている。空のある一点を見つめているようだった。先まで具合が悪そうだったレーナも同じ場所を見つめ目を見開いていた。

 2人のおかしな様子に、俺も視線を空に向けた。


 それは、目に映っているにも関わらず認識拒む。

 世界を丸ごと包込みそうなほど大きな手のであるように思えるが、こちらを覗いてる翼の生えた人のようにも見えた。

 あまりにも不気味でおぞましく、それと同時にこの世のどこを探しても見つけることのできない美しさを持ち、白く輝いているようだが、半透明で霞がかっていた。

 そうして、薄く微笑みかけ愛好するように、強く睨みつけ憎悪するような表情を見せ、すっと消えていった。


 それに合わせてか揺れも収まっていく。


 「……チッ……気味が悪い。」


 完全に揺れが収まったあと、魔王はそう吐き捨てて、俺の肩を掴んで引っ張りながら魔王城のある方へ進み出した。



 「貴様ら、無事か?」


 魔王城に着いて、俺とレーナを床に置き質問をなげかけてくる。レーナは青ざめた顔で頷いている。


 「大丈夫だ。それより、あれは一体なんなんだ?」


 先程起こった空間の揺れや特異な現象について魔王に質問した。

 魔王は、顎に手を当てて何やら考え込みだす。


 「あのような事を意図的に起こせるような者が勇者と魔王私達以外にいるとしたら……それこそ神だろうな。」


 神……。確かに、世界をそのものを揺らし、壮大な幻を見せる魔術は、俺らでも不可能に近い上に大国の魔術士をかき集めても出来ないだろう。にわかには信じ難いが、神の仕業だと仮定した方が良さそうだ。

 それに神がいるならこの時間遡行についてなにか分かるかもしれない。


 「でもなんで神が現れたんだ?」


 思いついた疑問を口に出す。するとまた魔王は考え込みだし黙ってしまった。

 前回と同じ通りに進んでいないからか……?それとも1つの国を滅ぼしたから……?


 「聖剣、落とした。」


 沈黙の中にレーナの声が響いた。レーナに視線を移すとレーナは俺をじっと見つめていた。

 レーナの言う通り揺れが起こる直前、俺は聖剣を炎の元に落とした。


 「聖剣が壊れたことであの現象が起こった?でも何故……」


 「『聖剣や他の聖遺物は神の魂を用いて作られている』教会で、よく聞かされた。破壊することで攻撃、若しくは世界と神の乖離。」


 乖離?レーナの話す内容には疑問点が沢山あるが、俺も魔王も無言のまま続きを促す。レーナもそれを理解しているのかゆっくりと続きを話しだした。


 神によってこの世界が創造された時、神は自らの魂を削り6つの聖物を作り、聖物の扱いに長けた二人の愛し子を地上へ降ろした。6つの聖物は人間に力を与え繁栄の手助けをし、二人の子は神の声を聞き人々へ知恵と預言を伝えた。

 しかし、愛し子の1人が魔に当てられ守るべき人間に対し牙を剥く魔物と化してしまった。魔物は聖物の1つである聖盾を取り込んだ。聖盾の力を手に入れた魔物は難攻不落の城を作り上げた。魔物の力にあてられた辺りの動物も魔物へと変貌していき、城の周りは人の住むことの出来ない魔物の領域に変わった。1人の愛し子が魔物の王になったのだ。

 神はお怒りになった。魔物に聖物を触れる事ができぬよう呪いを掛け、残った愛し子に魔物の王を討伐するよう天命と祝福を授けた。

 それが、祝福されし者勇者と呪われし者魔王である。

 そうして初代の魔王が倒された後、人々は聖物が独占される事を恐れ5つの国にそれぞれの聖物を分け、大陸の各地に散らした。


 誰でも知っているようなこの世界と勇者の話しをひと通り話、また話を続けた。


 先程の話では、神は聖物を与え世界を見守っているとされているが、司教は神が世界を見捨てぬようにする為の鎖・なのだと話していた。

 聖遺物を破壊することが、神の魂の一部の消滅を意味するならば神へ間接的に攻撃を与えることがでる。司教の言う聖遺物が世界と神を繋ぐ鎖であれば神と世界の乖離させることができる。

 どちらが正しいかは分からない。が、聖遺物はいずれ壊れてしまう。聖遺物が事故で壊れる事も考えられる。その時に神への攻撃になってしまう以上、聖遺物の破壊による攻撃は薄いように思う。

 あの揺れは神と世界の鎖が壊れた反動である可能性が高い。


 「と、私は考えている。」


 一度に話して疲れたのか、レーナは自分の意見を述べた後大きく息をついた。


 「どちらにしろ、もう一度聖遺物を破壊して確かめるしかないな。試してみたいこともある。」


 「お前なぁ……確かめるなんて言うが、聖遺物は国が所持しているんだ、簡単には手に入らないぞ。」


 聖遺物の破壊を当たり前のように言う魔王に、呆れ気味で返事をした。

 いくら魔王だからって聖遺物を保有するような大国をいくつも相手するのは骨が折れる。「どうするんだ」と問いかけてみれば魔王はあっさりと答えを出した。


 「滅ぼせばいいだろう。1度やったんだ、何度やろうと変わらない。」


 大国をいくつも相手するらしい。面倒事にならないように俺が頑張る必要がありそうだ。レーナにも手伝って貰おう。


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