第2話

 


 目が覚めて勢いよく飛び起きる。息を乱しながら辺りを見渡す。俺は見慣れた家の自分のベッドの上にいた。


 何が起こった?俺は確かに死んだ。あの時感じた痛みも憎しみも本物だ。それにこの部屋も、家も全て壊されていたはずだ。


 手元を見る。俺の右手にはいつも通り勇者の紋章が浮かび上がっている。試しに自分の頬をつねってみるがちゃんと痛い。


 俺は生きているのか。あの状況でどうやって生き残ったのかは謎だ。普通なら誰かが助けてくれたと考えるべきだが、なら何故俺の部屋があるのだろう。


 それに、部屋以外にも何か変だ。違和感がある。目線か?目線が少し低いような気がする。


 そんなことを考え込んでいるとドアの開く音が聞こえた。俺は咄嗟に戦闘態勢に入る。剣はないが素手でもある程度戦えるだろう。


 しかし俺は入ってきた人物を見てそんな思考を捨て目を見開く。


  「母さん……?」


 俺の言葉に母さんは困ったような笑いをしてこちらを見ている。


 母さんだ。俺の。生きてる。死んでいない。

 

「もう、どうしたのエリク。悪い夢でも見た?大丈夫?」


 そう言って俺の頭と頬に触れる。エリク。勇者と呼ばれるようになってからしばらく聞く事がなかった俺の名前。あの時、村に帰った後に呼んで欲しかった。


 母さんの触れた手が暖かい。それが余計に母さんが今、生きていると言うことを証明する。泣きそうになるのをグッと堪えて俺は大丈夫だよ、と微笑みながら言う。


  「そう? 朝ご飯出来てるから顔洗ってからいらっしゃい。」


 母さんが部屋から出ていく。俺は母さんに言われた通りに顔を洗うために洗面台に向かった。


 水の溜まっている桶に目を落とすと水面には俺が映っている。それをみて違和感を感じる。若くなっている…?


 俺が死んだ時より幼くなってた。何だ。目線が低く感じていたのは俺が若返ったから?


 家が元に戻っていて母さんも生きている。時が巻き戻ったとでも言うのだろうか。だとしたら今何年だ?

 分からないことが多すぎる。


 とりあえず母さんの元へ戻ろう。母さん以外も生きているのを確認しなければ。俺は顔を洗い終わって両親がいる方へと移動する。


 父さんと母さんが食卓に座っている。4年間ずっと見たかった光景。また泣きそうになってしまう。泣かないように耐えながら席に座る。


「おはようエリク。」


 父さんがそう声をかける。あの時、確か父さんは腕が無くなっていた。きっと母さん達を庇って抵抗してたんだろう。無くなっていたはずの腕もちゃんとある。


「おはよう父さん。」


 二人ともちゃんといる事に嬉しくなる。やっぱり俺はこの場所が好きだ。


「父さんったらエリクが旅に出るからって、ずっとそわそわして落ち着かないのよ」


 そう言って母さんが笑う。父さんは照れたようにご飯を食べ始めていた。


 俺が旅に出るから…。ということは今は旅にでる前日か数日前か。そうだあの子、幼馴染の彼女は今何処にいるんだろう。


「俺、リラに会いに行ってくるよ。」


 そう告げて家を出る。後ろから、あらあらと少し嬉しそうなに言う母さんの声が後ろから聞こえた気がした。


 走っていつも彼女と遊んでいた場所へと移動する。彼女は村に生える背の高い木の下で楽器を弾いている。きっと今日もそこにいる。


 少しして木の下に彼女がいるのが見えた。そして衝動的に彼女に近づいて抱き締める。腕の中にいる彼女が慌てているのが分かる。動く。体温がある。息をしている。


「リラ…良かった…」


 ちゃんと三人が生きていることにとてつもない安心感がある。


「エリク?私がどうかした?」


 彼女…リラは俺を引き剥がしながら心配したように此方を伺っている。

 それに対して俺は何も言えない。どう伝えたらいいんだろうか、俺は死んで…?時間が巻き戻って…?みんなが殺されて…?どれもこれも伝えると絶対頭おかしいと思われる。


「あっ、もしかして寂しくなった?旅に出るの明日だもんね。エリクもまだまだ子供だね」


 そう言って彼女が笑う。久しぶりに見た彼女の笑顔に俺もつられて笑う。


 少しした後に俺は呟くように言葉を吐く。


「俺、この村で穏やかに過ごしていくんだと思ってたんだ。」


 そんな俺の言葉を彼女は頷きながら静かに聞いている。


「こんなことになるなんて思わなかった。」


 故郷に帰って皆殺されていたなんて、どんな悪夢だろうか。


「俺、絶対皆を守るから。もう誰にも奪わせない。」


 時が戻って、今はみんな生きている。これはチャンスだ。かつて奪われたものを今ならまだ守れる。


 久しぶりに村の皆と会って、他愛もない会話をした。夜に母さんが、明日は旅立ちだからと張り切って作ってくれたご飯を食べた。

 いつも無愛想な父さんが今日は良く話してくれてた。きっと寂しいのだろう。


 前みたいに長くこの村を離れる訳には行かない。まずは俺が離れた後でも襲撃されないよう魔術をかけよう。


 魔術は以前、仲間の魔術士に教わったことがある。教わった時、俺には難しかったが今ならできるはずだ。

 かけるのは守護の魔術。何人たりともこの村の人たちを傷つけることが出来ないように。


 外に出て家の裏手に行く。地面に魔法陣を描く。普通の魔術では村を囲むほどの威力は出さないだろうが俺の勇者の紋章を使えば可能なはずだ。

 魔法陣の上に手を置いて魔力を流す。


 魔力を流し終えると魔法陣は淡く光る。成功だ。

 魔術は失敗すると小さな爆発を起こして壊れる。成功したかしてないかが分かるのは魔術のいい所だと思う。


 後は、どうやって奴らに復讐するかだが、ただ殺すだけじゃ生ぬるいよな。俺がやられたように全てを壊してやらないと。

 それから、腕を切り落とし目の前でそいつの家族を殺してやろう。許してと泣き叫ぼうが、俺が食らった以上の絶望の底へ叩き落としてやる。


 そうだ、魔王は…


「エリク。」


 後から声が聞こえて思考は切断された。

 振り返ると母さんがいた。魔法陣がバレないように少し前に出て母さんに向き合う。


「眠れなかったのかしら?こっちへいらっしゃい。外は寒いでしょう。」


 そう言って母さんは家の中に入っていった。この魔法陣はあまりバレない方がいい。簡易的な隠蔽魔術をかけておこう。

 魔術をかけて魔法陣を隠した後、家の中に入る。


「これから大変なんだから、しっかり休まなきゃダメよ?」


 そう言う母さんの表情が少し寂しそうに見えるのは俺の気のせいだろうか。


 母さんが目の前にカップを置く。ホットミルクだろうか。甘くていい匂いがする。


「それを飲んでゆっくり寝るのよ。」


「ありがとう。母さん」


 そっとカップに口をつける。それは甘くて温かくて優しい味がした。


 母さんはこれから俺が実行する事を知っても、俺に優しくしてくれるだろうか。俺を我が子だと言ってくれるだろうか。


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