季節遅れで花が咲く

金森 怜香

季節外れの花

なつは、散歩に出かけるのが大好きな女性だ。

いつも休みになると、どこかへふらりと散歩に行ってしまう。

「今日はどこへ行こうかなー。たまには自然豊かな公園にでも行こうかな」

外に出ようと玄関を開けると、冷たい風が吹き込んできた。

「今日は寒い……、マフラーとコートを着ないと散歩はきついな。もう四月も終わりなんだけど」

街並みの桜並木を見ても、不思議と今年はまだつぼみも膨らんでいなかった。

「いつになったら、今年の桜が見られるんだろうなぁ」

ぼそりと呟き、散歩へと出発する。

 

自然豊かな公園の中でも、虫すらいない。

雑草は生えていたが、まだ春の花らしいものはほとんど咲いていない。

咲いていても、ヤグルマギクがちらほら、タンポポもぽつぽつ咲き始め、ツクシもあまり見当たらなかった。

水仙はもう時期を終えたようで、ぽつぽつと花が咲いているだけである。

 

「今年も花たちはみんな季節がズレちゃってるなぁ。夏に桜が咲く、なんてことも…それはないか」

智夏は自分で考えて苦笑いした。

冷たい空気に触れて、頬は赤くなっていた。

だが、外を歩くだけで智夏の気分は明るくなっていった。

 

ぐるっと公園内を回り、花の写真を撮って、また移動する。

一本前の曲がり角を曲がると、小さな神社があった。

「こんなところに神社があったんだ。新発見! たまには道を変えてみる物だね」

 

智夏は鳥居の前でお辞儀する。

そして、道の端に寄って歩いていく。

智夏は小さい頃から親に、神社では道の真ん中を歩くな、と躾けられていた。

『神社の道は神様の道、人間は道の端を歩いてお参りしなきゃいけないよ』と。

手水舎で手を清め、ひしゃくを清める。

手を拭って、鈴を鳴らして賽銭を入れ、お参りをした。

お参りを終え、いざ帰ろうとしたとき。

 

ちらちら、と雪が舞い始めた。

「わぁ。まるで桜の花びらみたい。キレイ」

日の加減もあり、雪は仄かに輝いていた。

桜の花びらに代わって、雪が地面をゆっくりと白く染めていた。

智夏はそんな中をゆっくりと歩み始めた。

帰宅して、風呂を用意する間に温かい飲み物で冷えた体を温める。

入浴をし、様々な雑事をこなし、夕飯を取り、片付ける。

ようやく部屋に戻ると、時間は二三時になっていた。

「今日は新しい発見もあって、楽しかったなぁ」

月や星空を眺めて満足そうに笑い、日記を書く。

 

桜の花は、五月になりようやくつぼみが膨らんだ。

そして、五月の半ば、ついに開花した。

智夏はカメラを片手に、また公園へと赴く。

写真を撮っていると、風が吹きつける。

智夏の頭に桜の花びらが乗った。

「良い風。ちょっと遅い春だねぇ」

智夏は嬉しそうに笑った。


夕暮れ時までずっと公園や近辺を散策する。

そう、夕暮れ時にはお楽しみがあった。


18時の鐘が町の中に鳴り響く。

パッ! パッ!

ゆっくりと、桜の木がさまざまな色に色付いていく。

赤からピンク、紫に。

紫から青、水色に。

水色から緑、黄色へと。


桜の薄紅色と相まって、木々が幻想的な色に輝く。

パシャリ!

智夏はそれをカメラで撮影する。

「幻想的……、けど、風がね……」

一しきり撮影すると、智夏はワゴンカーで温かいコーヒーを買い求める。


「今日はお客さんが多いねぇ」

「今日は絶好の撮影日和ですもの」

智夏が言うと、接客していた若い女性も笑った。

「ここ数年は、冬がうんとずれ込んでしまったけど……、少し遅れた桜もまた乙なものだね」

智夏は購入したコーヒーを口に含む。


智夏の記憶が正しければ、少なくとも十年前まで、桜はちゃんと四月には咲いていた。

だがここ数年、異常気象の影響からか寒気が長く停滞するようになり、桜が開花するのが早くて四月の下旬、遅くて五月の後半、などと言う時さえあったのだ。


「でも、今年も桜が見られたから私は嬉しいな」

智夏はそう言って桜を見上げる。


幻想的に色付く桜をまた眺めた。

ひと際強い風が吹き、花びらが空に舞う。

それを見届けた後、そっと人混みから離れる。

智夏はライトアップされている桜をゆっくり眺めながら、帰路へ。

川に浮かぶ桜の木の影を見つめて、思わず頬が緩んだ。

そんな足元で、ひっそりと。

生垣のサツキがぷっくりとつぼみを膨らませていた。

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季節遅れで花が咲く 金森 怜香 @asutai1119

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