第3-5話 実はクロムは──

 騎士団長との模擬試合を終えた後。

 特に何事もなく謁見は無事に終了したのだが。



 ……なぜか俺たちは国王様に呼び出された。

 要約すると「個人的にお話したいから来てね! 緊張しなくていいよ!」って感じの内容で。



 そんなわけで、今。

 俺たちの目の前には国王様が座っていらっしゃいます。


 何が「緊張しなくていいよ!」だよ。

 無理だよ、緊張で死にそうだよ。


 ちらりとルカを見れば、頭真っ白! って感じの表情で明後日の方向を見つめていた。

 ミラのほうは呼び出されたことに驚いてはいるものの、緊張は全くしていないようだ。

 そのメンタルを俺とルカにも分けて欲しい。


「すまんな、急に呼び出して。儂ら以外には誰もおらんから無礼講で構わんぞ」


 国王様はフランクな感じで告げてくる。

 いや、無礼講とか言われても無理ですって。


「こくおーさまチッスチッス。どんな女性がタイプなの?」



「くぁwせdrftgyふじこlpャァァァアアアア!!!?」



 ミラァァアアア!?

 いきなり何言ってんのォォォオオ!?


「好きなタイプは妻じゃな」


「お~、言うねぇ~! さすがこくおーさま!」


「あばばふがふが……」


「落ち着きなよ、クロム。無礼講でいいって言われたじゃん」


「そうじゃぞ。無礼講って自分から言っといていざタメ口使われたらキレるパワハラ貴族みたいなこと儂はせんから」


 国王様はそう言って、紅茶を一口すする。

 荒ぶる心を落ち着けるために、俺も紅茶を飲んだ。


 おお、うまい!

 さすが王宮御用達の紅茶だ。


「……わかりました。ところで、なんでわざわざ俺たちを呼んだのですか?」


「無礼講でも敬語だけは捨てられなかった男、クロム。肝が小さいね!」


 うるさいなぁ。

 ミラは肝がデカすぎるんだよ。

 内臓すべて肝で出来てるんか?


「お主らと話してみたかったってのが大きな理由じゃが、それ以外に一つだけ聞いておきたかったことがあってな」


 ちょっと真剣な雰囲気になったので、静かに国王様の言葉を待つ。


「完全に吹っ切れたように見えるが、クロムはこれからも冒険者として生きていくつもりなのか?」


 国王様は俺が元ハイリッヒ侯爵家の長男であることを知っている。

 その上で投げかけられた言葉には、「ハイリッヒ侯爵家に戻れるように取り計らおうか? 今ならアイザックも受け入れてくれるじゃろう」という意図が含まれているように感じた。


 ……けど、大丈夫だ。

 俺はルカとミラをちらりと見る。

 今の俺には、今の俺の人生があるのだから。


「ええ、冒険者として生きていくつもりです」



「……そうか。国民の心のり所になってくれることを期待しておるぞ」



 国王様の言葉に俺は首をかしげる。


 王国の守護者の象徴は、“剣聖”の一族であるハイリッヒ侯爵家だ。

 冒険者の俺よりは、次期当主のダークに言うほうが相応しいと思う。


 そんな俺の考えを見透かしたように、国王様はため息を吐いた。


「ダークはなぁ……。実力は申し分ないのじゃが、精神面がまだまだ未熟じゃな」


「だよね~、わかる。謁見の時めっちゃ睨まれたもん」


「そうそう。クロムたちを表彰してる時にチラッと後ろを見たら、なんか鬼の形相してたもん。あれは嫉妬をこじらせた人間の典型的な表情じゃったな。今の今まで本性を見抜けなかった自分が恥ずかしいわい」


 国王様は「今度アイザックのやつに教育し直すよう言っておかんとなぁ……」と呟く。

 ダークは才能があるだけに、国王様としても立派な人間になってほしいのだろう。


「……クロムは立派に育ったというのに、どこで差がついてしまったのやら。ダークにはクロムを見習って大人になってもらいたいものじゃ」


「異議あり!」


 ミラが納得できないと言った感じで口をはさむ。

 めっちゃ余計なこと言いそうな予感が……。


「クロムが大人びてるは解釈不一致! 年相応のエロガキだよ、ただの。お風呂入った時に私のほうチラチラ見てくるもん」


「ぎゃーーーーッ!!!」


 よりによって国王様の前でそれ言う!?


「大丈夫だよ、クロムお兄ちゃん! ルカはじっくり見てるから!」


「ルカさん!? 緊張でおかしくなっていらっしゃる!?」


 初めて喋ったと思ったら何言ってんの!?

 フォローの仕方おかしいよ!?


「何、気にすることはない。思春期なんてみなそんなもんじゃ。儂も昔、妻の風呂を覗いて右ストレート喰らったことあるしな!」


「国王様ァ!?」


 なんだこのカオス空間!

 誰かどうにかしてくれ……。


「ところでクロムの家系の秘密について知りたくない?」


「え、知りた~い! 教えて、こくおーさま!」


 なんでこの二人は息ピッタリなんだよ。

 国王様とミラって意外と似た者同士なのか……?


「勇者の物語は知っておるか?」


「勇者の冒険譚のやつでしょ? 図書館でおススメされてたよ」


「クロムの出自であるハイリッヒ侯爵家が“剣聖の一族”と呼ばれるくらい武勇に優れている理由。それはハイリッヒ侯爵家が勇者の血を引いているからなんじゃよ。まあ、親戚の親戚くらい離れておるんじゃが」


「はえ~、なるほど~。よかったじゃん、クロム。勇者の末裔だってよ!」


「んぱぁ!?」


 すっごく重大な秘密をヌルっと言うのなんなん!?

 驚きすぎて理解が追い付いていないんだが!?


「アイザックはハイリッヒ侯爵家が勇者の末裔であることに並々ならぬプライドを持っているからなぁ。クロムを追放したのもそれが理由じゃろうな……」


「弱いやつは勇者の末裔に相応しくないから追放したってこと? 最低じゃん」


 今そんなことどうでもいいよ。

 突如明かされた衝撃の事実に、俺はただただ放心するしかできなかった。






◇◇◇◇



「クソがッ!!!」


 ハイリッヒ侯爵家にて。

 ダークは荒々しい声を上げながら自室の壁を殴りつける。


「なんであいつがSランクの世界にいるんだよ……ッ!」


 認めたくない。

 信じたくない。

 受け入れられるわけがない。


 なんの取り柄もない男が、戦いの才を一切持たなかった兄が、勇者の血を引き優れた才能を持つ自分よりも高みにいていいはずがない。


 だが、否が応でも理解わかってしまう。

 自身が強者だからこそ、クロムがはるか上のステージに立っていることに。


「クソォ……! あいつさえ……クロムさえいなければ!」


 ダークの中に黒い感情が溜まっていく。

 どうしようもない感情に呑まれていく。


 それがダークの人生の分水嶺ぶんすいれいとなった。



「──力を与えてやろうか?」



「誰だ!?」


 突然聞こえてきた声にダークは驚愕する。

 瞬時に周りを確認すると、窓のそばに緑髪の気怠けだるげな男性が立っていた。


(この俺ですら気づけなかっただと……!? こいつはいったい何者なんだ……?)


 警戒を強めるダークに向かって、緑髪の男──リヒトはこれ以上ないくらいに魅力的な言葉を並べる。

 嫉妬の内側へ溶け込んでいく。


「力が欲しいんだろ? クロムを殺せるだけの力が手に入る──何者にも覆せない圧倒的な存在になれると言われたらどうする?」


 目の前の男は異質で危険だ。

 即座に排除する以外の選択肢はない。

 そう理解できるだけの理性は、すでにダークには残っていなかった。


「絶望的な力の差を覆せるのか……?」


「俺の言う通りにすれば、絶対的な力が手に入る。クロムがかすんで見えるくらいのな」


「……フ、フフフ、そうか……! それならあいつを──」


 醜悪な笑みを浮かべるダーク。


(……勇者の末裔もこの程度か)


 ダークに暗い視線を向けていたリヒトだったが、すぐにいつものダウナーな表情に戻った。



(せいぜい魔王誕生までの時間稼ぎ要員として頑張ってくれ)


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