第3-4話 騎士団長との模擬試合

 王城の敷地内、騎士団の訓練所にて。

 模擬試合をすることになった俺と騎士団長、それから審判の計三人で闘技台に上がった。

 国王様や貴族たち、ルカとミラは観戦席に座っている。


「お初にお目にかかります。私が騎士団長のフロスト・スノーライトです、以後お見知りおきを」


 水色髪の中性的な顔立ちをした男性。

 騎士団長のフロストさんが、柔らかな笑みを浮かべながら挨拶してくる。


「Aランク冒険者のクロムです。よろしくお願いします!」


 挨拶を交わした俺たちは、お互いに武器を構える。

 俺はいつもの両手剣なのに対して、騎士団長は片手剣だ。


 騎士団長の二つ名は『氷の聖騎士』。

 その二つ名が表す通り、剣と氷魔法を使ってくる。


「手加減は不要ですよ、クロムさん。本気で行きますので」


 騎士団長は不敵に笑う。


「それでは、試合開始!」


 審判の合図と同時に騎士団長は動いた。


「お手並み拝見させていただきますよ。──アイシクルランス!」


 氷魔法の一つであるアイシクルランス。

 無数の氷の槍が俺に迫る。


「【炎装】!」


 俺は剣に炎をまとい、氷の槍をすべて斬り落とす。

 砕けた結晶がキラキラ舞う。


「いいですねぇ!」


 魔法を放った瞬間に距離を詰めてきた騎士団長が、ななめ左下から斬り上げる!


 俺は身をじって躱す。

 続く斬撃も躱していく。


 次は横一閃!


 逆袈裟斬ぎゃくけさぎり!


 俺が大きく躱したところへの突きの一撃!


 そのすべてを紙一重で躱していく。

 ゴブリンキングやヒュドラとの死闘を経験したおかげか、相手の動きをある程度は読めるようになってきていた。


「凄まじい体捌きですね! 単純な身体能力は私以上ですか! では──」


「おっと!?」


 軽く後ろに退いて躱そうとした瞬間、下げた足がツルっと滑る。

 一瞬視線を向ければ、俺の足元が氷で覆われていた。


「【雷光斬り】!」


 騎士団長の剣速が上がる。

 騎士団長の持つ【聖騎士】スキルのうちの一つだ。


 足場を凍らして体勢を崩したところで、一気に剣速を引き上げてとどめを刺す。

 シンプルながら非常に強力な戦法だが、こうなることは読めていた。

 わざと誘い込んだのだからな。


 俺は剣の腹で攻撃を受ける。

 衝撃で後ろへ弾かれる。


「アイスウォール!」


 俺の背後に氷の壁が出現。

 壁に背をぶつけて俺は止まる。


「続けてフリーズ!」


 俺の足元が氷で覆われる。


 壁際で行動が制限され、さらには氷に足を取られて思うように動けない。

 今の俺は隙だらけ……騎士団長からはそう見えるだろう。


「これで終わりですよ!」


 騎士団長がこちらに詰めながら剣を構える。


 それが振られるより早く、俺は前に出ながら剣を振るった。


「何ッ!?」


 騎士団長は驚愕しながらも、素早く剣を戻して俺の攻撃を防いだ。


「さすが騎士団長、とっさに防げるとは。そろそろ反撃させてもらいますよ!」


 俺は炎をまとった剣を振るう。


 騎士団長は必死に応戦する。


 剣の技術は騎士団長のほうが上だが、肉体スペックはこちらに分がある。

 騎士団長は防戦一方になった。


「足場が凍っていても問題なく動けるスキルを持っていましたか……! 先ほど氷に足を取られたように見せたのは罠。私に『足場を悪くする戦法は有効だ』と思わせるためだったのですね!」


「さすがの分析力。その通りです!」


 ルカが進化で新たに獲得したエクストラスキル【完全走破】。

 もともとルカが持っていた【壁走】と【悪路走破】が統合されて進化したのがこのスキルだ。


 効果は、重力を無視して壁や天井などを自由に走ることができる。

 どのような足場でも影響を受けずに走ることができる、の二つだ。


 つまり【完全走破】を発動している間は、氷で滑ってうまく動けないなんてことが起こらなくなる。


「【雷光斬り】!」


 騎士団長は剣速を上げて、少しでも俺の剣に対応しやすくする。


「足場を凍らしても意味がないのであれば、これならどうですか! アイスニードル!」


 突然俺の足元から氷の針が突き上がってくる。


 貫かれるわけにはいかないので、俺は後ろに退いて躱す。


「足元から攻撃されればさぞ動きにくいでしょう? アイスニードル!」


「確かにそうですね! なので【炎斬拡張】!」


 剣にまとう炎のリーチが伸びる。


 俺は氷の針を躱した勢いのまま、回転斬りを放った。


「うおッ!?」


 氷の針を斬り飛ばした炎刃の先端が、かろうじて躱した騎士団長の顔をかすめる。


 騎士団長は驚きながらバックステップで距離をとった。


「危ない危ない……。危うく髪がチリチリになるところでしたよ。まさか斬撃のリーチを伸ばせるとは」


「すみません、毛先のほう少しチリチリにしちゃいました」


「オーノー、ですが大丈夫! 明日髪を切りに行くつもりでしたので、毛先だけならセーフですよッ!」


 言い終わるのと同時に、騎士団長は剣を振るう。


 すると、斬撃が俺めがけて飛んできた。


「火力・スピード・リーチで負けている以上、近接戦は私が不利! ならば、遠距離戦で仕掛けるまでです!」


 連続で放たれ続ける飛ぶ斬撃を、俺は移動し続けながら躱していく。


 移動先を予測されて回避不可能な斬撃が飛んできた時は、斬って相殺していく。


「ここまでの戦いから察するに、持ってないんでしょう? 遠距離攻撃手段を!」


 鋭いな。

 さすが騎士団長だ。


 俺が使えるのはルカとミラのスキルだけ。

 ミラの幻影魔法&【虚無反転】現実魔法コンボや竜魔法は使うことができない。

 したがって、俺が遠くにいる相手にできることは【催眠術】、【デバフマスター】、【フレアウォール】くらいだ。


 騎士団長と手合わせできる機会はめったにないので、今回は純粋な技量で戦いたい。

 【催眠術】や【デバフマスター】のような搦め手はナシだ。

 【フレアウォール】は火力が高すぎて騎士団長を殺してしまいかねないので、今回は封印しておく。


 そんなわけで──。


「まったくもってその通りです! 騎士団長みたいに斬撃を飛ばせたらよかったのですが!」


 斬撃の嵐をかいくぐりながら近づきたいところだが、飛ぶ斬撃に氷魔法による妨害が加わったことでそれすらも難しくなった。


 一見すると俺が攻めあぐねているように見えるこの状況。

 だが、実際に追い詰められているのは騎士団長のほうだ。


 俺は騎士団長の攻撃に魔力消費なしで対応できているが、騎士団長は違う。

 俺を追い詰めるために、スキルと魔法を連打して常に魔力を消費し続けている。


 魔力が尽きて近接戦しかできなくなった場合、火力・スピード・リーチともに負けている騎士団長に勝ち目はない。

 だから、騎士団長はそろそろ勝負を決めに来るはずだ。


「十連アイスニードル!」


 刹那の十連撃を躱しきった時、騎士団長の攻撃がピタリと止んだ。


 それもほんの束の間。

 こちらが動くよりも早く、騎士団長の次の手が放たれる。


「アイスウォール!」


 俺の両側からせり上がった氷の壁が天井まで覆い尽くす。

 俺と騎士団長の間に氷のトンネルが出来上がった。


「一本道なら躱しようがないでしょう!」


 騎士団長は刺突の構えをとる。


 剣に聖なる光が充填されていく!


「今度こそ終わりですよ、【ホーリーレイ】!」


 騎士団長が突きを放つ。


 剣先から発生したレーザーが俺に迫る。


 俺は何もせずレーザーを正面から喰らって──その瞬間、俺は霧散した。


「ッ!?」


 本物の俺は騎士団長に肉薄する。


「そこかッ!」


 直前で気づいた騎士団長がとっさに剣を振る。


 刹那、真っ二つになった騎士団長の剣が宙を舞った。



「手合わせありがとうございました」



 俺は騎士団長の首元に剣を突きつける。


「し、試合終了ッ! 勝者はAランク冒険者クロムッ!!!」


 慌てたように審判が宣言したところで、模擬試合は終了となった。


「……ハハハ。完敗です……」


 騎士団長が悔しそうに呟く。


「最後はまんまと騙されましたよ……。よければ、どうやって【ホーリーレイ】を躱したのか教えていただいてもよろしいですか?」


「騎士団長が氷のトンネルを作る一瞬の間に、分身を残した上で本体を透明化させて範囲外に出たんですよ」


「いやはや、クロムさんの底がまるで見えませんね。模擬試合も余力を残していたみたいですし」


 やっぱりバレてたか。

 確かに俺は、この試合中に攻撃力を上げるスキルは【炎装】と【炎斬拡張】くらいしか使っていない。

 身体機能すべてを底上げする【剛力無双】は使っていなかったどころか、実はミラにデバフをかけてもらって攻撃力・素早さを二割下げた状態で戦っていたくらいだ。


 だから余力を残していたというのは間違いではないが……。


「……剣士としては全力を出しましたよ。読み合いや剣術に関しては、今の俺のすべてを出せたと思ってます。それでここまで苦労させられたのですから、技術面は騎士団長のほうが圧倒的に上ですよ」


「クロムさんが本来の戦い方をしていれば、私は瞬殺されていたのでしょうね……。これでも自分は強いほうだという自負があったのですが、今回の戦いでまだまだなのだと思い知らされましたよ」


 騎士団長は悔しそうな表情を浮かべてから……すぐに人好きのする柔らかい笑顔に戻る。


「もしもまた試合をする機会があったら、次は私が勝たせてもらいますからね!」


「望むところです。その時には俺も、今より強くなってるんで負けませんよ!」



 模擬試合を締めくくるかのように、俺と騎士団長は固く握手を交わした。


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