第2-15話 不滅の怪物

「私にかかればこんなもんよ! 羞恥おじさん撃破~!」


 邪神教徒改め羞恥おじさんを倒したミラがドヤ顔を披露する。

 それを見た俺とルカは、大きく安堵の息を吐いた。


「改めて、ありがとな、ミラ。ホントに助かった」


「ん、ミラお姉ちゃんが来てくれなかったらルカたちが負けるところだった。ありがと!」


 ルカがミラに抱き着く。

 ミラはルカを抱きしめながら嬉しそうにニマニマ笑う。


 ルカとスキンシップできて嬉しいんだろうけど、ちょっと不審者感がすごいからその笑い方はやめたほうがいいと思うぞ。

 仮面で口元しか見えない分、余計に不審者にしか見えないんだよなぁ。

 むしろ、仮面のせいでヤバいやつ感が増してるまである。


 そんなことを考えながら、俺は冒険者たちを回復させていく。

 幸い死亡者はいなかった。


「ところでさ、クロム」


 全員を回復させたところで、ミラが話しかけてきた。

 なんだろうと思いながら返事をすると、ミラは羞恥おじさんを指さしながらとんでもないことを聞いてきた。


「この人の剥ぎ取りしていい?」


「追い剥ぎかな? ……いや、ホントになんでそんな発想が真っ先に出てきたの?」


「ミラお姉ちゃんちょっと怖い……」


「二人ともひどくない?」


 ミラはそう言って頬をふくらませてから、理由を教えてくれた。


「この人の使ってた結界めっちゃ性能よさげな感じだったじゃん? 私たちが使うのもアリだと思うんだよね」


「……まあ、それは確かに」


 ミラの言うことにも一理ある。

 法律的には問題ないし、するか、追い剥ぎ。


「盗賊なんかの犯罪者を捕まえたり討伐したら、そいつらの持っていた財宝なんかの所有権は捕縛・討伐した人に移るんだ。だから、問題ないってことでありがたく貰おう」


「それならルカも賛成! 邪神教徒の人、結界くれてありがと!」


 俺もルカも、手のひらを返すのは秒だった。

 まあ、あの結界の性能は嫌というほど分からされたからな。

 貰えるならぜひとも貰っておきたい。


「私のドラゴンセンサーによると、結界以外にも良さげなもの持ってそうだよ。ってなわけで、剥ぎ取りレッツゴー!」


「何そのセンサー。追い剥ぎ師の才能でもあるの?」


「いいから早く早く」


 ミラに急かされて俺たちは邪神教徒の持ち物を漁る。

 結界の魔道具と思わしきものはすぐに見つかった。


「……って、壊れてるんだけど!?」


 ローブの内ポケットに入っていたその魔道具を起動しようとしたが、結界が発生することはなかった。

 「ブー!」という変な音を鳴らすだけで、うんともすんとも言わない。


「……強力な結界を出せても、魔道具本体の耐久性能はそれほど高くなかったみたいだな。【共感性羞恥】の爆発を至近距離から受けて壊れたってところか」


「修理はできないの?」


「……たぶん無理だろうな。見たところ、この魔道具は古代魔道具アーティファクトって呼ばれてるタイプだ。古代魔道具アーティファクトは普通の魔道具より優れている分、複雑な構造をしているんだよ。それに、名前からも分かるように#古代魔道具__アーティファクト__#が作られたのは相当昔だから、技術自体が失われていることがほとんどだ」


「そうなんだ……。残念だね」


 俺とルカがそんな会話をしていると、せっせと剥ぎ取りを行っていたミラがハイテンションで話しかけてきた。


「なんか魔法的な力を感じるアイテム見つけたんだけど! 見てほら!」


 そう言ってミラが見せてきたのは、麻袋に似た小袋だった。


「ッ!? もしかして──」


 俺は周囲に視線を送る。

 おっ! ちょうどいいところに壊れかけの古代魔道具アーティファクトが!


「頼む! 正解であってくれ!」


 俺は古代魔道具アーティファクトを小袋に近づける。

 次の瞬間、古代魔道具アーティファクトは小袋の中に吸い込まれてしまった。


 うぉぉぉぉぉおおおおおお正解だぁぁぁぁああああああああああッッッ!!!


古代魔道具アーティファクトのほうが袋より大きいのに、なんで入ったの……?」


「ねぇ、クロム。これってもしかして……」


 ルカは首をかしげているが、ミラは気づいたようだ。



「そう! 収納袋マジックバッグだ!」



「これがあの収納袋マジックバッグなんだ!」


「時間停止効果のある異空間にたくさん仕舞っておけるあの収納袋マジックバッグ!?」


 二人ともリアクションが完ぺきだな……というのは置いといて、これこそがその希少性と便利さから市場では数百万ゴールド以上の値がつくあの収納袋マジックバッグだ。

 まさか邪神教徒からタダで貰えるとは思いもしなかった。


「ふっふっふ、これはミラ様をあがたてまつってもいいんじゃないの?」


「マジで冗談抜きでミラが神! ホントに神の采配過ぎてナイスぅ!!」


「ミラお姉ちゃんがナンバーワンッ!!」


 激レアアイテムゲットでひとしきり魔王笑いした俺たちは、冷静になってから収納袋マジックバッグの中に何が入っているのか気になった。

 邪神教徒が使ってたくらいだから、何かヤバいものが入ってそうなんだよな。


「えい、開けちゃえ!」


 むしろそれで余計に気になるっていうかなんというか……って、ミラもう確認しちゃってるんだが!?


「なんかよく分からない魔道具が何個か入ってたよ!」


「躊躇ないな……」


 俺とルカは、ミラから渡された魔道具を調べてみる。


「うーむ、なんも分からん」


「ルカも、うーむって感じ」


 俺とルカが首をひねっていると、ミラがまたもや何か見つけたようで話しかけてきた。


「ねぇねぇ、なんか難しそうな本が入ってた」


 ミラが手渡してきたのは、かなり分厚い本だった。


「魔導書か何かか?」


 俺は本を手にとってよく見る。

 漆黒のように黒い表紙に、血のような真っ赤な文字でこう書かれていた。


「『黒魔術大全 悪魔召喚編』。……うん、何も見なかったことにしようそうしよう」


「そうだね。ルカもそれがいいと思う」


「私は何も知らない。うん。何も見つけてないし、見てもないよ」


 俺は目を背けながら、禁書をそっと収納袋マジックバッグへ仕舞った。

 これが日の目を浴びることは二度とないだろう。

 記憶抹消! よし、完全に忘れた。永久封印完了。


「……さてと、今度こそひと段落着いたな」


「羞恥おじさんは冒険者たちに拘束してもらうとして、私たちはどうするの?」


「気絶する前に意味深なこと言ってた!」


 ルカの言うとおり、邪神教徒は仲間の存在をほのめかすような発言を何度かしていた。

 気絶する寸前の「俺が負けても、まだ俺たちは負けてねぇ」って言葉も、嘘じゃない可能性が非常に高いと思う。


 とはいえ、俺たちでは何もできないのが現状だ。

 邪神教徒に仲間がいたとしても、広大なフォーゲルン大湿地のどこにいるかなんて分かりっこない──。



「「「っ……!!!」」」



 俺たちは一斉にある方向を睨む。


「分かったな、居場所」


 ルカとミラがこくりと頷いた。


 かなり距離があってなお、邪悪な気配がひしひしと伝わってくる。

 間違いなく、気配の正体は邪神教徒たちだ。

 羞恥おじさんの言う“最高傑作”とやらが現れたのだろうか?


「とにかく、向かうぞ!」


 俺は獣化したルカの背に飛び乗り、気配のもとに向かう。

 たどり着いた先にいたのは、巨大な魔物だった。


 全身が強靭な鱗で覆われており、かなり防御力が高そうだ。

 胴体の先からは五本の首が伸び、その先には人間よりも大きな蛇の頭がついている。


 図鑑でしか見たことがなかったその魔物の名を、俺は呟いた。



「……ヒュドラ」



 よりにもよって、A+ランクの中でも最強格の──。


 『不滅の怪物』と恐れられているヒュドラが出てくるとは……。


「クロムお兄ちゃん、あれ!」


 ルカが指差しながら叫ぶ。

 そちらに視線を向けると、傷だらけの人間がヒュドラから逃げようとしているところだった。


「すぐに助けないと……って──」


 そこまで言ったところで、俺は気づいた。


 今まさにヒュドラに殺されそうになっているその男が、俺の元弟──ダークであることに。


「【絆の炎ボンド・プロミネンス】! もちろん助けるんだよね、クロムお兄ちゃん!」


「ああ!」


 俺は借り受けた【身体強化】を発動しながら、一気にヒュドラに迫る。

 跳躍と同時に、炎をまとった剣を振り上げ──。


「竜殺斬り!」


 ダークを食い殺そうとするヒュドラの頭の一つを斬り飛ばした。


「真神郷徒、お前たちの野望はここで止める」


 ヒュドラの背中の上に立つ黒ローブの男に向かって、俺は剣を向ける。

 俺の隣に、ルカとミラが並び立った。

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