第2-16話 【不滅の蛇王】

「なぜ貴様たちがここにいる?」


 邪神教徒が驚いた様子で聞いてくる。


「お前の仲間を倒したからだよ」


 俺がそう返すと、邪神教徒は静かに口を開いた。


「……そうか、相棒は敗れてしまったか。だが、私たちの目的は変わらない。やれ、ヒュドラ」


「ギュァァ!」


 ヒュドラの頭の一つが大口を開ける。

 そこから、紅蓮の炎が放たれた。


「ミラ、頼む!」


「お任せあれ!」


 ミラの幻影魔法&【虚無反転】によって、俺たちの前方に岩壁が現れる。

 炎のブレスを防げるのは持って三秒といったところだろうが、それだけあれば充分だ。


「クロムお兄ちゃん、パス!」


 へたり込んでいたダークを担いだルカが、ダークを俺めがけて投げ飛ばす。

 俺はダークをキャッチしながらすぐにその場を離れる。

 直後、岩壁を突き破った炎のブレスが俺のそばを通り抜けていき、ルカの体を完全に呑み込んだ。


「炎のブレス……喰らったらひとたまりもなさそうだな」


 かすっただけだというのに、体の内側を燃やし尽くすような熱さが襲い掛かってきたのだ。

 それが直撃したとなれば、俺やミラでは致命傷はけられないだろう。


 だが、ルカは大丈夫だ。

 だって、


「ルカに炎は効かないよ!」


 炎のブレスの中から飛び出したルカは、ヒュドラに迫る。


「ギュ……!?」


 まさかブレスの直撃を喰らってほとんどダメージを負っていないとは思いもしなかったのだろう。

 ヒュドラは驚きから硬直してしまい、ルカに対して有効打を打つことができなかった。


「【炎斬拡張】」


 ルカはヒュドラの体を蹴って跳躍し、邪神教徒を狙う。


「フレアネイル!」


「やはり貴様の速度は厄介だ」


 ルカの爪撃が邪神教徒に直撃する瞬間、ガキンッと音が鳴り弾かれた。

 ……また結界か。


「この結界はヒュドラによるものだ。私を倒したくば、先にヒュドラを倒すことだな」


「……めんどくさい。──ツイン・フレアネイル!」


 ルカは即座に攻撃対象をヒュドラに変更する。

 交差するように放たれた爪撃によって、ヒュドラの頭の一つが飛んだ。


「ギュロォォォオオオオオ……ッ! ギュゥォォォオオオオオオッ!!」


 ヒュドラは大きな悲鳴を上げたものの、これ以上隙を晒すわけにはいかないと即座に反撃。

 他の頭を豪速で振り回して、無理やりルカを弾き飛ばした。


「かなりダメージを与えられたけど……あまり意味はなさそう」


 俺たちのそばまで戻ってきたルカはヒュドラを睨む。


「……そうみたいだな、もう再生し始めている」


「やー、再生能力ってめんどうだね」


 斬り飛ばされた首の肉がボゴボゴと膨張していき、あっという間に再生してしまう。

 先ほどのダメージを帳消しにされたのは苦しいが、最優先事項は達成できた。

 今はそれだけでいい。

 邪神教徒がヒュドラの結界で守られていることも分かったしな。


「……なんで、お前がここにいるんだよ。──クロム……」


 俺に抱えられた状態のダークが、苦しげな声で聞いてきた。

 突然の再会にいろいろな言葉が頭の中に出てきたけど……俺は何も言わずに呑み込んだ。


「エクストラヒール」


 その一言で、ダークの傷が完全に癒える。

 俺はダークをその場に降ろすと、静かに告げた。


「遠くにいる騎士団と一緒に避難してくれ」


「ッ…………!」


 ダークは強い。

 一緒に戦ってくれたらとても頼もしいのは間違いない。


 だが、ダークと俺たちが連携できるわけないし、それ以前にダークは完全に恐怖してしまっている。

 本人もそれを分かっているからか、ものすごく悔しそうに表情を歪ませた後、逃げるように俺たちの元を離れた。


 俺に助けられたことが、自分の心を完膚なきまでにへし折ってきた相手に俺が立ち向かっていることが、何より俺が強くなっていたことがダークには許せないのだろう。

 それほどまで敵視されているのだと改めて感じたが、前ほど悲しくはなかった。


「ルカ、ミラ」


 俺は、隣にいる誰よりも大切な仲間を──家族を見る。


「絶対に、みんなで勝つぞ」


 ルカとミラは静かに俺を見てから、フッと笑った。


「「もちろんだよ!」」


「ほざけ。今度こそ、勝つのは私たちだ!」


 邪神教徒が忌々しげに叫ぶ。

 それと同時に、ブレスをためていたヒュドラが再び動き出した。

 五つの頭から同時にブレスが飛んでくる。


 炎、氷、雷、水、風──。

 多種多様なブレスを俺たちは躱し、ミラの幻影魔法で欺き、ヒュドラとの距離を詰める。


「ヒュドラの再生力は厄介だが、ちゃんと弱点がある。一番強い首を殺すんだ! 再生能力を司っている首を殺せば、ヒュドラは再生できなくなる。そうなれば、あとは他の首を片っ端から倒していくだけでいい!」


 俺がそう叫ぶと、ルカが真っ先に返してきた。


「それなら、真ん中の首を狙って! 真ん中が一番強い気配してる!」


 ルカの嗅覚はとても鋭い。

 それは単純に鼻がいいってだけじゃなく、敵の強さとかそういったものをかぎ分ける能力に秀でているということだ。


「ルカ、助かった!」


「ありがとね、ルカ。ってなわけで、ミラお姉ちゃんに任せなさい! 二人の道は私が切り開いてあげるよ」


「「了解!!」」


 ミラなら絶対にやり遂げてくれる。

 その確信があったから、俺とルカは迷わずヒュドラに突っ込む。


「すべてを薙ぎ払え、ヒュドラ!」


 ブレスをまき散らすヒュドラの頭が、全ての照準を一か所に収束させる。

 刹那、五つのブレスが地表をえぐりながら、両サイドからはさむように俺たちめがけて迫ってきた。


「消し炭になれ!」


 迫る五つの極太ブレス。

 横軸だけでは絶対に躱しきるのは不可能だ。


 だから、俺たちは空中に跳ぶ。


「身動きの取れない宙へ逃げるとは愚かだな!」


 邪神教徒の指示で、ヒュドラがブレスの軌道を修正。

 宙にいる俺とルカを消し飛ばしにかかる。


「何言ってんの? そのために私がいるんだよ」


 後方からミラの声が届くのと同時に、大小さまざまな土の塊がいくつも空中に現れた。


「これだけあれば充分でしょ?」


「ああ!」「ん、大丈夫!」


 俺とルカは土塊を蹴って進む。


 土塊から別の土塊へ跳び移り、時には【壁走】で補助しながら土塊の上を走る。


「何をしているヒュドラ! 広範囲ブレスを五つ同時に放っておきながら、一発も当たらないとはどういうことだ!」


「グ……グォォォオオオオオオッ!」


 ヒュドラが怒声を上げながら首を振り乱す。

 四方八方から極太ブレスが飛んでくるが、俺とルカは立体機動で完ぺきに躱していく。


「──だが、近づけば近づくほど躱すのは困難になる! ヒュドラよ、五つのブレスで挟むようにして回避不可能の攻撃を放て!」


「ガァァァァァァアアアアアアアアアッ!!!」


 ヒュドラはブレスの軌道を変え、俺とルカの外側を狙う。

 ヒュドラのブレスが、俺とルカを完全に囲った。

 それからヒュドラは、ブレスを収束させていく。

 全方位からブレスが迫る。


 完全に逃げ場を潰された。

 上下左右どこに動こうとも確実にブレスに撃ち抜かれる。

 詰みの状況だ。


「これで、私たちの勝ちだ」


 ブレスが完全に収束し、呑まれた俺とルカは跡形もなく消滅した。






「──なんてね、残念でした~。君たちが必死になって倒したのはただの【デコイ】だから」


「……何っ!?」


 ミラの言葉に驚いた邪神教徒は焦ったように周囲を見回し、気づいた。

 ヒュドラの真下にいる俺とルカに。


「あえて、これまでは幻影魔法だけで欺いてたんだよ。こんな感じで【デコイ】を通すためにね。面白いくらいきれいに引っかかってくれてありがとう」


「くっ……!」


「君、私が【デコイ】使えること知ってたよね? ゴブリンキングの時に私たちを見てたくらいなんだからさ。なのに簡単に騙されてて超ウケるんですけど! ねぇ、今どんな気持ち? ねぇねぇ、どんな気持ちですかー?」


「……クソッ! ヒュドラ、なんとしてでも止めろォ!」


 邪神教徒が焦ったように叫ぶ。

 ヒュドラが長い尾を高く持ち上げる。


 だが──。


「もう遅い!」


 俺とルカは、ヒュドラの首めがけて跳躍する。


 俺の剣を炎が包む。

 ルカも爪に炎をまとう。


 からの一閃!

 俺たちの攻撃が直撃し、ヒュドラの真ん中の首が飛んだ。


「ギュロォォォォォオオオオオオオッ!」


 振り上げられていたヒュドラの尾が、地面をたたきつける。

 すると、巨大な土の針が俺たちめがけて迫ってきた。


 俺たちは身をねじって土の針を躱しつつ、土の針の側面を蹴ってミラのほうへ跳ぶ。

 ミラは俺とルカを空中でキャッチし、すぐさまその場から飛び去る。

 直後、俺の眼前をブレスが突き抜けていった。


「……ミラが回収してくれなかったら、今ので終わってたな。本当に助かった」


「そもそもミラお姉ちゃんがいなかったら、ヒュドラのもとまでたどり着くのも不可能だったよ。ありがと、ミラお姉ちゃん!」


「どういたしまして。とゆーわけで、後は残りの首を片っ端から飛ばしてくだけだね」


 A+ランクのヒュドラが出てきた時はどうなることかと思ったが、ふたを開けてみれば有利な状態を維持したまま戦いを進めることができている。

 弱点である首を飛ばしたことで、ヒュドラはもう再生することができない。




「……は?」


 ブレス攻撃を完全にしのぎ切って地面に降りた俺たちは、ヒュドラのほうを振り返って目を見開いた。


 


「私の造ったヒュドラがただのヒュドラだと思ったか? 従来のヒュドラの弱点などとうに克服している」


 言葉を失う俺たちに向けて、邪神教徒は続ける。



「──【不滅の蛇王】。このスキルがある限り、ヒュドラは永遠に再生し続ける。我が最高傑作を倒すのなら、五つの首すべてを同時に飛ばすことだな」

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