第2-14話 ダークと邪神教徒
冒険者たちが異常発生した魔物の討伐に当たっているころ。
フォーゲルン大湿地の別地点で、騎士団もまた異常発生した魔物を討伐していた。
「おらッ! 体勢を崩したぞ! 今だ、やれ!」
「おうッ! おりゃぁぁぁあああ!!」
「敵、撃破! 引き続き討伐に当たります!」
四人一組のグループで魔物を討伐していく騎士たち。
その練度は非常に高く、Cランク以上の魔物にも全く引けを取っていなかった。
その中でも、彼は──ダーク・ハイリッヒは別格だった。
「魔物ごときが俺の前で調子に乗るんじゃない」
ダークは剣に闇をまとい、目の前の亀型モンスターに斬りかかる。
卓越した剣さばきで、難なく首に三太刀入れることができた。
が、亀なだけあって魔物の防御力は非常に高く、大したダメージにはなっていない。
倒せたとしても苦戦は免れないだろう。
「──とでも思ったか? 甘いな!」
ダークは亀の攻撃を躱した瞬間、その首に向かって剣を振るう。
刹那、亀の頭が空高く舞った。
「防御力の高さなど、俺の前では無力だ」
頭を失って崩れ落ちる亀を背に、ダークは剣を収める。
そんな彼に向かって、騎士たちは称賛の声を上げた。
「俺達でも苦戦する相手をあんなにあっさり倒すなんてすごいですね!」
「さすが入学試験で団長と互角に戦ったダーク様だ! 剣の腕がハンパねぇ!」
「剣の腕だけじゃなく、闇魔法も素晴らしいですっ!」
これでもかと称賛してくる騎士たちに向かって、ダークは片手を上げて笑顔を浮かべる。
(ハイリッヒ侯爵家に代々伝わる剣術に闇魔法を合わせた俺だけの剣だ。異常発生してようが高ランクだろうが、魔物ごときに遅れはとらねぇよ。俺の華々しい未来は約束されているのだから)
ダークは今回の作戦がうまくいくと信じて疑わない。
Bランクの魔物ですら、自分の前では雑魚なのだ。
自分の勝利は確定している。
敗北する未来など万に一つもあり得るはずがない。
──そう思った、その時だった。
「ぎゃぁぁぁぁぁあああああぁぁ!?」「がはッ……!?」「ぐぁぁぁあああッ!」「嫌だ死にたくな──ごっ……」
ダークの背後で悲鳴が上がる。
とっさに振り向けば──。
「……何が、起きている……?」
地面から生えた巨大な土の針によって、数人の騎士が
全員胴体を貫かれ、おびただしい量の血を流している。
すでに死んでいるのは、一目瞭然だった。
「死ぬ前に教えてやろう。お前たちがどれだけ多かろうと強かろうと、圧倒的な力の前では無力だということを」
どこからともなく男の声が響く。
全員が警戒する中、ぬかるんだ地面の中からソレは現れた。
強靭な鱗によって守られた巨大な胴体。
そこから伸びるしっぽと、太く長い五本の首。
それぞれの首の先には、人間など一口で丸のみにできるサイズの蛇の頭がついている。
縦に大きく裂けた瞳に睨まれただけで、騎士たちは体が麻痺したかのように動かなくなった。
「どうした、お前たち!」
体を硬直させガタガタと歯を鳴らす騎士たちを見て、慌てるダーク。
そんな彼に向かって、魔物の背から降りてきた黒ローブの男が答えた。
「なんてことはない。ヒュドラのスキル【蛇睨み】の効果だ。たったこれだけで戦闘不能になるなど、騎士団も大したことないのだな」
「誰だ、お前は?」
ダークは敵意を隠すことなく叫ぶ。
黒ローブの男はいたって冷静に返した。
「ヒュドラを前にして恐怖しないその心の強さに免じて教えてやろう。私は真神郷徒の一員だ」
「真神郷徒だと!? あの組織は百年以上もの間、一度も表舞台に出てくることなく暗躍し続けている組織だぞ! それが今になって堂々と姿を現すなど、信じられるか!」
「信じるのも信じないのも貴様次第だ。どの道、貴様にはここで死んでもらう。あの世から見ておくのだな。我らの夜明けを!」
「ハッ! お前とその魔物はここで俺が倒す。元凶を捕らえたとなれば、俺の手柄は絶対的なものになるんだ。逃す気はねぇ!」
ダークは剣を構え、最速で駆けだす。
「思い上がっていられるのも今の内だ。貴様は狩られる側、獲物でしかないのだから。やれ、ヒュドラ!」
「「「「「グォォォォオ!!!」」」」」
ヒュドラの五つの首が一斉に牙をむく。
首を鞭のようにしならせて放つ打撃に噛みつき攻撃など。
ダークはそのすべてを紙一重で躱し、一番右の首に肉薄。
一瞬で五回も斬りつけた。
「ギュ!?」
斬りつけられた首は思わずのけ反るが、他の首は怯むことなくダークに襲いかかる。
ダークはその攻撃すらも躱し、さらには首を蹴って跳躍。
もう一度、先ほど斬りつけた首に肉薄し──。
「竜殺斬り!」
闇をまとった剣で、その首を斬り飛ばした。
「なかなかやるじゃないか」
感心したように言葉を漏らした邪神教徒の前で、頭を失ったヒュドラの首がだらんと垂れ下がる。
「残る首は四つか」
ダークはヒュドラの首を蹴って、一度距離をとる。
ぬかるんだ地面に着地したところで、邪神教徒は口を開いた。
「闇魔法は他の魔法と違って、体系化されていない。それぞれの使用者によって使い方は変わる」
闇魔法の前提について説明してから、邪神教徒はあっさりとダークの手の内を看破した。
「貴様の闇魔法は、自身の攻撃力アップと斬った相手の防御力弱体化といったところか。剣術と闇魔法の融合、そのアイデア自体は面白い。実に面白い」
そこでいったん区切って、邪神教徒はこう続けた。
「──が、使い方がなってないな。闇魔法を使いこなせていない」
「………………は?」
ダークは思わず呆けてしまう。
(使いこなせていないだと……!? ふざけるな! 俺は天才なんだ! そんなことあるはずがねぇんだよ!)
その激情のままに動こうとして──。
「────は?」
動けなかった。
動こうという意思に反して、足が全く動かない。
まるで、足を拘束されたかのように。
「何がどうなって……」
とっさに下を見て──そこには、硬化した地面によって捕らわれた自分の足があった。
「なっ!? さっきまでぬかるんだ地面だったはずなのに──」
「貴様が私に意識を割いてる間に、ヒュドラが土魔法を使っただけだ。まさか、こんな小手先の技術にあっさり引っかかるとは思わなかったぞ」
「クソ! ふざけんな……! ふざけんなぁ!」
土の拘束から抜け出そうともがくダークに向かって、さらなる絶望が襲い掛かる。
先ほど斬り飛ばしたヒュドラの頭が、元通りに再生したのだ。
「圧倒的な再生力。それこそがヒュドラの強みだ」
ヒュドラが頭を大きく振りかぶる。
「クソが! 斬れろ! 斬れろぉぉッ!」
ダークは自身の足を拘束する土を何度も斬りつける。
なんとか拘束を振りほどけたが、動き出すよりもヒュドラの攻撃のほうがほんの一瞬早かった。
「ぐぁ……!」
ヒュドラのフルスイング攻撃が、ダークの体に直撃する。
ただでさえ大きくて重いヒュドラの頭が、超高速でぶつかったのだ。
その衝撃はとてつもないほどすさまじく、ダークは数十メートルも吹き飛ばされてしまった。
「がはっ……! 体が……動か、ねぇ……!」
それでもかろうじて意識を保っていられるのは、さすがと言わざるを得ないだろう。
だが、もうどうしようもない。
「貴様の命もここまでだ」
邪神教徒が邪悪に笑う。
ヒュドラが鎌首をもたげる。
「なんで……」
ダークは死を悟った。
そのとたん、長い間忘れていた感情が。
恐怖が、濁流のように押し寄せてきた。
(嫌だ、死にたくない死にたくない死にたくない! 俺はこんなところで死んでいい人間じゃないんだ! 俺の未来は絶対なんだ!! 死んでいいはずがないんだぁッ!!!)
「グォォォォォォオオオッ!」
ヒュドラが雄たけびを上げながらダークに喰らいつこうとする。
「ひぃ!?」
その牙がダークに届く──それよりも先に。
「竜殺斬り!」
ダークに迫るヒュドラの頭が斬り飛ばされた。
「真神郷徒、お前たちの野望はここで止める」
(誰だ……? 聞き覚えのある声がして──)
ダークは恐る恐る目を開ける。
目の前には、黒髪の少年が。
ダークの兄だった少年が立っていた。
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