第2-7話 混浴
「あ、言い忘れてたけど、混浴だからね」
………………はい……?
俺は思わず目が点になってしまう。
混浴……? 今、混浴って言ったよな?
「もともと誰もいなかったけど、念のため貸し切りで予約したから混浴しても問題ないよ」
「違う、そこじゃない」
サムズアップするミラにツッコむと、ミラはニヤニヤ顔で煽ってきた。
「もしかして恥ずかしいの?」
俺は無言で顔を逸らす。
「ふ~ん、やっぱりそうなんだ」
ミラは悪い笑みを浮かべると、今度はルカに話しかける。
「ルカはどうしたいのか教えてくれる?」
「混浴って、一緒にお風呂に入るってこと?」
「そだよー」
ミラが肯定するなり、ルカは即答した。
「ルカは賛成~。クロムお兄ちゃんとミラお姉ちゃんと一緒ならすごく楽しいもん!」
やめて、その純粋な笑顔。
すごく断りづらいんだけど……。
「多数決では私たちの勝ちだよ。どうする、クロムくん?」
勝ちを確信したミラの表情は、ぶっちゃけちょっとウザかった。
「……恥ずかしいから断りたいんだけど」
「そうなん。私は恥ずかしくないから問題ないね、レッツゴー!」
「拒否権ないのかよ」
俺はミラに引きずられて脱衣所へ。
服を脱いで浴場に出れば、目の前にはアクアマイムの街並みが広がっていた。
もう少しで夕日なのもあって、すでに空は赤い。
「アクアマイムを一望できる露天風呂。どう、最高でしょ?」
ミラが自慢気に問いかけてくる。
「最高だよ、ミラお姉ちゃん!」
「……ああ、最高だな」
確かに最高の景色だ。それは認める。認めないわけがない。
だけど、それ以上に俺は恥ずかしかった。
それもこれも、全部ミラのせいだ。
ミラは起伏に富んだ体つきをしている。
そのミラがタオル一枚で……なんかこう、いろいろとヤバかった。
よく「年のわりに大人びてる」とか言われる俺だけど、まだ思春期真っ盛りだからね!?
ミラにはそれを分かってほしい。
……いや、ミラのことだ。
絶対に分かった上でやってるな、これ……。
俺が静かにため息をついていると、ルカが話しかけてきた。
「クロムお兄ちゃん、背中洗いっこしよ! もちろんミラお姉ちゃんも!」
「おっ、いいね! やろやろ! もちろんクロムもするよね?」
「……はいはい、俺も参加します」
いろいろと考えても疲れるだけだから、俺は考えることをやめた。
みんなで背中を流し合ってから、俺たちは湯船につかる。
内容は恥ずかしいから聞かないでくれ。
「おぉ……! 体の芯が温まる……!」
温泉の温度は少し熱いくらいだったけど、その熱さがまた心地よかった。
ちらりと隣を見れば、ルカとミラも気持ちよさそうにリラックスしている。
「最高~」
「生まれて初めての温泉……。最高ですな~」
ルカは頭からぴょこっと生えた狼の耳が垂れている。
ミラは仮面のせいであまり表情が分からなかったけど、口元はだらーんと緩んでいた。
「というか、こんな時でも仮面はつけたままなのか。ずっとつけっぱなの大変だろ?」
「うっかり外したらとんでもないことになるからね」
「確かに……物騒なエクストラスキル持ってるもんな」
「まあまあ、私のスキルはどーでもいいから。今は景色を楽しまなきゃ!」
「そうだな」
街を眺めながら湯船につかること数分。
空の色がどんどん朱に染まっていく。
「いよいよだよ、とっておきは」
ミラがニヤリと笑う。
そのまま数分待っていると、とうとうその時が訪れた。
街が夕日に照らされてゆく。
白を基調とした建物たちがオレンジ色に変化していく。
街中の運河が光を反射してオレンジ色にキラキラと輝く。
特等席から眺める絶景は、まさに圧巻の一言だった。
俺とルカは言葉も忘れて魅入ってしまう。
そんな俺たちに向かって、ミラは楽しげに話しかけてきた。
「食事も景色も同じだよ。誰かと一緒だともっと楽しくなる。そうは思わない?」
つい、嬉しさが込み上げてくる。
ミラが貸し切り予約してまで混浴したがったのは、この景色を三人で一緒に見たかったからなのだと分かったから。
……まあ、ミラのことだから俺をからかいたかったってのもあるだろうけど。
それを含めても、三人でこの景色を見れてよかった。
そう思わずにはいられなかった。
「誰かと一緒だともっと楽しい、か。ホントにその通りだな」
「ん、ルカもその通りだと思う! だって、すごく楽しいもん!」
「やっぱ、そう思うよね。だったら──」
ミラは楽しそうに笑って、俺とルカの肩に腕を回す。
そして──。
「もっと一緒に楽しも?」
俺たちは抱き寄せられた。
……あの、ミラさん、そのですね、腕に柔らかい感触が……。
顔が赤いのはのぼせただけだと弁明するのに時間がかかったのは言うまでもない。
温泉を出た俺たちは食堂へ移動する。
席に案内されてしばらく待っていると、とうとう料理が出来上がった。
テーブルの上に次々と皿が並べられていく。
料理はアクアマイムの周辺や湿地帯で獲れた魚介類がメインとなっていた。
調理法は様々だが、中でも魚を油で揚げた料理がおいしそうだ。
香ばしい香りが、なんとも食欲をそそる。
「儂らは二人とも、若いころはシェフとして働いておりましたからな。味には自信がありますぞ」
「ではでは、ごゆっくりお楽しみくだされ」
老夫婦は厨房に戻っていく。
「二人がもとは一流の料理人だったってのも、ここを選んだ理由だよ。というわけで、いっただっきまーす! ん~、おいしい!」
頬に手を当てて咀嚼するミラに釣られて、俺とルカも食べ始める。
料理のお味は……うん、うまい!
隣を見れば、ルカは満足そうに目を細めていた。
「どう? 私の見立ては間違ってなかったでしょ?」
「ん、どれもおいしい!」
「ああ、特にこの天ぷらってやつが最高だな」
食欲をそそるジューシーな香り。
衣はサクサクで中はしっとり。
噛めば噛むほど魚のうま味が口の中に広がっていく。
どの料理もおいしいけど、天ぷらは別格だった。
あっという間に料理を食べ終わった俺たちは、老夫婦を呼ぶ。
おかわりをしようと思ったのだけれど──。
「……それが、天ぷらは先ほどの品で最後なのです」
そう言われた。
なんでも、天ぷらに使われている魚の漁獲量が激減したらしい。
そのせいで値段が高騰し、仕入れることができなかったとのこと。
漁獲量はなぜ減少したのか?
その理由はすぐに分かった。
「湿地帯で魔物が異常発生するという出来事が相次いでおりましてな。そのせいで漁自体が行われていないのです」
異常発生した魔物に襲われたり、異常発生した魔物に住処を奪われたなどの理由で気が立っている在来の魔物に襲われたりなどの理由で、まともに漁ができていないのだと。
フォーゲルン大湿地の魔物異常発生事件は、こんなところにも影響してたのか……。
ひとまず、俺たちは別の料理を頼む。
魔物異常発生事件については、ここで考えても仕方がない。
俺たちが何かできるわけでもないしな。
というわけで、俺たちは引き続き食事を楽しむ。
うん、やはりうまい。
天ぷらがおかわりできなかったのは残念だけど、充分満足だ。
デザートまで堪能したところで、俺たちは部屋に戻った。
「さて、明日の予定だけど……冒険者ギルドに行くってことでいいか?」
部屋に戻るなり、俺はそう切り出した。
もともとは明日も観光する予定だったけど、俺は少しだけ魔物異常発生事件が気がかりだった。
「何か依頼を受けたりするの?」
「いや、あくまで情報収集したいだけだ。依頼はどんなのがあるのか確認しないとなんとも言えない」
そう答えると──。
「ちょっとギルドに行くくらいなら全然オッケーだよ。どのみち、この街にはそれなりに滞在する予定じゃん」
「そうそう、観光はいつでもできるんだから大丈夫だよ。それに、その事件はルカもちょっと気になるし」
ルカの言葉にミラもうんうんと頷く。
「俺のワガママに付き合わせちゃって悪いな」
とにかく、やることは決まった。
明日の予定についての話はここまでにして、俺たちは今日の思い出をのんびりと語り合う。
護衛依頼。
観光。
温泉。
料理etc……。
気がつけば、あっという間に二時間くらい経っていた。
ルカの眠気が限界を迎えたということで、雑談会はお開きに。
ルカが眠るのを見届けてから、俺とミラも眠りについた。
ちなみに、ルカはミラと一緒に眠っている。
今日はミラと一緒がいいらしい。
ちょっと寂しかった。
そして翌日。
朝の支度を終えた俺たちは、予定通りギルドに向かった。
「相変わらず、この時間は人が多いね~」
受付のほうでは人が並んで列ができていたから、まずは依頼のほうを確認しようということになった。
俺たちがクエストボードのほうに向かおうとした、その時──。
「──久しぶりだな、クロム」
俺の背後から、聞き覚えのある声がした。
振り返ると、そこには一人の男が立っていた。
「……お久しぶりですね、ルキウスさん」
元Sランク冒険者にして、ここのギルマスである男が。
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