第2-6話 情報と観光

「わぁ、きれい……!」


「まさに百聞は一見に如かずってやつだね」


「ああ、来てよかったな」


 アクアマイムにやって来た俺たちは、街の景観に目を奪われていた。

 この街のことは知識では知っていたけど、実際に来たのは今回が初めて。

 まさにミラの言った通りで、この街は想像以上に美しかった。


 規則的に立ち並ぶ、白を基調とした石造りの建造物。

 街中には運河が巡っていて、まさに水の都と呼ぶのにふさわしい景観に仕上がっていた。


「あれ楽しそう!」


 ルカが指差したほうを見ると……。

 客を乗せた小舟が、のんびりと運河の上を進んでいた。

 うん、楽しそうだな。


「ギルドで手続き済ませたら、みんなで乗らない?」


 というミラの提案に、俺とルカは秒で賛成した。

 せっかく遊びに来たのだから、楽しまない手はない。


 楽しみが一つ増えたところで、俺たちは依頼主から報酬をもらってギルドに向かった。

 まずは依頼達成の手続きとリザードマンに関する情報提供をしないとな。


「着いた、ギルド!」


 アクアマイムの冒険者ギルドは、街の中心部にある噴水広場のそばにあった。

 ギルドの建物も石造り仕様だ。

 俺たちは中に入る。

 すぐに受付嬢のもとに向かった。



「──依頼達成おめでとうございます。こちらで手続きさせてもらいますね」


 まずは依頼達成の手続きを終える。

 これでまた一歩ランクアップに近づいた。


 それから、情報提供。

 リザードマンについて伝えると、予想外の答えが返ってきた。


「とうとうこの街の近くでも起こり始めましたか……」


「何か知ってるんですか?」


 俺は思わず聞き返す。

 リザードマンの話が出たとたん受付嬢さんの雰囲気が暗くなったんだ。

 気にならないわけがない。


「実は…………」


 それから語られたのは、不穏な内容だった。


 曰く、ここ最近フォーゲルン大湿地で魔物の異常発生が頻発しているそうだ。

 それも、そこそこランクの高い魔物が立て続けに。


 すでに何度か、異常発生した魔物や、異常発生した魔物のせいで生息域を出ざるを得なくなった魔物たちが、フォーゲルン大湿地に接する街の近くに出没する事件が発生しているらしい。

 まだ大きな被害は出ていないが、小さな被害はすでにフォーゲルン大湿地内外で出始めているそうだ。


「──ですから、貴方たちが遭遇したリザードマンもそういった個体だと思われます」


「……そうですか。情報ありがとうございました」


 魔物が異常発生すること自体は、実はそれほど珍しくない。

 魔物の生態は未だよく分かっておらず、進化や自然発生で本来その場所にいないはずの魔物が現れることはたまにあるのだ。


 しかし、それが立て続けに起こることは考えにくい。

 偶然が何度も重なっただけという可能性もあるが、いかんせんゴブリン集落事件があった直後だ。

 嫌でも、最悪の可能性が頭に浮かぶ。



 ──ゴブリン集落のように、裏で何者かが手を引いているのだという可能性が。



 そんなことを考えながらギルドを出たところで、ケインさんとクレナさんが話しかけてきた。


「そんじゃ、お前たちとはここでお別れだな。たったの三日間だったが、スゲェ楽しかったぜ!」


「ええ、一緒に依頼を受けることができてよかったです」


 二人も旅行目的でこの街に来たわけだからな。

 依頼が終わった以上、二人とはここでお別れになる。


「こちらこそ楽しかったです。三日間、お世話になりました」


「ルカも楽しかったよ! またクレナお姉さんの料理食べさせてね!」


「二人とも仲良く楽しんでね~」


 俺たちは別れの言葉を告げてから、人ごみに消えてゆく二人に軽く手を振る。

 それから踵を返した。


「さあ、俺たちも観光しよう」


 まずは楽しみにしていた運河巡りだ。

 船着き場でお金を払って、のんびり船の旅に出る。

 肌を撫でる心地いい風を堪能しながら、俺たちはたっぷりと観光を楽しむことができた。


「そろそろお腹空いてきた」


「私も空いてきたな~」


 というわけで、次はご当地グルメを堪能していく。

 特に絶品だったのは、人喰い大ウナギとかいう物騒な名前をした魔物のかば焼きだ。

 ルカはよほど気に入ったのか、かば焼きだけで三回もおかわりしていたぞ。


「ふ~、もうお腹いっぱい。満足」


「俺も満足。これ以上は夜ご飯が食べれなくなるから、続きは明日だな」


 ご当地グルメを堪能した俺たちは、再び噴水広場に戻ってきた。

 ミラが少しだけ一人行動するとのことで、待ち合わせにちょうどいいこの場所に戻ってきたのだ。


 俺がベンチに腰掛けると、すぐ隣にルカが座る。

 しばらく雑談していたら、ルカがうとうとし始めた。


 どうやら、満腹になったことで眠くなったらしい。

 すぐに俺の肩にもたれかかって寝息を立てだした。


「ゆっくり寝てていいからな。ミラが戻ってくるまで、俺が枕になるから」


 俺は目の前の噴水を眺めながらのんびり過ごす。

 それから一時間ほど過ぎると、ミラが戻ってきた。


「ただいま!」


「……んぅ。ミラお姉ちゃん、おかえり」


 ミラの声に反応して、ルカは目を覚ました。

 大きく伸びをする。


「待たせてごめんね。よさげな宿見つけて予約してきたよ」


「それで一人行動してたのか」


 ミラがよさげな宿と言うくらいなのだから、きっといいところなのだろう。

 そろそろ日が沈む時間だというのもあって、俺たちはその宿に向かう。

 街の外れに向かって歩くこと数十分。

 ミラに案内されたのは、街の一番端にある丘の上に建てられた小さな宿だった。


 街の中心部に面した通りに立ち並んでいる観光客向けの大きな旅館ではなく、街外れの小さな宿。

 なぜミラはここを選んだのか気になった。

 聞いてみると、


「この宿の人たちには失礼な物言いになっちゃうんだけど、ここは人気がないみたいでね。私たち以外には誰もいないから、三人でのんびり過ごすのにはちょうどいいかなって」


 と、言われた。


 なるほど、そういうことか。


「ありがとな。ミラが俺たちのためにこの宿を選んでくれて嬉しいよ」


 人がたくさんいる観光客向けの大きな旅館よりも、こういった静かな場所でのんびりと過ごしたい気分だったからな。

 それはルカも同じだったようで、お礼を伝えながらミラに抱き着いていた。


「ふっふっふ、もっと私を褒め称えるがいい!」


「ミラお姉ちゃん最高!」


「当然だとも!」


 というやり取りをしてから、俺たちは宿の中へ。

 ミラはお姉ちゃんっぽいことができて嬉しかったのか、いつにもまして上機嫌だった。

 桜色の唇が楽しげに持ち上げられ、鼻歌まで歌っている。


「いらっしゃいませ」


「よくぞ、おいでくださいました。ささ、どうぞこちらへ」


 宿に入った俺たちを出迎えてくれたのは、二人の老夫婦だった。

 チェックインしながら聞いてみたところ、この宿は二人だけでいとなんでいるそうだ。

 なんでも、老後の趣味でやっているらしい。


「悪くない部屋だな」


 チェックインして案内された部屋は、意外と広かった。

 宿の大きさに対して部屋数が少ないなとは思っていたけど、その分、一部屋が広く作られていたのか。

 ふかふかのベッドや大きな机など、内装のほうも充実している。


 荷物を置いたところで、ミラが話を切り出した。


「私がこの宿を選んだ一番の理由は、見てからのお楽しみだよ~。時間制限あるからレッツゴー!」


 ミラに急かされて、俺とルカは彼女の後を追う。

 温泉にたどり着いたところで、ミラから予想外の一言が告げられた。



「あ、言い忘れてたけど、混浴だからね」



 ………………はい……?



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