第2話 追放

 俺が授かったのは、【キメラ作成】のスキルただ一つだけだった。


 帰りの馬車の中で、父上もダークも口を開くことはなかった。

 俺は、何も言えなかった。


 【キメラ作成】。

 こんなスキルは聞いたことがない。

 通常スキルであることを考えると、強いとも思えない。

 いわゆる、外れスキルというやつなのだろう。


 俺はハイリッヒ侯爵家の長男として、強いスキルを授かることができると思っていた。

 そして、いずれは当主の座を引き継いで。


 ──民を守るという貴族の責務を果たしていく。


 そう思っていた。


「クロム、話がある。私の部屋に来い」


 家に着くなり、父上にそう言われた。


 絶対にいい話なはずがない。

 そうと分かっていても、行くしかなかった。


 ノックをして父上の部屋に入る。

 父上の様子は、先ほどまでの馬車の中よりも何倍も険しかった。


「クロム。貴様はもう、家族じゃない」

「…………は、い……?」


 ……何を言われたのか分からなかった。


「父上、それはどういうことで……」

「何度も言わせるな、この出来損ないが!」


 ……まさか、ここまで言われるとは思わなかった。

 確かに俺は外れスキルしか授からなかったけど、でも……!


「貴様は昔からずっとそうだ。何をしても才能がない落ちこぼれの無能だ。頭も良くない。剣の才能もない。大した魔法も使えない。強いスキルも使えない!」

「ですが、勉強は一生懸命頑張りましたし、剣だって十年間どんな時も欠かさず毎日振り続けて──」

「笑止、だからどうした?」


 すべてを否定する、冷徹な声。


「結果が全てだ。お前は強くない。魔物一匹倒せない」


 事実だから、何も言い返せない。


「叶うはずもない願いをただ口にするだけのゴミだ、貴様は」


 涙がボロボロとあふれてくる。


「今すぐ家を出ていけ。貴様のようなやつは存在するだけで汚点だ」


 それっきり、父上は口を開くことはなかった。

 もうお前と話すことは何もない、とでも言うかのように。


「……わかり、ました」


 俺はそれ以上何も言うことなく、自室に戻る。


「もう、ここにはいられないのか……」


 家を出るのに必要なものを集めていく。


 貴族の小遣いよりも圧倒的に少ない全財産。

 自主鍛錬でしか使うことのなかった愛剣。

 着替えに必要な衣服やその他もろもろ。


「あとは炎の魔石か。スペースとるし重いけど、これは野営で必須だ」


 俺は、最後に机の引き出しを開ける。

 そこには、もう何度読んだかもわからないボロボロの本が入っていた。


 ……宝物を開く。


 これは、かつて存在したという英雄たちのお話。

 たくさんの人を救って、悪を打ち破って……最後には、世界を滅ぼそうとした邪神を封印することに成功したという英雄たちのお伽噺とぎばなしだ。


 ……俺も、英雄たちみたいに強くなりたかったなぁ……。

 そしたらきっと、今よりももっとたくさんの人を助けることができたのだろう……。


 そっとページを閉じる。

 引き出しの中に仕舞う。


「俺には……無理だ……」


 荷物をまとめて、部屋を出る。


「どこに行くんですか、兄上」


 部屋の前にはダークが立っていた。

 室内だというのに、なぜか剣を持っている。


「……家を出ることにする」

「へぇ~、そうなんだ。とっとと出ていきなよ」


 返ってきた反応は、予想外のものだった。


「ダーク……?」

「実は俺さ。お前のこと嫌いだったんだよ、クロム」


 それと同時に、ダークが剣の鞘で切りかかってきた。


「ごはッ……!?」


 みぞおちに強烈な衝撃。

 俺は吹き飛ばされてしまう。


「みじめだねぇ、クロム。毎日必死に剣を振っても、雑魚の魔物すら倒せないお前じゃ俺には絶対に勝てない。ハッ、いいザマだ」


 荒い呼吸を整えながら、ダークの顔を見上げる。


「落ちこぼれが俺の兄なんて不愉快で耐えられなかった!」


 ダークが不愉快そうに顔を歪める。


「でも、今日からもうお前は兄じゃない。俺は優しいからさ。今すぐ視界から消えてくれるのなら見逃してあげてもいいけどね。オラ、とっとと行けよ無能野郎!」


 俺は、歯を食いしばってその場を後にするしかなかった。

 後ろからダークの笑い声が聞こえてくるが、無視して進む。


 家を出た俺は、真っ先に食料や装備品を買い込んだ。

 狼の魔物の革で作られたこの装備は、防寒や寝るときの敷き物としても役に立つだろう。


「どこか他の街に行って……そこで働き口を見つけるしかないか」


 今の買い物で、お金はかなり減ってしまった。

 その残りも、馬車に乗ったことでほとんどなくなってしまった。


 馬車の中で数時間揺られ続ける。


 空がだいぶ暗くなってきたころ、馬車が止まった。

 今夜はこの村で一泊することになる。

 出発は明日の朝だ。


「おや、これはこれは。クロム様ではありませんか」


 馬車の外で凝り固まった体をほぐしていると、見知ったおじいちゃんが話しかけてきた。


「あ、村長」

「こんなところにたったお一人でどうかされましたかな? 侯爵様のお姿は見えませぬが……」

「実はそのことなんだけど……」


 隠してもしょうがなかったから、俺は本当のことを話した。


 追放されたこと。

 もう貴族じゃなくなったこと。

 他の街に行く途中でこの村に立ち寄ったこと。


「……そうでございますか……そうじゃ!」


 村長はしばらく考えたのちに、ポンっと手を叩いた。


「今夜は村の住人全員で宴にしましょうぞ! 夜はワシの家に泊まってくださるとええ!」


 予想外の申し出に、俺は戸惑う。


「それだとみんなに迷惑が……」

「クロム様なら全員歓迎しますじゃろうて。前にこの村が魔物に襲われた時、クロム様は必死でワシらに回復魔法をかけてくれたじゃありませんか。今回はそれのお礼ですじゃ」


 魔法は、スキルとは全くの別物だ。

 適正は生まれつき決まっていて、魔法を使える人は百人に一人ほどしかいない。


 俺は運よく、回復魔法だけは使うことができた。

 だから、この村の人たちが魔物に襲われた時に治療した。


 誰かの役に立ちたいから。

 誰もを助ける英雄のようになりたかったから。


「でも、それは三年前の出来事だし……。第一、もうお礼してもらって──」

「皆の者ォ!! 今夜は宴じゃぁあ!!!」


 俺は申し出を断ろうとしたけど、村長は俺の言葉をさえぎって宴の準備を進めていく。

 驚くことに、本当に村人全員が俺を歓迎してくれた。


 村で出せる精いっぱいの料理を、みんなが俺に勧めてくる。


「本当に、ありがとうございます……!」

「泣くほどのことじゃないですよ。俺たちは全員クロム様に恩があるのですから!」

「そうですよ。じゃんじゃん作るんでじゃんじゃん食べていってくださいね!」

「クロム様、元気出して!」


 ごちそうになった料理はどれも心に沁みる温かさがあって、とてもおいしくて。

 みんなが俺を元気づけようとしてくれたことが、何よりも嬉しかった。


「ではでは、おやすみなさいですじゃ」

「本当にありがとうございます。村長もおやすみなさい」


 厚意を無下にするわけにもいかず、俺は村長の家に泊めてもらうことになった。

 暖かい布団で眠りについた。




「……ん?」


 明け方ごろだろうか?

 やけに外が騒がしくて俺は目が覚めた。


 気になって、窓の外を見る。


「……なん、だ!? 何が起こってるんだ!?」


 村から火の手が上がっていた。

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