第3話
大学の正面玄関から現れたゴブリンに、俺たちの考えたことは一致した。
「逃げるぞ!走れ!」
俺たちはゴブリンから逃げ出した。
俺が大学に向かった道を戻るようにして走ること数分。
「はあ、はあ……追ってこないみたいだな」
「あんなのもいるなんて聞いてないわよ」
この世界はもうゲームの中なんじゃないかってくらいに、あり得ないことの連続だった。俺らが見たのはまだ動物に近い物だった。しかし、さっき見たのは人の形をした、ただの怪物。
「栞ちゃん、大丈夫か?」
体調が悪そうにしていた栞ちゃんも俺と小橋が引っ張るようにして連れてきた。たくさんの死体が転がっている大学内を通って間もないことだったので、少し心配だな。
「はあ、はあ、大丈夫です。少し、歩きましょう」
息を切らしながら答えてくれたが、彼女は足を止めようとはしなかった。
「栞、休憩してもいいのよ?」
小橋も栞ちゃんに心配そうに声をかけるが、相変わらずそのまま栞ちゃんは歩き続けた。
「……だって、あんなのに襲われたくないもの。それに立ち止まってたら、その分帰るのも遅くなるから」
栞ちゃんが真っ青な顔をしながらでも、歩みを止めないのはその理由だった。
たしかに、立ち止まっていたらその分、帰りも遅くなるし、帰る時も何かと遭遇しないとも限らない。時間に余裕を持って行動するのが最善だった。
「わかった。ほらこれ、水でも飲んでおけ。さっき逃げる時に、捨ててきちゃっただろ?」
そう言って、俺は再び栞ちゃんに水を差し出した。無我夢中で逃げてきたから、小橋も栞ちゃんも水の入ったペットボトルをその場に捨ててきてしまった。
「すみません、ありがとうございます」
「小橋も後で分けてもらえ。これで最後の一本だからな」
俺が鞄に詰め込んできたペットボトルは3本だった。大学で彼女たちに渡した2本と、栞ちゃんに今渡した物で全てだった。
「松藤くんはいいの?最後なんでしょ?」
「ああ、大丈夫だよ。大学に行く途中でコンビニに寄って店長に飲み物ももらったんだよ。すぐ飲み干しちゃったんだけどな」
「なら遠慮なくいただくね」
こうして俺らは歩きながらではあるが、少し休憩を取ることができた。
「とりあえず、コンビニに向かうか。店長に助けてもらおう」
「その方がいいかもね」
俺と小橋はモンスターが出現した世界で、一番頼りになるであろう店長に助けを戻ることで同意した。
「あの、店長さんって人はどなたですか?」
「ああ、栞ちゃんはわからないよな。俺と小橋の働いてるコンビニの店長なんだけど、趣味がキャンプだからサバイバルも得意なんだ。そして何より、俺が知ってる人で一番強いと思う」
「そうなんですか。それは頼りになりますね」
「そこまでは多分1時間以上はかかるけど、焦らず慎重に向かおう」
俺たちは店長がいるであろうコンビニに、周りに注意しながら向かうことになった。
◇
コンビニに向かい始めて1時間が過ぎた頃、俺たちの前に再びモンスターが現れた。
現れたのは俺が大学に向かう途中に出会ったツノウサギだった。はじめに見たものよりも若干サイズが小さく、80センチほどくらいの大きさだった。
「そこの物陰に隠れてやり過ごすか」
俺は近くにあった低木が植えてある花壇を指差してそう言った。ほとんど手入れされている様子はなく、低木と雑草がかなり生い茂っていた。
「そうしましょう。松藤くんが言ってたウサギってあいつのこと?」
「ああ、そうだ。もう少しサイズは大きかったけどな」
俺たちはウサギにバレないように小声で話した。距離にしておよそ100メートルは離れているので、まず気付かれることはないと思うんだが。
しかし、ツノウサギはこちらに歩いて向かってきていた。俺たちに気づいたというよりは、ただ移動するルートが俺たちの方だという感じだ。
「非常にまずいな」
「どうする?まだバレていないみたいよ?」
「……限界まで引き寄せて倒すしかない。今逃げようにも、おそらく向こうに気づかれるはずだ。それなら近くに来たところを仕留める方が簡単そうに思える」
「でも松藤くんの持っているのただの木刀じゃない。倒せるの?」
小橋は俺の装備を見て不安そうにそう言ってきた。確かに見た目はリュックを背負って木刀しか持っていないように見えても仕方がない。
「いざとなったらこれがあるさ」
俺は腰につけていたサバイバルナイフを小橋たちに見せた。
「なんでそんな物騒なもの持ってるのよ」
「前に店長がくれたんだ。……もう話してる暇はなさそうだな」
ツノウサギは俺たちからすでに20メートルほどのところまで近づいていた。俺たちが隠れている低木の陰からもその姿がよりはっきり見える。
「2人はそのまま隠れていろ。もし俺に何かあったらその時は全力でコンビニに向かってくれ。俺のことは置いていっていい」
「見捨てておいていけって言うの?そんなことできないわよ」
俺の提案に反論してきた小橋だったが、俺たちにはもう議論をする時間は残されていない。
「……もう時間がない。しっかり隠れていろよ」
そう言って低木の陰に二人を残して、俺はツノウサギに向かって行った。
ツノウサギもこちらには気がついていなかったようで、俺が目の前に飛び出してきたことに驚いている様子だった。
相手が隙を見せている今がチャンスだと思い、全力で木刀をツノウサギに向かって振るった。
だがその攻撃は地面を叩くことになってしまう。ツノウサギは攻撃が当たる直前に、バックステップのような動きで回避した。
そんなに速く動けるとは考えていなかった。実際、先ほどの先制攻撃で仕留めたと判断してしまった。わずかに油断してしまったのかもしれない。
「クソ!」
最初の攻撃を外した俺はすぐさま次の攻撃に入ろうとしたが、ツノウサギは回避した直後にこちらに飛びかかってきた。
「あぶねえ!」
突進してきたツノウサギのツノを受け流すようにして、間一髪で横に避けた。
そして、攻撃を受け流されたツノウサギの背中はガラ空きだった。
俺は腰につけていたサバイバルナイフを引き抜き、首の根元に向かって全力で刺した。
「ピギーーーー!」
ツノウサギは刺された瞬間に、断末魔の叫びをあげて、すぐに絶命してしまった。
「はあ、はあ、危なかった」
初めてのモンスターとの戦闘はなんとか倒すことができたが、正直致命傷を負ってもおかしくはなかった。
不意をついたはずだった最初の攻撃も避けられ、逆にこちらが隙を見せてしまうことになってしまった。やはり剣道も高校の部活でしかやっていないし、ブランクもあったのだろう。まして相手が動物だったら尚更、攻撃の仕方も変えないといけないかもしれない。
「返り血がすごいな。気持ち悪っ」
ツノウサギの首元をナイフで突き刺した時に飛び散った返り血は、俺の着ていた白いTシャツを所々赤く染めてしまった。
初めて生き物を殺したことには、特に何も思わなかったが、さすがに血を浴びてしまうことはかなり気持ち悪かった。
「2人とも、もう大丈夫だ」
俺は低木の陰に隠れていた2人に声をかけた。
「松藤くん、大丈夫……じゃなさそうね!どこを怪我したの!」
「松藤さん、しっかりしてください!」
二人とも俺の服についた返り血を見てなにやら勘違いをしている様子だった。
「いや、大丈夫だから。これ返り血な?」
「え、そうなの。良かった……」
「それよりも早く行こう。近くにも似たようなモンスターがいるかもしれない」
こうしてモンスターとの初戦闘がおわった俺たちは、再び急いで移動することにした。
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