第2話
「誰も出歩いていないな」
アパートを出て大学に向かう俺だったが、先ほどまでそれなりに出歩いていた住民やサラリーマンの見る影もなくなり、遠くの方では救急車のサイレンが鳴り響いていた。
どうやら夢ではなさそうだ。できれば夢であってほしいという現実逃避をしたいところではあるが。
「あ、店長のところ行ってみるか。」
今日のシフトだと店長はこの時間もいるはずだった。こういう非常事態にも意外と強いかもしれない。
俺は全速力でコンビニに向かった。
◇
「店長!!」
入り口を開けた瞬間に俺は店長を大きな声で呼んだ。すると休憩室の方から返事が聞こえた。
「どうした松藤、そんなに慌てて」
休憩室から出てきた全身ムキムキのボディビルダーのような男がこのコンビニの店長であった。お客さんからは陰でヒグマと呼ばれている。
「どうしたって、テレビ見てないんですか?大変なことになってるじゃないですか!」
「ああ、見た。だからこれ持ってニュース見てたんだ」
そう言って店長が取り出したのは。
「なんで日本刀なんか持ってるんですか!普通そんなの持ってる人いないですよ?」
「俺の爺さんが昔から日本刀集めてて一本預かってたんだよ。手入れもきちんとしてあるから切れるぞ?」
「そういう問題じゃない気がするけど……」
この店長は少し……いや、それなりに頭がぶっ飛んでる人だった。特に意味もないのに無駄にトレーニングしたり、対人戦の訓練をしたり。さらにらキャンプに行った時に、襲ってきたツキノワグマを素手でボコボコにして撃退したっていう噂もあるくらいには戦闘能力も化け物らしい。
「それで、お前なんでそんなに慌ててるんだ?」
「あ、そうだった。小橋さんの通ってる大学内にもあの生き物が出たみたいで。仕方ないから助けにいくんですよ」
「それでそんなに焦ってるのか。でもお前そんなに人助けとかするタイプじゃないだろ」
「……助けてくれって電話来たのに見捨てて死なれたら、それほど寝覚めの悪いことないですよ」
この人は人の気にしてることをチクチク突いてくるようなタイプだ。俺も自分でわかってるよ。人助けなんて柄じゃないなんて。
「まあやる気があるなら止めねえけどよ。その辺の携帯食料でもカバンに入るだけ持っていけ。今後どうなるか分からねえからな」
「ありがとうございます。店長はどうするんですか?」
「俺はとりあえずここで店番でもしてるかな。この混乱に乗じて泥棒とか入ってきそうだしな」
俺は店長に言われた通り棚に置いてあった携帯食糧をカバンに入るだけ詰めてコンビニを後にした。店長がいればこの店も安心だろうな。
「少し急ぐか」
俺は再び駆け足で大学に向かうことにした。
◇
大学まであと15分ほどのところでついに会いたくないやつと対面した。
「ウサギ……なのか?」
見た目は可愛らしい雰囲気だがその大きさは俺の知ってるウサギではなかった。オートバイほどはあろうかという大きさで、しかも頭に大きなツノが生えていた。そんなのはゲームで見るツノウサギとかだけにしろよ。
「あいつはツノウサギと呼ぼう。ハハハ……本当にファンタジーじゃねえかよ」
俺は引き攣った笑みを浮かべることしか出来なかった。幸い向こうはこちらに気づいていないようなので、ツノウサギが場所を変えるまで動かないようにした。
それから数分たち、ツノウサギが場所を変えるのを確認してから、俺は再び動き出した。
「冷や汗が尋常じゃないな」
着ていたTシャツの背中の部分が汗でびっしょりになるくらいには緊張していた。
見た目がウサギに近いからと言って、その戦闘能力が低いとも限らない。
俺はツノウサギに出会ったことで今までより慎重に進むことにした。
◇
「ようやく着いたな」
俺が大学に着いたのはアパートを出てから1時間半が過ぎた頃だった。
ツノウサギと出会ってからビクビクしながら進んだので、かなりの時間が過ぎてしまった。
「それにしても、ひどい光景だな」
正門から大学に入った俺の目には、血だらけで横たわっている人々がたくさん見えた。
この人たちはもうすでに生き絶えているのかもしれない。
「……気持ち悪くなってきた」
昔はFPSなどのゲームにハマっていて、このようなシーンも目にしたが、やはりゲームと現実は違う。ついさっきまで普通に生活していた人が、こうやって殺されてしまっているし、もしかしたら俺がこうなっていたのかもしれない。
「早く小橋の元に向かわないと」
俺は周りに注意しながら正面玄関に向かった。
玄関に入ると、すぐ目の前に小橋が言ってたであろう階段が目についた。すると階段を登る途中にある窓から見える中庭に、ニュースで見た黒い渦のようなものがあった。
ゲームでよくあるワープゲートのようにも見えた。
もう現実かゲームの世界か見分けがつかないだろこれ。
階段を登り切った目の前には、研究室Aと書かれた扉があった。すぐにドアを開けようとするが。
「あれ?開かないぞ?」
引いても押してもびくともしない。ここだと聞いたはずだけどな。
「おい、小橋いるのか?」
すこし小さめの声で扉の向こうに声をかけてみた。それから数秒後。
「……松藤くん、なの?」
「そうだ。早く開けてくれないか?」
「ごめん!今ちょっと物を避けるね!」
そういうと部屋の中から物を引きずるような音が聞こえた。バリケードみたいな物でも作っていたのか?
それから1分も経たないうちに研究室の扉が開いた。
「待たせてごめんね、あの生き物たちが入ってこれないようにしてたんだ」
「気にするな、無事でよかったよ」
小橋と小橋の友人に怪我はなさそうで安心した。到着が遅れて助けられないという最悪の事態は回避できたようだ。
「あ、紹介がまだだったね。こっちの子が友達の後藤栞。ほら、自己紹介くらいしなさいよ!」
「えと、あの、後藤栞です。助けてくれてありがとうございます……」
「松藤だ。遅れて悪かったな」
友人の栞ちゃんって子は、小橋の後ろで隠れるように自己紹介をした。そんなに怖がらなくてもいいじゃないか。女の子のピンチに颯爽と駆けつけたんだからさ!
そういうところはやはりイケメンに限るってやつなのか……。
俺がそんなことを考えていると、顔に出ていたのか小橋が小声で話しかけてきた。
「栞ちゃんってすごい人見知りだから、松藤くんが期待するような反応なんか返ってこないんだからね!」
「べ、べつにそんなの期待してねえし?」
「顔に出てましたよ」
小橋は少し軽蔑するような目でこちらを見てきた。そんな目で見なくなってもいいじゃない?かなり傷つくよ??
そんな話をしていたがそんな暇はなく、できれば早めにこの場所を離れたかった。
「そこの階段から見えたんだが、まだ黒い渦が消えてなかった。もしかしたらまだ出てくるかもしれない。早めに大学を離れよう」
「そうね。栞も行けそう?」
「多分、大丈夫。ちょっと気分が悪いだけ」
よく見ると、栞ちゃんの顔色が真っ青だった。さっきの惨状をリアルタイムで見ていたのだから当然といえば当然か。
「厳しくなったら言ってくれ。頻繁に休憩は取れないが、少しずつ移動しよう」
小橋と栞ちゃんに持ってきた水を手渡して、俺たちは恐る恐る、移動を始めた。
階段を降り、玄関を出て周りを見渡すが、あの生き物たちの姿は見えなかった。
「あいつら、ゲームのモンスターみたいだよな」
「そうね、RPGゲームに出てきそうだもん」
「俺が見たのはツノが生えてる1メートルくらいのウサギだな」
「まだそんなの可愛らしいじゃない。大学のなんか、狼っぽいやつと熊っぽいやつよ。あくまで私が見たやつだけどね」
じゃあ俺が見たツノウサギは危険度は比較的低い方だったのだろうか?やけに慎重になりすぎていたのかもしれないが、あのウサギがどんなことをしてくるか分からないうちは、近づこうとも思わない。
俺らが正門を通り抜けようとした時、後ろから焦った様子で栞ちゃんが声をかけてきた。
「松藤さん!後ろみてください!」
そう言って栞ちゃんが指を指したのは、正面玄関から出てくる3体の人型のモンスター。ゲームでよくでてくるゴブリンというものによく似たモンスターだった。
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