22歳フリーター、モンスター討伐始めました

まぐな

第1話 

 長時間のバイトからようやく解放された俺は、積み上がった段ボールに囲まれた事務所兼バックヤード兼休憩室のパイプ椅子に座りこみ、天井を仰いでいた。

 親に頼み込んで入らせてもらった大学を1年も経たずに中退し、親の仕送りも切られた俺は現在住んでいるアパートの近くにあったコンビニでのバイトを余儀なくされた。

 地元にも帰りづらく、ただなんとなく過ごす日々が続いてすでに2年が経っていた。


「毎日つまんねえな」

 そんな独り言が溢れるくらいにはもうこのバイト三昧の毎日には飽きていた。


「松藤くんお疲れ様。また変な独り言言ってるね」

「小橋もお疲れ様。独り言はまあほっとけ」


 俺に声をかけてきたのは1つ年下の小橋恵美だった。小橋は現役大学生だが、親からの仕送りが少ないわけではなく、将来のために貯金するためにバイトをしているそうだ。生きるためにバイトしている俺とは大違いだ。


「それよりも大学は行かなくていいのか?」


 俺が休憩室の壁に掛かっている時計を指差すと小橋の顔は急に青ざめた。


「え!もうこんな時間じゃない!松藤くん、またね!」


 あっという間に自分の荷物を抱えて休憩室から急いで出て行った小橋を見送り、俺も帰り支度を進めるのであった。




 今日のご飯は何にするかと考えながら俺は近所のスーパーへと足を運んでいた。

 スーパーが駅の近くということもあり、この近辺はサラリーマンの往来も激しい。


「みんな汗水垂らして働いて偉いなあ」

 昔は俺もあんな風に働いているものだと思ったが、現実はそんなに甘くなかった。大学に行きたいなんか言わないで、高校卒業後に地元の企業にでも就職すればよかったな。

 まあ後悔先に立たずってやつか。


「……早く食材買って帰ろう」

 周りを見ても虚しくなるばかりだ。

 俺は足早にスーパーに向かうことにした。


 その時。



「鍛えて、生き残れ」



 頭の中にいきなり鳴り響いたその声に、一瞬何が起こったか分からなかった。


「幻聴?……疲れてるのかな、俺」


 6連勤明けでついに頭がおかしくなったかと、苦笑いしながら再び歩みを進めようとした時、周りの人々がボーッとした表情で足を止めていた。


「今、何か聞こえなかったか?」

「え、お前もか?近くで演説かなんか始まったのかと思ったよ。」


 近くを歩いていたサラリーマンの二人組がそんな話をしているのが聞こえてきた。


「俺だけじゃないのか……?」


 俺の頭がおかしくなったのではないことにホッとしたが、だったらさっきの声はどこから聞こえたんだ?

 今まで経験したことのない聞こえ方に動揺していたが、周りの人々は特に気にする様子もなくまた歩き出した。


「今日はもう帰ろう」


 自分の身に起きた不思議なことにさらに疲れてしまった俺は、買い物もせずにアパートに帰ることにした。




 アパートについた俺は部屋に入り、テレビをつけて冷蔵庫を物色していた。


「米と玉ねぎしかない……。今日の夜ご飯はヘルシーチャーハンにするしかないか」


 悲しい晩御飯になってしまうな。買い物キャンセルして帰ってきた自分が悪いんだけど。


 ふと、テレビを見るとライオンのような動物が走り回っているシーンが見えた。


「へえ、今のゲームってこんなにリアルなんだ」


 最近は生活するのに必死でゲームなんて全く触っていなかったが、もともとはかなりのゲーマーだった。たまにこういうものを見ると懐かしく思えた。


 だが。


「変だな。これニュース速報なのか?」


 場面が切り替わり、最初は気が付かなかったが、流れていたのはニュース番組のようだった。しかし、どうも様子がおかしく、アナウンサーがかなり焦った表情で何か言っている。

 少し聞こえにくかったのでテレビの音量を少し上げてみる。


「ーーてください!非常に危険です!避難してください!突如現れたライオンのような生物が街の人々を襲っています!日本各地で同様の被害が報告されています!」


「は?何が起こってるの?」

 ゲームじゃないの?これ?やばくね?数分前の不謹慎な俺を殴ってやりたい。

 しばらくニュースを見ていると、事件の経緯が見えてきた。


 まず、俺が聞いた不思議な声は、国民全員が聞こえていたそうだ。直後、日本の各地で黒い渦のようなものが発生し、そこからあらゆる生物が溢れ出してきたそうだ。


「現代にもファンタジーが来ちゃいましたってか。笑えねえよ。」


 しかし、俺が帰ってくる時にはそんな生き物はもちろんいないし、悲鳴のようなものも聞こえなかった。この近辺じゃまだ渦が発生していないのか?


「あ、食材買ってないのに」

 もしこのニュースが本当であれば、外出なんてできるものではない。家にはほとんど食材がないので、この生き物に襲われるより、空腹で死ぬのが先かもしれない。




「速報です!現在、警察の特殊急襲部隊と自衛隊が各地で救助に入った模様です!国民の皆様は安全な場所に避難して、絶対に外には出ないようにしてください!」


 またニュースで速報が流れた。

 突然戦争でも始まったような物々しい雰囲気だ。考え方を変えれば動物園から肉食動物が逃げ出したようなものだと思ったが、何よりその数が多いらしい。

 黒い渦の近辺で300体以上の生き物が暴れ回っているようだ。その黒い渦が発生したのが全国で約900ヶ所以上とのことだ。

 

「単純計算でも900ヶ所×300体で……27万?それ以上ってことは30万体くらいこいつらがいるのか?」


 それらが次々人を襲ってるのだとしたら、その被害は計り知れないだろう。


 その時、先ほど別れた小橋から電話がかかってきた。


「おお、小橋。そっちは大丈夫か?」


「大丈夫なわけないでしょう!」


 耳がキーンとなるほどの怒鳴り声で小橋が叫んできた。


「うちの大学にも変な渦が現れて、そこからたくさん変な生き物が出てきたのよ!」


「ああ、ニュースで見てたけど、小橋の大学でも出てきたのか」


 この辺からは少し離れた場所にあるが、車でも10分程度の場所にある。意外とあの生き物も近くに来てるかもしれないな。


「なんでそんな他人事みたいなのよ!辺り一面血の海になっちゃってて……松藤くん一生のお願い。助けに来てください!」


「いやいや、ライオンみたいな奴もいたじゃん。食われちゃうだろ」


「今のところ大学内から街の方に向かっていったみたいなので大丈夫だと思う。……松藤くん剣道やってたんじゃないの?」


「街の方って、大学に行くんだったら街の中通らないと行けねえじゃん!それに剣道だって動物倒す技じゃないから!しかも家に木刀くらいしか無いし……」


 ここから歩いていくんだったら片道1時間はかかるかもしれない。あの生き物たちを避けつつだからもっとかかるか。

 

「助けに来てくれたらなんでも言うこと聞きますからぁ」


 そんなことを言ってくる小橋とも短い付き合いではないし助けに行ってあげたいとも思うが、やはり外の惨状をテレビで見てしまっているからか、なかなか助けに行く気にならないが……。


「ったく、しょうがねえな。小橋に死なれたらこっちも寝覚めが悪いし。少し時間がかかるかもしれないから物陰に隠れておくんだぞ!」


「ありがとう!私は大学2階の研究室Aというところにいるんだけど、正面玄関から入ってすぐの階段を上がったら目の前にあるのが研究室Aよ」


「わかった。近くに一緒に逃げた人はいないのか?」


「友人が1人だけ。そのほかはみんな……」


 小橋がその後言葉に詰まるが、言わんとすることはわかった。大学内もなかなか悲惨なことになっていそうだ。


「なるべく早く着くように善処しますよお嬢さん。……死ぬなよ」


「こういう時にふざけないでよ、まったく。」


 その言葉を聞いて俺は電話を切ったあと、すぐさま押入れの奥にしまってあった木刀を探し出した。


「お、あったあった。」


 俺が剣道をやっていた頃に自宅で素振りしていた木刀だ。当時は何を考えていたのか、真っ黒に塗装してあった。いわゆる厨二病ってやつを患っていた頃のものだから、何でもかんでも黒にしたかったのか、当時の俺。


「あとはこれも持っていくか」


 そう言って俺が取り出したのはサバイバルナイフというやつだった。これはキャンプ好きのコンビニの店長からもらった。当時は余計なもの押し付けやがってなんて思っていたが、こんな世の中になってようやくその役目を果たすことになった。ありがとう店長。


 鞘付きのサバイバルナイフは腰のベルトに付けられるようになっていたため、右側の腰の部分に装着した。木刀はそのまま右手に持ち歩くことにした。

 

「おまわりさんに見つかっても怒られないよな?」


 非常事態ということで見逃してほしい。

 あとは小さめのリュックに水の入ったペットボトルとライターだけを入れた。非常食になるようなものもなかったので、食料はどこかで補充しておきたい。


「……こんな軽装で大丈夫か?」

 出来上がったのは木刀を持ってリュックを背負い、腰にサバイバルナイフを帯刀した22歳フリーター。自分で言うのもなんだが、すごく弱々しく見える。


「早く大学に向かわないと」


 間に合わなくて死なれたらそれほど寝覚の悪いことはないだろう。

 俺は足早に玄関を出て大学に向かった。


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