悪魔は吞みながら、愚痴る天使を慰める

悪魔は吞みながら、愚痴る天使を慰める

「おーい、天使、来てやったぞ。」

「おっ！やっと来てくれたのか悪魔よ！それにしても遅かったな！」

「うわっ……、コイツ出来上がってやがる……。て言うか、遅いって何だよ。お前が来いって言うからサッサと仕事終わらせてきたって言うのに。」

「まぁまぁ、そんなに怒んないでよ。寿命縮んじゃうぞ？」

「そんな可愛く言われても俺には何にも響かねえぞ……。そもそも俺たちには寿命っていう概念がねぇだろうが。」

「アハハ、そうだね！あ、店員さん、生もう一杯！」

「いや、俺の話聞けよ。ったく、俺も生、……あと枝豆。」

「あれっ、他にも頼まないの？」

「お前……、自分の目の前にあるもの見てみろよ。焼き鳥やらなんやら、お前そんなに食い切れるのかよ。」

「……もしかして、私の頼みすぎた料理たちを食べてくれるの？へぇー、悪魔のくせにイッケメーン！」

「うっせえわ、悪魔なのは関係ないだろ。というか当たり前だろ？ちゃんと食べないと食材にもお店にも失礼じゃないか。」

「……ふーん、君、真面目だね～。何だったら、天使より真面目なんじゃない？」

「それを天使が言うかね……。」

そんな事を言っているうちにお互いビールが届く。

「よっし、じゃあちょうどビールが来たところだから乾杯しますか。」

「そうだね！」

「よしじゃあ――」

『乾杯！』

「ふぅー……、で？何で急に俺を呼んだの？また愚痴？」

「……そうだよ、愚痴だよ！もう溜め込んだ奴全部言ってやる！」

「……俺は別にお前のサンドバックでも何でもないんだがな。」

「でも、そう言いながらもいつもちゃんと聞いてくれるでしょ？」

「そりゃ、場所は違えど、同じ『天』で働く仲間だからな。その仲間が『愚痴を吐きたい』って言うなら、とことん付き合ってやるのは当たり前だろ？」

「……ホント、君って悪魔らしくないよね。……かっこいいな。」

「別に褒めたからって、ここの飲み代払わねえからな。ちゃんと折半だぞ。」

「そういう事のために褒めた訳じゃないのにな。ちゃんと本心からなのに……。」

「はいはい、それで？今回の愚痴というのは一体どんなものですか？」

「むぅ、流された……。まぁいいや。それで今回はね、最近の天使の扱いが酷いっていう事さ！」

天使はジョッキをドンッと机に置きながら、そう言う。

「ほう、『天使の扱い』ね。天使と言えば、『下界の冒険者とかに加護とか授ける有難い存在』っていうイメージがあるんだけどな。」

「そうだよね、いや普通はそうなんだよ！でもさぁ～、最近はなんか天使が悪役みたいなイメージが付いてきてさ～。」

「天使が悪役？そりゃなんで？」

「いやさ、最近なんか『実は天使がラスボスだった！』とか『実は天使が裏で手を引いていて……』とかそういう声が沢山冒険者の人から上がって来てね。」

「へぇー、そりゃ大変だな。」

ビールを一口、グビリ。

うん、美味い。

「もうー、君という奴は。まったく他人事なんだから。」

「だって俺たち悪魔はもう絶対悪っていうイメージを持たれてるからな。イメージが変わることなんてないから、どうしても他人事になっちまう。」

「うむむ、そうか、悪魔なら仕方が無いか……。まぁいいや、そんな訳で私たち天使は凄く困ってるってわけ。」

「でも、天使たち全員が全員悪い事をしているって訳じゃないんだろ？じゃあ、そんなに影響は無いんじゃないか？」

「もう、分かってないな！私たちは信用が第一なんだよ？だって、冒険者たちに加護を与えると言っても、ちゃんと冒険者からの合意も無いと加護を上げられないんだから。」

「あぁ、そうだな。」

「でも、その悪いイメージの所為で断る人が続出してるらしいから、私たちの仕事がドンドンと減っていってるってわけ……あっ、生お代わり！」

「ペースが速いな。もう少しゆっくり飲めよ。」

「……こんな理不尽な目に合ってるのに、飲まずにいられるかってんだ！」

そう言いながら、来たビールを一気に呷る天使。

「あぁ、もう……、せっかくの可愛い顔が台無しだぞ。」

「むぅ、別にいいよ。だってどうせ見てるのは君だけなんだから。」

「それを俺は喜んで良いのか悪いのかよく分かんねぇな。」

「喜べばいいんじゃない？だって、美少女天使ちゃんの無防備な姿を見ることが出来るんだからね！」

「……それを自分で言うんか。と言うか、美少女って言う年齢じゃもうねえだろ。」

「……そんなストレートに言わなくていいじゃん。そんなの分かってるよ！」

「あぁ、ごめんごめん、泣くなよ。すまんて。ほら頭撫でてやるから。」

ゆっくりゆっくり俺は、天使のサラサラな金髪を撫でていく。

「………ごめん、取り乱しちゃった。」

「いや、大丈夫。こちらこそすまん。……まぁ、お前が頑張ってるのは良く知ってるよ。こんな状況でもお前はちゃんと天使の仕事を全うしようとしているんだろう？ホント偉いじゃないか！」

「……」

「ホント……偉いよ。良く頑張ってるよ。だからこそ、ここでは思いっきり全部吐き出してしまえ。さっきお前も言ったけど、聞いてるのは俺しかいないんだからな。」

「…………本当に君という奴は優しいね……。かっこいいよ、もう大好きだよ！」

そう言いながら、悪魔に抱き着いてくる天使。

「あぁ、もう酔っ払いが抱き着くな！というか飲みすぎだ！」

「えぇ、そんな事言わないでよ～。また私泣いちゃうよ？」

「別に泣きたければ好きに泣けばいい。次は慰めない。」

「むぅ、ホント君ってやつは優しいのか優しくないのか分かんないな。」

「そりゃそうだろ。何てったって俺は悪魔なんだからな！」

「アハハ！確かにそうだ！」

お互いにビールを呷る。

「……どう？気はすんだ？」

「うん、大分すっきりした。」

「そうか、なら良かった。じゃあ、そろそろ俺は帰ろうかな。」

「えっ！？なんで！？」

「なんでって、いやだって俺、お前の愚痴のサンドバックのために呼ばれたんだろ？でも、もう出し切ってスッキリしたんだったら俺はお役目御免じゃねぇか。てなわけで俺は帰るよ、明日も仕事だし。」

「えー、一緒に最後まで飲んでくれないの？せっかく久しぶりに予定が合ったって言うのに……。」

「いや、別に予定が合った訳じゃなくて、俺が仕事を早く終わらせて合わせたんだが……。」

「むぅ、でも……、ダメ、かな？」

そう彼女は上目遣いで言ってくる。

いや、お前こういう時に限って、その天使の反則級な美貌を使ってきやがって……

それに酒の所為で赤くなっている頬に涙目はお前……ダメだろ。

「……はぁー……、仕方ねぇな。お前がそう言うなら付き合ってやるよ。」

「やったー！ありがとう！」

「と言うか、流石にべろんべろんに酔ったお前が心配だから居てやる。」

「うふふ、やっぱり君は優しいね！」

「……うっせえわ、いいからサッサと飲んで潰れろ。」

俺はそう軽口を叩きながら、明日の始業時間が何時だったか、頭の中のタイムスケジュールで確認するのだった。

まだまだ、この夜は続きそうだ。