第23話 苦い恋

 秋の空を見上げると、ほんの少し胸が痛む。

 遠い昔に置いてきたはずの苦い恋の思い出が、冷たい風に乗って僕の頬をかすめていく。レモンを長く浸し過ぎたぬるい紅茶のような、そんな恋。

 感傷に浸った溜息ははたから見れば滑稽こっけいだろう。けれどこのベランダは向かいに森しかない。誰にも覗かれないこの場所は僕だけの世界。

 良いじゃないか、こんな日があったって。手元に置いたカップの中のレモンを口に放る。じわりと目頭が熱くなり、苦い笑みが浮かぶ。

 風の噂で耳にした。あの人は幸せな家庭を築き、もうすぐ家族も増えるのだと。

 高い空に鳥が舞う。それを見上げて想いを乗せる。

「お幸せに」

 どうか僕が好きだった、あの眩しい笑顔のままで居て欲しい。

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