第7話 体育の授業


 高梨と映画を観た次の日。

 高校二年生になって初めての授業日になる。

 初回の授業は、大体の先生が自分の授業の受け方や勉強の仕方、雑談をしてくれるので楽だった。初めて教えてもらう先生なんかは自己紹介で一回目の授業が終わったりする。


 三時間目は体育の時間だった。男子と女子で分かれて、まずは体操服の着替えとなる。


「大月! この前か教えてくれたアニメ面白かったぜ!」


 着替えている時に話しかけてきたのは江頭だ。


「それは良かった」

「見出したら止まらなくなって、今日は寝不足だわ」

「あるあるだな」


 面白いアニメは見ると止まらないよな。ちなみに、一番中毒性が高いと思ってるのはネット小説だ。俺が読むのはファンタジー小説だが、とにかく読むのにストレスがなく、そこそこハラハラし、最後には主人公がかっこよくて、読んでて気持ちよくなる。読むのを制限しているぐらいだ。


「人工芝のグランドで集合ってことはやっぱりサッカーかな?」

「そうじゃね。体育の授業なんて大体サッカーじゃん」


 体育の授業では、サッカー、ソフトボール、バトミントン、卓球、バスケ、ドッチボールといろいろあるが、圧倒的にやる回数が多いのがサッカーである。男子高校生サッカー大好きだよね。バスケをやるはずなのに、先生にお願いして途中からフットサルになったことさえある。


 江頭と話しながら、校舎の階段を降りてグランドに到着する。


 我が南摩耶高校には二つのグランドがあり、その一つが人工芝になっていた。サッカー部が練習に使っている場所でもある。数年前に張り替えたばかりだとかで、まだ芝はふさふさしており気持ちいい。高い人工芝ほど硬いのだ、とサッカー部員に教えてもらったことがある。

 チップは緑色で、寝転がっても服に色が着かないのが素晴らしい。黒色のチップって、靴と靴下が黒くなるよな。


「今年も引き続き体育の授業を担当する鉃田だ。よろしくな」


 生徒が列に並んだ後、筋肉ムキムキのグリラ教師が口を開いた。 

 

「なあなあ、知ってるか。鉃田先生の奥さんってめちゃくちゃ美人だっていうこと」

「まじ?」

 

 江頭が横から俺に声をかける。


「結構有名だけどな。去年の文化祭に来てた時に見たら、美女と野獣だったわ」

「まじかよ」

「俺はそれを見て思ったんだ。筋肉があれば女子にモテるじゃないかって。だから、最近寝る前に筋トレしてる」

「俺も筋トレするわ」


 ジムに行こっかな。


「段々、二の腕が硬くなってきたぜ」


 江頭はふんっと右腕に力を込めた。俺はその柔らかそうな二の腕をさすってあげる。


「で、筋トレして何日?」

「昨日始めた」

「だろうな!」


 摘んでも、ふにふにとしてる。


「江頭は女子の頬っぺたを触ったことある?」

「妹のだったらあるけど」

「妹いるのかよ! ずるっ」

「それ、みんなに言われるけど、実際何もいい事ないからな。完全に俺のこと下に見てるし」

「それはお前だからだよ。俺がお兄ちゃんだったらめっちゃ慕われてた」


 もし俺に妹がいたら、妹が小さい頃からお兄ちゃんは凄いということをインプットするわ。


「で、頬っぺたはどんな感じ?」

「普通にぷにぷにしてる」

「なるほど」

「そういや、大月って頬っぺたフェチか」

「まあな。いや最近さ、ある女の子の頬っぺたを触る機会があったんだけど、めちゃくちゃ気持ち良かったんだよ。すべすべでぷにぷにしててさ! すべぷにだった」

「へえ〜、で誰?」

「秘密」

「おい! 同級生じゃないだろうな?」

「今思い出しただけでも、鳥肌が立つくらい最高の頬だった。まさに神頬……」

「こいつ、トリップしている……!?」


 赤ちゃんの頬っぺたもぷにぷにしてて気持ちいいよね。


「じゃあ、名前順でチームを組め。ミニゲームをするぞ」


 先生の指示で名前順に並び、ある人数ごとでチームを作った。


「七分後に試合を始める。それまで自己紹介や鳥籠をしろ」


 俺たちはチームごとに固まった。江頭とは別のチームになる。俺は主にカ行から名字が始まる人たちと同じチームになった。


「じゃあ、自己紹介でもする?」

「しようぜ」


 高身長のイケメンがチームを取りまとめるように話し出した。その友人がイケメンの言葉に賛意を示して、自己紹介タイムとなる。


「俺は小泉京也。バスケ部だから、サッカーはあまり上手くないよ。自己紹介と言っても昨日クラスでしたし、名前ぐらいでいいかな」


 小泉京也。確かバスケ部のエースだ。イケメンで高身長と女子からの人気は高い。

 

 軽くチームのみんなが自己紹介を終えたところで、別チームとの試合が始まった。


 俺は常に相手のゴールから近いところに位置し、ボールが来たらゴールを狙えるようにする。得点を決めるのが好きだからだ。

 ふらふらと歩いて、ボールの取り合いを眺める。

 おっ、味方のサッカー部員だという人が相手からボールを奪い、小泉にパスを出した。小泉は近くまで来ていた相手チームの一人をトラップで交わし、前を向く。

 何がバスケ部だからサッカーはあまり上手くない、だよ! めっちゃ上手いじゃねえか。さては経験者だな!


 俺は動き出す。フリーになって様子を伺っていると、小泉と目が合った。こい!

 小泉はふわっとしたボールを前方に蹴った。俺の居るところからは若干ずれるが、充分だ。フリーでボールをトラップする。後ろから慌てて相手チームのディフェンダーが追ってくるが、ぎりぎり追いつかれないところでキーパーとの一対一を制した。

 ゴールだ! 小さくガッツポーズ。


 ここで笛が鳴った。


「水飲んできていいぞー」


 どうやら休憩時間らしい。


「ナイスゴール」


 そう言って、小泉が話しかけてきた。


「ありがとう。小泉もサッカーめっちゃ上手いな。さては経験者だろ?」

「おっ、バレた? 実は小学生の時にやってたんだ」

「自己紹介であまり上手くないって言ってたからびっくりしたわ」

「ははは」


 はははじゃねーよ。


「でも、大月君も上手だよね。経験者だったり?」

「俺は遊びでしかやったことないよ」

「それにしては上手いね」

「パスが上手かったからな」


 二人で話すのは初めてだが、共通の話題があるので会話には困らない。


「そういえば、大月君と話すのはこれが初めてだよね?」

「ああ。違うクラスだったし」

「だよね。よろしく」

「よろしく」


 小泉は話しやすいタイプだと思った。


「休憩終わったら、試合を再開するぞー」


 ゴリラ教師こと鉃田先生が大きな声で言った。


「行こっか」

「おっけー」


 体育の授業を適度に頑張るとするか。









「大月君は部活は何もやってないの?」


 授業時間が終わり、小泉と一緒に教室に歩いて帰っていた。


「何もしてないな」

「運動神経良さそうなのに」

「普段から運動はしてるよ」


 健康な身体作りは一番大切なことでもある。


「委員会は何かする?」

「俺は委員長になりたいと思ってる」

「おお、そうなんだ」

「対立候補がいたら、投票してくれ」

「ん〜、いいよ」


 やったね。まあ、本当に小泉が俺に票をくれるか分からないけど。小泉と町田は友達だと思うし。


 教室で体操服から制服に着替えをする。


「江頭」

「なんだ?」

「今日のホームルームでのことだけどさ」


 町田が着替え終わって教室から出て行くのを横目に見ながら、俺は切り出す。


「おう。委員長に立候補するんだろ?」

「それについてなんだが……俺に投票してくれる人にジュース一本を奢るわ」

「まじ!?」

「他の男子にも言ってくれ」

「おっけー、おーい佐藤とかみんな! 大月が委員長に立候補するんだって!」


 江頭が近くにいた七、八人の男子を呼んで、俺に投票してくれたらジュースを奢ってもらえるという話をした。


「まじで?」

「ああ、そこの自販機で買うわ。欲しい人はついてきて」


 露骨な買収だ。

 

「何が欲しい?」


 俺はスポーツドリンクやお茶を一本ずつ買って渡す。お前に投票するわ、という言葉と引き換えに。

 体育の授業で汗をかいた後だから、その分喉が乾いていたのだろう。九人に飲み物を渡した。

 同じことを女子にすれば反感を買うこともあるかもしれないが、男子高校生は単純だ。ジュースを貰えるなら貰っておこうというぐらいの気持ちだと思う。

 ここまでする必要があるのかは疑問だが、念には念をということで。

 そうして、ホームルームの時間になった。



 

 

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