第6話 俺の家②


「今日クラスで全員の自己紹介があったけど、誰か委員長に立候補してきそうな人とか分かる?」


 高梨は去年、成り手がいないクラスでくじ引きにより委員長になった。その分、俺よりも人付き合いはしているはずだ。俺は部活も委員会もしてないしな。


「うーん、まず去年も委員長をやってた町田くんかな」

「ああ、あの茶髪か。確かにやってたな」

「うん。それに大月に対抗心を持ってるかも」

「何で?」

「大月は浜野さんと仲が良いでしょ? 多分、嫉妬してると思うよ」

「いや、仲は別に良くなけどな。ただ話すだけで」

「周りからは相当仲良いと思われてるけど。浜野さんが楽しそうに話すのは大月だけだしさ」

「そうか? まあ、俺に対しては毒を吐いてくるからな」

「いつもイチャイチャしてるよね」

「してねえよ! それと、いつもって何!? いつもって」

「あれ見て、仲が良いと思わない人はいないと思うけどなぁ」

「そ、それはともかく、町田って確か先輩の彼女がいるんだろ。何で俺に嫉妬するんだよ」


 町田浩介は今年から同じクラスになった生徒の一人だ。町田は完全に偏見だが性格は悪そうで、髪は茶髪に染めている。先輩の彼女がいるということも噂で聞いたことがあった。


「それは知らないけど。でも浜野さんは人気あるしね」

「それはそうだな。浜野はファンクラブもあるし。偶に俺のロッカーにも脅迫書が入ってるわ」

「え、ほんと?」

「本当だよ、全部先生に渡してるけど。多分ほとんど筆跡でバレて怒られてるんじゃないかな。最近はなくなった」

「知らなかった」

「言ってないからな」


 浜野愛は日本のモデルの中でもトップクラスの美貌を誇り、学校にも男子生徒のファンが多い。そのファンたちが非公式のファンクラブを作っているといるのだ。

 そのファンの中でも特に悪質な奴らが俺のロッカーに、浜野さんと話すな、消えろ、死ね馬鹿等の暴言が書かれた紙を入れてきた。最初は犯人を見つけてぼこぼこにしてやろうかと思ったのだが、面倒なので先生に渡すことにしていた。

 その程度の嫌がらせに負けるほど俺の精神は弱くない。


「それで町田の話に戻すけど、あいつって一個上の先輩に彼女がいるんだよな?」

「それは私も聞いたことがある」

「それだけでも羨ましいのに、さらに浜野まで狙ってるってキモすぎかよ。先輩彼女で我慢しとけよ。ムカつくわあの茶髪野郎が」

「めっちゃ私情ダダ漏れだ」

「男子生徒の声を代弁させてもらった」

「勝手に男子生徒の株が下げられてて可哀想」

「俺も男子生徒の一人だから問題ない」

「理屈が通ってない」

「はい」


 高梨に論破された。論破王ひなのっち。


「町田って友達多そう?」

「うーん。分からないけど、そこそこはいるんじゃない?」

「なるほど。ありがとう」


 町田が交友関係があまりにも広いタイプだったら、俺は立候補を辞退せざるを得ないだろう。こういう委員長を決める投票は、友達の数がそのまま投票数になるからな。

 まあ、町田はそこまで友達が多いタイプには見えない。だって、性格悪そうだし!


「他に立候補しそうな人はいない?」

「あとは……夢野さんとかかな。でも委員長はしないか。するとしても生徒会だけだと思う」

「夢野さんって、最後の方に自己紹介してた真面目そうな子か。黒髪ぱっつんの」

「そうそう。夢野さんはかなり頭は良いよ。成績はいつも上位だって」

「へえ」


 夢野さんは率先して委員長をするようには見えないな。

 結局、誰が委員長に立候補するかは明日になるまで分からないか。


「大月はどうして委員長にこだわってるの? 指定校推薦を狙うのに、わざわざ委員長になる必要はないんじゃないかなぁ」


 ああ、そういえば高梨にはまだ言ってなかったけ。


「それは、俺が生徒会長を目指してるからだ」

「え、生徒会長!?」

「高梨が言ったじゃん。過去二代の生徒会長が指定校推薦を使って大学に行ってるって」

「それは言ったけど……別に生徒会長にならなくても指定校推薦は貰えるよ」

「分かってる。ただ、生徒会長って学校の中では一番権力あるじゃん」


 南摩耶高校の制度上、全部活、全委員長を統括するのが生徒会であり、その長が生徒会長である。つまり、生徒会長は教師を除いて最も権力を持つ存在といえるだろう。この言葉はあまり好きではないが、言い換えればスクールカーストが最も高いということになる。無論、一概にはそう言い切れないけれどな。


「……大月って、生徒会長を目指すような性格だっけ」

「意外か?」

「めっちゃ意外だよ! だって、去年の一学期なんかは全然学校に来てなかったぐらいだし」

「まあな。高校は単位を落とさない程度に行けばいいって思ってたから」

「あの時の大月は高校生活に全然興味がなかったよねー」


 俺が高校一年生の一学期の時は、仮病で学校をよくさぼっていた。単位を落とさないギリギリの日数までは欠席してもいいだろうと思っていたからである。

 毎日学校に行くようになったのは高梨に出会ってからだった。


「まあ、生徒会長になろうと思った理由の半分が権力欲だ」

「ろくな大人にならなさそう」

「いや、俺はめっちゃ紳士だからな! 男には誰しも権力を持ちたいっていう気持ちがあるんだよ」

「紳士と権力に染まることって関係ないと思うけどなぁ」


 男性諸君、異論ないよな? 女性の気持ちは男の俺には分からないが、男は皆少なからず本能的な権力欲を持っているはずだ。俺は権力が欲しいぜ。そして、美少女ハーレムを作りたい。メイド姿の美少女に奉仕されたい。ごめんなさい。


「それで残りの半分は?」

「これは……言うのは恥ずかしいけど、お前が言ってくれた言葉だよ」

「私、何か言った?」

「ほら、俺が学校を休みまくっていた時に言ってくれたじゃん」



 --------高校生活を楽しまなくてもいいの? 青春は一度きりだよ。


 って。



「えー、思い出せない……」

「まあ、高校生活で濃い思い出を作ってやろうってことだよ」

「私、何言ったけ……」

「いつまで思い出そうとしてんの?」

「教えてよ。もやもやするじゃん」

「じゃあ、内緒にする」

「意地悪だね……」

「ごめんごめん! 間接を極めようとしないで!」

「……もう!」


 高梨の言葉がきっかけで高校生活を思う存分に楽しもうと思っていた俺にとって、生徒会というのは丁度いいように感じていた。

 部活は今から入るのは遅い気がするが、委員会は半年毎の任期でメンバーが入れ替わるから時期は関係ない。生徒会は委員会の中でも花形であるし、アニメでもよく出てくる。

 そして、生徒会に入りたいなと考えた時、俺は突然思ったのだ。どうせなら生徒会長を目指そうって。やると決めたら徹底的にやる。俺の中での信条の一つだ。


「それでさ、高梨には副委員長をやって欲しいって言ったじゃん」

「うん」

「よかったら、俺と一緒に副生徒会長も目指して欲しいんだけど」

「……えー」

「まあ、先の話だから考えといてくれ。その前に委員長になってからだしな」


 生徒会選挙は二学期にある。委員会活動は前期と後期に別れており、生徒会長は高校二年生からの立候補で選ばれる。任期は高二の後期と高三の前期。


「……ううん、大月が誘ってくれるなら、私も副生徒会長を目指そうかな。流石に生徒会長にはなりたいとは私は思わないけどね」


 高梨はそう言って笑った。


「ありがとう」


 その笑みは反則だろ。


「どういたしまして。じゃあ、まずは明日委員長になれるかどうかだね」

「ああ、今のところ俺に投票してくれるそうなのは、高梨と浜野、斉藤さん、江頭に俺の友達の男子二人で、全員で六人だ」

「大月って、男子の友達は江頭しかいないと思ってた」

「失礼だな! 江頭以外にもいるわ。主にアニメ友達がな」

「アニメ好きだもんね」

「そこそこな。男子連中には俺の持ってるラノベをあげるって、チャットアプリで送ったら俺に投票してくれることを確約してくれた」

「じゃあ、その六人は確定だね」

「仮想候補者を俺と町田とすると、クラスは四十人だから十九票以上集める必要がある。少なくとも二十票だな。だから、あと十四票」


 四十人から俺と町田の二人は投票できないから引いて、有効投票者は三十八人。したがって、過半数の票を集めるには最低でも二十票は必要だという訳だ。


「でも委員長になるために、ここまで考える人いるかなぁ」

「何事も準備が大事って言うだろ。戦略家は戦う前に既に勝ってるんだ」

「うーん」

「それに、立候補して負けたら恥ずかしいだろうが! お前、クラスメイトから一生、あ、あの人は委員長に立候補したけど人望がなくてなれなかった人だ、って思われるんだぞ。高校を卒業して同窓会で会っても、久しぶりー、あー、この人って人望なくて委員長になれなかった人じゃん、って思われてしまう!」

「同窓会まで覚えられてるなんて、余程のことを別の何かでやらかしてるよね」

「というわけで立候補して負けたら、俺はあまりの恥ずかしさに耐えられず不登校になる」

「だったら、どうしても委員長にならないといけないねー」

「そうなんだ。まあ、勝負に絶対はない。決めるのも明日のホームルームだから、打つ手も限られてくるし」

「何かするの?」

「ああ、俺の長所を活かす」


 俺の長所は挙げるとキリがないんだが、それは置いといて。


「高梨、何か学校の不満とか改善して欲しいこととかある?」

「どうして?」

「スピーチに使いたいからな」

「えー、何だろ……」


 しばらく高梨と話し合った。SNSでも現生徒会長の投稿を教えてもらう。


「あとは運次第かな」

「そうだねー」


 一旦、話が途切れたところで俺は立ち上がり、緑茶を冷蔵庫から取り出す。


「高梨も飲む?」

「ん、お願い」


 二つのコップを机に並べた。


「見たい映画があるんだけど見ない?」


 俺は映画鑑賞の提案をする。


「何見るの?」

「ホラーコメディ映画の最高峰だって口コミがある」


 テレビの電源を入れ、プレステを起動する。定額制動画配信サービスを開いて、お目当ての映画の詳細を映し出した。タイトルは『タッカーとデイル 史上最悪にツイてないヤツら』。


「ちょっとグロいらしいけど。高梨はスプラッター映画とかいける?」

「あんまりグロいのは無理だけど、ちょっとグロめなら問題ないよ」

「よし、じゃあ見よっか」

 

 映画を観ながら、二人で爆笑した。

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